第一話 歳忘
とある組織にて
部屋には多くの棚と資料が並べられており、机にはスタンド照明が置かれていた。
そしてそこには白髪の男性が座っており、その目線の前には、二人の隊員がいた。
「現在歳忘による被害は拡大しており、僕たち前衛部隊も巡回の強化をしている…以前にその事を君たち隊員に伝えましたね」
黒みが混じった灰色のスーツを着ている白髪の男は、その漆黒のような目で、二人の隊員を見つめる。
「え、えぇ…」
黒いスーツを着ており、中には白のネクタイと黒シャツがあり、黒のスカートを履いている白髪の少女は、ただ困惑したような返事をした。
「そうですね」
厚い灰色の服で首を隠している、黒くなった赤髪の少年は、ぶっきらぼうに答える。
「二人とも、急に呼んでしまってすみませんね」
白髪の男性は少し優しそうな口調に戻り、二人に寄り添った。
「いえ、別に支障をきたすことはなかったので、特には」
黒赤髪の少年は困っているような素振りを見せず、むしろ淡々としていた。
「凄く緊張しています…」
対して白髪の少女は少しだけ身震いをしていた。
「いきなりのことですからね。でも今回の件は君たちには頼んでおきたいと思っていまして、とりあえず、今から君たちに資料を渡しますので、内容を確認していただけると助かります」
白髪の男性は引き出しの中からとある資料を取り出し、二人に渡す。渡すと同時に、白髪の男性は言う。
「その資料は、近畿地方のもので、2189年前期の歳忘による被害報告をまとめたものです」
「うん、やっぱ大阪とか京都の被害は激しい…」
白髪の少女はただ悲しそうにそう呟くが、黒赤髪の少年は気にすることなく、ただその資料をじっと眺めていた。すると、黒赤髪の少年は、少し妙なことに気づく。
「あれ、兵庫県の被害が、他と比べると少ないね」
「あ、ほんとだ」
それを答えた時、白髪の男性は声を出す。
「えぇ、大阪の隊員によると、謎の歳忘狩りのフード男が多くの歳忘を討伐しているという目撃がありました。それも《憶忘》を使わずに」
「あれを使わずに、ですか!?」
白髪の少女はただ驚きの声を出し、横にいた黒赤髪の少年も目を見開くことしかできなかった。
「そうです。これは確かに希少な存在だと思いますが、少なくとも彼の影響のおかげか、兵庫県一帯の被害は他と比べると少ないのです」
「…高城さんと同じ、《歳想》、なんですか?」
「まだ、分からないというのが、今の回答です。」
「それで、僕たちはどうすればいいのですか?」
黒赤髪の少年は少しだるそうな感じで言うと、白髪の男性は真剣な表情になり、二人は思わず姿勢を正す。
「今から兵庫に向かい、そのフードの男を東京に連れてきてください。彼がもし抵抗する動きを見せたなら、拘束しても構いません」
「え、えっと…つまり…」
「勧誘、ですか。こっちには試験というものがあるのに…」
黒赤髪の少年は少し嫌そうな顔をしていたが、白髪の少女は、「なるほど!」という顔をし気合いが入っていた。
「歳忘を単身で討伐できる以上、戦力を先に確保しておくのは合理的な判断、と思ってくれれば」
「それに、君たちは精鋭クラスの子たちですし、こういう対応は慣れていると、僕自身がそう判断させてもらいましたので。それで大丈夫ですか?古手さん」
白髪の男性は少し圧をかける。
「…それなら仕方ない…明月さんの指示に、従いますよ」
古手は半ば諦め、その任務に徹することを決めた。
「ありがとうございます。古手さん。それから天ヶ瀬さん」
天ヶ瀬は突然の指名に固まってしまったが、古手が天ヶ瀬の背中を軽く叩くと、天ヶ瀬はハッとなる。
「は、はい!」
「あまり無茶な行動をしないように」
「わ、分かりました!」
天ヶ瀬は少し焦った状態で敬礼をする。古手は天ヶ瀬に対して少し呆れつつも、天ヶ瀬と同様、敬礼をする。
「ではすぐに手配しますので、二人は準備をしていてください」
二人は「はい」と答えると、すぐに明月から離れていった。明月は持っていた資料をもう一度見返す。
「フードの男。それ以外は全て不明、ですか。そういう事例は、久しぶりに見ますね」
明月は少しため息をつきながら、近くにあった無線機を通して、すぐさま手配をするよう隊員に命令した。
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-兵庫県稲美町-
「ここか」
零時が稲美町に着いた矢先、ちょうど歳忘たちが町を彷徨っていた。住人は大体の人が避難したのだろうか。人の気配を感じることはなかった。
