第二話 始:諏訪部零時
壁の向こう側へと着き、そのまま巨人の歳忘の元へと足を動かす。体中の至るところから血が流れており、意識も朦朧としてくる。
それでも踏ん張り、ただ歳忘を殺すため、身体を燃やし尽くし、歳忘を睨む。
―─それでも…俺は、やらなくちゃいけないんだよ…!!
もつれそうになる足を奮い立たせ、地面を強く踏み込む。そして、視線を巨大な歳忘の方に目を向ける。
大きく息を吸い、吐いたと同時、風を切るほどの速さで歳忘との距離を狭める。
思わぬ出来事に歳忘の体は後ろへ下がったと同時、零時は雄叫びを上げながら、銃剣を振り下ろす。そしてそれは見事歳忘の肩に傷をつける。
「なんだ…!?」
「加勢しに来たならず者です!!」
地面に着地し、素早く銃剣に付着した血を払い目の前の目標へと走り抜けていく。歳忘も拳を振り上げるが、零時は失速をせず、苦しそうな顔をしながらも、その歳忘の動きを抑制させていた。
飛岡はいきなりの出来事に思わず動きを止めてしまう。
だがすぐに元の表情に戻り、歳忘の元へ入っていき、そのまま足を切りつける。歳忘は雄叫びをあげ、明らかに痛がっている様子だった。
「たく、あの坊やは何をしているんや!?」
銃剣を持ちながら走り出し、歳忘が放つ拳を全て避け切り、身体中に傷をつけさせる。そして彼は歳忘の腕と手を分離させる。
「…ッ!!」
血を吐きながらも、握る力だけは途絶えず、勢いのまま襲いかかる。餌に飢えた狩人のように。
歳忘は対応が出来ず、著しく行動が弱まっていた。
──ここしか、ねぇな…!!
一気に牙を剥く零時は一気に跳躍し、銃剣を肩に突き刺す。力のままで腕を切り落とそうとするが、それを察知した歳忘は残った拳で零時を吹き飛ばす。
「…ガ…ッ…!?」
その影響で、持っていた銃剣の剣先がギザギザに折れてしまい、骨はほとんどが砕けた感覚を味わう。
そして、その拳を食らった零時は、そのまま住宅街の民家に激しく衝突する。
「なっ…!! 大丈夫か!!」
飛岡はすぐに駆け寄ろうとするが、歳忘はそれを許さず、ただ無造作に拳を振り上げる。
「邪魔を、するな!!」
瞬時にアスファルトを地面から出しその攻撃を防ぐ。
「砕けろや!!」
砕けた瞬間にまたアスファルトを棒状にし、それらの大群を一気に押し寄せる。
歳忘はそれを体に何発か食らうが、歳忘は殴って破壊し、アスファルトの破片たちが舞い踊る。
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頭にノイズが走るような痛みが現れ、温かい水が流れ落ちる。
零時は血を吐きながらも、立ち上がろうとするが、もはやその力すらなかった。ただ座り込み、息を整えようとした。しかし、
―─ダメだ……息が…続かない……
あまりにも大きなダメージだったのか、もはや呼吸すらも難しかった。体中から大量の出血、常人であれば、すぐに死ぬ量。
だけど、それでも零時は、蜘蛛の糸をがむしゃらに掴み、しぶとく生き延びていた。
──…まだ、死にたくない……
彼は今、民家の瓦礫に阻まれていたが、少し残された空洞に目をやる。そこでは、飛岡が未だ血を浴びながらも戦っていた。
対して、自分は何もできないまま、ただ一人の隊員が必死に防衛しているところを見ていると、無性に自分に対して怒りが湧いていた。
「…クソッ…」
やけくそになったのか、地面を叩く。それは動けない人形が勝手に倒れるような、無様な抗い。目の前にいる歳忘には、何も映らない。
―─どうしてなんだ…どうして俺は、こんな血を流してまで、抗う必要があるんだ? もうずっと、死にたいと考えてきた、それは大事な人たちを多く亡くしたから? それとも、何もない生活にうんざりしたから?
