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終焉の箱庭  作者: 時雨無名
第一章 【骸の残響と記憶の結晶】
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第十七話 知恵のお札


 一目散に駆け巡る零時の姿に、矢倉は驚きの表情を出し、一瞬薙刀を握る力を怠ってしまう。

 老婆はそこを逃すことなく、さらに重い一撃を与えてこようとする。


「歳忘!! お前の相手は俺たちだッ!!」


 啖呵を切り、老婆に目掛けて銃剣を振り下ろすが、老婆はいとも容易く避け、地面を擦りながら避ける。

 零時は追撃を与えようと、手をかざし、憶忘を発動させようとするが、水はその場で爆散し、不発した。


「諏訪部さん!? 傷の方は!!」


「どうだってことないですよ! 俺のことより先に歳忘の方に集中しましょう!」


 のらりくらりと動く老婆からは、もはや生命すら感じ取れない、壊れた傀儡だ。老婆は包丁を片手に臨時体制になる。

 それに模倣するように、二人も武器を構える、そしてお互いの間に緊張感が走る。零時と矢倉は距離を離していき、老婆はその二人の距離を詰めていく。


 この見合いに痺れを切らし、先に動いたのは、老婆の方だった。


「!!」


 即座に銃剣を構え、進行方向に向かう老婆の進路を断たせる。だが想像以上に老婆の方が押し合いが強く、零時は歯軋りを立たせるしかなかった。


 そこに矢倉が速やかに二人の間に薙刀を振り、零時と老婆の距離を作らせる。零時は近くに落ちてた石を拾い追撃をかます。

 老婆の顔に石が当たり、老婆の動きが一瞬鈍る。そこを突くように矢倉が老婆と見合いをする、老婆はその不意打ちに耐えられず、袈裟斬りを食らう。


 矢倉はもう一度攻撃を繰り返すが、結局それは塞がれてしまう。その隙に零時は老婆の横腹を狙う。


「──…」


 老婆は舌打ちしながらも、隠し持っていた包丁を持ち、零時の銃剣を防ぐ。


「クソッ…!!」


 即座に老婆は矢倉の薙刀を押し返し、身軽な動きで矢倉を奥へと吹き飛ばす。零時が驚く暇もなく、次の攻撃が飛んでくる。零時はその攻撃を咄嗟に防ぎ、血を吐く余裕もなかった。


 こんな劇的な状況でも、零時は老婆の動きを見ていた。零時はがむしゃらに老婆の腹に蹴りを入れると、老婆にとってその衝撃はあまりにも強かったのか、一気に吹き飛ぶ。

 だが、その一連の出来事に、零時に大きく違和感を持たせる。


「…?」


 ──なんだ、今の感触?


 今まで見てきた正面戦闘では、老婆の動きには、確かに無駄はなかった。でも古手との戦闘で、攻撃を食らった描写は幾度かあった。

 それのほとんどが、老婆の虚をつく、不意打ちによるものだった。


 ──まさか、あの老婆には、不意打ちには滅法弱いのか? だがさっきの蹴りは咄嗟に発動させたし、多分もう効かない。


 頭を掻きながら現れる老婆は、とても不機嫌にしていて、渦になっていても、その殺意を隠し通すことはなかった。

 老婆が指を即座に二本切り、零時に向けて投げると、それらは一瞬にして包丁へと変わる。


「チッ…!」


 一つは避けれたものの、もう一つの包丁が左腕に刺さり、零時は大きく怯んでしまう。その隙を突かれ、零時の距離を縮めていく。


 ──やられる…!!


