第8話 始まる新生活
「へぇ~まさかあのハルがついに婚約者を決めるなんて。これで広隆寺のご当主も安心なんじゃない?」
「ついにって。そこまで頑なに婚約者を決めなかったわけではないだろうが」
「いやいや、あんなにたくさん縁談を持ち込まれておいて全部断ってるんだから。流石のご当主も頭を抱えていらしたでしょうに」
「どうだろうな。でも、これで縁談とかが減ればいいんだけどな」
翌日、登校をするのなら三人で行きたいという紅葉の提案で俺たちは学校への道を歩く。
新品の制服に身を包んだ刹那は凄く可愛らしくて、俺の目は釘付けになっていた。
「源さんは婚約者とかいないんですか?」
「いないいない。てか、あたしの家はそこまで硬い家じゃないからね。広隆寺家は結構そう言うの硬いよね~」
「だな。ま、俺は親父と交渉して婚約者とか結婚する相手は自分で決める権利をもぎ取ったわけだしな」
歴代の広隆寺家の跡取りは全員政略結婚をしてきた。
政略結婚で名家の血を取り込んで家を大きくしたり、陰で色々な事をしてきたらしい。
だが、俺は好きでもない奴と無理やり結婚をするのなんて御免だ。
そう思って、昔親父に直談判した。
「あの時のハルはすごかったねぇ~家を割るとまで言いだしてたし。あの時は流石のご当主も焦ったんじゃないの?」
「春斗さんなりの反抗期と言うやつなんでしょうか?」
「どうだろうね。あたしも自分が好きじゃない人と結婚するのなんて嫌だし。正当な反抗なんじゃない? 知らんけど」
「こんなつまんない話してないで、もっと楽しい話をしようぜ。刹那にとっては今日が転校初日なんだ。楽しんでいかないとな」
婚約者云々はどうせこの後、いろいろな質問攻めにあうんだ。
その話はあとでいいだろう。
いや、マジでどんなふうに詰められるんだろう。
親父の反応が全く読めないな。
「それもそだね。多分あたしたちと同じクラスだからこれからよろしくね! えっと、刹那ちゃん!」
「は、はい。よろしくお願いします。源さん」
「あたしのことも名前で呼んでくれていいよ~あたしも名前で呼ばせてもらってるわけだし」
そっか。刹那の苗字が広隆寺になってるから苗字呼びしようとしてもできないのか。
今度からはみんな刹那って呼ぶようになるのか。
それはそれでなんだかモヤモヤするな。
「じゃ、じゃあ、紅葉さん」
「えへへ~名前で呼んでもらっちゃった! どうハル? 羨ましい?」
「羨ましくなんかねぇよ。俺も名前で呼んでもらってるわけだし。てか、そのドヤ顔やめろや」
謎に紅葉がドヤ顔で俺の脇腹を小突いてくる。
力はそこまで込められていないものの、それなりに痛い。
というか、なんでこいつはこんな風に自慢げにニヤニヤしてくるのか。
「紅葉さんと春斗さんは同じクラスなんですか?」
「同じだよ~というか、結構仲の良い人たちと同じクラスなんだよね。ハルもそうだし壮太の奴も同じクラスだしね」
「壮太?」
「ああ、俺と紅葉の幼馴染だよ。良い奴だけど、見た目が怖いからビビんないようにね」
松井 壮太は俺と紅葉の幼馴染でスポーツが大好きな脳筋だ。
短い黒髪に少し日焼けした肌。
瞳からは常に活力が溢れており、綺麗な黒色だ。
「そ、そうなんですか」
「本当に悪い奴じゃないからさ! 後であたしが紹介するよ」
「ありがとうございます。紅葉さん」
俺たちは三人で楽しく会話をしながら学校へむかう。
桜は少し散っているけど、まだまだ綺麗だった。
俺と刹那が出会った時は雨が降っていて、彼女はこの世の終わりかのような顔をしていたけど今は楽しそうに紅葉と会話をしている。
「二人とも、あんまり話し込んでると遅れるぞ~」
「それもそだね。行こ! 刹那ちゃん!」
「はい!」
◇
「……で? お前は今までなんで学校休んでたわけ? 俺めっちゃ寂しかったんだけど」
「お前は寂しがるような奴でもないだろうが。で、俺が休んでる間なんかあったか?」
「良くも悪くもなんもなかったぜ。いつも通りの退屈な日常だった」
壮太はやれやれと言った感じで首を振りながらため息をついていた。
本当にこいつはマジで変わらないな。
良くも悪くも。
「そか。なら良かったけど」
「……で、お前の後ろにいる超絶美少女は誰なわけ?」
「今日からこの学園に転校してくる広隆寺刹那だ」
「は、初めまして。広隆寺刹那って言います」
刹那はかなり緊張した感じで頭を下げていた。
