第一話 歳忘
諏訪部零時は冷や汗をかきながら、思いっきり飛び上がる。布団を強く握り締め、激しく息が上がる。
「…また、あの夢、か…」
瞳に映る景色には、見覚えのあるものばかりであり、先ほどまでの出来事は、夢であると気付かされる。零時はそれに安心したのか、安堵した息を吐き出す。
ベッドから起き上がり、机に置いてあったスマホを持つ。時刻は11:30だった。
ロック画面の壁紙には、夢の中に出てきた白髪の少女と零時、零時の後ろには親らしき大人たちが3名いた。
それを見て少し微笑むが、すぐにまた現実に戻されたのか、冷たい表情に戻り、目つきからもやる気を失っていた。
零時は洗面台に行き、蛇口を捻り、顔を洗う。流れていく水を見ていると、自分の思いが徐々に消えていくような感覚。
洗い終え、顔をタオルで拭き終えると、顔が鏡に写る。前や後ろ、横までもが伸び切って、手入れされていない白髪、ハイライトがない青い瞳と、ダイヤモンド形の瞳孔と、そんな姿が写っていた。
「…今日も、金を稼がないとな。生きるために」
お金を貯めたところで、結局使うものはない。強いていえば、食品、包帯とかしかない。
「……」
零時は左右の手を見る。左右の手には多くの豆があり、さらに腕には多くの傷跡がある。
零時はこれほどの傷を負っているのに、何も覚えていない。ただそれが"最初"からあったように、何事もないように眺める。
「一体なんなんだよ、これ…。本当嫌になるな」
リビングに着くばかり、リモコンを持ち、テレビを付けると、ニュースキャスターは今画面に出ている存在を解説していたが、彼の耳にはそんな情報、入る余白もなかった。
ニュースの音を垂れ流し、零時は空のキッチンに向かい、冷蔵庫を開ける。そこには飲み物と食料が僅かしかなかった。
零時はため息を出す。
「もうこれしかなかったか…また追加しておかないと…それ、から…」
零時は一瞬視界が揺らぐが、冷蔵庫に手をつき、なんとか倒れずには済んだ。
「立ちくらみがひどくなってきたな…気をつけていかないと、任務に支障が出る…」
冷蔵庫からゼリー飲料を数本ほど取り、机に置いてあったスマホを持つと、ある人に電話をかける。
「もしもし」
『…お、零時くんじゃぁん。3日ぶりだねぇ』
その声の人は、陽気そうな女性 奥川由梨だった。
「奥川さん、また【歳忘】の討伐をしたいのですが…」
『君も朝っぱらから大変だねぇ。それなら、ちょうどいいのがあるよ』
「え?」
思わぬ発言に零時の呆気に取られる。奥川は構わず話していく。
『今ねぇ、神戸市の稲葉町で歳忘が現れてね、ノスタルジア・システムの大阪部隊の人手が足りないみたいだからさ〜。危険度もそれほど高くはないし、君なら頼めるんだけどなぁ〜』
「その依頼でお願いできませんか…!?」
零時は餌を求める魚のように、その話にすぐに食いついた。通話の奥からは、彼女の笑った声が聞こえてくる。
『アッハッハ! やっぱ君好きだわぁ。了解したわ、ならすぐに向かってくれるかしら。あなた、神戸市から近いからね。また討伐できたら、連絡よこしてねー』
そのまま電話は切られ、零時はスマホをしまう。近くにあったリモコンでテレビを切ると、すぐさま準備をする。
「うし…相棒、今回もよろしくな」
零時は机の上に置いてあった銃剣を持ち、それからいつものシャツとパーカー、ズボンに着替える。
豆だらけの手を隠すためのストリート風のグローブと、腰にウエストバッグを装着し、背中には銃剣とその鞘を背負う。
「行くか」
零時はいつもの事のように、今日も歳忘狩りへと向かう。今日は2189年9月28日。紫のシオンの花が咲く頃合いだろう。
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【ノスタルジア・システム-執務室】
