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終焉の箱庭  作者: 時雨無名
第一章 【骸の残響と記憶の結晶】
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第十六話 闇夜に広がる領域

 記骸域に入った瞬間、目の前に広がった光景は、夜の山の中であり、暗い森の中が広がっていた。一部の調査員たちは怖気ついていたが、矢倉は気にせず、前へと進む。


「暗いな…」


「あぁ、今回の記骸域は凶のようだな。より一層警戒を固めないと、簡単に死ぬ」


 古手の勘は正しいのか、零時たちの鼓膜に草木が駆け巡る音が辺りを共鳴させる。素早く臨時体制になる零時と古手。るなは上空から飛び上がり、敵の動向を伺う。隊員たちも警戒を解かず、かつ互いの視線も補う。


 待ちきれなくなった音の正体が、こちらへと襲いかかってくる。出てきたのは、人の上半身ほどの大きさを誇り、白く長い耳を生やし、異様に発達した前歯を持った、血塗れの歳忘だった。


「うさぎ…!?」


「ふん」


 兎は前歯で噛みついてくるが、間に入った古手によって塞がれる。だが兎の前歯は強靭で、古手のナイフを砕こうとする。しかし古手は顔一つ動かさず、追撃の蹴りを浴びせる。

 兎は下がり、またしても襲おうとした瞬間、上空から矢の雨が降り出した直後、隊員数名の光線銃によって兎は青黒い血を吐き出して倒れ、やがて塵となった。


「…まだいるようだな」


 正面から兎が一羽、二羽、三羽とどんどん溢れてくる。古手と零時は素早く動き出し、兎の猛攻を掻い潜り、刺突、袈裟斬りを繰り返す。


「これが、例の速いやつですか?」


「いや、だとしたら簡単には死なない。こんな弱さに苦戦してたら、調査隊は既に笑われてる」


 兎の速度はそれほどなく、かと言って強くもない。自然発生した歳忘の可能性が高く、ここの親分でもない。古手は軽くあしらい、零時も団体戦に不慣れながらも、歳忘を狩る。


 だが一つ一つの動作が、皆に支障を来たす。だからこそ、油断してはならない。前線を張る二人の思考が、今合わさった瞬間でもある。

 あの時感じた冷たい血が、今では舞う度に、心諸共熱くなるような、醜い血として感じた。


 襲撃してきた歳忘を狩り終えると、撒き散らした青黒い血が塵へとなっていき、彼らの体からもその痕跡は消えてゆく。


「零時、古手くん! 大丈夫だった!?」


 空中から降りてきたるなが二人の元に心配そうに駆け寄り、バックから医療用道具を取り出そうとする。


「俺は大丈夫だ」


「問題ない。で、調査員たちは?」


 それを聞いたるなは、安堵したような表情になり、バックから手を離す。


「死傷者は今んとこ0だよ。ただ二人が少し軽傷を負っちゃったけど…」


 そう言いながらるなは二人の調査員を横目で眺める。既に応急処置は終わっており、いつでも出発ができる状態だった。


「ここはまだ最初の場所だ。まだ奥は続いてる、早く進もう」


 近くにいた矢倉隊長は「はっ!」と声を張り上げ、調査員と共に奥へと進んでいく。


 奥へと進んでいく度、歳忘の数は減っていき、やがて静寂な波と、頬に風が何度も突き抜けるたびに、全員の警戒度は高まっていく。その過程で調査員たちに負傷した者がいるものの、死傷者を出してはいなかった。

 隊員の声からは「無事に帰れる」と「案外楽勝」という安堵と慢心の声が上がっていた。だがその声に隊長と護衛には聞こえなかった。


「…もう少しで最深部だが、記骸域内の核は一向に見つからないな…」


 隊長はそう呟くと、るなと零時は少し不安そうにしていた。


「というか、それの気配すらない。なんか嫌な予感がする」


 古手が一瞬、眉間にしわを寄せた時だった。後ろから何か小柄で、一瞬の風圧が辺りに発生させる。それにいち早く気づいた零時と古手が真っ先に振り返ると、後ろにいた調査員数名の上半身が無くなっており、下半身がまるで何も気づいていないように、立っていた。