零時はただ考えた。考えて、考えて、その答えを導くことに。
―─違う。こんな自分が嫌でも、俺を待ってくれる人がいるから…?
その瞬間、記憶の中に溢れた光景に、白髪の少女が、夕陽を眺める後ろ姿を目にした。
──…あぁ、そうだ。俺は…
思い出したかのように、上着の中にあるシャツの胸ポケットから、あるものを取り出した。それは、誰かの白い羽。
身に覚えがないもののはずなのに、零時はこれを見た瞬間、懐かしい思いが、心にページを作り、綴られていく。
ただ何も見えない、真っ暗闇な領域。けど目の前にあるその本だけは煌めいていて、灯火のようだった。
──…俺の、記憶の本…なのか?
──…思い出したい。俺に隠された、記憶を
誰かに手を添えられ、続くように左手が本へと手を伸ばす。本を掴んだのと同時、求めるかのように、手を動かす。
零時の中にある記憶の本が、開かれる。
記憶の奥底に眠っている結晶は割れ、血だらけの零時を白銀の世界に包み込み、残された記憶の残響が、彼の視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚が再構成されていく。
父の記憶、親戚の記憶、友人の記憶、先生の記憶、学校の記憶、風景、絵本、ゲーム、そんな些細な記憶、母の掠れた記憶の残滓たち。
そしてその記憶の中に、
俺は、忘却の底にいる少女を見つけた。
麦畑の近くにあるベンチ。
そのベンチからよく見える小さな湖。
隣には、風で軋むブランコ。
麦と葉が混ざり、散っていく。
俺と少女はベンチに座っていた。
そして、少女はベンチから立ち上がり、俺を見つめる、幼く勇気のある白髪の少女。
『──忘れないで、零時。いつか私は、あなたの隣に立つていうことを! だから、ちゃんと私の名前を覚えていてね!』
そう言って、自分の羽を渡す少女。
『──天ヶ瀬るな、ていう名前を!』
その瞬間、零時に強い想いが生まれる。
立った拍子で瓦礫は動き出し、零時は物に支えながらも、立って見せたのだ。
──今からでもいい…!! ここから立て、諏訪部零時!! お前はまだやれることはあるだろ…! 父さんを悲しませるな!! こんな傷程度で屈するな、諏訪部零時!! 生きて、あいつと再会するんだろ!!
──ここで勝つしか、ねぇだろ…ッ!!
その時だった、零時から伝わる静かな水の音と、微かの声。
〈いつか、あなたの記憶と共に祝福を……〉
優しく、とても懐かしい声と共に、零時は息を吸い、全身に糸を綺麗に縫わせるように、命を通す。そして、深く集中力を発揮させた、その瞬間、辺り一帯に水が零時を囲うように現れる。
「"記憶"よ、俺に応えろ!!」
その気持ちに応えるかのように、瞳孔が光り輝く。水はますます威力を上げ、やがてその水は民家の2階全体を破壊し、天空まで昇る。
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「…なんだ、あの水?」
ヘリコプターで稲美町へと向かっている最中、古手とるなは天空まで貫いている水柱を見て、開いた口が閉じることができなかった。
その光景に魅入られたるなは、ただ呆然と見ていた。そして手に持っていた懐中時計を、強く握る。
「…まさか、ね…」
手に持っていた懐中時計をポケットに入れつつ、平常心を保つため、深く深呼吸をし、いつものの表情に戻る。
「天ヶ瀬、そろそろ狩りの時間だ。気を抜くなよ」
「分かってる…!」
ヘリコプターのドアが、開かれる。
