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終焉の箱庭  作者: 時雨無名
第一章 【骸の残響と記憶の結晶】
23/24

第二十二話 幕開け

 

 お見舞いも終え、夜の巡回などをしていたら、あっという間に一日は終わり、今日もまた朝の朝礼から始まり、ほとんどの隊員は訓練場へと赴いた。その中にはもちろん零時も加わっていた。

 外に出て体をほぐしつつ、相棒である銃剣を空を斬りながら、精度を確かめる。丸々一週間は握る機会がなかったからこそ、少しでもガタが来れば一から鍛え直さないといけない。


「ふんっ!」


 一度、二度、三度振れば分かる。


「……」


 やはり精度が落ちている。長年愛用してきた身として感じ取れる。すぐに歳忘とかと戦えば体のガタは一瞬にして治る。しかしそんな好都合なんて来やしない。なんせ退院したばっかで、さらには新人だ。そんな一気に依頼なんて来やしない。


「模擬戦をしてくれる人がいたらいいんだが……」


 と、そんなことをぼやくが、自分の素性的にも、近寄り難いと思い、半ば諦めていた時、すぐ近くから鉄同士がぶつかる音が耳に入ってきて、思わず振り返ると、眼帯をつけた灰色髪の糸目青年と、血気盛んな金髪女性が戦っていた。

 青年は刀、一方の女性は金棒と、見てるだけでもヒヤッとしてしまうような構成だ。皆、それらに釘付け状態でとてもじゃないが誘えるような雰囲気じゃない、むしろ迷惑をかけるだろう。

 ならば動きを見て、自身の力へと変換する。だがそれは全て盗むことと、己の鍛錬に尽力すれば、の話だが。


「…少しだけ動きを見させてもらおうかな」


 独り言を言いながらその模擬戦闘を観に行く。

 ある程度人の集まりを潜り抜けて、少しだけ前の近くまで行くと、激しい音を鳴らしていた。

 最初遠くから見ていたから気づかなかったが、二人の隊員の手には本物の獲物を持ち、戦闘をしていたのだ。

 金棒を持った金髪女性が豪快な動きで、そして殺す勢いで青年の首を容赦なく狙おうとしたが、それを紙一重で躱す。まさしく動きに無駄がない。女性は振り翳したところからもう一回転をし、今度は腰付近に狙おうと金棒をぶつける。が、そこに青年の刀が間を割るように守り抜く。


「チッ…!」


 その風貌に合う舌打ちをする。

 金棒と刀が歯軋りを鳴らしながら、攻防戦が続く。危険を感じた女性がすかさず回し蹴りを入れる。

 しかしこれも躱され、お互いまたしても距離を取る。女性は一気に近づいて金棒をまるで木の枝を軽々に振るうような凄まじい力を見せつけてくる。


 だが男は威を介さず全ての攻撃を捌き切り、女性の腕が少し遅くなったところにすかさず刀で金棒を弾く、これには女性は驚くしかなく、その隙に腹に蹴りを入れられ女性は空中に飛びそのまま地面に衝突しながら転げてしまう。

 命のやり取りに近い戦いを見て、零時はただただ驚愕するしかなかった。


 ──これが、模擬戦なのか……?


 あまりにもレベル戦いには目を見張るものがあった。

 すると二人の話し声が聞こえてくる。


「荒川のやつ、ああいう技量タイプには弱いもんな。」


「あぁ、それに相手が玄葉ときた、技量の面じゃ、あの人に勝てやしない」


「それな。けどあいつパワーでゴリ押すタイプだろ? ああいうの玄葉には少し苦手なんじゃないか?」


「でも玄葉なら、そこら辺上手くやるだろ」


 二人の男性隊員がそう陰ながらぼやき、それを聞いていた零時は改めて二人の戦闘スタイルを見て推し量る。荒川という女性は近距離戦を得意としていて、重い金棒を振り回せるほどの怪力。対して玄葉という青年は接近戦が得意、そしてそれまでの戦いを見て守りも固い。明らかに差は歴然だった。

