第26話 初めてのカラオケ
「カラオケってこういう場所なんですね。想像してたよりも暗いですね」
「まあ、場所にもよると思うけど基本的に暗い場所が多いんじゃないのか? 俺は紅葉か壮太とくらいしか来ないから詳しくは知らないわけなんだけど」
「いや、大体暗いと思うよ。ねっ壮太」
「だな。俺も何回かカラオケに来たことはあったけど、大体暗かった気がする。なんでなのかは知らんけどな」
と、カラオケに初めて来た刹那の最初の感想は明るさの問題だった。
確かに暗いけど、そこまで気になるほどだろうか?
いや、もしかしたら刹那は暗い場所にトラウマのようなものがあるのかもしれない。
だとしたら下手に踏み込むべきではないかもな。
「そうなんですね。もっと明るい場所かと思っていたのでなんだか意外でした」
「暗い方が歌いやすいんじゃないか? 心理的に」
「そういうのもあるかもね~まあ、そういうのは置いといてまずは歌おうよ!」
「紅葉ってこういうとき先陣をきるよな」
紅葉がソファーに座ってさっそく端末を操作して好きな楽曲を入れる。
個人的にではあるが、こういう場で一番最初に歌を入れるのにはなかなかに度胸がいると思う。
俺は何度かこの二人とカラオケに行っているのだが、いまだに一番最初に歌を歌ったことがない。
「だって、時間がもったいないでしょ? まあ、フリータイムなんだけど」
「確かに時間がもったいないのはわかるんだけどな。ま、いいや。二人は曲を入れないのか?」
「俺はどのタイミングでもいいんだけど。刹那はどうする?」
「……どうやって入れるかわからないので教えてもらってもいいですか?」
端末を見ながらポカンとしている刹那に曲の入れ方を教える。
こういう時の刹那の反応はすごく可愛いから見ているだけで、心が温かくなる。
「ふむ、なるほど。こうやって入れるんですね」
教えるとすぐにやり方を覚えて刹那は端末を操作していく。
刹那がどんな歌を歌うのか楽しみに思っていると、隣の紅葉から脇腹をつつかれる。
「ん? どうした?」
「西宮さん、学校をやめたらしいけど何したの?」
「俺は知らない。せいぜい家を潰しただけだ。その後は知らん」
「明らかにやりすぎだって」
「そうでもないだろ。お前がリンチに遭ったんだ。これくらいはしないとな」
紅葉は気になっていたであろうことを聞いてくるけど、本当にあの後あいつらがどうなったのかを俺は知らないのだ。
知っているのは壮太だけ。
「むぅ、また危ない真似して」
「お前には言われたくないな。無理してあんなことになったんだから。大いに反省してくれ」
「……そう言われると反論ができない」
「春斗くん、これで曲って入ってますか?」
「ああ、バッチリだ。今歌ってる壮太の次に曲が流れるから流れ始めたらマイクを持って歌えばいい」
「わかりました。ありがとうございます」
刹那はワクワクした様子でマイクを握りしめている。
初めてだから楽しめるか不安に思っていたけど、この様子なら楽しめていそうだ。
一安心である。
「刹那ちゃん可愛いね」
「だろ。俺の婚約者は世界一だ」
「ご当主は認めてくれるかな?」
「認めないって言われたら家を割ってでも反抗するさ」
俺は政略結婚なんて絶対にしたくない。
何度でもいうけど、将来的に俺は広隆寺家の当主になるだろう。
そうなるべく生まれてきたとまで言っても過言ではない。
言ってしまえば、俺の人生は不自由な自由なんだ。
金銭的な不自由はしない。その代わりに、俺は将来の職業などの選択の自由を奪われているんだから。
「こわっ。相変わらず刹那ちゃんにぞっこんだね」
「まあな。もう、刹那以外の人と付き合うなんて考えられないな」
「あはは~こりゃあ、浮気する心配がなくて刹那ちゃんも安心だね!」
「そうですね。春斗くんは紳士的ですから。そういう点については心配していませんよ」
会話に加わった刹那も綺麗な笑みを浮かべながらそう言ってくれる。
全く、俺の婚約者が可愛すぎて困る。
「なぁ、せめて一人くらいは俺の歌を聞いてくれてもいいんじゃねぇか?」
「「「……」」」
気が付けば壮太の歌が終わっていた。
俺たちは会話に夢中になっていたこともあって壮太のことを完全に忘れていた。
「なんだ……その……すまんな」
「酷いぜ。ったく、まあいいけどよ」
「あっ刹那ちゃんの番だ!」
「おっ楽しみだな!」
「お前ら……最近俺の扱いがひどくないか?」
壮太の苦言を聞き流して俺は刹那の歌う歌に集中する。
選曲は最近はやっているドラマの主題歌で綺麗な高音が難しいと評判の曲だった。
「すっごくうまいね」
「だな。聞いていて心地いい。すごく綺麗な声だ」
「刹那さんって歌すごくうまいんだな」
三人して刹那の歌に聞き入っていてそこまでの会話が生まれなかったけど、今はただ、刹那の歌う歌を静かに聞いていたい。
そんな感情に駆られたのだ。
それはきっと、俺だけではない。
隣にいる二人の表情を見ればそれは明らかだった。
「ふぅ」
「刹那すごくうまかったぞ!」
「本当、ずっと聞いてられるくらい」
「俺もそう思うぜ!」
刹那が歌い終わった瞬間、俺たちは拍手をしてみんなそれぞれの感想を口にした。
少し恥ずかしそうにはにかむ刹那が可愛すぎて今すぐにでも抱きしめたくなってしまったけど、二人の視線があるので流石に自重した。
「あ、ありがとうございます。え、えへへ」
「あ~もう! 刹那ちゃん可愛すぎ!」
「ひゃ、ちょ、ちょっと紅葉さん!?」
紅葉が刹那に抱き着いて非常に素晴らしい光景が繰り広げられている中、壮太が俺に話しかけてくる。
「お前も大変だな。実家の件でいろいろ起こってんだろ?」
「耳が早いな。まあ、何とかするさ」
「お前のことだから案外何とか出来るんだろうな。そこらへんは心配してねぇけどよ。なんかあったら相談くらいはしてくれよ?」
「ありがとな。もしなんかあったら遠慮なく頼らせてもらうわ」
壮太に頼ると黒い部分が垣間見えそうな気がしなくもないけど、そこは考えないようにしよう。
「次はハルの番だよ~刹那ちゃんにカッコいいところを見せてやれ!」
「おいおい……初めてで九十五点を取るような刹那にカッコいいところを見せるってなるとかなり高得点を取らないといけないんだが?」
歌にはあまり自信がないけど、刹那にカッコ悪い姿を見せるわけにもいかない。
何とかしていい点数を……せめて九十点以上は取りたいところだ。
「心配しなくても春斗くんはいつでもカッコいいですよ」
「なるほど。確かにこいつらはバカップルかもしれねぇな」
「でしょ? この二人を見るの結構面白いんだよ」
「でも、見すぎると糖尿病になりそうじゃねぇか?」
「ああ……この前爽夏ちゃんから糖尿病になりそうだから助けてって連絡がきたことあったな~」
「おい、そこ二人。何話してんだ?」
こういう時の紅葉と壮太は大抵ろくなことを話さないので、刹那に変な影響を与えられる前にけん制しておく。
それからは少し緊張しながら自分が入れた曲を歌いきる。
久しぶりにカラオケで歌うこともあってか、八十九点だったけど刹那が凄く褒めてくれたので悪い気はしなかった。