零時は辺りを見るが、町全体はほとんどが壊滅状態。死体も転がっている。
「奥川さんのやつ、神戸市付近とは言ってたが、まさかのここか…もう少し詳しく教えてほしかった」
「まぁそれはいいとして。この感じ、もう大阪部隊がやってきている感じか…。なら急いで狩るとしよう」
零時はすぐさま稲美町の領域へと走っていくと、やはり歳忘はこちらに視線を向き、大群として襲いかかってくるが、零時は顔色一つ変えない。
――小さい歳忘か、ならすぐに殺せる。
零時はすぐさま腰の横につけていた銃剣を抜くと、襲ってきた数匹を一回の薙ぎ払い、歳忘を瞬殺する。だが数匹やれて喜んでいるだけじゃ、三流以下。歳忘は仲間の死など気にせず、次から次から押し寄せてくる。
だが零時は表情一つ変えず、一振り一振りの斬撃で多くの歳忘を殺していく。歳忘特有の青く濁った黒い血が頬に飛んできて、その血は水よりも冷たいものだったが、零時はなりふり構わずただ銃剣を振り、撃つだけだった。
――いつ触れても、冷たい血だ
そして辺りにいた小さい歳忘は血を流し、次第に動かなくなってしまった。
「やっぱ、小さい歳忘は《核》に届きやすいな。…でもまだ、親分的な歳忘はいるんだろうな。早く探しに行こう」
零時が服を整えながら呟いてる時、突然上から冷たい空気が零時の肌に襲ってくる。零時はすぐさま銃剣を屋根の方へ向け、発砲する。だがその銃弾は一瞬に躱され、その反動で歳忘は降りてきて、地面が手につき、そのままむくりと起き上がると、目と目が合う。
「お前か、今の冷気は」
その歳忘は、人間の形をしているが、顔のパーツがなく、その代わりとしての渦巻きがあり、腕や足はかなり細い。その分身軽さがあるのは分かる。核も恐らく心臓と同じ位置にあるのだろう。
「…………」
歳忘は黙ってるだけで、ただこちらを見ていた。零時はため息をつき、集中力を上げる。
――こいつはさっきのやつとは違う…警戒しろ、集中力を下げるな…!
零時は地面を踏み込んだその瞬間に歳忘に飛び込んでいき、歳忘との距離を0にする。その銃剣は歳忘に微かに当たっただけで、すぐにかわされた。歳忘は手から冷気を出し、零時に向けて放つ。
――範囲が広い…!
零時は素早く腕をクロスしながら冷気を防ぎつつ、辺りを確認し、逃げれる場所があるか探っていると、一つその場所を見つけた。
――屋根の上!!
零時はクロスを解いて、すぐに家の石塀に登り、その跳躍力で屋根へと登る。零時は弾を補充し、照準を歳忘に向ける。
「死ね」
零時は歳忘が動くよりも早く撃つ。歳忘は僅かに避けたおかげか、核に掠る程度でしかなかった。だけど零時はそれで良かった。
核に少しの刺激でも与えれば、それは猛毒になる。
零時はウエストバックから投げナイフ二本持つと同時に素早く、強く投げる。歳忘はその投げナイフが命中し、体勢が崩れる。歳忘はすぐに逃げようとしたが、零時は屋根から飛び降りる。
「逃がすかよ」
零時は地面に着地し、近くにあった瓦礫の破片を蹴り飛ばし、動きを遅くする。そのまま駆け込み、歳忘の核に向けて銃剣を突き刺す。その瞬間ガラス玉が床に落ちた音が聞こえたと同時に、核が破壊され、歳忘は雄叫びを上げる。零時は表情を崩さず、ただその最期を見届ける。
歳忘は雄叫びをやめ、そのまま地面に倒れ、青黒い血を流す。
「…準備運動は完了だ」
――この歳忘はボスではないな。こんな簡単にやられてしまっちゃ困る。
零時はその歳忘に手を合わせ、その場を後にし、この一帯を支配する親玉を探す。その間に出てきた歳忘は銃剣で薙ぎ払って切り裂く、零時にとっては、いつもの狩りだった。
そして、零時が親玉を探していた時、思わぬものを見かけてしまい、零時は体を止めてしまい、すぐにそこへと向かう。
「…死体、か」
そこにいたのは、血まみれになりながらも、我が子を守った母親と、その母親に抱かれたまま、小さく丸まっていた子供。その二人はもう息をしていなかった。近くを探ると、家の近くに父親らしき人も亡くなっていた。
「ここの犠牲者か…。この人たちは逃げ遅れたのか、それとも狙われたのか…どっちにしろ、今はそんなことを考えるな」
「…少し、乱暴に扱うかもしれませんが、許してください」
零時は銃剣を鞘にしまい、母親と子供を抱え、その父親の元まで運ばせる。そして歳忘には襲われないよう、家の庭の中まで入り、大きな木がある場所に、一人ずつ運んだ。
「…どうか来世では、歳忘の被害を受けず、平和に生きてください」