 荒川は地面に金棒を突き刺しながらも立ち上がり、息を吐いては吸う。玄葉はその様子を見ても、その糸目が揺らぐことはない。


「まだやり合うつもりなのですか?」


「当ったり前だろ、この野郎。アタシはまだやられるわけにもいかねぇからな」


 その気迫さとしぶとさには、彼もまた少し呆れていた。


「そうですか、なら承知の上であなたを叩きのめします。」


「あぁ、やってこいよ!! 玄葉!!」


 その声と共に荒川は地面を蹴り上げ、玄葉に一気に近づき、金棒を振り上げ地面に向かって叩き下ろし砂煙を引き起こす。

 玄葉は後ろへと下がろうとしたが、その砂煙から荒川が現れ拳を振るう。瞬時に刀で防御するが一気に吹き飛ばされる。刀を地面に突き刺し勢いを殺すが膝をつく。だがそんな息つく暇もなく荒川の追撃がやってくる。


「……!」


 瞬間、跳躍した玄葉は荒川の後ろへと飛び越え、すれ違うようにその攻撃を躱す。


「クソッ!!」


「やはり昔から厄介ですね、あなたの馬鹿力には」


 玄葉は地面に着地と同時に刀を持ち直し地面を強く蹴り上げ襲いかかる。荒川は素早く体を方向転換し、手に持っていた金棒を一気に振る。刀と金棒がぶつかり、共鳴し合い、その火花が散る反響は多くの隊員の心に響き渡せる。二つの武器がとても速く、とても強く打ち合う。その空気感だけで他の隊員が圧倒されるほどの迫力、当然周りにいる隊員たちは口を閉じることを忘れる。

 けど零時だけは見ていた。その素早い動きの中にも、線を描くように、ただただ力任せだけで振るっているわけでもないその美しさ。


「……見える。」


 零時の瞳に、彼らの動きが文字を書くように、一つの線となって記憶に焼き付かれている。


 その刹那、玄葉の逆袈裟斬りが荒川の金棒を弾き返す。


「….ッ!? しまっ…!?」


 荒川は焦った表情を出すが、もう遅い。


「貰いました。」


 瞬時に玄葉の峰打ちが彼女の左肩に当たり、この打ち合いに制した。荒川が痛みに怯みかけ、体勢を崩す。だがしかし、彼女は根っこからの負けず嫌い。


 ここで散る玉ではない。顔をあげ玄葉を捉えるのと同時、彼女の右拳に風が吸い込まれるように徐々に纏っていく。

 玄葉の表情がさっきまでとは違い喧騒な表情になり、刀の側面を盾にし防御の姿勢を取る。そして一気に近づき土の塊が浮きだすほどの強い風を引き起こす。


「こんぐらいは受けとけよ、玄葉!!」

「《疾風撃《しっぷうげき》》!!」


 その掛け声と共に風が拳に纏まり、重い一撃を刀の側面へと当たる。その瞬間辺りの空気が強く揺れ、彼らの周囲の地面さえも抉り取る。荒川は咆哮を上げるのと同時に拳、腕の全体を使い重く振り下げ、玄葉を遠くまで吹き飛ばす。

