第二十一話 君の信念
それから翌日、朝の朝礼にて、明月碧は前衛部隊の隊員に永核調査のため、しばらく持ち場から離れると伝える。皆最初は困惑していたが、明月のその目に誰も反対の声が上がることはなかった。
「僕が離れている間、前衛部隊の代理幹部を榎田奨さんが務めさせていただきます。」
そう言われ、榎田は明月の横に立ち、でかいため息を出す。
「なぜか明月に代理をお願いされた榎田だ。堅苦しい肩書を持っちまったがあ、まあ隊員時代と変わらず、気軽に関わっていってくれよな、よろしくな」
榎田奨。明月の同期であり、ノスタルジア・システムの中でも六英傑と肩を並べるほどに強い。他と比べたら向上心が低いものの、やる時はやる男でもあり、一定数の人からは尊敬されている。
軽い挨拶を終え、明月としばしの間の別れを言い終えた後、隊員たちはその場で解散し、明月と榎田だけが残り、ただ重苦しい空気があったが、それを打ち破ったのが榎田だった。
「なぁ、明月。」
突然会話を振られ、明月はこちらへ視線を向ける。
「なんですか?」
「今一番の疑問をお前にぶつけるんだが、なんで俺を代理幹部にさせたんだ? 俺以外にも強いやつとか、務めれる器はいただろ?」
「柊とか玄葉とかさ?」
そう嘆く榎田だが、天賦の才を持つ二人や、将来性のある精鋭隊員なら、更なる部隊の向上も繋がるはずが、明月はその枠外である、榎田を選んだ。
だからこその疑問だった。しかしながら彼自身自己肯定感が低いのも起因しているのだろう。
「……確かに柊さんや玄葉さんは強いです。ですがそれだけ。心の面ではまだ未熟な部分が多くあり、性格に難があるお方たちはこの部隊にたくさんいます。ですが奨さんは、僕と共に活動していきましたので、それなりの常識心があります。」
顔色一つの表情を変えず言う明月に榎田は少し恥ずかしそうにしながら頭を抱える。
「るっせぇな……それとお前が強い強いって言われたら煽りにしか聞こえねぇぞ」
「おや、そうなんですか? なら言葉も慎まなければいけませんね」
「ですが、強い弱いなんて関係なく、単純に僕があなたのことを信用しているので、任せただけですよ」
「……そうかよ」
そう照れくさそうにして、顔を見せないよう視線を下に向ける。相変わらず明月は微笑んだ表情をあまり崩さない。それだけでも恐怖が勝るのに、榎田は"いつものこと"として触れなかった。
「ま、永核の調査頑張れよ、それから調査中に道端で死ぬなよ、歳憶者」
そう言い、彼は明月の元から立ち去っていった。
一人残された機械人形は、ただ自分の役目を果たすため、場を後にする。でもその表情は少し、機械人形とは思えない憂いた表情だった。
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「しかし、明月のやつ、このノスタルジアからしばらく離れるなんてね。明日は槍でも降りそう雰囲気だわ」
隊員たちが別れた後、六花は中庭のベンチを足を運び、玄葉と共に更けていた。
「えぇ、いきなりの宣告には、私も正直驚きました。」
「それはみんな一緒のことよ。なんかいろんな問題が発生しているところに、永核ねぇ」
そう二人は苦い顔をした。永核はこの世界において、犯罪組織でもある。だからこそ、この二つの組織は良くぶつかり合うことがある。
「ねぇ、公平」
「なんでしょうか? お嬢様」
「……あなたは今回の永核の動きを、どう見る?」
「動き、ですか」
永核は、表で動く頻度は極端に少なく、目撃情報も少ない。稀に大きな事件を引き起こすことがあり、最近の代表例としては、5年前に起きた『九州事変』。この事件は、拠点に置いているノスタルジア・システム福岡部隊周辺が大きな被害を出し、その傷跡は今でも固く刻まれている。
「確かにここ5年ほど。あの九州事変が起こって以来動きはほぼありませんでしたが、永核がここ最近になって動き始めた。私にとってはこの動きは何かの前兆だと見据えております。」
その答えを聞き、六花はまた考え込む。永核の動きが読めない。ただそれだけの情報が邪魔をし、永核を深く知ろうとしても、無駄なことだった。
そして嫌気をさしたのか、頭を抱えながら、「ウアァー…!!」と言いながら、歯軋りを鳴らす。玄葉が「落ち着いてください」と伝え、六花は多少は落ち着くことができた。しかし
