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終焉の箱庭  作者: 時雨無名
第一章 【骸の残響と記憶の結晶】
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第十九話 無情の刃


「矢倉さんから聞いた老婆の歳忘がいない、ですね」


 ──五感を働かせても、これといった存在はいない、ということは、討伐完了という認識でよろしいですね。


 視線を下ろし、その場に倒れ込んでいる3人を見て、事の重大さに責任を感じ取る。


 ──僕が遅れたばかりに……。しかし、ここまで耐えてくれた皆さんには、感謝しかありません。


 そう心の中で呟き、大剣を構え直す。


「古手さん、調査員を率いて一度ここから引いてください。3人の手当が最優先です」


「…分かりました」


 速やかに調査員を連れ出し、矢倉、るな、零時を運ぶため調査員と協力し、古手もその場から離れていく。

 離れていく前に、明月は古手から矢倉の通信機を預かり、別行動している隊に連絡をかける。


「こちら明月碧です。金沢さん、返事をお願いします」


『あれ? 明月さん!? なんで明月さんから連絡が…矢倉さんは!?』


「その話は後ほど。とにかく今はこの記骸域から手を引いてください。多数の怪我人が出ています。そちらは?」


「私たちのとこは怪我人は0です。とりあえず事情は分かりました、すぐ記骸域から抜ける準備をいたします。」


 そう言い、通信は途切れる。明月は無線機をしまい、大剣を構え直す。それを眺めていた老人は不敵な笑みを浮かべているように見えた。


「僕の大切な隊員たちを傷をつけたのはあなたたちですか。度胸はありそうで助かります」


「──お前は、救うことなんてできやしない」


 そんな言葉が、頭の中に響くが、明月はそれに応えない。その老人は、応えない明月を見て軽く驚く所作をする。

 天狗が風の刃を飛ばしてくるが、明月はそれより早く腕を動かし、一振りで打ち消す。その反動で辺りに風を巻き起こし、ただ髪が靡く機械人形がそこにいた。


 この瞬間、歳忘たちは理解する。奴は、絶対に戦ってはいけない怪物だということに。


「──────…!!」


 老人は逃げようと動き出そうと、明月のことを見つめるが、既に彼の姿はなかった。疑問に思う時間すらなかった。


 なぜなら、老人が動こうとした時には、既に世界が反転していたのだから。


「─…?」


 最期、老人の瞳に映ったのは、冷酷に見下ろす明月の姿と自分の体が滅んでいく姿だった。


「まずは一匹。」


 灰燼と化していく老人を見届けた後、彼は上を見上げる。


「あとは、あの天狗ですか。風…と似た性質ですが、恐らく憶忘の根幹はそれに似たものでしょう」


 ──まずは、下調べからいきましょう。


 どの戦いでも慢心しない、それこそがこの男、明月碧なのである。


「少々手荒いやり方になりますが……」


 明月は大剣を強く握り、足に更なる負荷がかかる。世界全土の重力が、彼によって支配されているかのように。

 肌が凍りつくな感触を至った天狗は、竜巻を身体中に纏わせ、最高速度で逃亡を図る。


「葬ります」


 その一言と共に、木と空気を薙ぎ倒し、彼は上空へと飛び出していく。これだけでは追いつかないのは彼も理解している。だからこそ、彼は足で空気の面を捉え、更なる速度で天狗に追い抜こうとする。


 天狗は風の刃を出しながら明月の行動を阻止させようとするが、体験の一振りで簡単にその風の刃を鎮圧させる。

 埒が開かないと理解した天狗は、素早く広範囲の竜巻を呼び出し、明月に襲わせるが、軽く大剣を振ったその刃によって、竜巻もまた一瞬にして消え去る。


「──…!! ───…ッ!!」


 天狗は冷や汗かきながら、何度も、何度も風の刃を飛ばすが、この化け物には、そんなもの通用することができない。さらに速度にギアを入れた明月は天狗の間合に入る。


「───っ…!!」


 羽団扇を刀へと変え、明月に襲いかかる。


「ここで襲いかかりますか、それは好都合です」


 天狗の一閃は確かに速い。並の隊員では勝てない、ましてや空中戦では彼の戦場でもあり、戦える人も限られる。

 けど、明月はそれらを踏まえてもなお、劣る様子はなかった。


 放ってくる天狗の素早い斬撃一つ一つを捌き切り、やがて羽団扇が壊され、天狗は一瞬動きが鈍った。そこを構わず明月は天狗の肩口から脇腹まで切り伏せる。


「──っ!!」


 明らかに大ダメージだった。だが天狗はしぶとく飛び続け、明月に一矢報いようとし、風の刃や地上の大地を使い殺す勢いで葬ろうとした。


 だが、風の刃や地上から攻撃を仕掛けてもなお、顔色一つ変えず、その全てを大剣によって裁断する。


「これで終わりですか。少し骨がある相手だと思いましたが…残念です」

「僕の力、不思議ですよね。なぜ普通に空中に滞在できるのか。簡単に言ってしまえば、これは僕の憶忘と関係があります」


「もっとも、君たちみたいな歳忘には、教える義理はありません」


「あなたの憶忘はもう理解しました。ここで仕留めます。」


 明月は時間なんかを取らせず、一気に間合いを詰める。天狗もただ黙っているわけじゃない、真っ赤な翼から腕が伸び、明月の腕や足、顔へ襲いかかろうとするが、大剣を一振りしただけで、その腕たちから青黒い血を吹き出す。