 地面を足で引きずりながら刀を地面に刺し衝撃を殺すが、流石のあの一撃には玄葉の刀にも亀裂が走る。転ばずに済み、地面から刀を抜き、刀の側面を見て、顔を顰める。


「……やはり、恐ろしいですね。並外れた力を防いだとしてもこれほどですか…。私じゃなければ、死んでましたよ」


 一呼吸置き、息切れ状態の荒川へと近づく。もはや彼には戦う気力なんてものはなかった。

 荒川がまだ戦おうと顔を上げた瞬間、刃先が眼球に届く距離までに迫っており、荒川は固唾を飲んだ。これ以上動いたらやられると悟るように。


「ここまでです。荒川さん」


「…ハッ、やっぱあんたには叶わねぇな。あたしの【反撃】に耐えるしよ」


 荒川は腕を上げ、降参を認める。玄葉は刀を下ろした瞬間、荒川は地面へとへたり込む。そして近くで見ていた一人の女性が荒川の元へと駆け寄る。


「ちょっと風香ちゃん! 大丈夫!?」


 その女性は髪が長く、少し幼さを感じさせられるような童顔と華奢な体を持ち合わせていた。


「ん? あぁ恋《れん》か。ちょいと疲れただけだ…。寝たらすぐに回復するから安心しな…」


「あーこんなところで寝ないで!! とりあえず休憩所に行くよ!」


 彼女は荒川の肩を持つ。その体格には似合わず、荒川を持てるほどの力はあるらしい。


「感謝します。秦野さん」


「いいっていいって。大体風香ちゃんは無理する子だし、アタシがちゃんと見てあげないとだからね〜」


 そう言いながら、秦野と荒川は持ち場から離れていき、玄葉の元に黒髪の女の子が近づくと、速やかにその場から撤収する。それと同時に人々はどんどんと解散していく。そして数少ない中取り残された零時は、先ほどの戦いを見て、整理する。


 ──さっきの戦い、本当に殺し合いみたいな感じだった。手加減という言葉も知らないほど。るなの言っていた通りだったな、うちの模擬戦は躊躇という言葉がないって。本当に言葉通りだったな……。


 ──とはいえ、まずはあの二人の分析だ。玄葉という人物の剣捌き、凄かった。多分俺が見てきた中でも最上位には来るレベルじゃないか? それと反対に、荒川さんは圧倒的な力による攻撃とあの金棒を無尽蔵に振れる腕力。恐らくだが俺が太刀打ちできるタイプじゃない。俺はああいうパワータイプが苦手だし、何より稲美町の件で痛感してる……なら、パワーに勝れる何かを開発していかないとな。


