第6話 刹那の手料理
「春斗さん、今日は私が夕飯を作っても良いですか?」
「全然良いけど、どうしていきなり?」
「家に泊めてもらって学費とか生活費も出してもらってるのに、何も家事をしないというのは私の良心が痛むので。ダメですか?」
「ダメなわけない。逆にそうやってしたいことがあれば何でも言ってくれた方が俺としても嬉しい」
この子はあんまり自己主張をしないタイプに見えるから何がしたくて何がやりたくないのかを教えてくれると凄く嬉しい。
何より、こんな美少女の手料理が食べれるなんてありがたすぎて涙が出そうだ。
誰かの手料理なんて一人暮らしを始めてから全く食べてないしな。
「わかりました。春斗さんは何か嫌いな食べ物とかはありますか?」
「特にないよ。何でも食べれる」
「凄いですね。私は海鮮系の食べ物が苦手なんですよ。あと、苦いのとか」
「そうなのか。てっきり好き嫌いはあまりないタイプだと思ってたんだが」
完全な偏見だけど、刹那みたいに佇まいとか仕草が綺麗な人間は好き嫌いとかが少ないイメージがある。
だけど、刹那の返答的に俺の考えは本当に偏見だったみたいだ。
「そんなことないですよ。私は春斗さんが思うほど完璧な人間じゃないんですからね?」
「いや、俺の知り合い連中の中ではかなり完璧に近しい人間だと思うんだけどな」
「違いますって。それに、源さんとかとても素敵な人じゃないですか」
「……う~ん」
確かに紅葉はいい子であることは認めるんだけど、少し悪乗りが過ぎるというか今まで紅葉に助けられたことも多いけど、あいつのせいで巻き込まれた問題も数多くあるからな。
素直にいい子だと認めがたい。
「なんだか微妙な反応ですね。源さんのことお嫌いなんですか?」
「嫌いってわけじゃないんだけどな。素敵の定義によるな」
「……春斗さんって素直じゃないってよく言われませんか?」
「よく言われるな。酷いよな」
紅葉にも幼馴染にも素直じゃないとか不器用とかよく言われるんだよな。
個人的にはそんな事ないと思ってるんだけど、俺に一番近しい二人がそういうのであればそういう事なのだろう。
「私も素直じゃない人だと思いますよ。でも、そういうところも春斗さんの魅力なんだと思います」
「そうか? まあ、魅力ならいいか」
なんだか少しだけ腑に落ちないけど、魅力であるといわれるのならいいか。
これ以上気にしてもどうにもならないだろうし。
「でも、なんだか不思議ですよね。こんな風に最近知り合った男の子の家に泊まることになるなんて少し前までは想像もできませんでした」
「俺だってそうだよ。まさか君みたいな美少女と暮らすことになるなんて想像もしてなかったからな」
「まさか、高校を転校するなんて言うのも想像してなかったですけどね」
「後悔してるか?」
ここまで環境が変わったのだ。
もしかしたら、後悔しているかもしれない。
そう思って聞いてみたのだが……
「後悔なんてしてるわけないじゃないですか。むしろ感謝をしてるんです。あの環境から私を救い出してくれて」
「救い出すなんて大げさだ。でも、後悔してないのなら本当によかったよ」
「後悔なんてするわけないじゃないですか。今はすごく幸せです」
幸せを感じてくれているのであれば良かった。
これからも彼女をもっと幸せにできるように頑張って行きたい。
「な、なんか恥ずかしいですね。私、夕飯の仕込みをしてきます」
「あ、ああ。よろしく頼むよ。キッチン用品とかの場所がわからないものがあれば何でも聞いてくれ」
「わかりました。じゃあ、行ってきますね」
彼女は頬を赤くしながらキッチンに向かう。
俺も自分の頬が熱くなっているのを感じながら気を紛らわせるようにスマホに視線を落とす。
するとそこには、一つの通知が入っていた。
『お前、入学式の翌日から学校サボるとか何してんだよ』
というメッセージがもう一人の幼馴染から入っていた。
まあ、言っていることはごもっともだがこちらにも事情というものがある。
週明けまでは学校を休むつもりだし、こいつには申し訳ないけどもう少し俺がいない学校生活を楽しんでもらう事にしよう。
『すまん。少し事情があって週明けまで学校に行けない。家に来られても対応できないから来るなよ』
そんなメッセージを返してスマホを机の上に置く。
今はキッチンであたふたしながら夕飯の仕込みに勤しんでいる刹那を見ていたい。
本当に可愛いな。
「そう言えば、忘れてた。刹那の名誉回復のためにもこれはやっておかないとな」
スマホを再び手に取って、とある連絡先に連絡を入れておく。
普段は全く使うことが無いのだけど、本当にごくたまに問題が発生した時に使う連絡先だった。
「春斗さ~んちょっといいですか?」
「どうした?」
キッチンから声をかけられたのでスマホを置いてすぐに向かう。
なんだか、新婚みたいだと思うのは俺だけだろうか?