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「チッ…まだ終わらないぞ、俺はよ…!!」
そう声を張り上げ、歳忘のことを見上げる。飛岡の左腕はすでにお釈迦であり、もはや使い物にならなかった。
「左腕使えなくなった程度で、俺を止められると思うなよ!! 怪物が!!」
「そこをどけ!!」
その言葉は、歳忘を奮起させるのか、雄叫びを上げる。その雄叫びは、彼の髪を靡かせる。
飛岡が右手を掲げると、アスファルトが現れる。決着を決めようとした時、肌を掠める気配を感じた。
「───…?」
歳忘もまた、その気配に気づき、動きが止まる。
「っ…!?」
その気配を感じとった方に視線を向けると、水柱が立っている箇所があり、飛岡は微かに口元が緩んだ。
「おいおい、マジかよ…」
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不思議と体中の疲労感がなくなるような感覚を味わう。不快感も、湿っぽさもなく、ただ温水プールに浸かるような感覚。
零時は今、最高潮だった。
「……」
手のひらに水の意識をこちらに圧縮させ、先ほどまで上まで貫いていた水柱を吸収する。そして水は手のひらに集められたと感じた零時は、歳忘を見て、刃を向ける。
その瞳から感じるのは、慈愛と憎悪が混ざった乾いた瞳と、光る瞳孔。
「今から、お前を殺す」
その言葉を呟いた瞬間、足に水が伝わるのを感じる。強く踏み込み、民家の床が崩れた同時に、歳忘の元へ駆ける。
突風と同等の速さで、歳忘の懐へと向かっていく。歳忘は咄嗟に腕で防御の姿勢を取るが、銃剣を振り上げるのと同時に切断し、水の反動により歳忘の防御態勢は崩壊する。
そして勢いのまま、歳忘の心臓に折れた銃剣を突き刺す。歳忘はいきなりのことに顔の渦がどよめき、雄叫びをあげる。
「さぁ、この記憶の地で眠るんだ…!!」
零時が銃剣を捻った時、硬かった皮膚が容易に切り裂かれていくのが分かる。
歳忘は焦って、零時を振り払おうとするが、核に突入するまで、そう遠くはなかった。
「うああああああっ!!!!」
雄叫びを上げた時、水もそれに応えるかのように、折れた銃剣に水が纏わりつき、やがて一つの刃となる。
零時はその力を感じたのか、少しだけ口角を上げた。その水の刃は歳忘の胸を引き裂き、やがて核に突き刺した。もっと、さらに強く押し込んだ瞬間、ガラス球が砕ける音が聞こえた。
歳忘は大きく雄叫びをあげ、やがて動かなくなり、後ろ向きへと重力に従い、体を落としていった。
「…やっと…か……」
力尽きかけており、握る力も、光り輝く瞳孔も次第に弱くなっていき、やがてその時間は訪れる。
銃剣を手放した直後、零時は地面へと落ちていく。また衝撃を食らったら、確実に死ぬと思った零時だったが、どこか満足げな顔をしていた。そして、その目を閉じる。
「あんちゃん!!」
けど一人の男性の声が聞こえたと同時、下から空気が入るような音が聞こえる。零時はそんなことに目もくれず、瞳を閉じていた。
今この瞬間地面と衝突しようとした。
「…ん?」
しかしそれは叶うことはなく、柔らかいものが彼を包み込んだ瞬間、周辺から棚が倒れたような轟音が辺りを響き渡せるだけ。
「な、なんだ…?」
突然の柔らかい感触に戸惑いを隠せず、徐々に目を開け、下を見てみると、そこにはクッションがあったのだ。
「ク、クッション…? なんで…?」
「ふぅ、間一髪、ていうところだな」
と、そう言いながら、一人の男性隊員が零時の前に現れる。
──まさか、この人なのか…?
