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終焉の箱庭  作者: 時雨無名
プロローグ 【千の夢はいずれ一つの真へ】
1/21

一時の夢

 









 俺はどれほど、この夢の中で眠っていたのだろうか。
















 見渡す限り、一面に広がる黄金色の小麦畑。子供一人は隠せるほどの高さを誇っていた。


 一人の少年は、小麦畑で横たわり、前髪を靡かせながら、瞼を閉ざしていた。

 彼はとても気持ちよさそうに眠っており、永遠とここにいられるほどには、とても心地良かった。


 だけど、そんな時間はあっという間に終わってしまう。小麦畑の前に、ある少女がこちらへと駆け寄ってくる。それも怒りながら。

 俺はイヤイヤ起き上がり、そのまま顔を上げる。


 そこにいたのは、身長が140ぐらいで、俺とほぼ近い身長、柔らかな表情に、くっきりとした綺麗で、晴天のような空色の瞳、人の視線ごと食べてしまうほどに長く白い髪。

 まるでそれは、"天使"そのものだった。


「零時! まーたこんなところで寝てたの?」


 彼女はそう言いながら、小麦畑へと入ってきて、手を伸ばしてくる。俺は少し苦笑いをしながらも、その手を握る。


「アハハ、ごめんごめん。ついお日様とここの気持ち良さで寝ちゃってた」


 小麦畑から出るや否や、彼女は少し呆れていた様子だ。


「寝ちゃってたって…。全く、零時はいつもそうだね。私のことを毎回驚かすの上手だよ」


 そうため息をつきながら、小麦畑の方へと視線をやる。

 その視線は、やや寂しさを物語っていたが、俺には、そんな彼女の様子に、気づくことはなく、むしろ気にしていなかった。


 俺は後頭部に手を組みながら、ここの景色一帯を眺めていた。


 ここは本当に戦争の気配もない平和な場所で、皆穏やかに暮らしていた。

 だが彼女の表情は変わることなく、その寂しげな表情から、元に戻ることはなかった。


 今日も風は程よく吹いており、麦たちも風に導かれるように、旋律を奏でていた。

 俺はふと、彼女の表情を見つめる。なんだかとても哀しみに帯びた姿で、動くことなく、麦畑を眺めていた。


 そんな顔に、俺は惹かれてしまったのだろう。


「なぁ…少し散歩でもするか?」


 その唐突の誘いに、風を堪能していた彼女は驚いた様子だった。


「…珍しいね、零時から誘うなんて。いつも一人でどっか散歩するのに」


「き、気分転換だよ! ほら、行くぞ!」


 俺はそう赤くなりながらも、そのまま彼女の方に手を伸ばす。

 彼女も最初はキョトンとしていたが、すぐにその意図を理解すると、彼女はその手を握ると同時、体を擦りつけてくる。


「〜♪」


「…ッ」


 俺は鼓動を高鳴らせながらも、いつもの冷ややかな表情になるが、気持ちだけは上がっていた。


 しばらく歩いていると、彼女はこちらをじっと見つめてきて、少し気まずさ感じた俺は、彼女に話しかけようとした時、彼女は少し飄々とした感じで、言葉を連ねる。


「ねぇ、零時」


「…なんだ?」


 そう聞くと、彼女の顔が少し、曇ったように見えた。


「私ね、最近怖い夢を見るんだ。みんな私のことを忘れて、まるでそこに私の居場所がなくて…苦しかったんだ…。ずっと怖かったんだよ…」

「もしそれが現実になってもさ、零時は私を忘れないでくれる?」


 きっとその夢で、彼女はひどく孤独に感じていたのだろう。だから紡がれた言葉で、彼女の心に俺は拠り所を与える。


「絶対に忘れないよ。俺やお前の身にどんなことが起ころうとな」


「…そっか」


 零時と彼女はまた、歩み出す。会話なんて存在しなくても、風の音、宙に舞う麦たち、彼女の柔らかな表情とその匂いだけが、二人だけの箱庭を作る。


「……綺麗だな」


「うん、そうだね。こうやって零時と二人っきりでいると、つい楽しくなっちゃう!」


「ハハ、そうかよ。ところで、──…」


 ――あれ…なんでだ、なんであいつの名前が思い出せないんだ?