 そう思った瞬間、後ろから誰かがとてつもない速さで老婆を吹き飛ばし、地面を擦りながら、遠くにある木の幹に激突させる。


「諏訪部さん!!」


 そう声をかけてきたのは、矢倉であり、零時を見かけた矢倉は、すぐさま零時の傷を確認する。彼の表情は少し苦い表情をしていた。彼らはすぐに立ち上がり、老婆もまた立ち上がる。


「まだ、戦えるか?」


 刺さってた包丁を地面に投げ捨て、上着の袖を千切り、左腕を止血させる。


「はい、それからなんですけど…」


「なんだい?」


「恐らくあの老婆、不意打ちに滅法弱いです」

「不意打ちを連発さえすれば、活路はあるはずです」


 先ほど、零時が感じた違和感を、矢倉に赤裸々に矢倉に話した。それを聞いた矢倉は口元に手をつけ、思考を巡らせる。


「不意打ちに弱い、か。俺の憶忘はほんの少しだが、不意打ちに特化してる。だが連発しまくるのは、正直厳しい」


「なんでですか?」


「俺の憶忘は【矢】だ。反発力と矢による攻撃が得意なんだが、使いすぎると、代償としてかなり強めな目眩を引き起こすんだ。だからこの現状でそんなに使ったら、大きな隙を作ってしまう」


 矢倉の説明を聞き、少し納得した様子の零時。未だ憶忘に関しては多くを理解はしていない。だが使いすぎるのは良くないと、憶忘を得てから妙な感覚として感じてしまう。零時は考えた、この場をどう打開すればいいのか。


 見渡す限りでは、周りには大木しか並んでおらず、打開策に扱えるものとしては、微妙なラインだった。

 だがそんなことに多くの時間を費やすことは叶わず、老婆は距離を詰めてくる。矢倉が咄嗟に間へと入り、老婆の攻撃を防ぐ。


「やっぱり、きつい…!!」


 先の戦いの間で体はボロボロ。それが患ったのか、矢倉は一瞬防御を緩めてしまい、老婆に攻撃を与える時間を設けてしまい、その刹那、包丁が矢倉の脇腹を刺し、一気に渦巻かせる。その攻撃は、彼にとって致命傷だった。


「…ッ!!」


──包丁で掻きむしってるのか…!? まずい…!!