部屋には多くの棚と資料が並べられており、机にはスタンド照明が置かれていた。
そしてそこには白髪の男性が座っており、その目線の前には、二人の隊員がいた。
「現在、歳忘による被害は拡大しており、僕たち前衛部隊も巡回の強化をしている…以前にその事を君たち隊員に伝えましたね」
黒みが混じった灰色のスーツを着ている白髪の男は、その漆黒のような目で、二人の隊員を見つめる。
「え、えぇ…」
黒いスーツを着ており、中には白のネクタイと黒シャツがあり、黒のスカートを履いている白髪の少女は、ただ困惑したような返事をした。
「そうですね」
厚い灰色の服で首を隠している、赤味がかった黒髪の少年は、ぶっきらぼうに答える。
「それなら良かったです。これで覚えていなかったら、また伝える羽目になりましたよ」
白髪の男性は少し優しそうな口調に戻り、二人に寄り添った。
「まだ僕の記憶は正常ですから、甘く見ないでください」
赤黒髪の少年は困っているような素振りを見せず、むしろ淡々としていた。
「わ、私も、ちゃんと覚えてますからね!」
対して白髪の少女は強がってるように見えたが、揚げ足を取るつもりはなく、ただ微笑むだけだった。
「それなら安心ですね。では前置きはこれで…。今回、君たちにはとある案件を頼んでおきたいとありまして、本日お呼びいたしました。」
「私たちに…?」
「別に記骸域の件でもなさそ」
二人が不思議がるのを見て、白髪の男性は特に言うことなく、淡々と話し続ける。
「ではその前、まず君たちにとある資料を渡しますので、その内容を確認していただけると助かります」
引き出しの中からとある資料を取り出し、二人に渡す。渡すと同時に、白髪の男性は言う。
「その資料は、近畿地方のもので、2189年前期の歳忘による被害報告をまとめたものです」
「うん、やっぱ大阪とか京都の被害は激しいですね…」
白髪の少女はただ悲しそうにそう呟くが、黒赤髪の少年は気にすることなく、ただその資料をじっと眺めていた。すると、黒赤髪の少年は少し妙なことに気づく。
「兵庫県の被害、他と比べると少ないね」
「あ、ほんとだ」
それを答えた時、まるでその答えに待ち望んでいたかのように、白髪の男性は淡々と声を出す。
「えぇ、大阪の隊員によると、歳忘狩りに属するフード男が多くの歳忘を討伐しているという目撃がありました。それも【憶忘】を使わずに」
「憶忘を使わずに、ですか!?」
白髪の少女はただ驚きの声を出し、横にいた赤黒髪の少年も少し驚きの表情を見せる。
「そうです。これは確かに希少な存在だと思いますが、少なくとも彼の影響のおかげか、兵庫県一帯の被害は他と比べると少ないのです」
「…高城さんと同じ、【歳想】の使い手、なんですか?」
「確かに、肉体的な要素で言えば、その可能性はありますが、現状分からないというのが、今の回答です」
「それで、僕たちはどうすればいいのですか?」
そう無愛想に、遠くを眺めながら言うと、白髪の男性は真剣な表情になり、二人の背筋が凍りつき、思わず姿勢を正す。
「今から兵庫に向かい、その歳忘狩りを東京に連れてきてください。彼がもし抵抗する動きを見せたなら、拘束しても構いません」
「え、えっと…つまり…」
「幹部からの勧誘、か。こっちには試験というものがあるのに」
少し嫌そうな顔をしてため息をつくが、隣にいる白髪の少女は、「なるほど!」という顔をし気合いが入っていた。
「歳忘を単身で討伐できる以上、戦力を先に確保しておくのは合理的な判断、と思ってくれれば」
「それに君たちは精鋭クラスの子たちですし、こういう対応は慣れていると、僕自身がそう判断させてもらいましたので。それで大丈夫ですか? 古手さん」
その声からは、少し圧を感じた。
「…それなら仕方ない、明月さんの指示に、従いますよ」
半ば諦めたのか、古手望はその任務に徹することを決めた。