教室に来る前に一応職員室に寄ってきたわけだが、クラスはやっぱり俺たちと同じクラスになった。
ま、ここら辺は多分親父の根回しだろうな。
ありがたい。
「ああ、丁寧にどうも。俺は松井壮太です。春斗と紅葉の幼馴染です……って広隆寺!?」
「この子広隆寺家の養子になったから。あと俺の婚約者でもある。ちょっかい出すなよ?」
「……ちょっと待て。情報が多すぎて混乱してきた。紅葉、マジなのか?」
「マジマジ。大マジだよ。だから、虐めたら広隆寺家が出張ってくるよ~」
紅葉が少し大きめの声でそう言ってくる。
勿論、少し大げさな表現をしていることは認めるけど虐めたりした奴はもれなく許さない。
そう言う面では正しいのかもしれないな。
「ありがとな紅葉」
「ん? 何が~あたしは本当のことを言っただけだし~」
紅葉はわかっていてこういう態度をとっている。
本当に良い奴だ。
今まで刹那に向けられていた異物を見るような視線が一気に和らぐ。
こういう時に広隆寺と言う名前は便利だ。
それ以上に背負うものも大きくなるわけだが。
「あ、あの春斗がついに婚約者を決めた……だと!? も、もしかしてご当主に無理やりとか?」
「まさか。無理やりなら家を割ってでも抵抗するさ」
「すんなり恐ろしい事を言うなよ。お前の場合マジでやりかねないのが怖いし」
やりかねないもなにも、マジでやるつもりなんだが。
まあ、こんなくだらない話は置いておいてと。
「そう言うわけで、今日から一緒のクラスになるわけだし仲良くしてやってくれ」
「そりゃもちろん。春斗の婚約者ってんならこれから長い付き合いになりそうだしな」
ニカッと微笑んで壮太はサムズアップしている。
スポーツマンなだけあってその仕草は彼の雰囲気とすごくマッチしていた。
「えと、じゃあよろしくお願いします。松井さん」
「ああよろしく! えっと、この場合名前で呼んだ方がいいのか?」
「まあ、刹那が嫌で無いのならな。俺と苗字同じなわけだし」
「私は全然大丈夫ですよ」
「なら、刹那さんよろしく。って、名前で呼んで春斗に怒られたりしないか?」
何故か怯えたように俺の方をチラチラと壮太は見てくる。
一体何だと言うのか。
「なんで俺が怒るんだよ」
「いや、可愛い婚約者の事を他の男が名前で呼んだらキレないかなって」
「そこまで狭量じゃねぇよ。それに広隆寺だとどっちが呼ばれてるのかわからないだろ」
「それもそっか。いや、お前が初めてまともな女子と付き合い始めたからな。豹変とかしたら怖いだろ?」
……俺ってそんな風に見られてるのか。
でも、確かに全く知らない男が刹那のことを呼び捨てとかにしてたらイライラはしてしまうかもしれない。
「しねぇよ」
「嫉妬とかしないの~? ま、ハルって昔からあんまり感情を表に出さない奴だったけどさ」
「だな。刹那さんも春斗が何考えてるか分かんなくても悪い奴じゃないから付き合ってやってくれ」
「そうでもないですよ。春斗さんはいつも私に気を使ってくださってますし、感情だって結構わかりやすいですよ?」
刹那がにこやかに二人に返答する。
そんなわかりやすい感情表現をした覚えはあんまりないんだけど、そう思ってもらえているのであれば俺としても嬉しい。
「あのハルがわかりやすい感情表現!?」
「いや、待て待て。もしかしたら刹那さんがものすごく感情の機微に敏感なだけかもしれないぞ?」
「いえ、特にそう言った事はないと思いますよ? 私はいたって普通だと思います」
「お前ら……人のことを何だと思ってんだよ」
酷すぎる言いようだ。
まるで俺が無表情の鬼畜男のようではないか。
そんな事をした気は一切ないんだけど、二人の印象がそうであるのなら今度から改めることにしよう。
「まあまあ、刹那ちゃんと仲良く出来てるようで何よりだよ」
「だな。こんな不器用な奴だけど春斗のことを頼みます」
「わ、私の方はお世話になってると思うんですがでも、できる限り春斗さんのお役に立てるように頑張ります!」
なんだか、変な方向に話が向いている気がしないでもないけど刹那が楽しそうだから良いか。
紅葉のおかげで周りの刹那に対する対応が酷くなる要素は排除されたわけだし。
「じゃ、そろそろ自分の席に戻るか」
「だな。三人ともまたあとでな」
「ん。後でね~」
「では、また」
俺たちは自分の席に戻って朝のホームルームを受ける。
早速と言っては変だけど、この時間に刹那の自己紹介が行われるのだった。