「なっ…!?」


「やられた…」


 一名の調査員が悲鳴を上げた瞬間、その悲鳴は耳に響かず、代わりとして、首がない身体だけが残っていた。


「えっ…? は…?」


 るなは何が起こったか理解できず、ただ呆然と立ち尽くしていた。またしてもあの風圧がるなに襲いかかる。


「るな!!」


 零時はそれよりも速く、その攻撃を防いでみせる。だがその衝撃で、零時の横腹から血が吹き出す。


「ぐっ…ッ…!」


 零時が横腹に触れると、手には真っ赤な血によって支配されていた。るなは急いで零時の元に駆け寄る。


「零時!!」


 そのるなの表情からは、失態を犯したと、零時を傷つけたという二つの後悔に表情が曇る。


「全員周りに警戒しろ!! 恐らく第一調査隊が言っていた例の存在だ!!」


 焦りが募った矢倉の指示で、調査員全体が警戒を固める。敵が一人なのか、複数なのか。ただ速いというだけの情報では、太刀打ちできない。


「───……」


 零時の耳に掠れた老婆の声と、何か肉を強く噛み切るような音が響いた瞬間、上空から数本の包丁が空気を貫き、数名の調査員の眉間を貫いた。

 他の調査員が容態を確認した時には、既に死亡。即死だった。


 零時はその声を辿っていき、一度上を見上げると、朱色の袴を着た、身体中が老いぼれた、老婆の姿が見えた。

 その老婆の片手には、包丁を持っており、もう片手には、調査員の頭をぶら下げていた。


「──、───────…!」


 皆が聞こえてきたのは、ただ歳忘特有の雑音でしかない。だが零時だけには聞こえていた。


「また、上質な肉が来た…!」


 私利私欲に塗れた、その穢れた声だけが、零時の鼓膜に響いてくる。


「…ッ皆さん!! 上にいます!!」


 強く言い放った零時の声に、皆上を上げる。老婆は笑いながら、口を大きく開きながら、呟く。


「──、──」

「全員、殺す」


 老婆は木の枝から飛び降り、人間とは思えない速度で一人の調査員に襲いかかるが、間一髪のところ古手が間に入る。


「…こいつか、ここの主は」


 古手は老婆の顔面を見て、悟った。老婆の顔面は、他の歳忘と同じく、渦状に彫られているが、口だけはシワシワになっても、生きていた。

 老婆は勢いに任せ、古手のナイフを押し返す。余りにも異常な押し返しに古手は一瞬思考を巡らすが、深くは考えず、老婆の包丁を弾き返す。


「死ね。歳忘」


 古手が老婆の心臓を刺そうとした瞬間、老婆の左腕はひどく膨張するのと同時、古手の腹に右ストレートを放つ。古手は血を吐き、奥にいる隊長のとこまで吹き飛ばされる。


「チッ、最近僕、どうも不意打ちに弱い」


 古手は自分に罵りながら、すぐに立ち上がる。


「大丈夫!? 古手くん!!」


 るなはすぐさま駆けつけ、古手の心配をする。古手は口の中にある血の痰を吐き、無表情ながらるなを横目で見つめる。


「心配しなくていい、どうせ再生される」

「それに、僕だけやられっぱなしじゃ、味気ない」


 古手はナイフを再度持ち直し、歳忘に攻撃を仕掛ける。それを見かねた矢倉は一息を置くと、調査員の前に立ち、振り向く。


「調査員たちよ! 俺と古手殿であの老婆の歳忘を足止めをする! 一部調査員は副隊長の指示に従い、奥へと進み、速やかに核を探していけ!!