「ありがとうございます、古手さん。それから天ヶ瀬さん」
突然の指名に固まってしまった天ヶ瀬るなだが、古手がるなの背中を軽く叩くと、ハッとなる。
「は、はい!」
「あまり無茶な行動をしないように」
「わ、分かりました!」
少し焦った状態でも、しっかりと敬礼をする。古手は彼女に対して少し呆れつつも、彼女と同様、敬礼をする。
「ではすぐに手配しますので、二人は準備の方をお願いします」
二人は「はい」と答えると、すぐに明月から離れていった。明月は持っていた資料をもう一度見返す。
「フードの男。それ以外は全て不明、ですか。そういう事例は、久しぶりに見ますね。果たして、園崎さんの目は正しいのでしょうか」
溜め込んでいた息を吐き出しながら、彼は無線機を通して、すぐさま手配をするよう隊員に命令した。
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【兵庫県-稲美町】
フードを深く被り、稲美町付近へと参る諏訪部零時。
「…ここか」
稲美町に着いた矢先、町を見渡すと、ちょうど歳忘たちが町を彷徨っていた。住人の大体が避難したのだろうか、人の気配をそれなりに感じることはなかった。
辺りを見るが、町全体はほとんど壊滅状態。死体も転がっている。
「奥川さんのやつ、神戸市付近とは言ってたが、まさかのここか…もう少し詳しく教えてほしかった。位置情報だけ送られてそれっきりだし」
「まぁそれはいいとして。この感じ、もう大阪部隊がやってきている感じか…。なら急いで狩るとしよう」
すぐさま稲美町の領域へと素早く駆け出していくと、歳忘はこちらに視線を向き、大群として襲いかかってくるが、零時は顔色一つ変えない。
――小さい歳忘か、ならすぐに殺せる。
心の中で呟きながら、背中につけていた鞘から銃剣を抜くと、襲ってきた数匹を一回の薙ぎ払い、歳忘を瞬殺する。
だが数匹やれて喜んでいるだけじゃ、三流以下。歳忘は仲間の死など気にせず、次から次からへと押し寄せてくる。
だが彼は表情一つ変えず、一振り一振りの斬撃で多くの歳忘を殺していく。
歳忘特有の青く濁った黒い血が頬に飛んできて、その血は水よりも冷たいものだったが、零時はなりふり構わずただ銃剣を振り、撃つだけだった。
――いつ触れても、冷たい血だ
そして狩り続け少し経った頃には、辺りにいた小さい歳忘は血を流し、次第に動かなくなっており、体の崩壊を起こし消えていく。
「やっぱ、小さい歳忘は《核》に届きやすいな。…でもまだ、親分的な歳忘はいるだろうな。早く探しに行こう」
服を整えながらそう呟いてる時、突然上から冷たい空気が零時の肌に襲ってくる。零時はすぐさま銃剣を屋根の方へ向け、発砲する。
放った銃弾は一瞬に躱され、その反動で歳忘は降りてきて、地面が手につき、そのままむくりと起き上がると、目と目が合う。
「お前か、今の冷気は」
その歳忘は、人間の形をしているが、顔のパーツがなく、その代わりとしての渦巻きがあり、腕や足はかなり細い。
その分身軽さがあるのは分かる。核も恐らく心臓と同じ位置にあるのだろう。
「…………」
歳忘は黙ってるだけで、ただこちらを見つめているだけだった。
「…はぁ、俺には憶忘がないっていうのに、本当ずるいな」
零時は愚痴を吐きながらも、集中力を上げる。銃剣が少し、震えているのも分かる。
――こいつはさっきのやつとは違う…警戒しろ、集中力を下げるな…!
地面を一気に踏み込んだ、次の瞬間には歳忘に飛び込んでいき、歳忘との距離を0にする。その銃剣は歳忘に微かに当たっただけで、すぐにかわされ、奴の手から冷気を吐き出し、零時に向けて放つ。
――範囲が広い…!
素早く腕をクロスしながら冷気を防ぎつつ、辺りを確認し、逃げれる場所があるか探っていると、一つその場所を見つけた。
――屋根の上!!
