外伝 記憶の森と鉄樹の花 8 +コラムその24
時刻は午前0時を回っていた。宴会場の方角からはまだわずかに光と音楽が届く。宴は人を減らしながらも夜通し続くようだ。
「ユーヤよ、色々と調べたが、何か分かったか」
「そうだね……」
副支配人であるシャザナード氏への聞き取りは1時間に及んだ。シャザナード氏もさすがにうんざりする顔を何度か見せたものの、ほとんどの質問にそらで答えたのはさすがと言うべきか。
その後は地道な調査となる。メイドたちに集めさせていたカルデルドニスについての本、新聞のバックナンバーなどをたんねんに調べる。深夜だと言うのに大量の資料が一室に集まっていた。リトフェットという上級メイドもまた卓抜の人材と言うべきか。
「公開情報の分析は、やはり僕には無理みたいだ。メイドのみんなの意見を聞こう。何か気づいたことはあるかな」
「そうですね、気になる点といえば」
リトフェットがメガネを光らせつつ言う。
「カルデルドニスは15年ほど前まで完全な黒字経営であり、銀行から借り入れを受けた事がありませんでした。ここ最近はご存じの通り支店を増やしているので、相応に負債も増えています。しかし大きな赤字を出している支店は無いので問題とは言えません」
「そうだね、そこは分かる」
「黒字経営だった頃はむしろ余剰金が多すぎるとして弱腰経営の誹りもありましたが、福祉に多額の投資もしていましたし、アデルシャハト氏の評判はすでに大陸に広く知られていましたからね。そういう性格の経営者である、というだけの話かもしれません」
「うん……」
「あとは、福祉団体の派遣について。フォゾスにかなり偏重していますね。全体の7割がフォゾスです」
フォゾス、という言葉にコゥナが唇を噛む。ユーヤはその彼女をちらと見て、メイドに話の先を促す。
「それは異常なことと言えるだろうか?」
「隣国ですし……フォゾスが医師不足に悩んでいるのは確かです。というよりフォゾスの狩猟民の医療というのは、シャーマンの祈りであったり……」
と、リトフェットはコゥナに視線を向ける。そのコゥナは、手のひらでぱあんと己の腿を叩いた。
「まともな医療を受けてないと批判されることはある。だが、重病人は必ず十字都フォゾスパルに送られるし、祈祷師の薬は実際によく効くのだ。パルパシアの大学でも研究されているぞ」
「……ええと、ユーヤ様、ともかくフォゾスは福祉団体がよく活動する国ではありますが、全体の7割は確かに偏重していますね。大陸中央部や、ラウ=カンの少数民族なども医療の需要は高いです」
しかしそれも、結局はいちホテルの慈善事業である。別にまんべんなく世界中に派遣する義務もないだろう。そのような諒解が無言で交わされる。
「森の民と組んで何かをたくらんでいるのか?」
コゥナが言う。
「まさか、森を切り開いてホテルでも建てようと言うのか。ランジンバフの森が黙っていないぞ」
「コゥナ、落ち着いて、そんな話は出てきてないよ」
「ユーヤ様、フォゾスに観光の需要があるのは確かです。一部では森を切り開いて道を通そうとか、都市圏を広げようとか木材を輸出しようとか、そういう話もございます」
「……」
(……その線なら説明できるだろうか)
(アデルシャハト氏はフォゾスの開拓を計画しており、あの謎の襲撃者も同じことを思っている)
(福祉団体を派遣しているのは森の民と渡りをつけるため、土地を購入したり従業員として雇用したり……)
「ん……でもフォゾスにはカルデルドニスの支店は無いんだよね?」
「そうですね、ありません。海外支店はハイアードとパルパシアに2つずつです。フォゾスの開拓を考えているなら、その前段階として十字都フォゾスパルへ出店するのが当然ですね」
リトフェットは、眼鏡をくいと上げつつ言う。
「それにユーヤ様、我々の肌感覚としてフォゾスの開拓と観光地化はまだまだ先の話に思えます。少なくともそんな噂はないし、森の民は態度を変えていません」
「その通りだとも! 我らは森を祖先から受け継ぎ、森は森のままに狩人を守るのだ! そのままの姿が最も美しく、多くの命をはぐくむのだ!」
「……」
――お前たちは誤解している。我々はシュネスに弓引く気はない。誰にも敵対せず、誰も損をしない。
――むしろ、シュネスに飛躍の翼が与えられようとしている。
(あれはどういう意味なんだ……?)
