第20話 紅葉の危機
「……で、どうしてこうなったワケ?」
「えと……そのごめんなさい。私でも料理できると思っちゃったんです」
「なるほど。それで、キッチンが大惨事と言うわけか」
「はい。本当にすいませんでした」
学校から帰ってくると、爽夏がキッチンで小麦粉まみれになっていた。
どうしてこうなってしまったのか、と言う疑問は一旦置いておいて俺は爽夏に駆け寄った。
「良いから。とりあえず風呂入って汚れを落としてきな。そのままじゃあ、家を歩くだけでも汚れが広がるからな」
「わかりました」
「そんなに落ち込むなって。怒ってないし、挑戦することは良い事だからな。まあ、今度からやるときは俺か刹那と一緒にやろうな?」
「そうですよ。言ってくれたら私はいくらでも付き合いますので。気軽に声をかけてくださいね」
すかさず刹那もフォローを入れてくれる。
本当にできた婚約者だ。
今すぐにでも結婚したいところだけど、年齢的にそれは不可能だ。
早くて来年になってしまう。
「わかりました。その時は声をかけさせてもらいますね」
「はい! 今度は一緒に料理をしましょうね」
「ありがとうございます」
トボトボと落ち込みながら爽夏は風呂場に向かっていった。
少し可哀そうになってしまう。
今度スイーツでも買ってきてやるか。
「にしても、爽夏さんって料理が出来なかったんですね」
「そうなんだよ。あいつは家事全般があまり得意じゃないんだ。まあ、やってないからってのもあるんだろうけど」
爽夏は掃除や料理と言った一般的な家事を苦手にしている。
理由は簡単で今まで自分でしなくても家の使用人がやってくれていたから自分でやる必要が無かったのだ。
俺だって一人暮らしをしようとする時までは家事なんて全くできなかった。
「なるほど。私はてっきり家事とか掃除が得意なものだとばかり思っていました」
「そんなことない。あいつは結構苦手なことが多い。だから、たまに何かをやろうとして失敗して落ち込むんだよ」
「可愛らしいじゃないですか」
「まあな。でも、あいつの場合本気で落ち込むからどう接するべきかちょっと迷うんだよな」
そっとしておくべきなのか、それとも積極的に慰めるべきなのか。
未だに俺はどっちの対応をするべきなのか分かっていない。
「あ~確かに迷いそうですね。では、今日は私と一緒に慰めましょうよ」
「いいのか?」
「もちろんです。将来的に義理の妹になる爽夏さんの悲しむ顔は私も見たくはないですから」
刹那はにっこりと笑ってキッチンを片付け始める。
俺も刹那に続いて散らかってしまったキッチンの掃除をする。
「では、私が洗いますので春斗くんは布巾で拭いてもらっても良いですか?」
「もちろん。一緒にやってパッパと終わらせよう」
「はい!」
こうして俺たちは力を合わせてキッチンを片付けていく。
なんだか、こんな風に一緒の作業をしていると新婚さんみたいでドキドキするな。
「こうやって二人で洗い物をしていると、なんだか新婚さんみたいじゃないですか?」
「だな。俺も似たようなことを考えてたよ」
どうやら、刹那も同じような事を考えていたようで少しだけ頬を朱色に染めながらごまかすかのように手元に視線を戻していた。
俺の婚約者が可愛すぎて困る。
「ふふっ、愛の共同作業と言う奴ですかね?」
「かもな。なんだか変にドキドキするけど」
「わかります。私も凄くドキドキしていますので」
「でも、これが未来の俺たちの日常になるんだよな」
結婚したらこんな風に一緒に家事をしたり、どこかに出かけたり買い物をしたりと人生の約半分を共に過ごすことになる。
それはなんて幸せな光景なのだろうか。
「春斗くん、私と結婚する気満々なんですね」
「当たり前だろ? 俺はもう刹那を手放す気はない。残念だけど、諦めれくれ」
「言質取りましたからね。これでやっぱり婚約は無しとか言い始めたら許しませんから」
「言うわけない。まあ、信用を得られるように行動で示していくつもりだけどな」
「信じていないわけではないですよ。ただ、どんな行動で示してくれるのかは楽しみにしています」
やはり今日の刹那は機嫌がいいのか、ずっと笑みを浮かべている。
俺的にはずっとこんな風に笑っていられる環境を作ってあげたいものだ。
「楽しみにしててくれっと。これくらいで洗い物は終わりか?」
「ですね。じゃあ、夕飯の支度もついでにしちゃいますね」
「あ~せっかくなら爽夏に料理を教えてやってくれないか? 落ち込んでるだろうし」
「あ! いいですね。じゃあ、今日はある程度簡単なメニューにしましょうかね」
刹那は楽しそうにコロコロ笑って今日の献立を考え始めた。
俺は料理自体はできるけど、冷蔵庫にある食材を見て献立を考えるのは苦手だったりする。
だから、こんな風に臨機応変に献立を考えることができる刹那は凄いと思う。
「頼む。俺は献立を考えるのは苦手なんだ」
「意外な弱点ですね。初めて知りました」
「言った事無かったからな。何を作るかあらかじめ決めているならまだしも、冷蔵庫の中身から献立を考えるのは苦手なんだよ」
「そうなのですか? 結構楽しいですよ」
楽しい物なのだろうか?
