氷の武器と鉄の武器
「単純にコアも肉体も脆いんだ。攻撃が当たったら、簡単にコアごと砕けてしまう。だから戦闘に参加できない」
つまり、割れ者を守るためのルールなのか?
「この街の構造を見ればよくわかるでしょ。闘技場が中心にあるんだ。戦うことが大事なんだよ。というよりも、戦いの先にある排熱が大事なんだ。肉体に溜まっている熱を放出するために、戦ったり観戦したりする必要がある。この街で、脆いことは罪なんだ。私の存在は罰なんだよ」
割れ者を守るためのルールが、貶めてもいる――ということ?
弱いから庇護しなければならない。
庇護される立場だから存在価値がない。
優しさから決められたルールが後に変貌したのか。
それとも最初から意図的に、下の立場の存在を作るために定められたルールなのか。
今となっては、どちらでも同じことか。
割れ者が闘技場に参加することは現実的じゃない。
領家の求めに応じて、民兵として徴集されることもない。
他の妖精が持っているような耐久力を持っていないからだ。
体が脆い。
攻撃が当たってしまえば、一撃でコアが砕けてしまう可能性がある。
でもこの街は、戦うことが存在価値と直結している。
旅人のハイドロには、どう判断すればいいのか難しい話だった。
この街と、そこに住まう者たちの価値観がこうなるまでには歴史があり、外からやってきた者が簡単に口を出せる問題ではなかった。
「排熱教も、この街独自の宗教だから。つまり領家の管理化にあるの。私たちは司祭になれないし、修道に入ることもできない」
戦いがあっての宗教、ということらしい。
クリスタはいきなりハイドロの袖を掴んで、路地裏に引っ張り込んだ。
左右を壁に挟まれた狭い場所で手を放し、ゆっくりと振り返る。
そして、おもむろに前髪をかきあげた。左目付近に広がっているヒビを、ハイドロに見せつけてくる。
自分から傷を見せてきたのは、これが初めてだ。
「私たちは、左右対称な結晶を望む。そこから生まれる肉体を信仰する。でも割れ者の体には、こういったヒビが入っている」
「……」
「私たち割れ者は、ヒビを隠さなければ生きていけないんだよ。顔の上部なら私みたいに前髪で、口元ならマフラーで。胸元や太もも辺りは簡単に隠せるね」
クリスタはこちらを挑発するように、スカートのすそを握った。
「ね? 醜いでしょ? ハイドロもそう思うでしょ?」
「思わないよ。僕は旅人だから」
元気づけるために言ったわけじゃなく、本当に、この街の常識を持ち合わせていないのだ。
内と外では、物事の見え方が違う。
クリスタは大きく目を見開いた後、さっと顔をそむけてしまった。
そして、ここに引っ張り込んだ時と同じようにいきなり歩き出した。少し進んで振り返り、
「行こうよ、ハイドロ」
いくぶん強い声音で言った。
怒ったのかな。何か、まずいことを言ったのかもしれない。
でも思い当たる節がないから、謝ることもできない。
ハイドロは小走りで近づいて、横に並んだ。
無言のまま、立ち並んでいる屋台を眺める。
……気まずい。
とりあえず、屋台に並んでいる食べ物を見るか。
雪の妖精用に、凍ったマスの塩漬けや、ヘラジカの冷製スープが売られている。他の種族でも食べられそうだけど、この気温で寒いものを口にしたくないな。それにどれも氷漬けだから、色味が似通っていて食欲をそそられない。でもせっかくこの街に来たのだし、何かは食べたい。
ガロが飲んでいたお酒が気になる。
もちろん今はお酒を飲んでいる場合じゃないけど、事態が収まったらクリスタと一緒に祝いの酒を飲みたい。
人間用、というか他種族用のお店もちゃんとあった。
ウサギやヒグマの燻製肉に、熱々のシチュー、ホットワインが売られている。
どうやら雪の妖精用のお店には六角形の釣り看板が、人間をはじめとした他種族用のお店には円形の釣り看板が提げられているらしい。