「他の調査員はこの場に残り、そして覚悟がある者は、俺に続け!!」


 啖呵を切った矢倉と他数名の調査員は古手を追いかける形で歳忘の方に向かい、矢倉は上空へと飛び上がる。

 零時は他の調査員に治療されながらも、瞼を閉じず、瞳だけを動かし、その老婆の動きを凝視していた。


 歳忘は古手の攻撃を躱しつつ、木の上から放つ矢倉のクロスボウからも避けつつ攻撃を繰り返していた。


 ──回避能力が異常だな……どうしたものか


 調査員も老婆に攻撃を仕掛けるが、一人は一瞬にして腕を切断され、地面へと倒れる。老婆は素早い手つきで一人の調査員を滅多刺しにし、老婆は2本の指を噛み切り、それを投げた瞬間、六角手裏剣へと変わり、調査員の両目を潰す。


「ああぁぁぅああっ!!!?」


 悲鳴を上げ、視界を失った調査員に老婆は追撃をかます。が、近くにいた古手によって防がれ、老婆は木に張り付く。


「一人が死んだか」


 老婆の背後には、無惨にも虚ろな姿になった調査員が転がっていたが、古手は何も考えなかった。老婆が木を蹴り、速度を増幅させる。古手は即座に老婆と刃が交わり、火花が散る。

 老婆の動きは速く、とてもじゃないが、勝てるような相手ではない。


「……」


 老婆は包丁で古手の脇腹を掠りつけ、すぐにその場から離れる。

 古手は足技で歳忘の足を引っ掛けると、歳忘は転倒しかけるが、一瞬歳忘が何かしらの所作を行うと同時に、腕が肥大化し、地面への転倒を防ぐ。


「……なるほど」


 歳忘の振り払いが古手に襲いかかるが、隠し持っていたナイフによって腕は切り裂かれ、さらに遠距離からの矢が刺さり、歳忘は一度後ろへと下がる。


「…なんとなく、あいつの憶忘を理解した」


「なに? それは本当か!?」


 木の枝から降りてきた矢倉は、驚きながら聞く。


「僕は柊ほど観察力はないけど、明らかな隙を作り出す所作があった。それさえ乗り切れば、討伐できる」


 古手が攻撃を仕掛けようとした瞬間、老婆の歳忘はどこにもいなく、茂みの中から包丁が飛び出してきて、古手の横腹から熱が広がる。


「…しくじった、ごめん」


 横腹に触れた古手の感情のない謝罪した時には、老婆はそこにいて、会心の蹴りによって古手は森の奥へと吹き飛ばされる。


「古手くん!!」


「───────?」

「他人の心配事か?」


 老婆は休みなんか与えず、顔に向けて攻撃を仕掛ける。矢倉は間一髪で躱すが、軽く流血する。矢倉はクロスボウを手にかけ、歳忘に向けて矢を放つが、老婆はそれを避け、攻撃に転ずる。


「矢を見放すな」


 そう告げた瞬間、先ほど撃たれた矢が軌道を変え、老婆の背中に突き刺す。だが老婆は気にせず矢倉に襲いかかる。恐らく核に触れていないのだろう。


「クソ…!」


 矢倉は異様な反発力で後ろに下がり、彼の背後から大量の矢の雨を出現させる。


「仕方ない…行くぞ、薙。お前の出番だ」


 さらに矢倉は背中に巻き付けてあった薙刀を手に持つと、集中力が増す。


「行け!!!」


 そして、彼の号令の元、応戦する。

 だが老婆は矢を軽くいなし、幾千の木による身軽な動きで躱し、矢倉の首を取ろうとする。だが彼の薙刀はそうさせてくれない。


「ふん!!」


 強く、速い攻撃は老婆の身体を捉えようとするが、老婆は包丁一つで、受け止める。そして腕の肥大化で矢倉の腹を正確に狙うが、集約させた矢で攻撃を軽減させ、足で土を擦りながらも、致命傷には陥らなかった。


「一応これでも歴は6年だからよ…簡単には死なないぞ、歳忘…!」


 老婆は自分の拳が血だらけになっていることに気づき、不服そうな動作をする。だがまた口元が笑い出し、指が破裂したと同時に包丁が飛び出し、そして構える。そして、矢倉と老婆は、再び一戦を交える。


 矢倉の薙刀は全て正確に老婆の核に向けて狙ってきていたが、老婆はそれらを全て見透しているかのような動作で躱す。動きも柔軟で、追いつくことができない。矢を放ちながらも、必死に抗う。だがそれらも全て裁き切る。


 ──こいつ…本当になんなんだよ!?