 その影響で飛べなくなった天狗は空中を舞いながら落下。地面に衝突する準備が整ってしまった。

 明月はそれを逃すことなく、空の面を蹴り天狗に襲いかかる。天狗はすぐさま風圧を起こすが、それは通用することはなかった。


 その刹那、明月による会心の一撃が天狗の腹に直撃し、天狗は重力に従い地面へと衝突し、土煙を引き起こす。

 それに乗じるように明月は綺麗に着地するのと同時、土煙は煙ひとつもなく散っていく。

 やがて核を露出した天狗の元へと近づき、冷徹な瞳だけを見せられ、その無情の刃が、奴の活動を止めた。


 悲痛な叫びが、聞こえた。


 核は崩壊し、やがて天狗の体は灰へとなっていく。天狗は最後まで恨み言を言っていたように聞こえたが、明月にはその言葉の真意は分からなかった。


 最後まで見届けた明月の瞳からは、同情や悲しみの感情なんてなかった。


 ただ傀儡が壊れただけ。それだけだ。


「処理完了ですね。しかし、ここまでの被害が出てくるとは…」


 年々、歳忘による被害は格段と広がっている。それは人員不足もあるが、本質的には、歳忘が強くなっていっているということだ。もしこのまま続けば、このような惨事は続いていくのだろう。


「調査員の方も、やはり何人かは死んでいましたか…。この空間で人は死ねば、人ならずものになる、葬式なんて、そんな贅沢さえも開くことなんてできません」


「とても、報われない最期です」


 明月がそう呟いた矢先、数名の死体が動き出し、やがて元が人とは思えない造物へと変貌していった。明月は少し優しそうに、かといってぐちゃぐちゃな表情を出さず、慈愛の表情だけが残り、足を動かす。




 明月碧。ノスタルジア・システム前衛部隊幹部の肩書を持つが、彼にはもう一つの肩書きがある。



【歳憶者】



 それは人類の中で最も超越した存在であり、限られた人物にしか与えられない称号。一人で千の数の歳忘を狩ることができる、人類の異能。


 そして、明月碧が今手にしているその武器は、この箱庭の世界に12本しか存在しない、【十二の神器】に属する【神剣アマテラス】。


「……僕ができるのはただ一つ、哀れな魂たちを、この記憶の聖域に眠らせることだけです」


 軽く拳に力を込め、足腰を強く、そのまま体に従うように強く振るったその斬撃は、前方の大木を消し去るほどの威力を放つ。その場にいた歳忘も、森の中にいた歳忘が全て、この世から抹消されたのが、伝わった。


 煙が上がった時には、前方には地面が所々削れており、大木全てが消え、辺りは更地となっていた。


 一仕事を終え、その更地を眺めていると、後ろから聞き覚えのある声が聞こえる。どれも驚愕の声と引きぎめな声が多数であり、明月は溜まっていた息を吐き、振り返ってみると、そこには金沢たちがいたのだ。


「明月さん!! やっと見つかりましたよ…!」


「金沢さん、ご無事で何よりです。」


 大剣を背中に背負い、金沢と視線を合わせる。


「いえいえ…それよりも、矢倉隊長たちは大丈夫なんでしょうか? それにあの若い隊員たちも…」


「皆さん命拾いしていますが、ここからどうなるかはまだ分かりません」


 そう不安を煽るような発言に、金沢たちは少し危機感を覚える。


「そうですか…」


「そちらの方はどうなりましたか? ここに潜んでいる核を見つけ出すことはできましたか?」


 そう聞く明月だったが、金沢たちの顔は、とても喜ばしいものではなかった。


「いえ、それがまだ。今回はかなりの奥深いところにあり、見つけるのにまだ時間がかかるかと…」


 記骸域の核は、生成される場所は全てランダムであり、外からやってくる人間が知ることはまずは不可能。だからこそ血眼になってまででも探し出さないといけない。見つからないというのは、絶対に許されてはいけないことだから。


「分かりました。では一度、ここから引くとしましょう。矢倉隊長、諏訪部隊員、天ヶ瀬隊員は、その他の隊員も重傷ですので、改めて第三調査隊と合流しましょう。」


 金沢たちは掛け声を入れると、その場から離れていき、この記骸域から抜け出していった


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 記骸域から抜け出した直後、近くにいたタイアイは副隊長の元へと駆け出していき、とても心配されている様子だった。

 対して、不機嫌そうにしていた黒髪の幼きお嬢様とそれを冷静に宥めている眼帯をつけた従者が明月の帰りを待っていた。


「あら、人騒がせの最強さんがやっと帰還なさいましたよ」


「そうみたいですね」


 嫌味を言うお嬢様と、それに便乗する従者が二人いた。


「玄葉さん、赤城さん、急な同行に申し訳ありません」


 待っていたのは、黒髪が目立つ華奢なお嬢様、赤城六花と、灰色の髪をし、糸目が特徴的な従者、玄葉公平という2名の人物だった。赤城は少し不機嫌な様子のまま、明月を睨む。