屋台ならば食べ歩くことができるけど、食事処の場合は、クリスタと一緒に入ることが難しいかもしれない。
店内の温度から食べ物、イスやテーブルといった調度品の素材などなど、何から何まで違うからだ。
闘技場の一般席のように、他種族が無理をすれば雪の妖精用施設に入ることができるけど、その逆は無理だろう。
なんせハイドロが少し触っただけで体が溶けてしまうのだから。暖炉のあるお店に入ったら、どうなってしまうか想像に難くない。
「君と同じものが食べられないのは、ちょっと寂しいな……」
クリスタが言った。どうやらハイドロと同じようなことを考えていたみたいだ。
それから彼女は、悲しそうに顔を伏せた。その表情は妙に儚げで、正直に言ってハイドロは見惚れてしまった。
ハイドロの視線に気がつくと、クリスタは、
「なんだよ」
と照れたように笑った。
そんな空気を引き裂くように、
「ははははははッ!」
いきなり、大きな笑い声が通りに響いた。そっちを見ると、街中で氷のグラスを片手に持った、見るからに酔っぱらっている雪の妖精たちがいた。
十人以上はいるだろう。そこそこ立派な防具をつけていることから戦闘従事者だとわかる。
ハイドロは、ガロのことを思い出した。あそこにいるのも骸晶騎士団だろうか。
でも自分の所属を示す紋章はどこにもつけていない。
「あれは三男を支持している騎士だね」
クリスタが小声で耳打ちしてきた。
「……正直、ガロよりもたちが悪いよ」
と続ける。こちらの会話が聞こえたわけじゃないだろうけど、酔っぱらいがこっちを見てきた。因縁をつけられても困る。
クリスタがハイドロの袖を引っ張り、
「早く行こう」
すぐにその場から離れた。
ハイドロは三男について詳しく訊きたかったけど、
「食べ物は後にして、とりあえず武器屋に行ってみようよ」
クリスタがそう言ったことで、タイミングを逃してしまった。
というわけで、目についた簡素な武器屋に入ってみる。
店主は雪の妖精で、店内に暖炉はなかった。
木製の棚には、剣や槍などが所狭しと並べられているし、壁には弓や盾が掛けられている。武骨だけど品質はどれもよさそうだ。素材は鉄製か、魔力の込められている氷製かのどちらかしかない。
雪の妖精専用の武器屋というわけではなさそうだった。
「わあ、このナイフ可愛いね」
クリスタが目を輝かせながら、氷製のナイフを手に取った。柄頭の部分に、クマのいかつい顔が彫られている。
「確かに可愛いな。特にクマの顔が」
「あ、氷狼のチャームもある!」
クリスタが小物の置いてある棚に走った。
小指ほどの大きさの、尖った青い石が置いてある。
「氷狼? どこかで聞いたな」
「街の外にいるモンスターだよ。牙と爪が氷でできている狼なんだ。領主の座を賭けたトーナメントのエントリー希望者は、このモンスターと一体一で戦って勝つ必要がある」
「ああ、そうだったか」
トーナメントの参加者をヴェイル家が恣意的に選んでいるかどうか。ハイドロはそこが気になり、グレイシアに質問した。そのときに聞いた話だった。
結構強いモンスターなのだとか。
「その狼の牙を加工して作ったのが、このネックレスチャーム。闘技場ほどじゃないけど、熱を吸い取ってくれるんだよ」
「そもそもチャームってなに?」
「お守りのことだよ」
クリスタはその青い石を手に取り、顔の前で揺らした。長い前髪も揺れて、その隙間からクリスタの瞳がちらちらと見える。彼女の瞳の方が綺麗だと思ったけど、もちろん言えない。
ハイドロは恥ずかしくなって、
「どうして武器屋にお守りが売っているんだろう」
「ここは闘技場の街だからね。こういう物にすがりたい闘士もいるんだよ」
極限状態の中で、最後の最後に自分を支えてくれるものは、意外と非効率的な物だったり、迷信だったりすることがある。
これがあるから自分は大丈夫だ、といった思い込みはバカにできない。