零時が地面に衝突する前に、組織専用のエアークッションを零時と地面の間に投げ入れたのだろう。
「…えっと、あなたは…」
「俺は飛岡だ。しかしあんちゃん、まさかあの歳忘を懲らしめるなんてな、すげぇな。ああいうやつは潰すのが大変ていうのにな」
「あぁ…はい、えっと、ありがとうございます…それにこれも…」
飛岡は相当ベタ褒めをしてきて、零時は少し恥ずかしそうな顔をしていた。
「いやいや、良いってことや! あんたのおかげで俺も救われたわけやしな」
と、元気そうに言ってくれる飛岡だったが、「ふう」と少し深呼吸をすると、少しだけにこやかだった顔から、シワを寄せた厳つい顔になる。
「それでもな、あんちゃん!! まず自分を大切にしろ!! さっき吹き飛ばされた時、骨相当やったんやろ!?」
「え…は…はい…」
「今までの行為は危険だということを、自分でよく分かってんのか!?」
「…はい…」
「次からそんな無茶な行動はすな!! お前はまだ若いんやから!!」
と、飛岡に相当叱られた零時は、ただしょんぼりな顔をしながら、クッションで横たわっていた。
「全く…若いもんが死ぬところはあんま見たくないっていうのに…」
少しため息をつきながら独り言を呟いているついでに、耳につけてある無線機に声をかける。
「えー、こちら飛岡。藤原司令官、今したら声を出していただけると助かる」
『…お、やっと連絡来た…。随分遅かったわね?』
無線機から聞こえてきたのは、威厳のある声で、少し圧が強めな女性声が聞こえてきた。
「すみません、歳忘を狩るのに時間をかけまして…」
『気にするな、連絡貰っただけで安心だ。それで、町の状況と歳忘の状況はどうなっている?』
藤原と呼ばれる人がそう問いかけ、辺りを見渡す。そして確認し終え、無線機に声をかける。
「はい、町はほとんど壊滅状態。被害者も相当な数が出ているかと、周りを見渡す限り、歳忘はほとんど討伐されている」
『情報提供感謝する、飛岡隊員。それから稲美町の田んぼ付近に怪我を負った人がいたと情報が聞いてるのだが、それはどうなってるんだ?』
「あー…それが、ですね…」
『…何か事情があるんだな?』
無線機から藤原の鋭い声が聞こえてきて、飛岡は苦笑いすることしかできなかった。
『とりあえず分かった、今はすぐに撤退してくれ。いつここに歳忘が来るか分からんからな。念の為隊員をそちらに派遣させる。上手くやってくれ』
「了解でーす。ではもう切りますね」
『あぁ、あと…………』
藤原が何かを言う前に、すぐに無線機を切ってしまう。
「あ…やべ。切ってもうたわ。でもまぁいっか、すぐに医療部隊に連絡するとしよう」
と言ったものの、やらかした後悔がじわじわと出てきていた。飛岡は気を紛らわすため、無線機を手に取り、そのまま医療部隊と連絡を試みる。
対して、疲れ切った零時は少し眠ろうとしたその時、誰かの悲鳴のような声が聞こえ、すぐに目覚める。飛岡もすぐに状況に気づき、連絡を速やかに済ませ、警戒態勢に入る。
―なん…だ…?
力を振り絞って体を起こすと、なんとそこにいたのは、歳忘の大群と、歳忘とは違った何かが、こちらへとやってきていた。
「おいおい!? なんなんだよありゃ!?」
と、焦ってる風を出しながらも、すぐさまナイフを取り出す。
──クソ、武器が近くにない…!
銃剣は巨人の歳忘に刺さったまま。つまり、何も武器を持っていなく、戦うことができない。
「たく、もう体力ねぇのに、どうやれって言うんや?!」
飛岡の体力は時期に尽くことになる。
零時たちがどう対処するか迷っていた時、零時たちの耳に歳忘から発するあの雑音が聞こえてくる。
「またあの声……」
それは先ほど聞いたあの歳忘たちの声であり、零時やみんなにとっては聞き慣れた声かと思っていた。
「……──…」
「……けて…」
「…え?」
けど、聞こえた。歳忘の雑音から、声が聞こえた。零時は自分の耳を疑った。しかし、
「…──、──……」
「…たす、けて……」
これは幻聴でもなく、本当に声が聞こえていた。しかもそれは一つだけではなく、数多の声が彼の耳に押し寄せてくる、骸の残響だった。
──そんな、はずが…!