「全くよ。今日は特に任務がなかったからゆっくりとできると思っていたのに、どうしてわたくしたちが呼ばれたわけなのかしら」


「ええ、私たち以外にも適任はいたはずなのですが…」


 そんな戯言を言いながらも、明月はそれらを流しながら、負傷者たちが担ぎ込まれているところと、怪我人の手当てを目で追いかけていた。玄葉もその様子に気づいていたが、明らか数が減っていることに気づく。


「…明月さん、調査員の方は、何名か死亡したのですか?」


「はい。彼らは最期歳忘となりましたが、ちゃんと弔ってあげました。僕ができるのはこれだけですので」


「そうですか。ですが、その様子だと私たちのところの隊員は生きていそうですね。よかったです、ここで戦力が減るのは荷が重くなります」


「…けど調査員が亡くなるのは、確かに残念ね。ちゃんと心の中でも弔ってあげましょ。さて、ここで待つという仕事を終えたし、わたくしたちは帰っていいかしら?」


「すみませんが、まだもう一仕事お願いできないでしょうか?」


「……はぁ、これだから行きたくなかったのよ。」


 赤城はイヤイヤそうに言いながらも、軽いストレッチを行う。玄葉は彼女の行動に気が付き、いつも玄葉に常備させてある鉄の扇を取り出すと、赤城はそれを受け取り、大きな息を吐く。


「それで、わたくしたちはどこに行けばいいわけ?」


「第三調査隊の隊長の元へ向かってくれれば大丈夫です。」


「そう、分かったわ。行きましょ、公平」


「かしこまりました、六花お嬢様」


 そうして、赤城と玄葉は第三調査隊の元へ歩んでいき、明月はただそれを見届けた。彼もまた帰還をしようとした時、背後から聞き馴染みのある声が聞こえてくる。


「少し帰還なさる前に、あたしとお話しいたしませんか? 明月さん」


 そう引き留めてきたのは、タイアイだった。


「僕とお話ししたいとは、随分な物好きですね。」


 自虐と自分に対しての嫌味が混ざった口調で彼は答える。


「まぁ、今後のことをお話しさせてくださいよ。」


 少しばかり溜め込んでいた息を吐き、風に当たりながら、明月はタイアイの話を聞くことに決めた。


「僕でよければ、ぜひお聞かせください」


「感謝するわ、明月さん。ですが本題に入る前に少しばかりの雑談に付き合ってもよろしいですか?」


 タイアイは、決まって大事な話をする前には雑談を挟みこむ、それは単純明快、彼女は雑談というものが大好きだから、どれだけの歳月が経とうとそれの根っこは変わらない。


「えぇ、構いません。」


 明月はそれを承諾する。


「ありがとうございます。」

「では一つ、あたしが気になったことを。明月さん、あなたにとって諏訪部零時は、どう見受けられますか?」


「諏訪部、さんですか」

「僕もまだ彼の戦闘を間近で見ている訳ではありませんが、言えることでしたら、とても健気な青年、そしてあの戦いで生き残れた強者です」


 ノスタルジア・システム前衛部隊での生存率は、他の部隊と比べるとかなり低い。そのため、今回明月なしで山姥を倒せたというのは、強者の証と言える。


「なるほど、それが君の見解なんですね。確かに彼はとても健気でした。ですがこの業界で生き残れるかは、わかりませんがね」


 腰からコーヒーカップを取り出し、口へと運んだ。


「まだ入って1日しか経っていません、そう焦ることではありません、しっかりと見届けてあげましょう。」


 そう言う明月の瞳は、刻まれた太陽の瞳孔が眩しく思えるほど、優しく、どこか淡い感情をしていた。それを見たタイアイは少しだけ微笑んでいた。


「んじゃ、雑談はここまでにして、本題に行こうとしましょうか。それともう一つ、あたしが見た予知をあなたに共有したいのですから、よろしいでしょうか?」


「それを聞けるだけでも、僕にとっては幸運なことです。こんな僕でよければ構いません。」


「そんなに謙遜しなくても大丈夫なのに、まぁいいわ。本題は今回の記骸域に関してだけど、先に予知したことを言うわ、多くの歳忘事件に関わっている【永核】について、話してもいいかしら。」


 【永核】という単語を聞いた明月は、先ほどの優しい目とは裏腹に、目を尖らせる。


「その話、詳しくお願いします。園崎さんにもそれを共有したいので」


 そう焦る様子を見せる明月にタイアイは少しの驚きを見せるが、すぐに元の表情に戻る。


「ええ、構わないわ。彼にも共有してくれたら、後々楽になりますね。それと、この予知に関しては対価はいただきません。なにせ、この箱庭で皆が一丸となって討伐しないといけない存在なんですから」


「感謝します。タイアイさん」


 これから起きる大舞台の裏では、二人の静かな会談は今日を経て、始まっていった。


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