混戦
そして今、クロノたちの策略が実を結ぼうとしている。
「どのような理由があろうとも、割れ者がスノウリンクスで戦うことは許されていない。クロノはルールを破った。我が弟といえども見逃すことはできん。トーナメントは仕切り直しだ」
観客に向かって、グレイシアが演説した。すると、
「その必要はない!」
クロノでもハイドロでもない他の誰かが、大声で答えた。
そいつはわかりやすく座席から立ち上がる。ハイドロが、初めてスノウリンクスを見たときに戦っていた棘つきの鎖鉄球使いだった。
そのとなりには、氷の杖使いもいる。
さらに闘技場の底の通路から、今日のハイドロの対戦相手であるラクトまで姿を現した。
三人が声をそろえて、
「我ら氷闘士は、クロノ・ヴェイルを支持する」
と宣言した。
続けて、鉄球使いだけが口を開く。
「勝った者が領主となる。そこに他の理由は必要ない。そういう話だったはずだ。我らの上に立つ者は、我らよりも強い者だ」
グレイシアが返答に詰まった。代わりにフラストームが、
「なぜ我々が、お前らの了承を得なければならない? 氷闘士ごときが調子に乗るなよ。力ずくで言う事を聞かせてもいいんだぞ」
「ふははははははははははははははははは!」
ここで、謎の高笑いが聞こえた。誰もがそちらに視線を向ける。
これまた観客席の中に、仁王立ちをしている体格のいい氷の妖精がいた。
「力ずくだと? このチャンピオン様に向かって? やってみろよ!」
「カ、カタクリ……?」
さすがのフラストームも、これには呆然となった。
「言っただろ。氷闘士はクロノ・ヴェイルを支持すると。チャンピオンのオレ様も、当然ながらクロノ支持だ!」
「お前らは仲違いしていたんじゃ……」
「していたぜ! 氷狼と結晶トカゲの、どっちがかっこいいかで口論になってな! どっちもかっこいいって仲直りしたよ!」
「ふ、ふざけやがって!」
グレイシアとフラストームが手を上げると、観客席を警備していた星形騎士団と骸晶騎士団が、いっせいに武器を構えた。
「観客席には氷闘士以外の妖精たちもいる。他種族もいる。街とは関係のない旅人もいる。それなのに、お前らは剣を抜くのか?」
クロノが確認するように言った。
グレイシアとフラストームは不敵に笑う。
「トーナメントは中止だ。納得できないやつは残れ。叩き斬ってやる」
「聞いたかみんな! これはもう、やるしかねえよなぁ!」
クロノが叫んだ。
すると、観客に紛れこんでいたクロノの部下がいっせいに立ち上がった。今までやる気のないフリをしながら、クロノを領主にするために暗躍していた騎士たちだ。
「まずは観客の退路を確保しろ。氷闘士たちは待機。グレイシア、フラストーム陣営との全面衝突を覚悟しておけ」
クロノが命令を出し、部下の騎士たちは「了解」と返した。
氷闘士たちは「我らに命令するな」と冷静に言ったけど、一応クロノの指示に従うらしい。
すると、なぜか普通の観客まで立ち上がり、
「俺たちが見たいのは、ハイドロとクロノの決勝戦だ! 大会を中止にするな!」
と叫んだ。
「そうだそうだ」「見せろ見せろ」と賛同の声が数多く上がる一方で、「まだ準決勝は終わっていないぞ」「アイナ対クロノ。ラクト対ハイドロだって、どっちが勝つかわからないだろ」「とにかくスノウリンクスを止めるな!」という発言も聞こえてきた。
まさかここまで人気になっているとは……。
ハイドロは困惑して頭を抱えそうになった。
この流れで、観客席にいるクリスタも立ち上がって、
「ハイドロー!」
と叫んだ。ハイドロが慌てて通路から顔を出し、観客席を見ると、クリスタが満面の笑みで手を振ってきた。
その両隣には、フードを被った雪の妖精がしっかり見張りについている。
グレイシアも、クリスタを見ていた。それからこちらの通路に向かって、
「ハイドロぉ! 今すぐトーナメントを棄権しろ! 仕切り直しを支持すると宣言するんだ。そしてこいつらを焼き殺せ! お前の炎を使え!」
ハイドロはため息をついてから、闘技場の底に出た。
「僕は棄権しない」
「お、お前! クリスタがどうなってもいいのかッ!」
「まだわからないのか? クリスタは、クロノ陣営が保護しているよ」
「じゃあ、あの見張りはなんだ!」