多分俺だけだな。
「フライパンとかってどこにありますか?」
「それならここの棚の中に入ってるな。フライパンだけじゃなくて鍋とかも入ってる。で、上の棚には調味料とかが入ってるな」
「なるほど。かなり良い物を使ってますね。全部いいブランドの物じゃないですか?」
「まあ、この家にある物のほとんどは両親が買いそろえた物だからね。良いのか悪いのか俺はあんまり知らなかったりする」
一人暮らしをするのであれば、これくらい用意すると言って家具一式を最新のものにしてくれたのだ。
そのおかげもあって今の所一人暮らしをするにあたっては特に苦労することなく生活できている。
「宝の持ち腐れ……いや、家事ができるから持ち腐れではないですね」
「まあ、複雑なことを気にしないでこの家にあるものは好きに使ってくれていい。というか、冷蔵庫に食材は入っていたか?」
「ええ、今日の夕飯分は十分にありますよ。明日の分があるかと聞かれれば難しいところですけどね」
「なるほど。じゃあ、明日もう一回買い物に行かないといけないな。一緒に来てくれるか?」
「もちろんです」
明日が楽しみになってきた。
まあ、今日もこの後の夕飯がものすごく楽しみなわけだけど。
「何か手伝えることはあるか?」
「いえ、夕飯は私が作りたいので大丈夫です。作らせてください」
「わかった。そういう事ならリビングにいるから何かあったら声をかけてくれ。勉強でもしとくからさ」
「勉強……そうですね。忘れてしまいそうになりますけど、もう新学期が始まっていますもんね」
そう、俺たちは学校を休んでいるだけで他の学生は先に進んでいるのだ。
簡単に置いて行かれるつもりはないが、努力はしておかないと万が一が発生してしまうからな。
「そうだな。刹那は勉強得意だったのか?」
「う~ん、そうですね。得意って程じゃないと思います。姉の方がテストの点数は全体的に良かったですし。私はよく比較されて出来損ないって言われてました」
「なんだか、悪い事を聞いたみたいだな。すまない」
「謝らないでください。姉が私よりも優秀なのは本当の事ですので」
なるほど。
刹那は自身の姉に対してコンプレックスを抱いてるみたいだな。
そのコンプレックスは今まで家族から雑に扱われてきたことが起因しえいるのだろうか。
それとも、他に何か要因があるのか。
時間をかけて知って行こうと思う。
「何度でも言うけどさ、俺にとっては刹那が一番だからな。それだけは忘れないでおいてほしい」
彼女がどれだけ姉に対してコンプレックスを抱いていても、俺はこの子の姉に対して一切の興味が無いしこれから先も興味を向けるつもりはない。
「ありがとうございます。そう言われるとなんだか救われますね」
「本当に思ってることを言っただけだけどな。もし、転校してきて勉強に困ったら言ってくれ。一通りなら教えられるからさ」
「その時は頼らせてもらいますね」
「そうしてくれ」
こんな風に家に居るときに明るく話ができるのは本当に良い事だ。
一人暮らしで今まで孤独を味わっていた分、かなり幸せを感じる。
にしても、本当に刹那の姉は優秀なのだろうか?
