最終話 幸せな日常を君と共に
刹那と回る楽しい温泉旅行も気が付けば終わっていた。
今から始まるのは本家、親父との久しぶりの会話だ。
字面だけ見れば微笑ましいものかもしれないが実際はそうではない。
「……」
「兄様、大丈夫ですか?」
「ああ、少し緊張してるのかもな」
「兄様が緊張なんて珍しい。まあ、気持ちはわからなくもないけどね」
これから俺たちは広隆寺家の車に乗って本家に向かう。
本家につき次第、俺と刹那は広隆寺家の現当主である親父と母さんと話をすることになっている。
何を言われるかわからない以上、俺だって緊張くらいする。
「どどど、どうすればいいでしょう!? わわ、私は……」
「落ち着いてください姉様。取って食われたりはしないですから」
「そうだぞ。まあ、気持ちはわからなくもないけどな」
親父は何を考えているかわからない。
だから、刹那をどう扱うのかも俺には予測がつかない。
そのため流石に警戒をしないといけないという問題点が発生している。
「じゃあ、行くか」
三日間世話になった旅館を後にして俺たちは広隆寺家の車に乗り込んだ。
そこから三時間ほどで広隆寺家本家に到着し、久しぶりの親子の対面が始まろうとしていた。
◇
「久しぶりだね。春斗」
「久しぶり。親父」
爽夏と刹那は一度着替えをするために客室にいる。
そのため、この場には俺と親父の二人しかいない。
「君と会うのも久しぶりな気がするよ」
「俺もだよ。元気そうで何よりだ」
「君は少し変わったね。前よりも人間味が出たような気がする。それも婚約者のおかげかな?」
「……自分の息子を今まで人間味がないと思われていたのか?」
まあ、自覚はある。
今まで親父たちに見せていた顔は確かに人間味がそこまでなかったように思う。
もっと言ってしまえば、俺の人生は刹那と出会うまで何の面白みもないものだった。
そういう考えもあって、親父に人間味がないという評価を受けていたのかもしれない。
「まあね。ま、それは君の自覚をしていただろう?」
「……お見通しかよ」
「これでも君の父親だからね」
親父、広隆寺冬夜は漆黒の短髪と冬の青空のような澄んだ瞳。
今年で50を超えるというのに、親父の威圧感は衰えることがない。
「流石だよ」
「君に褒められるとは嬉しいよ。っと、刹那さんが来たら正式に話す予定だけど婚約の件についてだ」
「――ッ」
俺の考えなどすべて見抜いているようだ。
こういう駆け引きは苦手だ。
そもそも、駆け引きにおいて親父に勝てるわけがない。
場数が違いすぎる。
「ああ、安心してくれ。私は君から婚約者を取り上げるつもりもなければ、引きはがすつもりもないよ」
「それって……」
「君が添い遂げる相手は君自身が決める。それは昔に約束したことだからね」
親父は優しい笑みを浮かべながら続ける。
「それに、婚約者がいた方が君を制御しやすくて良い」
「……本音はそれか」
「当り前じゃないか。君は我が家にとって神童であり、私にとっては最も扱いが難しい男なのだからね」
表情を一切変えないあたりが恐ろしい。
これが広隆寺冬夜という人間だ。
表情を変えずにとんでもないことを言ってくる人間だ。
「……人質のつもりか?」
「そうは言ってないじゃないか。怖いな」
「……よく言うよ」
この人は刹那を人質にするつもりなのだろう。
何かあった時に俺に対する抑止力として。
「まあ、君が変な事をしない限り私も彼女に何かをするつもりはないよ」
「なら、いいんだけどな」
「それよりも、随分と仲がいいそうじゃないか。爽夏から話は聞いているよ」
「どこまで聞いたんだ?」
「なに、君たちの仲が良すぎて少しだけ困っているということくらいだよ」
爽夏め。
変なことを親父に言ったな。
でも、迷惑をかけているのなら申し訳ない。
「本題は刹那さんと秋凪が来てから話すことにしよう」
「わかった」
やはり親父は食えない男だ。
俺の考えていることなど、すぐに見透かしてその先を読んで行動してくる。
それがたまらなくやりづらい。
「そうそう、進路は決まってるのかい?」
「進路はそこまで深くは考えてないけど、進学しようとは思ってるよ」
「そうかそうか。まあ、何か問題が起こったら相談してくれ」
「わかった」
どこの大学に行くかは決めていない。
進学しても刹那と一緒に居たいという事だけは変わらないが。
「君の事だ。そうそう問題なんて起こらないだろうけどね」
「そう言ってもらえて光栄だよ」
それから俺は親父と他愛もない会話をして、母さんと刹那が来るのを待った。
ちなみに爽夏は今回同席しない。
「お、お待たせしました。春斗くん」
「全然待ってないよ。それより、その服似合ってる」
「ありがとうございます。えへへ」
刹那はこの家にある浴衣を着ていて、俺も親父も母さんも家では浴衣を着ている。
言ってはなんだけど、少し古臭い家なのだ。
「久しぶり、母さん」
「ええ。久しぶりね春斗」
刹那と一緒に入ってきたのは広隆寺秋凪。
俺の母親だ。
赤色の瞳は俺と同じもので髪は甘栗色。
少し小柄で優し気な顔をしている。
「改めまして、こんにちわ刹那さん」
「は、初めまして。春斗くんの婚約者の刹那です」
「ふふ、可愛らしいわね。話は聞いてるわ。これからよろしくね」
笑顔で刹那に話しかける母さんは昔とあまり変わっていないように思う。
いつまで経っても優しい俺の母親だ。
「初めまして。春斗の父の広隆寺冬夜です」
「は、初めまして」
「そう萎縮しないでくれ。二人の関係に口を出すつもりはないからね」
いつものように優しい笑みを向けて親父は刹那と向き合う。
刹那はそんな親父に安心したのか、少し緊張が解けたようだった。
「ちなみに、聞いてみたいんだけどどうして春斗と婚約することにしたんだい?」
「えと、それは……」
「ちょ、親父」
「あら、良いじゃない。私も二人の馴れ初めを聞いてみたいわ」
ノリノリの二人に流される形で刹那は俺との馴れ初めを二人に話し始めてしまった。
正直、実の両親に自分の馴れ初めを聞かれるのは恥ずかしかったけど刹那が本当に幸せそうな顔で話すものだから止めるに止められなかった。
「へぇ~春斗がそんなことをねぇ~」
「君も少しは成長したんだね」
ニヤニヤと俺の顔を見ながら頷く両親の顔はとてもおもしろそうだった。
なんだか、恥かしい。
「まあ、私たちは二人の婚約に肯定的だから好きにしてくれ。何か問題があったらフォローするから春斗だけでなく刹那さんも頼ってくれ」
「そうよ。せっかく娘がもう一人できそうなんだもの。その子が刹那ちゃんなら私は大歓迎よ」
「あ、ありがとうございます。秋凪さん」
「二人ともありがとう」
両親に反対されるのではないか?
もしかしたら、刹那と別れさせられるのではないか?
そんな不安から解放されてグッと肩から力が抜ける。
「はぁ、良かった」
「良かったですね。春斗くん」
「本当にね。これからいろんな困難があるんだろうけど、二人で幸せになろう」
「もちろんです!」
俺たちは両親の前という事を忘れて、二人で生涯を誓い合う。
これから先、何があったとしても絶対に俺はこの子を幸せにする。
そう誓ってこれからを生きて行こうと思うのだ。