違和感を持ったまま、零時はすぐさま飛岡に声をかける。
「飛岡さん…!」
「なんやあんちゃん!」
「歳忘の…声、聞こえます…!?」
「声!? こんな状況でその冗談はきついわ!! ただの雑音にしか聞こえらん!!」
その言葉を聞いたのか、彼の疑問に、さらに溝を深めていく。
―なんでだ…じゃあ水ともう一つの能力も手に入れたとなるのか? そんなのあり得るはずがない…いや、今はそんなことを考えてる暇はない…!
思考を巡らせている最中でも、歳忘たちはこちらへと近寄ってくる。零時たちがどう対処するか考えた時、空から白い羽が落ちてくる。零時はその羽を見たと同時、上を見上げる。
そこにいたのは、小さな体から翼が生えており、弓を持つ白髪の女性。その姿はまるで、天使そのもの。
一呼吸置き、彼女は弦を引く。
「【天爆】」
そう告げられ、白い矢が構築され、弓の弦を離す。そのまま歳忘たちがいる地面にへと放たれ、地面に触れた瞬間、辺りに爆破が起こる。
歳忘たちは吹き飛んでいき、そのまま地面へと叩きつけられ、二度と動くことはなかった。
思わぬ爆風に呆然としていたが、零時はすぐさま腕をクロスして、衝撃を分散する。飛岡はすぐさま近くにあった壊れかけの建物に隠れ、衝撃を受け流す。
煙はやがて晴れていき、天使は辺りを見渡した後、一息をつく。
「…ふぅ、これで殲滅完了と」
その純白の天使は地上へ降り立ち、そのまま翼をしまう。零時はその飄々とした感じに思わず目を丸くしていた。
「──っぁ…」
それと同時、昔から冷たくなっていた氷の結晶が溶けていくような感覚を味わう。
「それにしても、さっき歳忘と同時にやっちゃったけど、あの黒色の歳忘はなんだったんだろう? 多分違う別種の歳忘なのかな?」
その天使は、地面に転がっていた黒色の歳忘の腕を持ち上げ、じっくりと観察していたが、頭が痛くなったのか、そのまま腕をポイ捨てする。
嫌そうな顔をしながら、彼女がこちら側に向く前に、零時はその場を後にしようと、クッションから降りようとした。しかし
「あっ…!?」
降りる時に思わず足を滑らせ、そのまま地面に尻餅をし、フードが白髪を隠す。
「たっ…!」
そしてその時に声が出たせいなのか、彼女はこちらへと目をやる。
「ん?」
彼女がこちらに視線をやる。
「…あの人って…」
だが彼女の視線はクッションではなく、クッションの近くにいた人。
「飛岡さんじゃん!」
その時にようやく、彼女は飛岡がいたことに気づき、そのまま飛岡の方へと駆け寄っていく。零時はすぐにクッションの後ろへと隠れる。
「あぁ、やっぱり君だったんか! 久しぶりやな」
飛岡も孫を愛でるかのような声色をしており、彼女もすごく笑顔で、内心複雑な気持ちでいっぱいだった。
「本当久しぶりですね! 最後に会ったのって確か1年ぐらい前でしたっけ?」
「ハッハッハッ。時間が経つのは本当に早いな。まぁ昔話に花を咲かせてもいいが…それは後にして、君はどうしてここに来たんや? また明月はんからの依頼か?」
「そうなんですよ、実は最近、兵庫県付近にいる歳忘狩りのフード男を探して、ノスタルジアに勧誘してきてって言われて…」
──…歳忘狩り、フード男って…まさか俺なのか? マジで言ってるのか…?
と、頭の中で困惑していたが、ひとまず彼女の話を最後まで聞くことにする。
「それで神戸まで直進していた時、稲美町で被害が起こってるって聞いたから、いざ駆けつけてきたわけなの!」
──なるほど…じゃあこの稲美町での戦いは、アクシデントで来たわけていうことか…。だからあの東京発言もそういうわけか
──……待てよ、だとしたら俺大ピンチじゃないか…?