襲撃者の言葉など考慮すべきではない、それもまた正論ではある。
だが、あの襲撃者は本当に「敵」なのだろうか。ユーヤはそんなところから気になってしまう。
ユーヤは深く考えに沈み。
そして何十秒かの沈黙ののち、言葉をこぼす。
「……よし、分かった」
「おお! ユーヤよ、何が分かったのだ?」
「僕たちには分からないということが分かった」
「……は?」
コゥナが目を丸くして、額の尾羽根がびよんと跳ねる。
「もう少し言うと、きっともう誰かが解いてる。あるいは解くための仕掛け(ギミック)を用意してる。あとは誰が装置を作動させるかの問題なんだ」
「アテムに会いに行こう、まだ火の番をしてるはず」
※
「国王陛下、どうか寸言だけでも事情のほどをお聞かせください。副支配人に何か粗相がありましたでしょうか」
「何もない、そのうち解放する」
宴会場にはまだ十数人の客が残り、壁に寄りかかって話をしたり、女性を口説いている者もいる。
この時は中央の釜の周囲に兵士がおり、自然と人払いがなされていた。
四角い印象の支配人は汗を浮かべて言いつのり、アテムはそれを露骨に流している。そして大げさにユーヤに気づいてみせる。
「おお、ユーヤか、まだ起きていたのか」
「アテムのほうこそ休まなくていいの?」
「何度か仮眠は取るつもりだ。だが、この料理は肉が焼ける音に耳を澄ます必要があるからな、なるべく釜の近くにいるつもりだ」
「おお、セレノウのユーヤさま。いったい何が起きているのでしょうか。我らは神に誓って連行されるような事は」
「している」
その言葉に、ユーヤは一秒だけの驚きを示す。間違いなく自分の口から出た言葉であるのに、自分でそう言おうとしたのに、それが信じられなかった。
それは義務感、本能、無意識、必然、あらゆる意識外の衝動が混ざった行動。演劇であればト書きに似ていた。ユーヤという人物は、この場でそれを言う義務があると。
「はて……? している、とは」
「あの「奇跡」についてだ。あなたは何かしらのイカサマをしている。そしてそれは、おそろしく巨大な秘密をはらんでいる。なぜあなたは完全無欠なんだ。なぜあなたは優れた記憶力を示し、そしてなぜあなたは、僕の知る記憶力の王たちと違うんだ。パターン記憶でもストーリー記憶でも、記憶の宮殿とも呼ばれる位置記憶でもないというのか」
「コゥナ様も大いに疑っている! 少なくともこのホテルには何かしらの陰謀がある。それだけは確かだ!」
コゥナが後方から、弓を射るような視線を飛ばす。彼女は当然にと言うべきかぴりぴりした気配を放っていた。
「……セレノウのユーヤ様、フォゾスのコゥナ様、そして国王陛下、あらためて申し上げますが、私には天地に誓って疚しいことなど無いのです。かの祝宴のおりの出来事、巷間にては「奇跡」と称される出来事に、下賤なイカサマなど存在しないのです」
なんという鉄面皮だろうか。とユーヤは歯噛みする。
この場面においても一点の負い目もない、理想的で完全なる人生を歩いているという輝きが消えない。本来ならばユーヤのような日陰者とはまるで反対の人物。黄金の歴程を歩む人。
「……あなたが行った方法はまだ分からない。実のところ、僕は今この段階でもあなたが清廉潔白だと思っている。あればいい、ではなく清廉潔白としか思えないんだ。だけど、僕の中にそれを否定する声がある。あなたの中に何かを感じている」
「……」
やはり、揺れない。
いや、そうではない。確かにユーヤの言葉を受けて感情を示している。互いに言語化されぬ意思が行き交っている。
(やはり、あまり口を開けない)
(ポーカーフェイスとしての技術だろうか。なぜそれが気になるんだろう)
ユーヤの観察の視線を押しのけるかのように、アデルシャハトが発言する。