 考えをまとめ終え、零時は右手を取り出し、あの時練り込んだ渦の拳を思い出す。あれは咄嗟に生み出した不完全な技。これを習得するには恐らくまだ時間がかかる。


「とにかく、鍛錬しかないか。憶忘の詳細もまだまだ知らないところが多いわけだし」

「…んじゃ、良いものを見れたことだし、誰かと模擬戦でも…」


 と、零時が辺りを探っていた時、肩に何か温かいものに触れられた。


「っ!」


 咄嗟に後ろを振り向くと、微笑みを浮かべた魔女のような少女に出会った。


「君が例の諏訪部零時かい? お会いができて光栄だよ」


 その少女は零時の瞳を見る。彼女の目は何かに興味を持っているが、どこか感情が抜け落ちているような、そんな瞳だった。


「……へぇ、まるであの子がここにいるみたいな気分だ。瓜二つね、あなたたち」


「……なんのことだ?」


「さぁ? 聞かない方が世のためだと思うよ?」


 どこか聞き覚えのある言い草をされて、零時は少し顔を顰める。


「というか、あんたは一体誰なんだ? 顔も名前も知らない人に言い寄られる趣味は生憎俺にはないぞ。」


「あぁ、名前ね。私ったら、とても大切なことを忘れていたわね。私の名前は柊花凛。好きなように呼んでね」


「…!」


 柊花凛という名前に驚きを隠せず、思わず目を見開いてしまう。それを見た柊は何か察したような表情をするが、零時は平静を保ちつつ、流されないように平気を装う


「そ、そうか、んじゃ俺の自己紹介はいいもんな、知られているわけだし。それで俺になんのようで来たんだ?」


 そう聞くと、彼女は微笑みを浮かべる。馬鹿げたことを聞いてくるね、と今この瞬間に言われると錯覚するほどに。


「いいえ、ちょっとしたお願いをしに来ただけだよ」


「お願い?」


 それを聞き返し、彼女はこちらに視線を寄せ、微笑んだ状態を保ち、言い放つ。


「簡単なことよ。私とさ、戦ってくれない?」


「戦う……? 俺と?」


「そう戦い! 私は戦うのをこまなく愛する存在。戦いとは己の限界に挑戦するということ。つまりのところ、私の承認欲求とその欲に浸るのに付き合ってほしいだけよ」


 そういう彼女の表情は、なぜだか分からないが、恐ろしく心の底から不安を煽るような笑みだった。それを見た零時は、少し息を呑む。


「そ、そうなんだな。」


 ──ごめん、るな。この感じ、約束を守れそうにないかもしれない……


 と、彼は自分自身を情けないなと思い、心の底からるなに謝り、柊の方に視線を向ける。


「……俺もちょうど模擬戦してほしかったところですし、あなたも戦闘をやりたい。利害は一致してますね」


「本当? アハハ! 嬉しいことだ、私と君は似ていると思っていたが、これほどまでとはね。なら今すぐ始めよう。善は急げと言うからね」


 そう早口になる柊はルンルンな気持ちで模擬戦エリアへと向かっていき、零時も後を追いかけようとした時、視界からあるものが映る。


「ん?」


 その視界に広がったものは、蠢く影だった。影が自在に動きながら零時らの元まで近づいてきて、次第にそれは大きくなっていく。警戒をしている零時を他所に、柊はまた面倒なやつが来たと言いかけそうな表情になる。

 そしてこちらに近づき、影の中から魚が釣り上げたように思いっきり人が出てくる。黄土色髪でヘアバンドをつけた如何にもチャラそうな男が現れた。そしてその男はシュタッというセルフ擬音を口に出しながら着地をし、目線が合う。


「おうおう、この俺を置いてきぼりにして模擬戦するつもりなんか? この薄情者たちめっ!! 俺も混ぜろや!!」


 一瞬、辺りは静寂に包まれる。零時はどういう表情を作ればいいか分からずぎこちない雰囲気を出し、柊はふっと鼻で笑う。


「ハッ、そんな表情をするんじゃない新人くん。せっかくのイケメンが台無しや。」


「えっ何ですか? 俺のこと落とそうとしてるんですか?」


「そんな趣味はあらへんわ。ただの茶濁しや」

「というか、お前あの諏訪部零時ていうやつか。いやぁ噂の人物と会えて俺は運がええわぁ」


 そう黄土色の男は高笑いをしていた。なんだかこの人のノリについていけず、ただただ苦笑することしかできない零時。そこに呆れた柊が間を入ってくる。


「ねぇ影バン、先に名乗るものがあるはずだけど」


「名乗るもの? あぁそうやったな、自己紹介を忘れてたわ」

「俺は影原日向や。俺より強いやつをぶっ倒すのを目標にしてる男や。よろしくな!」


 自己紹介すると突然影原は手を差し出し、握手を求めてくる。その手を見て零時は嫌悪そうな表情を見せず、むしろ微笑みながら、その握手に近づき握る。彼の手は少し冷たかった。握手をし終えると、影原は零時の肩に手を持ってきて、コソコソしながら何か耳打ちをしていた。


「諏訪部……言っておくがあいつはかなりヤベェやつやで?」


「え、そうなんすか?」


「そりゃそりゃ……結構前に新人と戦ってたんやけど、あいつ新人をボロクソにやって泣かせた新人イビリやで? だからほんまに気をつけな、死ぬぞ?」


「聞こえてるわよ影バン。」


 と、ニッコニコしている柊の姿が目に見え、影原からは冷や汗が止まらなかった。「ごめん、ごめんて」という声が響き、それほど恐ろしい人だなと感じさせる。すると柊は影原の腕をどかし、零時の腕を掴む。


「ほら、さっさと戦うわよ。諏訪部くん、彼とつるむのは時間の無駄だからね」


「あ、あぁはい……」


 そのまま引きずられそうになったところに影原が絡みに来た。


「おいおい待てや。さっきも言ったが俺のことを仲間外れにするつもりなんか? 俺もその戦いに参加させろや」


 だがそれは、己もその戦いに参加したいという子供じみた言動と勝手さ。これには柊も呆れ、ただただため息をつくことしか出来なかった。そしてゆっくり振り向き、不機嫌顔を見せる。