零時はそれだけを言うと、すぐさま鞘から銃剣を取り出し、その家の庭から出ていった。そして家族の死体には共通のペンダントが首にかけていた。
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「はぁ…はぁ…」
そして、零時は返り血を浴びながらも、町の中央公園付近にやってきた。
「…ここら辺に、親玉は、いるのだろうか」
零時は少しふらつきながらも、親玉がどこにいるのかを探していたが、零時はもう、体力の限界というところまで来ていた。だが零時は〈憎しみ〉を薪にして、今も辛うじて燃え続けている。
そうして待っていると、地面からいきなり土埃が出てくる。零時は少し驚いた表情になるが、いつもの表情へと戻る。
「………」
そこにいたのは、体つきは人間ではあるものの、異様なほどに膨らんだ腕と足、土に溶け込むような色合い、まるでゴーレムみたい巨体の持ち主だった。そして先ほど冷気を使った歳忘と同じく、顔が渦巻きになっていた。零時は決して油断はせず、ただ銃剣を構える。
零時は歳忘から目を離さないよう、瞬きもせず警戒していた時だった。
「莠コ縺後″縺ヲ窶ヲ縺上l縺溪?ヲ蜉ゥ縺鯛?ヲ縺ヲ縺上l」
「…!」
いきなり歳忘は喋り出し、零時は思わず目を離してしまう。その瞬間を狙うかのように、その歳忘は目にも止まらぬ速さで零時の懐に入る。零時が気づいた時には、もう遅かった。
「しまっ…!?」
その刹那、零時はいきなり横腹を殴られ、中央公園から飛ばされ、道路のところまで飛んでいった。零時は吐血していた。
「…血を吐くな、動くんだ…!!」
焦りが出ていたが、すぐに行動を移そうとした時。地面から不穏な音が聞こえてくる。
――これは…まずい!!
「くっ…!」
零時は体を無理矢理動かし、その場からすぐに離れると、地面からあの歳忘が道路を突き破り現れる。
この時、零時は自分の体の異変に気づく。
――体が…思うように動かねぇ…対処法を考えろ、迷うな…!
零時は銃剣を持ちつつ、少し考えた。あの敵の攻略方法を。だがそれを歳忘は悠長に待つわけもなく、そのまま裏拳を放つ。零時は咄嗟に刃を間に入れたが、その力には及ばず、吹き飛ばされる。
今度は田んぼの近くまで吹き飛ばされ、ずっと着ていた服たちももうボロボロだった。零時は動くことができず、ただ迫りやってくる死に対抗することができなかった。
――動かせ…動かせ…!
零時がそう強く奮い立たせるが、それを叶うことはできない。もうじきこちらにやってきて、潰されてしまうのは目に見えている。零時はそのまま諦め、目を瞑った。
「こちら飛岡! 住民の避難を終え、今から歳忘討伐に向かいます!」
零時の耳に、人の声が聞こえてくる。
「町の中で戦っていた隊員の応答はなし。恐らく死亡しているかと…」
飛岡が無線機で誰かと話し合っていた時、男性の隊員がこちらに気付き、すぐに飛岡に声をかける。
「飛岡さん!! あっちに人が倒れています!」
「なに!? 分かった! すみません楓原さん! こちらの戦況は後ほどお伝えします!」
誰かが、こちらへと駆け寄ってくる。
「おい! あんた大丈夫か!」
「出血量が尋常じゃない、すぐに応急手当てを…!」
一人の隊員がすぐに応急手当てをしてくれたのか、零時は微かに意識を取り戻し、目を開ける。飛岡とその隊員はホッと胸を撫で下ろしていたが、飛岡はすぐさま真剣な表情になる。
「すまないが入山、その子の安全確保を頼む」
「飛岡さん、まさか…!」
「安心しろ、すぐに仕留める。だから頼んだぞ」
飛岡はそう言い、その巨人のような歳忘に立ち向かっていく。入山も向かおうとするが、そこにアスファルトの壁が現れ、進むことができなかった。ここで入山は理解した。彼は絶対に死ぬということを。
「無茶はしないでください…! 飛岡さん…!」
「………」
――…俺は、依頼を失敗したのか…?
零時は、まるで虚空を見ているかのように、その姿は虚無へとなってしまう。零時には分かってしまう。一人で立ち向かうなど、死に向かうのと同じだということを。
自分にはどうでもいいはずなのが、零時は今、誰かが目の前で死のうとしている。その光景を見ていると、嫌気がさす。
「俺は……」
零時は口から血を流しながらも、無理矢理に体を叩き起こす。それを見ていた入山は焦る。
「ちょっ、あなたは寝ていてください!! すぐに医療部隊を呼びますので…!! もう、早く東京の人たち来てくださいよー!!」
――東京…なんで今…その単語を…?
