第29話 初めての混浴
「本当にうれしいです。ありがとうございます」
「受け取ってくれてよかったよ。受け取ってもらえなかったら結構ショックだったから」
「そんなことあるわけないじゃないですか。私はちゃんと春斗くんのことを愛してますよ」
「それがわかって嬉しいよ」
刹那の右手薬指にはめられている指輪を見ながら俺は彼女を抱きしめる。
こうやって穏やかな時間がいつまで続くのだろうか。
まあ、最初の難関は旅行終わりの本家だな。
「春斗くんは温泉どうします? 大浴場に行きますか?」
「そうだな。もう少ししたら行こうかなって思ってたけど、どうして?」
「いえ……そのよかったら一緒に入りませんか?」
刹那は室内に設置されてある露天風呂をチラチラ見ながらもじもじと言ってくる。
その姿があまりにも愛らしくて心臓が潰れそうになる。
はぁ、俺の婚約者が可愛すぎて本当に困ってしまう。
いや、良い困り方なんだけどさ。
「いいのか?」
「私から……誘ってるんです……よ?」
「そ、そうか」
とても可愛いはずなのに、どこか色気を感じる。
こんな風な刹那を見るのはこれが初めてかもしれない。
「それで、どうするんですか?」
「も、もちろん謹んで一緒に入らせていただきます」
「なんで急に敬語なんですか?」
「いや、さすがに緊張しちゃってな」
誰かと二人で風呂に入るなんて経験は子供の頃しかないし、一緒に入る相手が最愛の婚約者であるのなら緊張するなというほうが無理な話かもしれない。
「それは私もです。じゃあ、部屋に着替えを取ってきますね」
「わかった。俺も着替えの準備しておくよ」
刹那は頬を朱色に染めながら、部屋を出てった。
俺はキャリーケースに入っている着替えを用意してから露天風呂にお湯が入っているかを確認する。
「良い湯加減だ。流石は温泉地ってところか」
ここは何年たっても変わらない。
昔のままだ。
「お、お待たせしました」
「いや、そんなに待ってない……ぞ」
どうしても緊張して正常にしゃべれない。
心臓がありえないほどにうるさい。
このドキドキをどうにかしたい。
「そ、それは良かったです。春斗くんも緊張とかってするんですね」
「あ、当り前だろ。こんな経験あるわけないし。これから刹那と一緒に温泉に入ると思うと心臓がうるさいよ」
「わ、私もです。ふふ、似た者同士ですね」
「えと、じゃあ入りますか?」
着替えを持って二人で脱衣所に向かう。
それだけだというのに、心臓がありえないほど早く鼓動する。
このまま爆発して死んでしまうのではないのだろうか?
そんなことはないとわかっているはずなのに。
「先に入ってていいぞ。俺はあっち向いとくから」
「あ、ありがとうございます。の、覗いちゃだめですよ?」
「わかってる。流石にそんなことをする気はないよ」
見てみたい気持ちは山々なんだけど、ここで一時の欲望に駆られて覗いてしまったら俺は最低の屑野郎になってしまう。
それだけは避けなくては。
目を瞑って刹那とは反対方向を向く。
後ろからは服を脱ぐ衣擦れの音が聞こえてきてすごく振り返って目を見開きたい衝動に駆られるが、何とか自制する。
「春斗くん、先に入っていますね」
「あ、ああ」
刹那が浴室への扉を開けて閉めた音を聞いてから目を開けて俺も服を脱ぐ。
しっかりと腰にタオルを巻いて浴室に入ると、そこには露天風呂に入って気持ちよさそうに目を細めている刹那の姿があった。
幸いなことに露天風呂のお湯は少し濁っていて胸より下の大切な部分は一切見えなかった。
「お先です」
「お湯加減はどうだ?」
「良い感じです。すっごく気持ちがいいですよ」
「それは良かった。じゃ、俺も失礼して」
かけ湯をしてから俺も温泉に入る。
絶妙な温度のお湯が体を包んでくれてとても気持ちがいい。
ここならゆっくり疲れを取ることができそうだ。
「春斗くん、気持ちよさそうですね」
「そりゃな。温度も最適だし、こうして刹那と一緒に入っているからな」
「……もう」
頬を朱色に染めているのは果たして、温泉のせいなのかそれ以外の要因なのか。
ここで聞くのは野暮というものだろう。
「刹那はさ、進路とかって考えてるか?」
「……そうですね。あまり考えれてないです。進学しようにもお金がないですし」
「そこはうちが出すから気にしなくてもいいんだけどね。やりたいことをやってみればいいと思う。刹那のやりたい事なら何でも協力するしさ」
「心強いですね。真剣に考えてみます」
「そうしてくれ」
俺たちは温泉に入りながら他愛もない会話を続ける。
お互いに緊張していてまともな会話ができないけど、それはそれでいいのかもしれない。
「春斗くんって結構体を鍛えてるんですね。腹筋バキバキでしたし」
「まあ、最低限はね。昔に武道をやっていたって言うのもあるだろうけど」
「そうなんですか!?」
「ああ。広隆寺家の教育の一つでな。他にもいろんな習い事をさせられたものだよ」
今ではそのすべてが役に立っているので感謝しているわけだけど。
「少し触ってみてもいいですか?」
「好きなだけ触ってくれ」
刹那はお湯の中に手を入れて俺の腹筋を優しくなでてくる。
くすぐったいのを我慢しながら俺は刹那の顔を見る。
凄く興味津々でワクワクした様子で俺の腹を撫でていた。
俺の腹筋を触ったくらいでそこまで楽しいのだろうか?