「さっきも言ったけど、私はこの子と戦う約束を立てたんだから。邪魔をしないでくれるかしら」


「ぐっ……それを言われると言い返しができん……しかぁし!! 俺はとにかくお前らと戦いたいんや!! 強いやつと戦うのはとても生きがいやからな!!」


「はぁ、少し面倒なことになったわね。少し黙らしてあげようかしら」


「ん?」


 零時を他所に険しい顔をするのと同時に左手を開く。それを見た影原は「待て待て待て!!?」とリアクションをする。そして柊が何かを掴むような仕草をした時だった。


「待て。柊」


 風が通り過ぎたと思ったら隣には馴染みのある声が響く。零時が驚き隣を向くと、そこには無表情のはずなのに何故か怒りの雰囲気を感じ取ってしまう古手がそこにいた。


「こんなところでそれを使うのはダメだ。怪我人が出てくる」


 左首を強く掴み、柊はその仕草をやめ、手をぶら下げ険しい顔から少し落ち着いた表情をする。


「おやまぁ、これは古手くんじゃないかぁ、君から来てくれるなんてちょうどいいわね」


「? ちょうどいいって?」


 柊が不敵な笑みを浮かべ、零時、古手、影原の顔を見る。


「ふふ、そうだね。影バン、あなた私と戦いたいと言っていたわね?」


「ん? あぁそうだが、なんだ気が変わったんか!?」


 その返答に柊は「いいえ」と首を振る。影原は「はぁ??」と嘆く。だがこの後の展開を知っているのか、古手はもう嫌な予感を覚えていた。零時はそんなことを知らず、のほほんと聞いていた。


「今でもあなたと戦おうとは思っていないわ。君はまだまだ弱いし、戦いの妨げになるわ。でも古手くんが来てくれたことで気が変わったわ。提案なんだけどさ、私たち4人で乱戦、やってみない? それなら影バンも納得はできるでしょ?」

「もちろんこの乱戦は模擬戦と同じ。相手を降参、または戦闘が続行できない状態なら負け。憶忘の使用はあり、過度に使いすぎるのはダメだけどね。それならいいでしょ?」


「待ってくれ」


 と、そこに古手が口を挟んでくる。


「ん?」


 柊は少し不思議な表情をしていた。


「僕は元々参加するなんて言ってないし、諏訪部と話したいことがあるからここに来ただけだ」


 零時は少し驚いた拍子を見せたのと同時、柊の視線は零時の方へ向け、そして何か悪寒が嫌な感触を


「……ふーん、それは私から諏訪部くんを遠ざけようて、考えてるわけでもないよね。」


 だが古手の表情は変わらず、柊は「やれやれ」などつぶやく。柊が古手の方へ歩く刹那、いつの間にか古手の前にいた。外野の外にいた零時は確かに柊の動きを見ていた。しかし、その俊敏性は明らかに違和感があり、明月や山姥の歳忘とはまた違う動きだった。


「どうせ天使ちゃんからの入れ知恵でしょ? 古手くん、そういう考えはお見通しなんだから。」


「……」


「まぁいいわ、古手くんも大事だけど、今は諏訪部くんの方が大事だわね。」


 古手に背中を向け、こちらを見ている零時の元へ足を運ぶ。


「諏訪部くん、君はこの乱戦に参戦したいよね? こんなチャンス二度とやってこないかもしれないし、ここで古手くんの誘いに乗っちゃうのもまた一つの選択よ。」


「……」


 ──天使ちゃん、もしかしてるなのことだろうな? 俺が知る限りじゃ天使はあいつしかいないし、本当、お人好しなところは変わらないな。


 昨日彼女が言っていたことを思い出す。こういうことには極力首を突っ込むな的なことを。


 ──でもごめん、るな。この人がどれだけヤバい人だろうと、俺は強くなっていかないといけない。父さんの仇討ちもそうだが、何よりるなと同じ土俵に立ちたい。ならまずは目の前にいる柊さんを倒すしかないんだ。