彼はずっと素性を隠して、歳忘狩りとしてこの世界に暗躍していたこそ、ここでもしバレてしまったら、その歳忘狩り人生も終わることに、彼は怖気ついていた。
今までの生活が、もしかしたら無くなるかもしれないということに。
「ところで、飛岡さん。まさかここ一人で防衛していたのですか? だとしたら凄くないですか?」
「いやいや、俺一人じゃないって。ここまでやれたのも、一人の坊やが駆けつけてきてくれたおかげやからさ」
「坊や?」
零時の心臓が大気圏まで飛び上がりそうな勢いで、鼓動を早くする。
──やばいやばいやばい…! どうしようどうしよう…なんか策を考えろ、俺!! 逃げるにしても、無理に動こうとしたら…血が…!
歩くのにも、もうすでに限界が来ており、この場から動くことができない。
そして、徐々に近づいてくる足音。そしてこの時、零時は悟った。もうバレてしまうということに。
そして、彼女がクッションまで行き、こちらへと視線をやる。
「…あ…」
「………」
彼女は間を置き、ただこちらをじっと見ていた。ジーと見つめてから彼女に冷や汗をかきながら、その後の言葉を待った。
そして、ようやく彼女は声をあげる。
「君が、例のフードの人、なの?」
「…は?」
思わぬセリフに、声が出てしまう。すぐに頭に手を乗せ確認すると、確かにフードを被っていた。
「まさか、こんなところで見つけちゃうなんて!私って凄くついてるみたいだ!!」
そう言って飛び上がる彼女を見ていると、思わず笑みをこぼしてしまいそうになる。そして彼女が喜び終えると、すぐに冷静になって、彼の傷を見る。
「それにしても、ひどい怪我…。飛岡さん、この人があの坊や? なんですか?」
「…ん、あぁ、その子であってるよ」
飛岡も、一瞬誰だか分からなかったが、血だらけの姿を見て、すぐに誰かを理解し、相槌をする。
「待ってて、今すぐ応急手当てするから。安心して、フードさん。医療部隊の知恵は、私にもあるから!」
「…まず、そのフード呼びやめろ…」
「だってそういう特徴的なものしかないですもん! でしたら素顔を見せてください!」
「…それは…」
「まぁまぁ、とりあえず先に応急手当てをしよう」
彼女がムキッとしているところに飛岡がすぐさまフォローをしてくれて、ひとまずの災難を乗り越えることができた。
「それもそうですね…じゃあ飛岡さんは周辺を回っててください。私はこっちに集中します」
「了解」と飛岡が言うと、すぐさま走り去っていき、今この荒廃した町に残ったのは、零時と彼女だけだった。
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彼女は零時の傷、血だらけの体をすぐに応急処置をする。やはり深い場所もあったのか、彼女は凄く真剣な様子だった。
「…ひどい怪我だね…全く、無茶はダメですよ〜」
時折、彼女は彼の傷を見ては愚痴をこぼす。あまりにもひどいのだろう。そしてその言葉は、零時に精神的なダメージを与える。
―…すみません
そう心の中で、彼は謝る
「…うん、ひとまず体はこれで十分だね」
腕や足、胸にも大きな傷があったせいで、体中包帯まみれだった。
「それにしても、君から懐かしい匂いがするなぁ…うーん、気のせいかな」
「き、気のせいだと思いますよ?」
目線は明後日の方へと向かい、冷や汗をかくが、彼女は「そっかぁ」と言いながら、特に気にすることなく、治療してくれる。
やがて体の治療を終え、今度は顔の方に目を向ける。
「…ねぇ、フードさん。顔も診せてください」
危惧していたことが、今やってきた。
「…それは、できない…」
だけど、俺は見せたくなかった。
今の惨めな姿を見れば、彼女が一体どんな反応するかなんて、容易に想像することができる。
きっと、怒られる。きっと、失望する。きっと、忘れ去られている。そんな不安という毒薬が、彼を陥れようとする。
けど、彼女はここで引き下がらない人だ。
