幕間 仮面の妖精を追って
仮面の妖精は、グレイシアを倒した後、すぐに闘技場から出ていった。
受付前にいたたくさんの観客たちが彼の周りを取り囲んで話しかけるも、彼は無言のまま歩を進める。
街中に風が吹き、みなが顔を伏せた一瞬のうちに、仮面の妖精は消えてしまった。
観客たちがあたふたと周囲を見回す中で、その風に惑わされない『影の集団』が、仮面の妖精を見失うことなくひっそりと後をつけていった。
その数は三十人を下らない。
決して討ちもらすことのない人数だ。
絶対に逃してはならないと、影の集団は厳命を受けている。
今は領主の座を賭けた一大トーナメントの真っ最中である。
街に人通りは少ない。
できることなら誰にも目撃されることなく始末したい――影の集団はそう考えていた。
とはいえ相手は、あのグレイシアを倒した強者だ。
抵抗されれば騒ぎは大きくなるだろう。剣を抜く暇もなく、一撃で葬り去る必要がある。
仮面の妖精が路地裏に入った。
足音がまったくせず、氷の全身甲冑という姿も相まって、まるで幽霊のよう――。
普段は自分たちこそがゴーストスノウ、あるいはシャドウスノウと恐れられている影の集団が、今は逆に、幽霊を追っているような気分になっていた。
もしかして、人通りに誘い込まれている?
死地に追い込まれているのは、こちらでは?
そんな思考が鎌首をもたげる。
幾度かチャンスがあった。
集団で襲いかかれば簡単に始末できそうなタイミングがあった。それでも影の集団は動けなかった。
そのうち、影の集団はあることに気がついた。
仮面の妖精は街の北側――つまり領主の城がある場所に向かっている。
城にはフラストームの部下もいる。やはり仮面の妖精はフラストーム陣営の者だったのか?
影の集団は、慌てて剣を抜いた。奴を、このまま城に帰らせるわけにはいかない。
冷気によって揺らめいている仮面の妖精にいっせいに斬りかかった――、
「おいおいおい! ここはオレ様の土地だぜえええええええッ!」
十以上の、氷の剣が一瞬のうちに叩き折られた。破片が太陽の光を受けて乱反射し、そのキラキラとした輝きが、影の集団を白日のもとにさらけ出す。
仮面の妖精はこちらに背を向けたままであり、つまり別の妖精が闖入して影の集団を一蹴した、ということだった。
「誰に断りなく剣を抜いてやがる!」
城の近くには、氷闘士のチャンピオンだけが住むことの許される水晶宮がある。影の集団は知らず知らずのうちに、その敷地内へと足を踏み入れていた。
歴代のチャンピオンを模した氷像がずらりと立ち並び、こちらを値踏みしているようだ。
そこかしこに氷樹が生えているが、チャンピオン専用の服を作るためにしか外皮をはぎ取ることは許可されていない。
何代か前のチャンピオンが、王都の庭に感銘を受けて作らせた巨大な噴水は、当たり前だが水が凍り付いて噴水としての用をなしていない。
そういった、歴代のチャンピオンたちが好き勝手にオブジェを作り、置きっぱなしにしていった珍妙な庭の中央に、現チャンピオンのカタクリがいた。
紫色の髪色をした、体格のいい雪の妖精である。
両手に鉄の甲冑を、両足に氷の甲冑を身につけている。上半身は魔力に頼らない武術を、下半身は魔力を使った攻撃を得意とし、唯一無二のトリッキーな動きで相手を翻弄しながら戦う。
そんなカタクリが、仮面の妖精を守るように、拳を前に突き出していた。
影の集団は怯んだが、ここで仮面の妖精を取り逃すわけにはいかない。いくら相手が強いとはいえ、こちらは三十人以上もいる精鋭の集団だ。いっせいにかかれば負けることなどあり得ない。
先頭に立つ影が、
「心してかかれ」
と背後の仲間を鼓舞しようとした。返事は帰ってこなかった。振り返るとただの一人しか立っていなかった。しかもそいつは仲間ではなく、銀の髪色を肩の上で切りそろえている妖精――消えたはずの受付嬢だった。
「カタクリ様が注意を引いてくれたおかげで、簡単に片づけることができました」
「お前さあ、やっぱりオレ様よりも強いんじゃねえの? 受付嬢なんてやってないでスノウリンクスに参加すればよかったのに」
「元、受付嬢でございます。それに私は、戦いに興味がございませんので」
「理解できねえわ」
残った影を挟みながら、二人はのんきに会話をしている。
影は一人でも任務を遂行するべく剣を構えた――次の瞬間にはもう剣が折られ、みぞおちに拳が叩き込まれていた。
「おっせえよ」
カタクリが言う。
影は膝を折り、そのまま地面に倒れた。たったの一撃で、もう立ち上がることができなかった。
仮面の妖精と元受付嬢、氷闘士のチャンピオンという異色の三人が、倒れた影を見下ろしている。
「安心しろ、殺さないから。ただしトーナメントが終わるまでは拘束するからな」
という言葉とともにさらなる強打を受け、影は意識を失った。