「お疑いならば、何度でも試されるが良いでしょう。人の知識を試すようなクイズは無礼だとする考え方もありますが、私はそのようなことは思いません。国王陛下であろうと、一人のお客様であろうと」
その声はやはり、黄金の塊のように揺らがない。誰にも暴かれないほど巧妙なイカサマなのか。それとも。
(それとも……それとも、何だろう)
(思考がそこから先に進まない。どうして)
(何か、僕の中に制動がある。これ以上、アデルシャハトという人物に踏み込むべきではないという制動が……)
指先に、痛みが。
ユーヤは自分の手を見ない。きっとそこでは有刺鉄線のツタが絡みついている。鉄のトゲが肉に食い込み、爪を剥ぎ、骨にまで届いただろう。
がん、と、手掌で己の頬を打つ。きっと有刺鉄線が顔に刺さり、皮膚を切り裂いただろう。
「僕は、僕はあなたのイカサマを暴かなければならない。それが僕の役割だから、僕がこの世界にいる理由だから」
「……ど、どうなされたのですか。どうか、落ち着いて」
「そしてそのためのカードは、アテムが用意している」
背後にいたアテムを示す。水を向けられた白スーツ姿の美青年は、首をごきりと鳴らしてから口を開く。
「アデルシャハトよ。ゴミルーズ王宮がいま総出で取り組んでいる大事業がある。アッバーザ遺跡の発掘だ、知っているな」
「はあ……それは勿論でございますが」
「あの遺跡は世界初の完全保存を目指している。砂に埋もれた建物から砂をすべてかき出し、博物館や図書館、ホテルを作って数日の滞在が可能な観光地とする。むろん大学から学者を招いて研究所なども建てる」
「ええ、すべて存じております。国王陛下肝いりの大事業でございますな」
背後にいたコゥナとリトフェットは、実のところ話の急転に混乱していた。今、何のタイミングでアテムが場の主役に躍り出たのか見失っていた。
そしてコゥナは違和感を覚える。今の話のままだと、ユーヤはイカサマの正体が分からないままに勝負の場を作ろうとしている。不死身の怪物と戦うとして、不死身の理屈が判明しないままに斬り掛かっていくようなものか。
「そのホテルだが、国営のものを建てようと思っていたが、民間から誘致するのも悪くないと思っている。アッバーザ遺跡はシュネスハプトに近い。他国の賓客なども招くものとなるだろう。むろん、上物についてはゴルミーズが費用の全額を負担しよう。おそらく世界最大級のホテルとなるだろうな」
「ほお……それは、素晴らしい事ですな。それ程の事業を民間に委ねるとは」
「そして、このセレノウのユーヤという人材は、国営ホテルを建てるならばその総支配人となる男だった」
肩に腕を回す。さすがに、その場の全員がその言葉は茶番であると分かっている。おそらくアデルシャハトですらも。
「アデルシャハトよ、ホテルを国営にするか民間にするかを賭けて、このユーヤと勝負してみるか。むろん、お前が得意とする記憶力がらみの勝負でよいが、具体的な勝負方法はこちらで決めさせてもらおう」
そこまで、意図的に早口で喋っていた。相手に口を挟ませないためだろう。記憶力を試す勝負であるとしても、形式はユーヤに決めさせねばならない、そこまではアテムも理解している。
(……アテム)
あまりにも急な提案。そして巨額の金銭が動く勝負。いくら一国の王とはいえ思いつきで提案できるものではない。
(……このカード、おそらくアデルシャハト氏の実像に迫るために用意しておいた切り札)
(アテムは、そしてカイネル氏は、どうしても「奇跡」の謎を解き明かさねばならないと感じていた。どうしても、アデルシャハト氏と勝負する場を作らねばならない、と)
(そのカードを切ってくれるんだね、僕を信じて……)
「僕が提案する、勝負は」
壺は火薬で満たされる。
誰かが火をつけねばならない、その誰かは、五体を爆散させるとしても――。