 矢倉の掌が老婆に触れた瞬間、老婆は吹き飛んでいき、森の奥へと追いやられる。矢倉は血を吐きながら、急いで止血する。


「矢倉さん!!」


「俺は大丈夫だ!! 今は最善策を考えてくれ!!」


 だがそんなことを言われたところで、考え得ることは全て考えた。けどそれらはほとんどが現実的ではない。あるとすれば、大木を倒して老婆を行動を防ぐだけだ。


「そう言われても……」


 だが今の零時にはそんな簡単に思いつくことができなかった。


 ──でもなんだろう、この既視感…。まるで何度も経験したような感覚だ…。落ち着け、今はそんなことを考えている場合じゃない。


「なんだっていい、簡潔でも複雑でもなんでもいい!!」


「"知恵"を振り絞って考えろ!! まだ俺たちは終わっていない!!」


「…ッ!」

「知恵…そういえば、そのテーマを使った昔話があったような…今の現状を合わせたら、『さんまいのおふだ』…?」


 『知恵』という言葉を聞き、昔見た絵本の内容を思い出す。それは『さんまいのおふだ』。

 一見すれば、ただの御伽話に過ぎないだろうが、この話には、山姥という名の妖怪が現れ、追ってくる山姥から、子供が知恵を振り絞り、3枚のお札を使って逃げるという話。


 この話を思い出し、もう一度周りを見渡す、この領域にあるのは、確かに大木だけだ。だがこちらには、策がある。


「──これなら行ける…!」


 絵本の思い出を頼りに、この場を打開できる展開を閃く。そんな状況下、顔色を悪くしながらも、矢倉は立ち上がる。

 その様子を見た零時はすぐさま矢倉の元へと心配しながら歩む。


「矢倉さん、無理しちゃ…!」


「大丈夫だ…それで、考えついたか?」


「…はい。それからあの歳忘について、ようやく理解できました。あれは、山姥の歳忘です」


 山姥の歳忘──他人の変化は不可能だが、部位毎の武器への変化、身体をいじり変形させることが可能。その憶忘は【変化】。


 その言葉を聞き、理解した。そして止血したところを手で強く防ぎながら、乾いた笑いを見せる。


「…じゃあ、俺はどうすればいい?」


「単刀直入に言います」


 零時の作戦を聞いた矢倉は、「それがあったのか」と辺りを見て勘づく。矢倉も何か考えついたのか、懐からあるものを取り出し、零時に渡す。


「じゃあ、これを持っていてくれ。こちらの準備が完了次第、それに合図を送る」


「分かりました! では気をつけて」


 矢倉は「分かった」とだけを言って、その場を後にする。それと同時刻、山姥がこの場に帰ってくる。


「───…?」

「ヤツは…?」


 不思議そうに周りを見渡すが、そこにいるのは零時ただ一人。


「ここにならいないぞ、山姥」


 いきなり人間から話しかけられたのか、山姥は驚いた表情をする。


「お前、わしの声が、分かるのか」


 口調からして、久方ぶりに人間と話せるものが現れて、心がウキウキになっているのであろう。そのおかげで、一時的に包丁を懐の中にしまう。それを見た零時は、その行動には虚を突かれたが、変わらず平然な態度を取り続ける。


「山姥、というより歳忘。どうして人なんかを襲うんだ? 俺たちは別に何もしてないだろ」


「憎いなんて、ない。ただ、生きるために、喰らうだけ」


 変わらず邪念と吐き気を催すような喋り癖。言語が付くだけなのに、どうしてここまで不快に感じてしまうのかは、ずっと疑問だった。けど、分かってしまった。


 心の底から、不快なんだ。


「逆に、聞く。なぜわしらを、殺す?」


「お前たちとは真逆だよ。不快で、気色悪くて、感情なんかありやしない。ずっと憎い存在。お前たちは災厄の一部だからこそ、殺すしかない」

「もう会話なんか不要だろ、今ここで仕留める」


 銃剣を強く握り、凄まじい脚力で山姥の距離を縮める。包丁を懐にしまったせいで、一歩動きが遅れる。山姥はその態度に怒りに満ちたのか、言葉にならない絶叫をする。


「小僧がッ!!」


「自分の愚かさでも味わっておけッ!!」


 山姥は左手の指を全てぶち抜き、投擲をしたのと同時に、五つの包丁が彼を襲う。零時はその投擲を全て見切り、地面を蹴り上げる。


 今度は左手ごとを叩き落とし、それを放つ。その左手は瞬時に爆弾となり、地面へと転がると同時に大爆発を引き起こし、さらに地面の所々に炎が移り、燃えていく。零時は吹き飛ばされてしまい、地面に倒れる。


「…ッ!!」


 山姥がそれを見逃すことなく、一気に跳躍し、上空から零時を襲う。


 身の危険を感じ、咄嗟に身体を横に動き出し、山姥の一突きを躱す。


 ウエストバックから投げナイフを素早く取り出し、山姥に向けて投げる。だが集中力を上げている山姥にはそれは通用しなかった。だからこそ、彼は仕込んだ。


「ぐあッ、!?」


 もう一つの刃というのは、隠して奇襲させるもの。山姥の顔から血が吹き出し、抑えつける。その隙に零時はウエストバックからロープを取り出し、それを巧みに扱いながら大木を転々とし、奇襲を仕掛けようとする。


 突き刺さった投げナイフを抜き捨て、辺りを見渡す。だが彼の気配は感じられないと、山姥は髪の毛を抜き、下へとばら撒く。その瞬間髪たちは撒菱へと変化する。


 ──なるほど、確かにそうすれば俺は簡単に近づくことはできない。だが…


 地面に降りるのと同時、手に持っていた投げナイフを投げる。山姥は包丁で弾き、こちらへと襲い掛からず、ただ獲物を待つ狼のように、じっと待っていた。


「言っとくが、俺は待つのを許さないからな」


 迷いなく山姥の方へと向かい、迎え打とうとする。山姥は攻撃を仕掛けようと待機した。その時、零時の左手に水が現れ、一気に左拳を地面に振り下ろすのと同時に、撒菱がその反動によって空中に舞う。