 矢倉は薙刀で大きく薙ぎ払いをするが、老婆の常軌を逸した跳躍に回避され、木の枝を蹴ると同時に、風を突き抜けるほどの刺突をお見舞いし、矢倉の横腹が抉れる。矢倉は膝を地面につけ、呼吸が乱れる。

 老婆は、笑いながら包丁で刺そうとした時、老婆の手の感触は無くなっていて、宙を舞っていた。眉間に皺を寄せ、冷や汗をかいていた矢倉が目撃したのは、震えながらも撃った調査員の姿だった。


「た、隊長…!! かかか、加勢…!」


「バカ山添!! 逃げろ!!」


「………」


 無言の老婆は手を生やし、包丁を握ると、調査員の方へと刺しにかかる。調査員は動けずにいた。矢倉は間に合わないと判断した時だった。


「やっ!!」


 その間に、弓で防ぐるなの姿で、調査員は間一髪で命拾いをした。


「みんなのお返しだよ!!」


 そう怒気を放ちながら、るなは包丁を抑えつつ弦を引くと、大量の矢が現れると同時に離す。その矢たちは老婆の全急所を捉え、老婆の動きが鈍る。


「ありがとう、天ヶ瀬隊員!」


 矢倉は一気に追撃をかまし、ようやく老婆にダメージが入る。老婆は吹き飛ばされ、木の幹に激突する。そこを構わず矢倉は襲いかかるが、老婆は避ける。


「─────…」

「ふざけるな…」


 矢倉からは雑音しか聞こえなかったが、零時には聞こえた、あの忌々しく怨念が詰まった言葉。老婆は包丁を持ち、再度攻撃を仕掛ける。

 今の標的は彼自身だからこそ、一部の調査員たちは隊長の命令の元、奥へと進み、とにかく探索を続けていた。零時の傷は回復はしているものの、無理に動けば傷が開く。


「…古手くん、早く戻ってきて…」


 現在古手は森の奥へと吹き飛ばされ、その姿はまだ戻らない。

 るなは今はここで門番役を担っている。もしここでしくじったら、本当に終わりだ。るなはそれを分かっていた。だから動けない。


「……」


 そして零時も、老婆の歳忘の動きを見て、疑問に思ったことがあった。


 ──…あの歳忘、腕は肥大化するのに、なんで足だけは肥大化しないんだ? 他のパーツにもその肥大化は対象なのか?


 最初から最後までの老婆の歳忘の動きを改めて振り返る。腕の肥大化、圧倒的な脚力とその回避能力、そして、指を二本噛み切った際に発生した、包丁と、六角手裏剣の変化。


 ──肥大化だとしたら、指を噛み切った時に形状、いや、包丁なんかに変わるか…? だとしたら…肥大化ではない? 


 零時の考察は、当たっているかは分からない。だが、それが1パーセントだったとしても、可能性を捨ててはいけない。零時は痛む身体に喝を入れ、身体を叩き起こす。


「ちょっと、まだ傷は塞がって…!」


 調査員は静止させる。


「大丈夫ですよ。俺も動かないと、何のための依頼なんですか…」


 だが零時の覚悟は決まっていた。るなは何も言うことなく、ただ彼のその多大なる責任に、口出しはできず、ただ送ることしかできなかった。


「るな、ここの護衛、任せた。あの老婆を葬って、依頼を終わらせるぞ」


「うん、分かった。絶対に死なないでね、零時」


 零時はくしゃりと陰で笑い、終えると、るなの方へ向ける。


「死なねぇよ」


 零時は銃剣を構え、いざ戦場へと赴く。零時は銃剣に水を纏わせながら、自身の身体能力で老婆と矢倉の元へやってくる。それを見た矢倉は、驚愕する。


「今から俺も、加勢します!!」


 この戦いに、今、火蓋が切られた。

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