一瞬話しただけだが、俺にはそうは見えなかった。
短絡的で感情的。およそ優秀な人間だとは思えないのだが……
「まあ、どうでもいいか。もう関わることもない」
俺はキッチンで楽しそうに夕飯の仕込みをしている刹那を見ながら勉強を進めるのだった。
◇
「できました! 今日の夕飯はオムライスにしてみました」
「おお! めっちゃ美味しそう。料理凄く上手いんだな!」
一時間ほどして刹那が用意してくれたのは、半熟のとろとろオムライスだった。
正直、お店で見るようなものと遜色がない見た目で食べるのが凄く楽しみだ。
「家では私が普段から料理をしてましたから。それなりには出来るんです。お口に合えばいいんですけど」
かなり自信がなさそうに言っているし、何よりも普段から夕飯を作ってるって。
なんだか、夜桜家の闇が垣間見えたけど何も聞かなかったことにしよう。
掘り返すべき話題でもないだろうし。
「絶対に美味しいでしょ! じゃあ、さっそくいただきます!」
「いただきます」
手を合わせてからスプーンでオムライスを掬って口に運ぶ。
半熟のオムライスは口の中で溶けるように消えていき、チキンライスの香ばしい味とケチャップの酸味がたまらなくマッチしていた。
「凄くおいしいよ! 今までこんなに旨いオムライスは食べたことが無いかもしれない」
「大げさですよ。これくらいは誰でも作れます」
「こんなに美味しい料理が作れる人間が大量にいたらシェフは廃業になるよ」
「流石に褒め過ぎですって。さ、流石に照れてしまいます」
そっぽを向きながら口元を押さえて照れている刹那は凄く可愛かった。
なんで、こんなにも凄い子が虐げられて生きてきたのか。
夜桜家の人間はバカばかりではないのかとそう思ってしまう。
「本当の事だからね。こんなに美味しい手料理を食べれるなんて俺は幸せ者だな」
「大げさですって。このくらいなら毎日でも作りますから」
「じゃあ、お願いしようかな。食器洗いは俺がやるから料理は刹那に任せても良いか?」
「はい! これで私も役割りが出来て安心です」
にへへっと喜ぶ刹那の表情は普段の影が落ちている大人びた物ではなく純粋な子供のような笑顔でこの笑顔をずっと見ていたいと心の底から思った。
「それと、洗濯はどうする? 流石に俺が刹那の分をやるわけにはいかないし、刹那に俺の分をやらせるのはダメだからな」
「洗濯物はそれぞれ自分の分をやるってことでいいのではないでしょうか? そしたら事故は無くなるはずです」
「だな。じゃあ、今度洗濯物を入れるかごかなんかを注文しておくよ」
今までは他人の目なんか気にせずに洗濯物を置いたりしてきたけど、同い年の女の子が家の中にいるのであればそう言ったこともできない。
脱衣所に着替えを持っていく癖をちゃんとつけないとバスタオル一枚で部屋中を歩きまわる羽目になるな。
「ありがとうございます。春斗さんは私にやってほしい事とか無いんですか? 何でも聞きますよ?」
「……あのな、俺が言うのも変かもしれないけどあんまり女の子がなんでも言う事を聞くとか言うなよ? どんな要求をされるか分かったもんじゃないんだからな」
刹那のような絶世の美少女に何でもいう事を聞くと言われて邪な感情が湧かない奴がいればそれは男ではないのかもしれない。
俺だって、一瞬頭をよぎりはするけどそう言った行為は本気で好きな人間とするべきだし、俺は下種に成り下がりたくない。
「こんなこと春斗さんにしか言いませんよ?」
「……君は本当に」
思わず頭を抱えてしまう。
これを天然でやっているのだから叶わない。
もう少し自分が異性にとって魅力的であるという事を自覚してほしいものだ。
「え!? 私なにか変な事をいいましたか?」
「いや、何でもないんだ。ふぅ」
これからもこんな風に無意識で誘惑されるのかと思うと、理性が試されているようで大変だけどこの子を笑顔にするためだ。
どんな過酷な試練だって乗り越えて見せよう。