冷気が収まった直後にクロスを解いて、すぐに家の石塀に登り、その跳躍力で屋根へと登る。零時は弾を補充し、照準を歳忘に向ける。
「死ね」
歳忘が動くよりも、零時は早く撃つ。歳忘は僅かに避けたおかげか、核に掠る程度でしかなかった。だけど零時はそれで良かった。
核に少しの刺激でも与えれば、それは致命傷になる。
瞬時にウエストバックから投げナイフ二本持つと同時に素早く、強く投げる。歳忘はその投げナイフが命中し、体勢が崩れる。すぐに逃げようとしたが、零時は屋根から飛び降りる。
「逃がすかよ」
地面に着地した零時は、近くにあった瓦礫の破片を蹴り飛ばし、やつの動きを命中させ、動きをほんの少し制限する。一気に駆け込み、歳忘の核に向けて銃剣を突き刺す。
その瞬間ガラス玉が床に落ちた音が聞こえたと同時に、核が破壊され、歳忘は雄叫びを上げる。零時は表情を崩さず、ただその最期を見届ける。
歳忘は雄叫びをやめ、そのまま地面に倒れ、青黒い血を流す。
「…準備運動は完了だ」
――この歳忘はボスではないな。こんな簡単にやられてしまっちゃ困る。
「体が崩壊しない…。お前も、そうなのか」
哀れそうに見下ろし、その歳忘に手を合わせる。そして零時はその場を後にし、この一帯を支配する親玉を探す。その間に出てきた歳忘は銃剣で薙ぎ払って切り裂く、零時にとっては、いつもの狩りだった。
零時が親玉を探して奔走していると、思わぬものを見かけてしまう。足を止め、すぐにそこへと向かう。
「…死体、か」
そこにいたのは、血まみれになりながらも、我が子を守った母親と、その母親に抱かれたまま、小さく丸まっていた子供。その二人はもう息をしていなかった。近くを探ると、家の近くに父親らしき人も亡くなっていた。
「ここの犠牲者か…。この人たちは逃げ遅れたのか、それとも狙われたのか…どっちにしろ、今はそんなことを考えるな」
「…少し、乱暴に扱うかもしれませんが、許してください」
銃剣を鞘にしまい、母親と子供を抱え、その父親の元まで運ばせる。そして歳忘には襲われないよう、家の庭の中まで入り、大きな木がある場所に、一人ずつ運んだ。
──ここも襲われないとは限らないが、今だけはこの庭に…
「…どうか来世では、歳忘の被害を受けず、平和に生きてください」
それだけを言うと、すぐさま鞘から銃剣を取り出し、その家の庭から出ていった。そして家族の死体には共通のペンダントが首にかけていた。
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「はぁ…はぁ…」
歳忘を狩り尽くしたのか、沢山の返り血を浴びながら、町の中央公園付近にやってきた。
「…ここら辺に、親玉は、いるのだろうか」
少しふらつきながらも、親玉がどこにいるのかを探していたが、零時はもう、体力の限界というところまで来ていた。だが零時は『憎しみ』を薪にして、今も辛うじて活動を続けさせている。
そうして待っていると、地面からいきなり振動と土埃が出てくる。零時は少し驚いた表情になるが、いつもの表情へと戻る。
「………」
そこにいたのは、体つきは人間ではあるものの、異様なほどに膨らんだ腕と足、土に溶け込むような色合い、まるで巨人のような姿だった。
先ほど冷気を使った歳忘と同じく、顔が渦巻きになっていた。零時は決して油断はせず、ただ銃剣を構える。
歳忘から目を離さないよう、瞬きもせず警戒していた時だった。
「────────!!!」
「…!」
いきなり歳忘は叫び出したのか、それに怯んだのか、思わず銃剣を握る力が緩んでしまう。
その隙を狙うかのように、その歳忘は身体に似合わず、目にも止まらぬ速さで零時の懐に入る。零時が気づいた時には、もう遅かった。
「しまっ…!?」
その刹那、零時はいきなり腹を殴られ、中央公園から飛ばされ、道路まで飛んでいき、視界が揺らぎ、吐血してしまった。
「…ボハッ…」
「…血を吐くな!! 動くんだ、俺…!!」
いきなりの出来事に焦りが出ていたが、すぐさま行動を移そうとした時。地面から不穏な音が聞こえてくる。
――これは…まずい!!