「最近は歳忘化が問題視されている状況で明月が抜けるなんて、あの人本当自分にわがままなところ多いのよ!! というか上の人たちも全員わがまま!! お父さんもわがまま!! そうでしょ公平!?」
「は、はぁ…」
先ほどの思考のせいなのか。矛先を上の人たちに変え、彼女はかなり大きな苛立ちを覚えてしまう。
この組織にとって、元帥、総帥、六英傑、上層部、各部隊の幹部が一人でも脱退、もしくは死亡でもしてしまったら、全体のダメージが大きく、これからの方針にも影響を大きく与える。
現在元帥は北海道にて遠征中。六英傑の二人は別の地方に派遣され、一人は元帥と共に遠征、三人は組織に留まっているが、もう一人はあるアイドルグループの護衛に忙しく、正しく言えば二人が現在組織に在住している。
「…そう考えたら、上の人たちはかなり自由奔放ですね。恐らく一番苦労をかけているのが総帥の園崎様、それから六英傑の伊佐野咲夜様、紫雲雷夏様、それから上層部の方々も忙しい頃合いでしょうね。」
「本当にね! 本当上の人たちは頼りないわ!! もっと本部のことも気にかけなさいよ!!」
今までの恨みつらみが爆発したのか、六花は言いたい放題で、これには玄葉も頭を抱えてしまう。こうなって仕舞えば、たっぷり言わないと気が済まない。昔からの拗れた悪い癖だ。
「……」
ただ一人の従者は、彼女の怒りが収まるまで、静かにしていようとそう決断したのであった。
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朝の朝礼から少し時間が経ち、廊下を歩いていた零時はるなのお見舞いに行こうとし、リンゴがたくさん乗った籠を持ちながら、いつもの表情さりながら、微笑んだ表情で足を運んだ。
「さてさて、今日もお見舞いに行かないとな。それにしても朝からの訓練はきつかったなぁ」
と、片方の肩を回しながら、嘆きつつ足跡を鳴らしていく。
今回、朝の朝礼で話したあの一件は、すぐに前衛部隊の皆が驚きの声と絶望の声が聞こえた。
──明月さんが離れるだけでみんなあんなに絶望するんだな、まぁあの人は確かに強いけど
その皆から期待されてる人が今この現場から離れるのは、相当な痛手だと聞く。
そして上の人でも明月碧には劣るが、それ相当の実力者のほとんどがこの組織からいなくなっている。そう聞くと、今この現代で最も最強な歳憶者、明月碧がいなくなるのは状況的に苦しいものなのだろう。
「ま、そう頻繁に大事件なんて起きないだろうし、隊員のみんなは強そうだし、大丈夫だと思いたいんだけどなぁ」
能天気ながら、彼は少しノスタルジア・システムのことを過信をしていた。
そんな時、後ろから足音が聞こえた。
「隊員のみんな、ね」
女性の声が聞こえる。それも少し幼さを感じながらも、強気な声。「誰だ!」と声をあげる前には既に零時は振り返っていた。考えるよりも先に体は動いていた。
「うわ!? 急に振り返るなよ! ビックリするじゃないか!」
そこにいたのは特徴的な緑髪のショートウルフ風と顔にはツギハギの痕、タレ目、見た目からは少し大人しめな印象を受ける女の子だった。
「…えっと、迷子か?」
そうガチトーンに聞いてくる姿に、緑髪の少女は眉間を寄せる。
「僕をなんだと思ってるんだ。というか僕はここの隊員だから、君よりかは詳しいんだぞ。迷子にはならない。」
「あぁ、そうなんですね。……ではご縁があれば、また」
これ以上関わっていると気まずくなりそうだと判断した彼は、そそくさに立ち去ろうとする。
「待て待て待て!! 僕を無視するんじゃない!!」
だがそこに大きな声をあげ止めてくる少女がいた。
「せっかく君とお話しの相手をしてあげようと思ったのに、その態度は一体全体なんなんだ。先輩として少しイラつくものがあるぞ」
流石にそこまで引き留めてくるのに若干の苛つきを覚えた零時は少し語気が強くなる。
「なんですか? 俺るなのお見舞いしないとだから、また後にしてくれますか?」
「るな」という単語を聞くと、緑髪の少女は少しの沈黙を貫く。
「…ん?」
思わぬ沈黙に彼は度肝を抜かれる。
そして彼女は思い出したかのような表情へと変わる。
「…るなって……あぁ、なるほど…。」
「ん? どうしたんだ急に落ち着いて」
「いや、ちょっとね…というかそれ天ヶ瀬先輩のやつなのか。」
そう籠の中にあるりんごに視線が行く。
「ん、あぁ、そうだが……」