グレイシアが観客席を見上げると、クリスタの両隣にいるグレイシアの部下が、にやりと笑って、アスタリスクの紋章がついている氷樹のマントを脱ぎ捨てた。
「あれは俺の仲間だ」
クロノが言った。
「な、なあ~~~~~~ッ?」
「観客席に入った段階で、本物の見張りは気絶させて拘束しておいた。つまり入れ替わったのさ。お前のところ、人手不足なんじゃないか? かなり弱かったぜ」
「お、お、お前は割れ者だ。領主の座につく資格などない。トーナメントは無効だ!」
「トーナメントは続ける。俺は実力で勝ち上がる」
今回のトーナメントで人気を二分している仮面の妖精とハイドロ。
その両者が大会を棄権しないと宣言した。チャンピオンも含めた氷闘士たちがクロノとハイドロについたのも大きい。ここにクロノの部下の騎士まで加わってくる。
力関係は、完全に逆転した。
クロノが観客に聞かせるように、
「俺はハイドロと戦ってみたいんだ。ハイドロも、俺と戦ってみたいだろ?」
「いや別に」
「なんだよ、乗ってこいよ。ったく。観客のみんなは見たいよね~?」
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
観客がいっせいに答えた。
ハイドロがこの街にきて、これ以上の声量を聞いたことがないというほどの、巨大な叫び声だった。クロノは観客の心を完全につかんでいる。
排熱システムがうなりをあげた。
その音に隠れるようにして、影が忍び寄ってきた。
グレイシアの近衛兵が、いつの間にかハイドロとクロノを包囲している。その先頭に立っているのはリアだ。
「バカな子」
と言いながら、氷のレイピアをこちらに向ける。
対面する形で、敵の勢力も集結している。
グレイシアは家宝の大氷河を手に取り、フラストームは体が回復していないからか、壁に背をつけた状態で魔杖、青兎の足を掲げた。
その近くにはリキュールもいる。ガロもいる。準決勝でクロノと戦う予定のアイナもいる。
こちら側についていた氷闘士のラクトは、すでに無力化されていた。
闘技場の底に、ハイドロとクロノの二人だけが取り残される。
突出した個の力では、統率された集団には敵わない。
でも背中を預けられる個がもう一人いれば、なんとかなるかもしれない。
お互いに顔を合わせ、
「行けるか? ハイドロ」
「ああ」
「さあ行くぜ! 観客席のみんなもやるぞ! この戦いを逃す手はねえよ! 熱だけじゃねえ! この街の膿を全部吐き出すんだ! 人生最大のスノウリンクスに参加しろ! 寿命もきっと百年延びるぜ!」
クロノが煽り、闘技場の中にいるみんなが咆哮をあげた。
ハイドロが、地面に向けて這うようにブレスを吐く。
闘技場の底に降り積もっていた雪が、一気に蒸発する。
白く暈けていた周囲の景色がオレンジ色に照らされて、空気がガラリと変わった。
熱風がハイドロの全身を舐めていく。ドラゴンには動きやすい温度だけど、雪の妖精にとっては毒が蔓延しているようなものだろう。
ブレスを吐いたまま顔を上げて、炎の壁を前面に作る。敵の姿が見えなくなった。
そしてなぜか、ハイドロの隣にいたクロノもゆらりとした動きで炎の影に消えた。
いったんブレスを吐くのを止めた。
それでも炎は滞留し、敵を分断――その歩みを阻み続ける。
「っが!」「うぐっ!」「ば、化け物め!」
という悲鳴が炎の奥から聞こえてきた。
クロノが暗躍している。剣を振るいながら風を起こし、炎を斬って進むという――彼にしかできない芸当で、敵に忍び寄っている。ハイドロの炎と重なるように、幾筋もの青い閃光が煌めく。
赤と青が乱舞していた。
螺旋の炎と、直線の斬撃が、お互いを守るように交差していた。
いつもは影を味方とする近衛兵が、炎の影のせいでいともたやすく斬られた。
示し合わせた行動ではないけど、ハイドロはクロノの支援に回るようブレスを吐いた。
とはいえ敵もさる者、ただ黙ってやられているわけじゃない。
何人かが炎を突破して、こちらの懐に飛び込んできた。
そういうときは、炎を拳に纏わせて殴りつけた。
氷の盾ごと、相手を吹っ飛ばす。殺さないよう――コアまで壊さないよう、出力はある程度抑えている。
石床がぴしぴしと音を立てた。ハイドロはかかとを床に叩きつけて、炎を這わせる。
案の定氷の刃が下から生えてきたけれど、事前に這わせておいた炎が舐めるように溶かしつくした。
