第11回 可憐な方が、いいそうです(前半)
あれから、数日が経っていた。
紅葉は、詩音との距離を以前より少しだけ近くに置いていた。挨拶のあと、短く雑談を交わすこともある。詩音が自販機の前で立ち止まったときも、以前ほど冷たくはせず、ボタンの位置を教えていた。壊れん程度に付き合う。五郎の言葉を、意識的に守るようにしていた。
詩音の方も、変わったように見えた。
少なくとも、衣装の話をする前に、一度は紅葉の顔を見るようになっていた。「意見を聞きます」と言った言葉を、完全に忘れたわけではなさそうだった。紅葉はその変化を、過大評価しないようにしていた。期待しすぎると、また折れる。
そして今日。
午前中、鷲尾から指示が来る。
「詩音、紅葉。午後、個人宅の内偵。依頼主の娘が、最近様子がおかしい。派手にやるな」
資料を読むと、資産家の娘が夜遅くに外出するようになり、家族が心配しているという内容だった。直接的な危害の証拠はない。ただ、バレずに様子を見てほしい、という依頼だ。
紅葉は資料を閉じ、詩音の席を見た。詩音はすでに袋を持って、こちらを見ていた。紙袋ではない。白い箱に近い形の袋で、リボンがついている。紅葉の顔が、わずかに引きつった。
『……何ですか、それ』
『今夜の雰囲気です。可憐な方がいいと思いまして』
詩音は袋を開け、中身を取り出した。白い生地に、大量のフリル。レース。リボン。甘くて、派手で、どう見ても個人宅の内偵には向かない服だった。もう一着、黒いゴシック寄りのものが続く。
紅葉はそれを見て、数秒間黙った。
『ロリータ、ですか』
『はい。可憐さと、少しの格式を両立できると考えました』
『個人宅の内偵に、可憐さはいらないと思います』
『紅葉さんの意見も、聞きます』
詩音は真顔でそう言った。この前の言葉を、ちゃんと覚えている。紅葉は袋の中身を見下ろし、静かに息を吐いた。
『意見を言っていいんですね』
『はい』
『着ません。普通の服で十分です。目立ちすぎます』
詩音は少しだけ首を傾げた。否定はしない。だが、袋を引っ込める気配もなかった。
『可憐な方が、相手に警戒されにくいと思います。特に、娘さんの年齢層を考えると』
『年齢層より、この服を着た人間が家の前をうろうろする方が、よほど警戒されます』
『そうでしょうか』
『そうです』
短い沈黙があった。詩音は袋のリボンを、指で軽く触っている。紅葉はこれまでの経験から、この沈黙の意味をある程度理解していた。意見は聞いた。だが、結論はもう出ている。
『……着ます。着ますけど』
紅葉は力なく肩を落とした。
『ああ、やっぱり変わらないな、と思いました』
詩音は不思議そうな顔をした。紅葉はその顔を見ながら、五郎食堂で聞いた「ずっと組みたい」という言葉を、静かに思い返していた。気持ちは本物なのだと思う。だが、行動の根っこは、何も変わっていない。