「新たな一面です。春斗くんって細身ですけど、ここまで筋肉質だとは思っていませんでしたので」
「最近は特に鍛えてるわけでもなかったしな。そう思われるのも無理はないと思う」
「……気になりますか? 私の体」
「……その聞き方はすごく意地悪だと思うんだが」
俺だって健全な男子高校生だ。
もちろん、刹那の大きな双丘に目を奪われるし触りたいとも思ってしまう。
だけど、それを行動に移してしまったらただの性犯罪者だ。
俺は人間なのだからしっかりと理性を働かせて自制をしないといけないのだ。
「そうですね。すいません。でも、春斗くんの視線が気になりまして」
「それは本当に申し訳ない。不快だったよな」
「いえ、不快というほどではないんですよ? でも、気になるのかな~って」
「まあ、気にはなる。俺も健全な男子だからな」
本人の前で言うのはひどく恥ずかしいけど、聞かれてしまった以上は変に強がったり隠したりするのもどうかと思ったので話すことにした。
「で、ですよね。へんなこと聞いちゃってごめんなさい」
「いや、いいんだ。それより見てごめんな」
「謝らないでください。それに私たちは婚約者ですから。いずれそういう機会もあるでしょうし」
「そういう機会……」
いろんな思考が頭をよぎるけど、そのすべてをかき消すべく頭をふるう。
これ以上変なことを考えてはいけない。
脳がそう判断したのだ。
「そ、それよりそろそろ体を洗いましょうか。お背中お流ししますよ?」
「い、いいのか?」
「もちろんです。そういうの新婚さんっぽくて憧れますし」
「じゃあお願いしようかな」
湯船から上がって洗い場の椅子に座る。
刹那が後ろからやってきて、ボディーソープをタオルにつけて背中を洗ってくれる。
こんな風に誰かに背中を洗ってもらう経験がなかったので無性に恥ずかしく、そしてくすぐったく感じる。
「気持ちいですか?」
「ああ、すっごく気持ちいい。癒されるよ」
程よい力加減で背中を洗ってくれるからかゆいところもなくすごく心地がいい。
流石に前をお願いするわけにはいかないので、前は自分で洗う。
身体の泡を流し終わると刹那が頭も洗ってくれるというので、お願いすることに。
「どうですか? かゆいところとかないですか?」
「ない。本当に気持ちいいよ」
刹那の細い指がごしごしと頭を洗ってくれていてすごく心地がいい。
さっきから心地いいとしか言ってない気がするけど、本当に心地いいのだから仕方がない。
「ふふ、なんだかこういうのいいですね」
「ああ、俺もそう思うよ」
「じゃあ、私は髪を洗ってもらってもいいですか?」
「もちろん。力加減があんまりわからないから、適宜言ってくれるとありがたい」
「わかりました」
刹那の後ろに座って、シャンプーを手で伸ばしてなじませる。
そのまま彼女の髪を洗い始める。
爪を立てないように気をつけながら。
「んふふ。すごくいいです。こうやって髪を洗ってもらうのは私も初めてかもしれません」
「ならよかった。力加減とかは大丈夫か?」
「はい。すごく気持ちいいですよ」
丁寧に宝石を扱うよに刹那の綺麗な銀髪を洗う。
こうしてみると、本当に綺麗な髪でいつまでも見ていたくなる。
「じゃあ、流すぞ」
「はい」
シャワーでお湯を出して髪についた泡を洗い落とす。
先ほどよりも幾分か綺麗になった気がするのは果たして俺の気のせいだろうか。
「じゃあ、リンスもお願いしますね」
「お任せあれ」
俺は再び丁寧に刹那の髪を洗い続けるのだった。