もちろん、地道な鍛錬や技の練度が重要なのは、大前提だけれど。
他にも、飾ってある小物や武器を、クリスタと一緒に眺めた。
『ヘラジカの角』という名前の、刃がいくつも枝分かれしている剣がかっこよかった。鞘に収めることができないから観賞用だろうけど。
「男の子ってこういうの好きだよね」
「なんだよ、かっこいいじゃん」
「あはははは!」
笑われてしまった。
種族に関係なく、男子の好きなものは共通しているのかもしれない。
鉄製の武器も見てみることにした。こちらは王都でも売っていそうな、シンプルな形状の物ばかりだ。鞘や柄に、雪の結晶やヘラジカといった冬のモチーフが描かれているのが特徴と言えば特徴か。
「氷製と鉄製が売られているけど、何が違うの?」
クリスタに訊いてみる。彼女は手に取っていたナイフを棚に戻して、
「氷製は、素材の調達が簡単なんだよね。なんといっても水だし、加工も修理も楽。軽いのも魅力的だね。私たち雪の妖精は、触っていて凍傷になることもないし。魔力も乗せやすいから、魔法との相性もいいの。人間だって、柄の部分に金属を使えば、充分、実用的だと思うよ」
「砕けないのか?」
「魔力で強化しているから」
そりゃ、そうか。
「後、見た目が綺麗だよね」
それも大事な要素だ。
「雪の妖精にとって、氷製の武器や防具はメリットしかないように思えるのだけど。どうして鉄製の武器まで売っているんだ? この街の武器は、全部氷製でもいいんじゃないか?」
クリスタは少し考えて、
「鉄は魔力が乗らないから、魔法で強化させることができないの。でもその代わりに、もともとの性能が高いんだよ。魔法が苦手だったら鉄製品でもいいと思う」
なるほど。
「それに鉄の防具は、相手の攻撃魔法もかなり防いでくれるよ。重さが苦じゃなかったり、相手の得意な攻撃が魔法だったりする場合は、鉄製も選択肢に入ってくるかな」
「そういえば、グレイシアが身につけていた甲冑は鉄だったか」
「次男のフラストームが魔法を得意としているから、かもね」
危険視している相手に合わせた防具選びをしているのかもしれない。
「鉄って蒸れるよな。その辺は大丈夫なの?」
「甲冑の下に氷樹のシャツやギャンベゾンを着れば大丈夫」
「氷樹の服は、場所や状況次第では人間にも需要がありそうだな」
闘技場に鉱石に服に武器にと――外貨を獲得する手段に事欠かない街だ。
というか、この街の品物だけで戦争を起こせるような気がする。食料も武器も軍も自給自足できている。それでも外貨の獲得にこだわるのはなぜだろう。雪の妖精だけでは行けない場所、できないことがありそうだから、やっぱり他種族を雇う必要があるのかな。
なんてことを考える。
クリスタから教わった情報を頭に入れて、店内をぶらぶらと歩いた。
近くの棚にあった氷のナイフを右手に、鉄のナイフを左手に持ち、見比べてみる。
氷の武器は、魔法と相性が良い。寒い地域なら、加工も修理も楽。軽いし綺麗。
鉄の武器は、魔法と相性が悪い。だから魔法を防げる。もともとの性能がいい。重い。
――簡単にまとめるとこんな感じか。
グレイシアの近くにいた影のような妖精たちは、氷の甲冑に氷の剣、氷の盾を持っていた。ガロは氷の斧。最初に見た氷闘士たちは、氷の甲冑に氷の棘付き鎖鉄球。もう一人は白いローブに氷の杖、だったか。
鉄製品を身につけていたのはグレイシアくらいか?
やっぱり雪の妖精は、氷の素材を選ぶのが基本かもしれない。
「そろそろ出ようか」
左右それぞれの手に持っていたナイフを棚に戻す。今のところ欲しい物はない。
氷の武器に興味はあるけれど、ハイドロが得意としているブレスを主軸とした戦いとは相性が悪い気がする。
「もういいの?」
「うん。楽しかった。クリスタは何か買う?」
「私は買わないけど……もうちょっと見たいから、先にお店を出ていて」
「わかった」
結局、ハイドロは何も買わずに店を出た。