「無限記憶クイズ」
コラムその24 大陸の旅行事情
上級メイド、リトフェットの言葉
「ここでは大陸における庶民層の旅行についてご説明いたします。人の往来こそ世の栄え、経済や文化の交流を知るにも重要な指標ですね」
ホテル副支配人、シャザナードの言葉
「ホテル「カルデルドニス」副支配人シャザナードでございます。微力ながらお手伝いさせていただきます」
・旅行熱の高まりとその手段
リトフェット「大乱期の終わりより130年、庶民の旅行はだんだんと増え続けており、50年ほど前からはどの国も産業として重視しております。宿泊業への補助や、観光地の開発などですね」
シャザナード「旅行の手段としては徒歩はあまり多くありません。乗合馬車や船旅、富裕層が利用する飛行船などです」
リトフェット「飛行船の旅は高価ですが、速くそして安全性が高いため人気があります。定期航路の風の道は安定してますからね」
シャザナード「シュネスは特に飛行船業に力を入れております。大陸を縦断できる装甲飛行船も増産の予定があるとか」
リトフェット「宿泊先はカルデルドニスのような高級ホテルもあれば、一拍1000ディスケット程度の木賃宿もあります。若い方が利用する相部屋タイプもございますよ」
シャザナード「40代の頃にドミトリーに出会いを求めに行ったのですが、その時は」
リトフェット「その話キャンセルで」
・旅行者の多い国、少ない国
リトフェット「旅行者の出入りが多い国は圧倒的にパルパシアです。ラウ=カンやシュネスなど遠い国からは船旅になりますが、数週間の航海にも関わらず年間100万人以上が訪れます」
シャザナード「旅の目的はもちろん娯楽ですな。映画に演劇、賭け事に色街など、特に双子都市は男なら一度は行くべきと言われております」
リトフェット「その次にはハイアード、シュネス、ラウ=カンの順です。旅慣れた人などは刺激を求めてフォゾスやセレノウを訪れることもあります。ヤオガミまで行く人はかなりのツワモノですが、いないわけではありません」
シャザナード「ハイアードは観光資源にやや欠けるところがあり、ラウ=カンは東部に山岳が多く旅行に日数がかかる、と、それぞれ弱みがございます。我がシュネスは旅行手段が飛行船に限られることがネックなのですが、国王陛下が力を入れていることもあり、旅行者数は年々伸びております」
リトフェット「シュネス南方の港から陸路で北上するルートもあるのですが、環境が非常に厳しく困難なのですよね。アテム陛下は街道や公共井戸などの整備を進めておりますが、まだ今後の課題です」
シャザナード「南方には動く湖とかあるらしいですね、すごい速度で追いかけてくるとか」
リトフェット「来る方あるんだ」
・まとめ
リトフェット「観光はこれからの大陸にとって重要な産業と言われております。そのためには交通手段の拡充が必要ですね。整備された街道、大型の馬車、大型船や大型飛行船などの開発が急がれております」
シャザナード「シュネスハプトにお越しの際はぜひカルデルドニスへ、旅の思い出の一助となることを願っております」
シャザナード「……こんなのでよろしいので? 世界の色街ベスト100とかのほうが良いのでは」
ユーヤ「100もあるの?」
シャザナード「ええもちろん。実はパルパシアは初心者向けと言われておりましてな、本当の通人によればヤオガミの諸島部、大陸中央部の高山地帯、あるいは噂ですが、本当に極上の、この世の神秘と呼べるような店はセレノウにあるとか」
リトフェット「噂ですよ噂、セレノウに色街なんかありませんから」
ユーヤ「……」
シャザナード「……」
アテム「……」
兵士とかその他の男たち「……」
リトフェット「……まあ、表向きには」




