第17話 容赦なき春斗
「私が樹君のことを……ですか」
「ああ。もちろん答えにくいなら答えなくても全然大丈夫だ」
「いえ、そういうわけではないんです。ただ、今まで深く考えたことがなかったので少し考えてみてもいいですか?」
「もちろんだ。ごめんないきなり変なことを聞いて」
刹那は夕飯を作る手を止めて、腕を組みながら考え込んでいる。
言い訳をしようとかそういった気配は一切感じない。
本当に、純粋に考え込んでいる。
「そうですね、もうなんとも思っていないのかもしれません」
「なんとも思ってない?」
「はい。好きでは絶対ないですし、でも嫌いかと聞かれるとそうでもない気がするんです。どうでもいいという表現が一番合っているのかもしれません」
「なるほど」
好きの反対は無関心というが、その領域に行ってしまったのかもしれない。
であるならば好都合だ。
秋雨高校の悪いうわさを消すと同時にあの幼馴染にも制裁を加えることにしよう。
奴らが無駄な噂を広めなければ、今こんな面倒な事態に陥ることはなかったし何よりも刹那を悲しませた男を俺は許すことができない。
「でも、なんでいきなりそんなことを聞いてきたのですか?」
「単に気になっただけだよ。深い意味はない」
「嘘ですね。春斗くんは嘘をつくときに頭を掻く癖があるんです」
「……マジ?」
「はい。一緒に過ごしていればわかります。でも、春斗くんが悪意から嘘をついているとは到底思えないので追及はしません」
にこやかな笑みを浮かべながら刹那は手元に視線をやって料理を再開する。
この短時間で俺でも気が付かない癖を見抜くなんて彼女もなかなか人を見る目があるようだ。
「いいのか?」
「はい。ですが、浮気だけは絶対に許さないのでその気でいてくださいね?」
ウインクをしながらいたずらっぽく笑う刹那の顔は今まで見たことがない表情で、そんな彼女の顔を見た俺の心臓はすごい速度で早鐘を打つ。
下手をすれば、このまま心臓が飛び出てしまうのではないかと錯覚してしまうほど。
「するわけない。刹那以上の女性なんかこの世にはいないよ」
「ふふっ、またそんなことを言うんだから」
照れたようにはにかみながら刹那を夕飯を作る手を止めない。
本当にこんなにもいい子を婚約者にできた俺は幸せ者だ。
本心からそう思う。
「今日の夕飯も楽しみにしてるよ」
「はい。楽しみにしておいてください」
刹那のとびっきりの笑みを見てからリビングの戻る。
爽夏はどうやら自室に戻ったらしく、リビングにその姿は無かった。
「温泉に行く前に全部の問題を解決しておきたいな」
温泉に行くときは全てを解決して、何の気兼ねもなく温泉旅行を楽しみたい。
刹那が温泉旅行初めてという事もあるし、俺だって初めてできた婚約者との旅行が楽しみで仕方ないのだ。
つまらない事に思考を割きたくはない。
「刹那が幼馴染にもう興味関心がないみたいだし、しっかり潰すことが出来そうだ」
夜桜栄華を完全につぶそうとすると、どうしても村瀬樹を巻き込んでしまう。
刹那がまだ彼に思い入れがあるのならやめようと思っていたが、無いというのなら話は別だ。
完全に地獄のどん底まで叩き落としてやる。
◇
あれから数日、学園で刹那の悪評はかなり広まってしまっている。
こうなってしまったのも、すべては夜桜栄華と村瀬樹のせいだ。
だから俺は秋雨高校の知り合いに頼んで一つの録音データを校内放送してもらったのだ。
内容は簡単で、夜桜栄華と村瀬樹が刹那を裏切り浮気をしていたという証拠音声。
「これで秋雨高校で流れていた噂が嘘の物であるという事が完全に証明できたわけだ。後は、うちの学園での噂を消すだけ」
しっかりと興信所に証拠を集めてもらったし、これであいつらは完全に終わりだろう。
いや、俺がこの目で確認したわけじゃないからわからないけど。
「ハル、中々えぐい事をしたらしいね」
「そうでもないさ。あいつらが刹那に与えた精神的苦痛に比べればこんなのまだまだ甘い方だ」
「それはそうかもしれないけど。秋雨高校阿鼻叫喚だったらしいよ?」
「阿鼻叫喚してるのは二人だけだろ」
「それが、そうじゃなかったみたいだよ」
どうやら、紅葉もそれなりに夜桜栄華のことを調べていたらしい。
であれば、隠す必要は無いのか。
「なんだ、紅葉も調べてたのか」
「まあね。刹那ちゃんのお姉さん結構な数の男子生徒と付き合ってたらしいじゃん」
「だな。で、そのことが音声と共に学校中に知られて大変だろうな」
「ハルって本当に一回敵と認識した相手に容赦ないよね」
「容赦する必要があるのか?」
あいつは刹那を苦しめた。
意味もなく貶めた。
そんな奴に情けをかける必要なんか一切ないだろう。