「くっ…!」
体を無理矢理動かし、その場からすぐに離れると、地面からあの歳忘が道路を突き破り現れる。
この時、零時は自分の体の異変に気づく。
――体が…思うように動かねぇ…!
体がすでに、限界を迎えていた。
──いや、今は対処法を考えろ、迷うな…!
地面に転がっていた銃剣を拾いつつ、少し考えた。あの敵の攻略方法を。
だがそれを歳忘は悠長に待つわけもなく、そのまま裏拳を放つ。零時は咄嗟に刃を間に入れたが、その力には及ばず、吹き飛ばされる。
今度は田んぼの近くまで吹き飛ばされ、ずっと着ていた服たちももうボロボロだった。
零時は動くことができず、ただ迫りやってくる死に対抗することができなかった。
――動かせ…動かせ…!
そう強く奮い立たせようとするが、それを叶うことはできない。もうじきこちらにやってきて、潰されてしまうのは目に見えている。
この戦いに最善策を考えていた矢先、遠くから何か叫び声が聞こえてきた。
「こちら飛岡! 住民の避難を終え、今から歳忘討伐に向かいます!」
零時の鼓膜には、ノスタルジア・システムの大阪部隊の隊員の声が入る。
「町の中で戦っていた隊員の応答はなし。恐らく死亡しているかと…」
飛岡が無線機で誰かと話し合っていた時、男性の隊員がこちらに気付き、すぐに飛岡に声をかける。
「飛岡さん!! あっちに人が倒れています!」
「なに!? 分かった! すんません藤原さん! こちらの戦況は後ほどお伝えします!」
誰かが、こちらへと焦りながらと駆け寄ってくる。
「おい! あんた大丈夫か!」
「出血量が尋常じゃない、すぐに応急手当てを!!」
一人の隊員がすぐに応急手当てをしてくれたのか、零時は微かに意識を取り戻し、目を開ける。
目を開けたことに気づいた飛岡とその隊員はホッと胸を撫で下ろす、稲美町を遠くから眺めた飛岡は、すぐさま真剣な表情になる。
「すまないが入山、その子の安全確保を頼む」
「え…飛岡さん、まさか…一人で…!」
「安心しろや、すぐに仕留める。だから頼んだぞ」
飛岡はそう言い、その巨人のような歳忘に立ち向かっていく。
入山も向かおうと走るのだが、そこにアスファルトの壁が現れ、進むことができなかった。ここで入山は理解した。
彼はこの戦いで、死ぬということを。
「無茶しないでください!! 飛岡さん!! 応援を待ちましょうよ!!」
「………」
――…俺は、依頼を失敗したのか…?
まるで虚空を見ているかのように、その姿、瞳が虚無へとなってしまう。零時には分かってしまう。
一人で立ち向かうなど、死に向かうのと同じだということを。
自分にはどうでもいいはずなのが、零時は今、誰かが目の前で死のうとしている。その光景を見ていると、嫌気がさす。
「俺は……」
フードが取れ、白髪が見えた零時の口から血を吐きながらも、無理矢理に体を叩き起こす。隊員は引き止めようとするが、零時はそれを振り払う。それを見ていた入山は焦る。
「ちょっ、あなたは寝ていてください!! すぐに医療部隊を呼びますので…!! もう、早く東京の人たち来てくださいよー!!」
――東京…なんで今…その単語を…?