 山姥が驚くのと同時、既に間合いを詰めていた零時の渾身な斬撃を食らい、さらに蹴りを入れ、山姥の口から青黒い血が垂れる。


「もう一度…!」


 だが先ほどの水は咄嗟に使ったもの。


「クソ、また水が…!」


 未だに水の憶忘の扱いが定まらず、ここから先も生身のままで戦うしかない。それは零時にとって、最初の鬼門だった。山姥はゆっくりと立ち上がり、こちらを一瞥する。


 水を纏わせようとするが、それは逆にこっちに集中してしまい、目の前を疎かにしてしまう。だからこそ、零時は自分の力を過信することはしなかった。


「…落ち着け、集中しろ、俺」


 ──でも、なぜだろうか。次の攻撃は、防げれる自信が溢れてくる。


 山姥がまた包丁で突き技をしてくる。


 ──ここだ。


 目が冴えてきた零時は、その突きを一ミリの誤差もなく防ぐ。


「なにっ…!」


 包丁を場外へと飛ばし、山姥に回し蹴りを放つ。


「がっ…!?」


 吹き飛ばされることなく、山姥は包丁を手に持ち、自分の右腕を切り落とし、上空へと放り投げる。


 だがその行動は、側から見れば、隙を作る工作。零時はそれに目は行かず、核を壊そうと心臓に刃を伸ばす。


 ──勝てる…!!


 だが、彼は慢心していた。上空に放たれた腕から大量の槍が出現し、それらは重力に従い彼に襲う。その一本の槍が彼の右腕を貫く。


「…なっ…」


「わしの、勝ちじゃ」


「…ッ!」


 痛みを我慢しながら、後ろへと下がり、残りの槍の雨を回避した。


「槍かよ、やられた…」


 槍の持ち手を切り落とし、槍の穂先から落として、抜く時の負傷を最小限にさせるが、やはり痛いものは痛い。

 だがそれでも、零時は諦めることができなかった。


「たく、もう昔から血は流してきたのに、慣れることは、できないもんなんだな…」

「ハハッ、ちょっとだけ話さないか?」


「哀れな小僧。命乞い、無用」


 山姥は構わず、零時に近づいてくる。確かにこの状況的に、この切り口は、ただの命乞いに感じてしまう。


「なに、ちょっとした雑談程度だ。あんたも好きだろ? 人を食べる前の前菜だと思えよ」

「知有り歳忘さんが、卓に運ばれる前にその食事を食べようてか?」


 それを聞いた山姥は、その言葉に共感したのか、動きを止める。


「俺はさ、昔から絵本が好きなんだよな。まるで幻想的な世界観で、昔から、そんな絵本の世界に輝かせていたんだ」

「でも今の年齢になると、いろいろ知って、子供の時の夢はなくなっちまうもんだ。けど俺は幼少の頃から、何もかも覚えてる、この目で見た全てを。記憶が薄れた時期はあったけど、今じゃ、なんでも思い出せる」


 そんな話を聞いても、ちっともピンと来ず、嫌気が差し、包丁を持ち、零時に歩み寄る。


「で、俺は一つ、思い出したことがあるんだ。『三枚のお札』ていう作品を知ってるか? その話の最期じゃ、あんたは死んで、子供は生き残る。じゃああんたは何で死んだか、気になるもんな」


 そう言った矢先、零時の懐が少し揺れて、ふいに口角を上げる。零時が取り出したものは、矢だった。


「それは──」


 零時が矢を静かに近くにあった大木に突き刺さた、その瞬間、大木たちが急に揺れ動き、山姥は何事だと思い、木々を見つめる。


「───…!!」

「貴様ら…!!」


 大木の根本には、調査員たちが銃を使い大木を切り落としていて、その大木たち全てが、山姥に向けて倒れてきていた。


「─ッ…!!」

「チッ…!!」


 逃げようとするが、丸太たちが倒れていく矢先から、矢の追撃が放たれ、山姥の足に命中する。山姥は上を見上げると、その上には天使の羽が生えたるながいて、その瞳には殺意が籠っていた。


 零時はゆっくりと立ち上がり、銃剣を構え、山姥を見つめる。


「人間の知恵と勇気、そしてお前の醜さという名の、死さ…!!」


 そしてこの戦いも、終局へと迎える。

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