次はおそらく頭上だろう――ハイドロはそう判断し、空を見上げた。
巨大な氷塊と無数のつららが落ちてくる真っ最中だった。
リキュールとフラストームの合わせ技か。
仲間ごと圧し潰すつもりらしい。ハイドロは、腹の中で練った特大のブレスを宙に放った。魔法壁にダメージを与えることなく、それでいて氷塊とつららだけを壊して炎は空に抜けていった。
ぞわりと、背筋が震えた。
ハイドロの右目の前に、切っ先があった。上体を逸らして、その攻撃を躱す。
氷のレイピアだと、遅れて気がついた。
「リアか!」
「馴れ馴れしく名前を呼ぶな!」
リアは、ハイドロの炎を真正面から突破してきた。
軽やかなステップと、片手でレイピアを操っていることから、リーチが見た目以上に長い。
ハイドロの予測では届かないはずの位置から、突きが伸びるように飛んでくる。
なんとか躱していると、背中が誰かとぶつかった。
振り向きざまに拳を叩きこもうとしたが、そこにいたのはクロノだった。どうやらリキュールと戦っていたらしい。背中合わせにくるりと回転して、即興でお互いの相手を変える。
クロノがリアのレイピアを斬り、ハイドロがリキュールを殴り飛ばした。
さらに回転して、元の位置に戻る。
クロノは近くで魔法を発動させようとしていたフラストームに斬りかかる。ハイドロは、落ちていた氷の剣を拾おうとしていたリアを蹴り飛ばした。
「あんたなんかに……!」
崩れ落ち、もう立ち上がることができないというのに、それでもリアはこっちを睨みつけてくる。
「どうして僕に絡んでくるんだ?」
「この街では、グレイシア様が最強でなくてはならない! お前のような奴は、いてはならないんだ!」
暗にハイドロの方が強いと認めていた。
でもこの街にはクロノやカタクリのような実力者もいる。ハイドロだけを目の敵にする理由がよくわからなかった。
訊いたところで答えてはくれないだろうと思った。
リアに近づいて、強打をくわえて気絶させる。
これで実力者が三人退場したことになる。
だいぶ余裕が出てきた。
ハイドロとクロノの攻撃は苛烈になり、残っていた騎士団や、今日のクロノの対戦相手だったアイナ、この街に来て最初に因縁をつけてきた懐かしきガロを次々と狩っていく。
そこに、大氷河を持ったグレイシアが突っ込んできた。
クロノの死角から攻めたはずの斬撃だったが、掠りもしない。クロノには攻撃がどうあっても当たらない。
クロノは割れ者だ。そして割れ者の肉体は脆い。
だからスノウリンクスには参加することができない――と、そういう話だった。
でもクロノは、相手の攻撃を食らわない。受けもしない。
紙一重でかわして肉薄し、斬る。そのシンプルな動きを極めたがゆえの強さだ。
結局のところ、強い奴は強いということなんだろう。
ハイドロは両手に炎をまとわせて、援護に出る。
腹の中で魔力を練って、ブレスを吐いた。
グレイシアまでの最短距離ができる。怯えたような顔をして、大氷河を構えた男が立っていた。彼は重症覚悟で、炎の壁をムリヤリ突破して逃げようとした。そこにクロノが現れて、グレイシアの足を斬った。
そのままトドメを刺すことだってできだろうに、ハイドロに道を譲ってくれた。
「今まで、さんざんやってくれたな」
炎を拳に纏わせる。
「く、来るな! 来るなぁッ!」
無茶苦茶に振り回していた大氷河を叩き折った。そして、
「安心しろよ。コアに傷はつけない。ただ思いっきり、ぶん殴りたいだけだ!」
グレイシアを殴り飛ばした。
あまりの勢いにグレイシアは壁まで吹っ飛び、背中を強打した。しばらくしてから、ずるずると崩れ落ちる。
彼の顔面を形作っている氷がある程度砕けてしまったけれど、コアが無事なら元に戻るはずだ。
ああ、スッキリした……!
こんなにも爽やかな気持ちになったのは生まれて初めてだ。
クロノの方も残った騎士団を制圧したらしい。こっちを見てウインクしてきた。ハイドロは手を払うような仕草で応じた。
「ごめん、クロノ。家宝の大氷河、叩き折っちゃった」
「ああ~? なんてことしてくれてんだよ」
「腹が立ったから」
「じゃあ仕方ねえか。なんか、でかくてムカつく形してるしな」
そんな二人の頭上――観客席でも、各騎士団と氷闘士、観客も入り混じっての激戦が行われていた。




