第31話 祇園囃子が暑い夏をつれてくる
祇園囃子が、京都に暑い夏をつれてくる。
祇園祭は山鉾巡行が有名だが、お祭り期間は一ヶ月。七月一日から三一日まで、八坂神社を中心に各所で様々な神事が執り行われる。「まるよし」でもその昔(曽曽お爺さんか、その前くらい)、稚児をだしたときいている。
京都民にとって、それは名誉という言葉では片づけられない。
とはいえ、長刀鉾町と養子縁組、結納を交わし、朝廷から正五位少将という十万石大名の格式を賜り、期間中は地面に足をつけてはならず、お世話できるのは男性のみ。精進潔斎も大変だし、お金もたくさんかかる。しめ縄切りの成功を一心不乱に神仏に祈り、滞りなく御役目を果たした後、ほっとして一家全員、一週間寝込んだというという笑い話が現代まで伝わっている。
希望休の通り一五日が夜勤明け、一六日、一七日と連休が取れたとのメールが、万歳三唱のスタンプで届く。それに合わせてこちらも仕事を調整し、一六日の宵山に出かけることにする。
兄のタカちゃんから浴衣ができあがったので取りに来るようにと電話があった。「若いのにほんまにしっかりした、かわいらしい気持ちのええ娘さんです言うて、さすがハルの彼女さんや言うて、店の人らが口をそろえてえらい感心してた。今度会うたら紹介してくれ。浴衣はハルの快気祝いにしとく」とのことだった。
一五日は梅田で打ち合わせがあり、京都に戻ってきたのは午後六時。
宵々山に向かう人たちと時間帯が重なり、梅田から京都に向かう阪急電車は、浴衣姿のお姉さん達で通勤列車並みの大混雑。自宅には寄らずに、四条大宮で降りてそのまま結衣のマンションに向かう。途中、室町の本店に寄ったが、兄や久美ちゃんとは顔を合わさずに済む。
祇園祭は別名「鱧まつり」といわれ、京都ではこの時期に鱧を食べる習慣がある。シャワーをして出てくると、丸いテーブルの上にはカセットコンロと共に、鱧しゃぶ、鱧の落とし、鱧寿司が、テーブルせましと並んでいる。「今日は鱧ですよ」とはしゃいでいるが、鱧には細かい小骨が多く、骨切りという特殊な作業が必要となるため、さすがの結衣にも調理できるとは思えない。鱧の落としが花のような広がり、鱧寿司も白焼きとたれ焼きにわけてあり、完成度をみればとても素人に作れるものではない。
「『ふじたか』さんやな」
「ばれちゃいましたか。私は運んできただけです。でもハルさんの好きなだし巻きだけは自分で作りましたよ、鱧入りです」とキッチンから声がする。
サチさんと約束した通り、七月初めに『ふじたか』にランチの予約を入れたのだが、途中で三谷くんも一緒に行くと言いだし、三人で出かけることになった。細川さんはその取り合わせに目を白黒させ、どっきり大成功でとても楽しかったと話す。
「ローストビーフを、もう一度みんなで食べたんですが、細川さんは肉が新鮮で良いものなので、火の入れ方を変えてタタキ風にした方が良いのではないかと言われてました。どんぶりにしたり、サラダにしたり、食事のしめにひつまぶしや握り寿司にしたりして出すのも良いなあ…とのことで、もう少し工夫をして、どちらのお店でも出そうという話で盛り上がりました。三谷さんが『ハルさんにも何か経営的なアイデアを』と言っておられたので、安請け合いしてきました。よろしくお願いしまぁ~す」と手を擦り合わせる。
近年、焼肉店も乱立気味になっており、何か特色が欲しいところだという。「焼肉 みたに」は、京都の通好みの隠れた名店として知られており、予約を取るのも難しいほどで、他店と競争する必要はない。ただ、府立医大にも近いことから、働いている医師や看護師をターゲットにして、醤油ベースのたれにしてちらし寿司にしたり、持ち帰りができるようにすれば、いい名物になるだろう。
「結衣が架け橋になって、人がつながっていくんはええことやな」
「はい。ありがとうございます。細川さんがハルさんに…ということで、今日のこの鱧になりました。私はありがたくご相伴です。でも細川さん、お会いしたことはないそうですが、ハルさんのこと御存知でしたよ。私がお付き合いしてると言ったら、ひっくり返っておられました」と笑った。
「そうそう、忘れてた」と立ち上がると、冷蔵庫から牛肉のたたきを出してくる。
「これが今日の試作品です。ハルさんに食べていただくようにといただいてきました。しょうが醤油とワサビを準備しましたが、もう少しタレと薬味を工夫したいとのことでした。切っている時に、ちょっとつまみ食いしましたが、たたきとローストビーフって似ているようで、まったく違いますね」
「一度お礼にいかんとあかんなぁ。お祭りの間はお店もお忙しいやろし、八月になったら行こか」
「はい。細川さんも、美香さん(ゆかりさんのお姉さん)もハルさんにお目にかかりたいっておっしゃっておられたので、そのようにお伝えしておきます」
どうでもいいが、夏真っ盛りだというのに、結衣は僕の名前を連呼しすぎる。