「その戦いに、俺も参戦します。そして俺に、戦いの指導をよろしくお願いします。」


 そう言った途端、柊はキラキラと狂気の表情を表に出す。それを聞いた影原は「マジかよ」という驚きと呆れる表情、古手はただため息をつくだけだった。


「アハハ!! やはり君は古手くん同様一線博した者のようだね。いいねその心意気、気に入った!!」

「乱戦をやるのと同時に、君の願い通り、私直々から根っこから叩きのめしてあげるから、覚悟してね」


 不敵な笑みを浮かべながら、柊は高笑いをし独りでに模擬戦エリアへと向かっていく。そして近くにいた古手と影原がこちらへと駆け寄ってくる。


「君、本気で言ってるの。」


「…あぁ、本気ですよ」


「全く、馬鹿正直度を超えてるわ。あんな奴と戦いたいって所望するやつなんておれへんちゅうのに」


 影原は呆れながら零時の肩に手を置き、まるで生きて帰って来いよと言わんばかりの表情をする。と、その時古手が目の前に来て、その無表情の瞳で零時の目を見る。


「……」


「え、えっと…?」


「……先が思いやられる。」


 と、模擬戦エリアの方から柊の声が聞こえてくる。「早く来なさーい」という催促だった。古手は零時に背中を向けると、そのまま柊が待つ場所まで赴く。そして影原も赴こうとした時、零時の耳元で「容赦はしないぜ」と言い残す。零時は度肝を抜かれたような表情をするが、それが影原に見られることなく、彼はそのまま模擬戦エリアへと赴いて行った。

 その背中たちを見た零時は、憧れとまだ見ぬ世界が広がっていることに痛感する。


 ──今まで歳忘狩りていう箱庭しか見ていなかった。けどその箱庭から抜け出してみると、いろんな人たちがいるんだな……。この世界は、本当に広いな。

 ──でもまずは、目の前のことに集中しよう。


 模擬戦エリアへと歩みながら、これから何をするかを考える。


 ──今から俺がする最初の目標は、新しい技の構築だ。あの渦の拳はまだ安定こそしていないが、一応一つの技としてカウントしてる。とすれば、次の技は足系にするか。んで最終的な目標は、柊花凛を倒すことだ。古手さんの実力は分かるが、影原さんの実力はまだ分からない、警戒は必要だな。


 と、これから隊員について真面目に熟考していた時、ふとるなのことを思い出す。


「……さて、るなにバレたら、なんて言い訳をしようかな。」


 恐らくどんな言い訳をしても「通用しない」で許してはくれないだろうし、めちゃくちゃ怒ってくるだろう。だがそれらになぜか安心感を覚えてしまう。


「さて、戦いの幕開けだな。」


 零時は歩みを止めず、柊たちが待つ模擬戦エリアへと赴く。


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 ノスタルジア・システム東京本部 -第一通信エリア-


 零時と柊たちが模擬戦へと始まる同時刻、情報部隊の拠点の一つである通信エリアに一人の者が立っていた。


「さて、準備はこれでいいか」


 ローブを纏い、フードを被りながら変声器を使う人と、その者にふわりと漂いながら着いていくクラゲ、そして地面には多くの人が倒れていた。その者は通信設備の前へと立ち止まる。


「海星《かいせい》。通報システムが作動しないよう目の前のやつを壊せ」


 その声と共に、海星と呼ばれるクラゲの足が通信設備へと触り、その数秒後に海星はゆっくりと足を離す。その『ローブの者』は不敵な笑みを浮かべると、腕にあった腕時計に声をかける。


「通信システムは一時的にショートさせた。あとはそっちに任せるよ」


 それだけを言い残し、『ローブの者』は立ち去っていく。海星は何かオドオドしながら、辺りをキョロキョロと回っていく。


「動き回るな、海星。それから安心しろ、この腕時計は特殊な構造してるから誰にも、幹部でもキャッチはできない。それよりもお前は消えておけ、その姿を目にしたら騒ぎを起こす。」


 海星はしょんぼりとした仕草をすると、その場から姿を消す。『ローブの者』は辺りを見渡し、そのまま第一通信エリアから立ち去って行った。


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