「だからそんなにりんごがあるのか。確かに先輩はりんごが好きだけども」
「そんなに食べるだろうか?」
大量にあるりんごの籠を指差しながらそう呆れた様子で言い放つ。数えるだけでも十を超えており、とてもじゃないが食べ切れる量ではないのは明白だ。
「ま、余った分は次回のお見舞い品として持っていくだけですよ。それより、先輩って……」
「……一応天ヶ瀬先輩は、入隊歴じゃ先輩に当たる人物だしね。それにあの人に僕は一度救われたし」
「……そうなんですね」
さっきの無礼、それもるなの後輩なのにあの感じは彼女にとって少し嫌な気持ちになったと零時は考え、すぐに頭を下げる。
「さっきはすみません、あんな横柄な態度取ってしまって」
そう突然謝ってくる様子を見た緑髪の少女は引き気味な視線で零時のことを見つめる。
「は? 何いきなり、気持ち悪いよ?」
「いや、あの、俺自身少し焦ってて……」
「はいはい、言い訳無用無用。それほどあの先輩に釘付けにされたのは分かるけど、限度というものを知りなよ。君単体で世界が回ってるわけじゃないんだから。」
と、軽い叱責を食らい、零時は悄然としていた。それを見かねた緑髪の少女は「とりあえず、自販機近くまでついてきて」と言われ、零時はそれに応じ、ついていくことにした。
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〈ノスタルジア・システム-訓練場-休憩所〉
自販機前に着き、緑髪の少女はオレンジジュースの缶を購入し、ベンチに座る。
「で、いきなり連れ出したけど、時間とかは大丈夫かい?」
「時間?」
一度腕時計で時間を見てみると、まだお見舞いの時間に余裕があると報告する。それを聞いた緑髪の少女は安心したように息を吐く。
「んじゃ、少し話をしよっか。でもその前に自己紹介を」
「僕の名前は草薙いのり。後衛部隊の隊員だよ」
「俺は諏訪部零時。よろしくお願いします」
「あ、僕に対しては敬語とか先輩なんて使わなくていいよ、堅苦しいのは苦手だからね」
草薙はそう淡々とした感じを出しながら、オレンジジュースを飲む。でもその表情はかなり幸せを感じているようだった。
「ん、さて、ジュースも堪能したし、いろいろとお話していこっか」
決め込んでいく草薙を見て、零時は「なんのことだ?」と疑問を持つ。
「諏訪部、君はこの組織についてよく理解しているかい?」
「……いえ、そんなにだが…」
ジュースを一気に口の中に運び、その缶からは少しだけの重さが消える。そしてベンチから立ち上がり、ゴミ箱の方まで歩む。
「じゃあ今僕たちが置かれている現状も知らないわけだね」
そう言いながら、缶をゴミ箱の中に捨てる。
「今ノスタルジア・システムは、正直なところ、かなり崖っぷちな状態だよ」
「崖っぷち?」
そう言われても、ノスタルジア・システムの全体像が読めない今は分からないものだ。
「まぁ簡潔に行っちゃえば、六英傑のほとんどがいなくて、元帥の赤城さんや現代最強の明月碧さんがいない。それだけでも組織としてかなりの弱体化してるんだよ」
ベンチに座り、草薙は「んー」と言いながら足や腕を伸ばす。
「明月さんがいなくて弱くなるのは分かるんですが、そこまでなんですか? 六英傑とか元帥とかいなくったって」
それを聞いた草薙は人差し指を零時の前で立て、「チッチッチッ」と言いながら人差し指をメトロノームのように動かす。
「君も分かっているかもだけど、年々戦力を増している歳忘、そして箱庭で犯罪やテロを起こしている永核や五楽罪、自然災害そのものの葬忘と罪憶、この世界には問題が山ほどあるんだよ」
「君も流石にこの名前ぐらいは知ってるでしょ?」
「あぁ、流石にそれらは知っているよ」
葬忘は、歳忘よりも強大な力を併せ持つ化け物であり、歴代の歳憶者を殺してきたと言われる存在。全部で4体いるが、そのうちの一体は討伐済み。
罪憶は大罪を冠した七体の歳忘であり、葬忘とは違い人の手によって産み落とされた災厄の一つ。今は三体が撃退されているとか。
五楽罪は5人の憶忘者によって構成された犯罪集団。数こそ少ないが、個々が最強戦力であり、未だ逮捕されていない。
永核は犯罪組織だが現時点での情報が少なく、唯一分かっているのが『忘核断罪人』と『九州事変を引き起こした組織』である。
「今は関西で起きている『将軍』討伐で東京や広島の部隊が向かっていってるけど、収まる気配がない。もうそろそろ僕たちにも降りかかってくるだろうな」