「…? 零時?」


 静寂が一瞬、走る。


 途端に、小麦畑から強い風が飛ぶ。俺は急な突風に思わず瞼を閉じ、腕を盾にして風を凌ぐ。その風が襲いかかっている時、「忘れないで」と、誰かの残響と心音が何重となって零時の耳に流れ込んだ。

 そして風が止み、先ほどまでいた彼女の方へ視線をやるが、そこには誰もいなかった。


「…あれ、おい! どこ行ったんだ!」


 ため息をついた俺はほんの少し物寂しくなった場所で、誰かを探すため、孤独に歩き続ける。


 ただただ土が欠けていく音、足音、そして風がなびく音が何重にも重なり、俺の耳に叩きつけてくる。

 その音たちに零時は焦りが出つつも、彼女を呼びかける声を出しながら、探していた。


 どれくらい経ったのだろうか。先ほどまで太陽が昇っていたのに、もうじき沈む時刻へと迫っていた。


「たく…あいつ、本当勝手に消えるんだから。会ったらまた叱ってやらないとな」


 俺はため息をつきながら、少しだけ小麦畑の方を見ると、太陽は変わらず小麦畑を照らし、先ほどの突風はなく、そよ風が小麦畑の周りで駆け巡っていく。


「…そういえば、あいつの…名前…なんだったっけ」


 忘れてはいけない人だっていうのは、心の中ではそう知っているはずなのに。どうしてか、彼女を忘れてしまう。


「俺はなんで、あいつの名前を、忘れたんだ?」


 その言葉を発したと同時、だんだんと風が強くなっていく。でも俺は特に気にすることなく、ただ小麦畑の上にある太陽を見て、思いを馳せる。


「……」


 太陽の光が彼の瞳孔に襲いかかり、零時は瞳を閉じることなく、その太陽を掴もうとした手を伸ばした時、俺は、彼女の名前を思い出す。


「あぁ…そうだ、思い出した」


 ──忘れてはいけない。忘れたくない人。一生覚えていたい。忘れたくない。声を忘れたくない。太陽のように、俺を導いてくれる少女。


 ※※は、※※※※になる少女。


「あいつの、名前は─────」


 その時だった。


「…ッあ…?」


 胸からいきなり、強い熱が走ってくる。視線を下に下ろすと、儀礼剣がそこに、あった。

 零時がゆっくりと振り返ると、そこにいたのは、腕に白い炎らしきものを纏わせており、特徴的な白い短髪と黒い服装、そして海さえも凍るような冷酷で、冷たい空色の瞳の男だった。


 俺は、それが一体誰なのかを、知ることができなかった。


「お前…は…?」


 体が熱い、心臓の心音が耳から離れてくれない。手先が全て震える。

 血を吐きながら、声を絞り出す。


「………」


 その白髪の男は、何も答えず、俺の体から儀礼剣を引き離す。重りが消えていったのと同時、俺はそのまま倒れた。


 俺は一瞬の出来事に固まってしまい、ただ息を上がらせることばかりだった。すると、白髪の人が前の方へ歩み、俺の顔を覗くように見下ろす。


 俺は死に間際に顔を上げ、その白髪の顔を見ようとした時、突然白髪の男の口が動く。


《刻の潮に飲まれ、忘却の者を顕現した時、其方は俗世と別れるだろう。》


「…………は…?」


 白髪の男の手が、俺の頭に触れた。


 ──思考が、止まった。

《歳忘》日本に突如現れた化け物。人や生物の記憶をくらって生きており、力を持たない生物には、なす術もない。

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