まあ、刹那が楽しいと言っているのならいいか。
「じゃあ、献立は頼んだ。爽夏が風呂から上がったら話してみるよ」
「お願いしますね。爽夏さんに料理教えるの楽しみです!」
ウキウキで刹那は夕飯の準備を始める。
本当に料理をするのは嫌いじゃないみたいだ。
さて、俺はこれからどうしようか。
「料理の手伝いをしたいところだけど、刹那が嫌がるからな」
この前手伝おうとしたら、私に立場が無くなってしまうので嫌です! と強く反発されたので今後は料理をできないと考えたほうがいい。
全く、そんなことを気にしなくても良いのに。
「春斗くんは爽夏さんの事をどう思っているんですか?」
「どう思っている……とは?」
「言葉のままの意味です。妹っていたことが無いのでどんな風に思っているのか気になったんです」
「う~ん、やっぱり可愛いよ。何をしても大抵は許せるし、助けたくなる」
爽夏は昔からそこまで手のかかる妹じゃなかったし、でもずっと兄様兄様って後をついてくる姿は本当に可愛かった。
今でも可愛いけど、最近は可愛いというよりも綺麗になったな~という感想の方が大きいように感じる。
「爽夏さん、可愛いですもんね」
「ああ。いつまで経ってもあいつは可愛い妹だよ」
「なるほど。春斗くんって結構シスコンさんですよね」
「よく言われるよ。まあ、否定もしないしな」
シスコンと言われようが何だろうが俺は爽夏が大事だし、それを否定する気はない。
だって、俺にとってはただ一人の妹だし。
「春斗くんのそういう所好きですよ。素直な所」
「そうか? 俺は自分の思ったことをそのまま言ってるだけなんだけどな」
「それが良いんですよ。最近、自分の本音をそのまま他人に伝えられる人間なんて少ないですから」
確かに言われてみればそうかもしれない。
基本的に人間は本音と建て前を使って生きている。
本音をそのまま伝えるような人間は本当に少ないと思う。
「かもな。っと、そろそろ爽夏が風呂から上がりそうだから呼んでくる」
「お願いしますね」
リビングを後にして脱衣所の前に向かう。
扉越しに声をかける。
「爽夏、今いいか?」
「兄様? 大丈夫ですけど、何かあったんですか?」
「いや、風呂上がりに刹那と料理を作らないか? 教えてくれるらしいんだが……」
「良いの?」
少し不安そうにか細い声が脱衣所から聞こえてくる。
まださっきの失敗を引きづっているのだろう。
そんなに気にしなくても良いのに。
「もちろん。刹那が教えるのを凄く楽しみにしてたから一緒に作ってみればいいんじゃないか?」
「そう……ですね! ありがとうございます。着替えたらすぐに行くって伝えてもらっても良いですか?」
「任せとけ。爽夏と刹那の料理楽しみにしてる」
出来るだけ明るい声を出して爽夏に伝える。
声を聞いた感じ落ち込んでたみたいだけど、最後は明るい声になっていたから立ち直ったのだろう。
少し安心した。
「着替え終わったら来るそうだ」
「わかりました。こっちも準備が出来ていますのでいつでも教えることができます」
「爽夏のこと頼んだ。俺は少しだけ出かけてくる」
「どこに行くのですか?」
「紅葉の様子を見に行くだけだ。あいつ、放っておくと部屋がとんでもない事になるからな」
「わかりました。浮気しちゃダメですからね」
「しないっての。じゃ、いってきます」
刹那に行き先だけ伝えて、俺は家を出る。
紅葉の家を訪ねるのは家の様子が気になるからと言う理由と、紅葉が最近おかしかったから話をしておきたかったからと言うのがある。
「紅葉……いるか?」
インターホンを押して呼びかけてみるが、一向に返答がなかった。
おかしい。
今日は何も予定がないと言っていたし、学校が終わって家に帰っていたはずだ。
だとしたら、何か変な問題が起こったか?
「なんで嫌な予感ばっかり当たるのかね」
昔に源家の当主から預かった合鍵で玄関のカギを開ける。
中に人の気配はなく、紅葉の靴もなかった。
「外出中……とは考えずらいよな」
あいつが一人でわざわざどこかに行くとは考えにくいし、それにあいつはさっき俺に家でぐーたらしてると言っていた。
なのに家にいない。
不味い予感しかしない。
「一応電話をしてみるか」
もしかしたら出るかもしれない。
そう思って電話をしてみたのだが、結果は空振り。
電話に出ることは無く、無機質な機械音声が俺の耳朶を打つだけだった。
「クソッ、どうなってやがる」
急いで壮太にも電話をかける。
こいつなら、何か知っているかもしれないと思ったわけなのだが。
「紅葉? 何かあったのか? 俺は何も聞いてないぜ?」
「そうか。もし、見かけたら連絡してくれ。ヤバい事に巻き込まれてるかもしれない」
「俺も手を貸したほうが良いか?」
「ありがたい。全力で紅葉を探してくれ。見つけたら連絡くれ」
「何が何かわからないけどわかった!」
こういう時に理由を聞いてきたりしないあたりが壮太の良いところだと俺は思う。
そんな事を考えながら紅葉の家を飛び出して、手当たり次第に紅葉を探す。
もし、学校関係の問題に巻き込まれているのなら学校付近にいるはず。
「クソっこういう時に車があれば」
生憎と車の免許は持っていないし、そもそも取れない。
使用人を呼ぼうにも時間がかかる。
ならば、自分の足で移動したほうが早い。
「二人の作る夕飯食えないかもな」
だけど、今はそれどころじゃない。
二人には今度埋め合わせをするとして今は一刻も早く紅葉を探すのだった。