そう嫌な顔をしながら、ため息をつく。
そして、零時はふと歳忘狩り時代に聞いた『将軍』について、少し思い出していた。
一体で何万の人の首や手足を切り落とし、コレクションしているという奇妙な趣味を。真偽は定かではないが、その時の零時は底知れぬ恐怖に怯え、話を忘れようとしていた。
だが、彼は人生という根幹を変えてくれた人物がいる。それがある限り、彼はまだ輝き続けれる。
「『将軍』か。嫌な思い出しかないやつだ」
そう鼻で笑う。
「なんだ? 会ったことがあるのか?」
「いやない。むしろ話を聞いただけで背中がゾワっとした」
「ふっ」
それを聞いた草薙も同様に鼻で笑う。
「なぜ鼻で笑う??」
「さぁね。そこは深く聞かない方がベストだよ」
草薙は軽く受け流すと、少しだけ真剣な表情になる。
「それに僕は君に聞きたいことがあるから、今日呼びつけたまでだよ」
零時を呼び出して聞きたいこととは、一体なんなのか、彼は少し身構えていた。
そして草薙の口は動きだす。
「僕が聞きたいことはただ一つだよ。君の信念ってなに?」
その言葉を聞いた零時は、少しだけ思考が『信念』という言葉に侵される。
「俺の信念…?」
「難しく考える必要性はないよ。ただノスタルジアに入る人たちは、皆違った信念を持っている。じゃあ君にとってその信念はなに?」
少しだけ考え、そしてこの4年間ずっと、大切にしていた信念を見つけ、彼の口は動いていた。
「今と昔も変わらない、俺は歳忘を滅亡させ、人々を救う。そして父さんの仇を討つ。それだけだ」
草薙はかなり驚いた拍子を見せ、次第に笑いが込み上げてくる。だがそれは決して、馬鹿にしている笑いではない。零時がその様子を見て目を点としていた、やがて彼女の笑いは絶え、少しの微笑みを彼に見せる。
「いやぁ、まさかあの先輩と同じ信念を持ってるなんて、親の仇までは言ってなかったけど、偶然ってここまで交わるもんなんだなぁ、感心ものだよ。」
「……あの先輩? 誰のことなんだ?」
「すまないが、先輩から釘を刺されてるから、言うつもりはないよ」
「なんだ? そっちだけの秘密の約束事か? 仲間外れ感がすごいぞ」
「君ってそんな性格だったか? 天ヶ瀬先輩から聞いた時とは全然違うんだが」
まるで性格を全て知っているかのような口ぶりだったが、特にそこは気にしてはいなかった。恐らくるなが流し込んだのだろう。だが4年間関わりを絶っていたんだ。多少の性格のずれはある。
「るなは昔の俺のことにとことん詳しいからな、だがその分今の俺の性格はあんまりわかっていないだろうな。昔から愛されていたとしてもだ。」
「……確かに言い分は理解できるなぁ、僕は彼女の奥底までは理解できてない。その辛い気持ちまでは汲み取ることなんてね。」
そんな意味深なことを言い出した後、席から立ち上がる。なんとなく色々と話せたおかげなのか、とてもスッキリしたかのような、はたまたやり切った感を出していた。
「んじゃ、僕はそろそろ行くとするよ。話すの楽しかったよ」
「ん、こちらこそ」
「さて、日向のところまで行かないとなぁ、今日も依頼に行くとか、本当大変な人だよ」
そんな独り言が聞こえ、頭を掻きながら、訓練場の休憩所から立ち去っていく。残された零時も席から立ち上がり時間を見る。現在の時刻は12:45。
──よし、るなのお見舞いまでに向かう時間があるな、さて向かうとするか
改めて籠を持ち、休憩所から抜け出していき、るなが待つ病室まで向かっていった。
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ノスタルジア・システム本部附属病院─病室
ガララと扉を開ける音が聞こえると、弓の弦を確かめていたるながこちらへと振り返り、段々と笑顔になっていく姿が露見される。
「零時!」
「よっ、時間はちょうどだったか?」
近くの棚の上にりんごが入った籠を置き、椅子にへと座る。るなは弓を手品みたいにその場から消し、手元が空っぽになった少女へと変わった。
「うん、タイミング良しだよ」
「それとさっきステラさんが来てくれて、もう少ししたら退院できるって言われたよ〜」
「おっ! やっと退院できる日が近づいてきたのか!」
「良かったなぁ! るな!」
