第12回 壊れん程度、だそうです(前半)
可憐なドレスを返してから、数日が経っていた。
紅葉は詩音との距離を、以前より意識的に調整していた。挨拶はする。必要な会話はする。だが、期待はしない。意見を聞かれたとしても、結論が変わるとは限らない。その前提で付き合うと決めてから、少しだけ気が楽になっていた。壊れん程度に、という五郎の言葉を、毎朝のように思い出す。
詩音の方も、変わろうとはしているらしかった。
少なくとも、衣装の話をする前に、一度は紅葉の顔を見るようになっていた。今日も、給湯室で茶を淹れながら、詩音が突然口を開いた。
『紅葉さん。次の任務では、どんな服装がいいと思いますか』
紅葉は湯気の向こうで、詩音の顔を見た。
『……普通の服です。動きやすくて、目立たないもの』
『普通、ですか』
『はい。普通です』
詩音は真剣に頷いた。メモを取るわけでもないのに、頭の中で何かを整理しているように見えた。紅葉はその様子を見ながら、心の中で小さく注釈をつけた。この人の「普通」は、世間の普通とは違う。それでも、聞いてはくれた。それだけで、以前よりはマシだった。
昼休み、紅葉は一人で五郎食堂へ向かった。
暖簾をくぐると、五郎は紅葉の顔を見て、短く息を吐いた。
「まだ、続いてるか」
『……続いてます。壊れん程度に』
「そうか」
五郎は定食を作りながら、背中越しに続けた。
「やつが意見を聞くようになっただけでも、前進だ。ただし、聞くと決めるは違うからな」
『わかってます。期待はしてません』
「期待しなくていい。だが、突き放すな。あいつは、突き放されると、自分の世界に引きこもるタイプだ」
紅葉は茶を飲みながら、五郎の言葉を黙って受け止めた。詩音が「ずっと組みたい」と言った事実は、まだ胸の奥に残っている。気持ちは本物だと思う。だからこそ、行動が伴わないことが、時々残酷に感じられた。
定食が置かれる。紅葉は箸を取り、静かに食べ始めた。社内の空気を、少しだけ外に置いてこられた気がした。