「ダメだよ、ちゃんと診ないと、完全には終わらないんだから…」
「それぐらい…自分で、できる」
「…まともに、動かせないのに?」
痛いとこを突かれ、零時は声を出すことができなかった。それを察したのか、彼女は気ままそうに言葉を放つ。
「大丈夫ですよ、私は君の顔を見たぐらいで怖がったりしませんので。でも本当に無理だったら、無理しなくて大丈夫ですから…」
今彼女のその言葉を裏切ったら、きっと俺は、一生の後悔をすることになる。罪悪感を味わうかもしれない。
だからこそ、零時は決めた。
「…分かった、好きにしてくれ」
俺はまだ動く右腕を動かし、そのままフードを掴み、その顔の正体をお披露目をさせる。
フードが取れた時、初めて目にしたのは、彼女と同じ白髪と、鋭い目つきだけど、少し優しい目つきの青い瞳とダイヤモンド型の瞳孔。
「…………えっ…?」
一瞬、彼女の瞳が、昔の幼い少女に戻ったように思えた。彼女は度肝を抜かれたのか、そのまま動くことはなかった。
彼は目を瞑り、この後の言動を待っていた。きっといい答えが返ってくることはないと思いながら、ただ彼女の答えを待っていた。
「……れ、いじ…?」
その瞬間、温かい何かが、零時の体中に巡っていく。零時は思わず目を開ける。
「…るな…?」
るなは、零時の体を強く抱擁し、まるで無邪気な子どもみたいに、泣きじゃくる。零時は、るなの思わぬ行動に、ただ体が硬直していた。
「零時………ッ!」
母親を見つけた迷子の子が、ただただ「零時」と連呼し、咽び泣く。
それと同じように、るなは嗚咽を出し、無様に鼻水を垂らしながら、零時から離れようとしない。
「ちょっ、るな…落ち着…」
「落ち着けるわけないッ…!! バカッ…!」
そう震えながらも、心配と怒りが溜まった声を、彼女は上げていた。
「バカ…! バカだよ、本当にバカ…ッ!! なんでこんなに傷だらけになって、こんなに苦しそうにしてるくせに、何強がってるのッ!!」
「…それは…」
「電話とか、連絡とかもつかないしで、ずっと怖かったんだよ…!? …ッもし零時が知らないうちに死んでたら…私…ッ! ずっと、後悔することになってた…。守れなかったことに、悔いが残ってたかもしれない…。本当に…お騒がせ者だよ…バカ零時…ッ!」
服を強く握りしめながら、彼女は大粒の涙を流し続けた。
対して、零時は目を見開いたまま動けずにいた。これほどまでに想ってくれる子が、まだ存在したことに、零時はその行動だけで十分救われていた。
戦場の痛みも、血の匂いも、この抱擁の熱に押し流されていくのが分かる。
「……やっぱり、怒るもんな…ごめん」
声を掠れながらも、るなを抱きしめ、謝る。反してるなはさらに強く、抱きしめる。もう二度と離さない、と。
「…ううん、こっちこそ、ごめん…。零時が辛い時に、一番隣にいれなかったの…私、すごく後悔してるから…」
その言葉に、零時の胸の奥で、ずっと張り詰めていた何かがふっと緩む。
気づけば口元が僅かにほころび、零時は小さく笑った。
「…そうか、ありがとうな…」
「…ううん…」
零時はるなの頭を優しく撫でながら、ただそのひと時の時間を味わう。
「ところで、るな…先に言っておきたいことがあるんだ…」
「…なに…?」
ようやく泣き止んだるなを慰めながら、零時は告げる。
「今、すごく頭クラクラする…」
「え?」
平然とそう言い放った途端、視界がぼやけ、数秒も経たないうちに倒れる。
どれほどの時間を有したのか、今の零時には指一本も動かせないほど弱っている。そして、一瞬の出来事にるなはひどく動揺した。
「零時っ!!?」
るなはすぐに零時の体を揺するが、零時からは何も返ってこなかった。るなはすぐさま無線機をつける。
「…………ッ!!」
零時は微かに残った意識で、るなの焦った表情、こだまに響く声を聞く。だがそれらは全てぼやけて見えず、何も聞こえない。
―…る、な…
彼は瞼を閉じ、やがて記憶の底へと落ちていった。