命があるだけ、まだマシだ。
「こわ~い。私はハルを敵に回さないようにしないとな」
「お前が俺の敵になる状況は考えずらいな」
「どうだろうね。私たちは家柄的に個人の感情を優先できないときがあるから」
「そうならないことを祈るばかりだな」
俺は紅葉とできるだけ仲良くいたい。
家の問題で仲たがいなんて正直ごめんだ。
「だね。で、次は学園内の噂の払拭に向けて頑張るの?」
「ああ。せっかく刹那が楽しそうに生活出来てるのにしょうもない事で曇らせたくない」
「その気持ちはわかるかな。頑張ろうね」
「言われるまでもないな」
紅葉も刹那の事を気にかけてくれているようで嬉しい。
どこまで広まっているかはわからないけど、正攻法で噂を払拭できるとはさすがに思えない。
「お二人とも何の話をしてるんですか?」
「刹那ちゃんおはよ~」
「おはようございます。紅葉さん。それで何か真剣に話していましたけど、なんの話ですか?」
「えっとね~ハルがずっと惚気てくるから真剣にどうすれば私にも恋人ができるのかを話し合ってたの」
「紅葉は好き嫌いが激しい性格をしてるからな。良い相手を選ぶしかないんじゃないかって話してたんだ」
咄嗟に紅葉が話を逸らしたため、俺もそれに乗っかる。
こういう機転は紅葉の方が利くのかもしれないな。
「なるほど。でも、紅葉さんってモテてるんじゃないですか? 結構男子生徒の方が紅葉さんを見つめてるのをよく見かけますが……」
「でも私、今の所誰にも告白された事無いんだよ?」
「え!? そうなんですか?」
「紅葉の場合は告白しにくいんじゃないのか? なんか一線引いてる感じがするし」
「それはそうかも」
紅葉は常に人と一線を引いて接している。
そのためか、告白まで至らないのだろう。
俺も何度か紅葉との仲を取り持ってくれと頼まれたことがあるが全て断っている。
そもそも他人に仲を取り持つように頼む人間なんか紅葉にはふさわしくない。
「でも、作ろうと思ったら紅葉さんならすぐにでも作れそうな気がするものですけどね」
「俺もそれは思う。まあ、気長に待ってれば絶対にできるだろ」
「そうだね~でも、最近ハルと刹那ちゃんを見てたら無性に恋人がほしくなってきたんだよね」
「そんなもんか」
俺はあまり誰かを見て恋人がほしいと感じたことが無いから紅葉の気持ちはあまりわからなかった。
「そうだろうよ。最近のお前らイチャイチャしすぎて見てるこっちが胸焼けしそうだもんな」
「壮太までそういう事を言ってくるのか」
「だって、事実だからな。それより、春斗は夏休みに帰省するのか?」
「まだ決めてないけど、いきなりなんでだ?」
実家に帰省するのなら刹那も連れて行きたいし、刹那も挨拶をしたがっていたしな。
でも、夏休み中にあの二人が家に戻っているのかわからないんだよな。
未だに音信不通だし。
何の連絡もないのはいささか心配だけど、あの二人に限って何かがあったとは考えずらい。
「いや、お前が実家に行くんなら遊びに誘う時期を考えないといけないだろ?」
「まあ、行くとしたらお盆だからそれ以外なら遊びに行けると思うぞ?」
「そうか。ならいいんだ」
「春斗くん、まだご両親とは連絡がつかないんですか?」
「ああ。未だに音信不通だよ」
壮太がガッツポーズをしていると刹那が少し心配そうに俺の事を見つめてきていた。
まあ、もう一ヶ月ほど連絡がつかないとなれば不安にもさせてしまうか。
「大丈夫なのでしょうか……」
「まあ、広隆寺のご当主は気まぐれな人だから。明日にはコロッと顔を出してもおかしくはないよね」
「だな。こればっかりは気長に待つしかない」
面倒なことに俺の両親は本当に気分屋で何をするのか何をしているのか息子の俺ですら想像がつかないし予測ができない。
本当に厄介極まりない。
「なんだか、春斗くんも大変ですね」
「まあな。でも、なんやかんや自由にさせてもらってるし仕送りとかもしてもらってるからそこまで不満は無いんだけどな」
「すげぇな広隆寺のご当主はよ。俺の家じゃあ想像つかないぜ」
「壮太の両親はどんなかんじなんだ?」
「厳格な感じだな。いろんな事に小うるさくて溜まったもんじゃないぜ」
松井家は財力などがあるとは聞かないが、家柄が凄く良い。
言ってしまえば血筋が良いのだ。
典型的な名家と言った感じだな。
「良いじゃないか。何をしてるのか全く分からないよりかはマシだろ」
「それはそうかもな。ま、お前も頑張れよ」
「俺がどうこうできる問題じゃないから気長に頑張るさ」
「一緒に頑張りましょうね! 春斗くん!」
「だな」
俺たちは見つめ合いながら笑みを交わす。