零時はその単語に微かな疑問を抱いていたものの、今はそれを気にしないことにした。
入山は救急班に連絡を送っていたが、零時は気にせず、ただ目の前の光景を見る。今は確かにアスファルトの壁しかなく、恐らく回り込みしても無駄なんだろう。だが壁の上限もあるのもまた一つ。零時は上を見上げる。
「この高さなら、行ける」
高さは学校三階ほどに相当する。だが零時にはそんなの容易いこと、他より運動神経が非常に高い零時には無駄だっていうことを。
零時は少し遠くまで離れ、クラウチングスタートのポーズにする。腰を上げ、集中力を上げたその瞬間、地面が崩れるほどの脚力でロケットスタートを放ち、壁まで走る。壁の距離が近くなったところで、右足を強く踏み込むと、そのままの勢いで壁の上まで飛ぶ。
その様子を見ていた入山はただ驚くことしかできなかった。
「嘘、でしょ…………」
『入山? おーい!! 入山ー!!』
スマホからは医療部隊の隊員の声が聞こえてくる。
零時は壁の上にまだ着き、ウエストバックからロープとナイフを取り出す。ナイフを壁の上の地面に深く突き刺し、持ち手にロープを巻き付け、残った端の方は、そのまま地面まで下ろす。
「降りるか……」
零時は慎重に降りて行き、やがて壁の向こうの地面へと着く。零時はロープとナイフを無駄にしたことに少々後悔があったが、今は動けるうちに、討伐するという信念の下、零時はあの巨大な歳忘の元へ急いだ。
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ヘリコプターで移動中の古手望と天ヶ瀬るな。古手はナイフの手入れをして、天ヶ瀬はある一枚の写真を見ていた。天ヶ瀬はその写真を見て、微笑んでいるようで、少し悲しい表情をしていた。
その様子を見ていた古手は、不思議そうに思いながらも、ナイフの手入れを続ける。
「…ねぇ、古手くん」
突然呼びかけられた古手は思わずナイフの手入れの動きが止まる。
「…なんだ」
「どうして、歳忘が出てくるようになったんだろうね」
「…知らない、それに歳忘が出てきたのって突然のことだって昔の人は言っているし」
古手はいつもの冷たさに、天ヶ瀬は思わず笑ってしまう。だがその笑いは渇いており、古手は少し気になっていた。
「…」
少しだけ間があったが、天ヶ瀬はその重い口を開ける。
「古手くん、私ね、兵庫県に住んでる幼馴染がいるんだ」
「前に聞いたことがある。…だが、名前忘れた」
「あはは…またそれは教えるけど…あの子はね、両親を中学の頃から亡くしてて、それから歳忘を討伐するていう復讐があったけど、まだ憶忘が現れてないんだ」
「その間に、私東京に来ちゃったから、今あの子が何してるかは分かんないだ…だから、もし彼と会ったら、私は謝りたい…」
「…そうか、なら会えるかもな、その幼馴染に」
古手はそう冷たく言うが、どこか暖かい何かを天ヶ瀬は感じ取った。天ヶ瀬は少し嬉しくなり、また一枚の写真を見る。
「…待っててね。すぐ会えるから」
そして、天ヶ瀬のポケットから取り出したのは、誰かの懐中時計。今や動いてはいないが、天ヶ瀬にとっては、大事な品物だ。
天ヶ瀬が懐中時計を見つめていた時、突然二人の無線機から連絡が入る。古手はすぐに無線機に耳を傾けるが、天ヶ瀬は少し油断しており、古手より一歩遅く無線機に耳を傾ける。ヘリコプターの操縦者もその無線機から既に連絡を聞いてたのか、速度をさらに上げる。
『《ノスタルジア・システム・TOKYO》隊員番号1640909 天ヶ瀬るな、隊員番号1640432 古手望に緊急連絡。』
「な、何事ですか!?」
「歳忘が来てるのは確定か」
『兵庫県神戸市稲美町にて歳忘が大量発生。現在多くの大阪の前衛部隊の隊員たちに犠牲者が多く出た。目的地に着き次第、歳忘の討伐を。』
その言葉を受けた同時、無線イヤホンから声は聞こえなくなる。これらを理解した二人はすぐさま武器の準備をする。古手はナイフ二丁。天ヶ瀬は何処からともなくから弓を顕現させ、腰につけてある護身用ナイフで準備が整う。
「歳忘…!」
「天ヶ瀬、大阪の隊員がやられている以上、僕たちが戦線に立つんだ」
「うん、分かってる!」
天ヶ瀬は少し怒りを顕にしつつ、古手はただその戦場まで待った。きっとこれから戦うのは、ただただ血しか残らないということに。