もう少しで退院ができることに零時は嬉しくなり、ついるなの手を強く握る。るなは「落ち着いて落ち着いて!」と焦りながら零時を宥める。
「全く、一応まだ病人なんだから、気を遣ってよー」
「あ……す、すまない。」
「ふふっ、ま、これはこれで昔の零時ぽいし、それでいいんだけどね」
そう昔のことに更けながら、るなは澄ました顔で窓の外を眺めていた。その間りんごの皮を剥きながら彼もまた昔のことを少し思い出していた。
──そういえば昔、るなが病み上がりの時もこうやって会話していたな。確かお互いの親がいないときに……
──親、か。
その少しの集中力が切れた時、指から何か熱くなった気がし、次第に痛みが増していく。
「いっ…!」
零時がその指の方へ確認すると、果物ナイフが自分の指に切りつけてしまい、そこから血が流れていた。何か異変を感じたるながこちらへと振り返る。
「零時? どうしたの?」
「…少し指を切った」
「え…!? 大丈夫…!?」
と、強く心配してくるるなの眼差しに、零時はただ濁すことしかできなかった。
「だ、大丈夫だ! これくらい他と比べればかすり傷だよ」
ティッシュを取り出し血を抑え、ウエストバッグから包帯を取り出し、それに自分の指をくくりつけ、雑ながら応急処置を終える。それを見ていたるなは少し不安に思いながら、零時から差し出されるりんごを貰う。
「……」
──りんごを一口食べる。シャキという音を鳴らし、食べる。確かに美味しかった。けどさっきの光景を見てしまったら、少し味気さというものが無くなってしまう。
「……るな?」
「……え?」
突然声をかけられ固まってしまうるなの姿に零時の顔には少し困惑が生じていた。
「美味しいか?」
「……う、うん! すっごく美味しいよ! やっぱりりんごって最強だよね!」
「相変わらずの元気さだな。お前は」
少しばかり気にしすぎたなのだろう。だけどさっきまでの表情は、零時の血を見て食欲を失せたのか、それとも何か別のことなのか、と考えて意味はないと思い、零時はすぐにその考えを捨てる。
「ところで話は変わるんだが、明日誰かと模擬戦しようと思ってるんだけどさ」
「え? 模擬戦?」
「あぁ、明月さんと一緒に見に行った時に他の人たちが模擬戦してるところを見かけて、俺もやってみたいと思ったんだ。自分の実力も測れるわけだし」
「……」
そう話しはしたものの、なぜかるなの表情は気難しそうでとても困っているのか、迷っているのか、よく分からない表情。
と、るなが「致し方ないかぁ〜……」と覚悟を決めたのかこちらへと顔を向け話し始める。
「零時、先に言っておくんだけどさ」
「うん」
「うちの模擬戦、普通に半殺しとか当たり前なのよ」
「……え?」
度肝を抜かれ、弱々しい返事することしかできなかった零時を置いてきぼりにし、るなは会話を続ける。
「普通模擬戦って歳忘とか人との戦いに備えてその身で覚えさせていくパターンなんだけどさ……うちって、あのー、血気盛んな人が多いから、普通に負傷者が多いんだよね……」
「だから基本半殺しとかの模擬戦は精鋭以上の隊員以外はやらないんだよね。それで新人が辞めていったら困るわけだし」
「それ聞いただけでなんとなーく理解はした。るなが言いたいのは『模擬戦はいいけど血気盛んな人には気をつけて』というわけね」
それほどノスタルジア・システムの模擬戦は現場と同じ思いを感じ取れるということだとなんとなく悟る零時。
「まぁそういうことだね。特に柊先輩ていう人がいるんだけど……あの人めちゃくちゃ強い反面普通に新人いびりが凄いから気をつけてね……本当に!!」
「……柊、ね。分かった、とりあえずその人には気をつけておくよ」
と、言葉上としてはその発言をしたが、
──実際のところ、その人物というのがすごく気になる。めちゃくちゃ強いということは、それほど勉強になれるような人ということなんだろう。……一度会ってみたら……
「零時、良からぬ考えはやめなよ? そうやって張り切ってボコボコにされてきた人を私は何度も見てきたんだから」
るなはこちらをジーと見つめながら、圧強めの警告をしてくる。
「……るな、俺の考えてること分かるのか?」
そう恐る恐る聞く姿に、るなは鼻を高くしながらこう言う。
「これでも幼馴染なんでね。分かりゃなきゃ幼馴染失格だよ」
アハハと乾いた笑いをしていた零時はこの時、幼馴染、特にこのるなという人物には敵わないな。と思ったのであった。