ふとその単語に微かな疑問を抱いていたものの、今はそれを気にしないことにした。
入山は救急班に連絡を送っていたが、零時は気にせず、ただ目の前の光景を見る。今は確かにアスファルトの壁しかなく、恐らく回り込みしても無駄なんだろう。だが壁の高さにも上限があるのもまた一つ。
上を見上げる。
「この高さなら、行ける」
高さは学校三階ほどに相当する。普通の人からしたら絶壁だが、零時にとって、こんな高さは容易いことで、他より身体能力が高い零時には余裕だっていうことを。
少し遠くまで離れ、零時が軽く体をほぐし、集中力を上げたその瞬間、地面に亀裂が走るほどの脚力で最高速度を放ち、壁まで走る。
壁の距離が近くなったところで、右足を強く踏み込むと、そのままの勢いで壁の上まで飛ぶ。
その様子を見ていた入山はただ驚くことしかできなかった。
「嘘、でしょ…………」
『入山? おーい!! 入山ー!!』
スマホからは医療部隊の隊員の声が聞こえてくる。
壁の上に着くと、ウエストバックからロープとナイフを取り出す。
ナイフを壁の上の地面に深く突き刺し、持ち手にロープを巻き付け、残った端の方は、そのまま地面まで下ろす。
「降りるか……」
慎重に降りて行き、やがて壁の向こうの地面へと着く。これにロープとナイフを無駄にしたことに少々後悔があったが、仕方ない。
けど今は動けるうちに、討伐するという信念の下、零時はあの巨大な歳忘の元へ急いだ。
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ヘリコプターで移動中の古手望と天ヶ瀬るな。古手はナイフの手入れをして、天ヶ瀬はある一枚の写真を見ていた。
その写真を見て、微笑んでいるように見えて、実際は少し悲しい表情をしていた。
その様子をちらっと眺めていた古手は、その姿に不思議そうに思いながらも、ナイフの手入れを続ける。
「…ねぇ、古手くん」
突然呼びかけられた古手は思わず手入れの動きが止まる。
「…なに」
「どうして、歳忘が出てくるようになったんだろうね」
「…知らない、それに歳忘が出てきたのって突然のことだって、昔の本に書かれているし」
古手のいつもの冷たさに、思わず笑ってしまう。だがその笑いは渇いており、その笑いに古手の耳に触れてくる。
「…」
少しだけの間があったが、るなはその重い口を開ける。
「古手くん、私ね、兵庫に住んでる幼馴染がいるんだ」
「前に聞いたことがある。…名前は忘れたが」
「あはは…またそれは教えるけど…あの子はね、両親を中学の頃から亡くしてて、歳忘に復讐するていう目標があったけど、まだあの子に、憶忘が生まれてないんだ」
「その間に、私東京に来ちゃったから、今あの子が何してるかは分かんないんだ…だから、もし彼と会ったら、私は謝りたい…」
「…そうか、なら会えるかもね、その幼馴染に」
そう冷たく言うが、どこか暖かい何かをるなは感じ取った。心の中が少し嬉しくなり、また一枚の写真を見る。
「…待っててね。すぐに会いにいくから」
そして、彼女のポケットから取り出したのは、誰かの懐中時計。今や動いてはいないが、るなにとっては、大事な品物だ。
そう懐中時計を見つめていた時、突然二人の無線機から連絡が入る。古手はすぐに無線機に耳を傾ける、るなは少し油断していたのか、古手より一歩遅く無線機に耳を傾ける。
ヘリコプターの操縦者もその無線機から既に連絡を聞いてたのか、速度をさらに上げる。
『《ノスタルジア・システム・TOKYO》隊員番号137-0909 天ヶ瀬るな、隊員番号137-0432 古手望に緊急連絡』
「この連絡が来たってことは…!」
「歳忘が来てるのは確定か」
『兵庫県神戸市稲美町にて歳忘が大量発生。現在大阪の前衛部隊の隊員たちに犠牲者が多く出た。目的地に着き次第、歳忘の討伐を』
その言葉を受けた同時、無線イヤホンから声は聞こえなくなる。これらを理解した二人はすぐさま武器の準備をする。
古手はナイフ二丁。るなは何処からともなく弓を顕現させ、腰につけてある護身用ナイフを整え、準備が完了する。
「歳忘のやつ、本当懲りないね…」
「あいつらは災厄そのものだからな。大阪の隊員がやられている以上、僕たちが前線に立つしかない」
「うん、分かってる!」
少し怒りを顕にしつつ、古手はただその戦いの笛が鳴るまで待った。きっとこれから戦うのは、ただただ血しか残らないということに。




