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第28話: 普通の一日(だいたいね)

雨が降る日は、いつもあの夢を見る。


なんでだろう。頭の中が、窓の雨音と中学校のあの廊下を、なぜか同じものとして結びつけてしまったんだと思う。私の頭ってそういうことをするから。


夢の中では、いつも歩いている。廊下は長くて、人が多い。不思議なのは、誰もぶつかってこないし、誰も意地悪をしてこないこと。ただ……見えていないだけ。人ごみの間を、透明人間みたいに通り抜けて、しばらくはそれが、正直、気持ちよかった。休み時間に何を話せばいいかわからない女の子にとって、目立たないことには、それなりにメリットがある。


でも途中で思い出す。その廊下には先生もいたし、他の子の親もいたし、一度お母さんに「もっと積極的にさせないと」と言ったPTAの委員の人もいた気がして……そうなると、もうそんなに気持ちよくなかった。


「花ちゃんのこと、何とかしないといけないわね」


その言葉、あの年に何度聞いたかわからない。いつも私に直接言われるわけじゃなかった。廊下の向こうから、声を潜めてるつもりだけどそこまで潜めてない感じで聞こえてくることが多かった。うちの家族は……いい人たちだと思う。本当に。でも、学校のイベントに何にも参加せずに顔だけ出す、というのは、うちの家では小さな一大事と同じくらいの意味を持つような家族だった。


だから高校に入ったとき、部活に入るよう言われた。提案じゃなくて。


嫌だった。当然そう思う。すでに知り合い同士の人たちがいっぱいいる部屋に入って、「こんにちは、花といいます、入部したいです」なんて言う場面を想像するだけで、お腹の奥の方に何か言いたくない感覚が生まれた。進天学園の廊下を、部活の案内を見ながらどこにも入らないままうろうろして、宇宙が何かサインを出してくれないかと思っていた。


そのとき、聞こえた。


大げさに聞こえないように説明するのが難しいんだけど、声だった、ただの。でも、なぜか足が止まる、そういう種類の声だった。横の廊下から聞こえてきて、そこには人の輪がすでにできていた。中心にいたのは、一人の一年生の女の子。髪をまとめていて、「一年生の女の子」という自分の中の概念とは全然違う存在感を持っていた。


演劇部の話をしていた。演じることの意味とか、芸術がなぜ大切かとか、他の人が言えば台本みたいに聞こえそうなことを、その子が言うと、今この瞬間に思いついて、それが完全に本当のことみたいに聞こえた。


いつも通り、輪の後ろの方にいた。誰にも見えない場所で。


でもその日は、見えなくてもいいと思った。だって、彼女を見るのに忙しかったから。その子の名前は——


猫子 団蔵。


◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆◇ ◆ ◇ ◆ ◇◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆◆ ◇


——ビッ……ビッ——


目覚ましが、部活の名簿にサインしようとする直前で夢から引き戻した。


二回目が鳴る前に止めた。子供の頃から、大きい音が苦手で、先を予測して動く方が好きだから。しばらく、目を半開きにして天井を見ていた。頭が現実に追いつくのを待った。


なんでこんなにうるさい目覚ましにしたんだろうと今更思う。たぶん昔の自分が相当な寝坊助だったからだと思うけど、怠け者だったわけじゃないと思う、多分。


そのとき、窓から雨粒の音が聞こえた気がして、顔を向けた。


雨だった。そりゃそうか。


よりによって今日か……。


起き上がって、布団をきちんと畳んだ。(なんか、作らないまま一日を始めると調子が狂う気がして)それからいつもの支度。


シャワーを早めに。制服を二回確認した。一回、ちょっと襟が曲がったまま登校したことがあって、誰も気づかなかったけど、私が気づいてたから。朝ご飯は静かに。この時間、家ではまだ誰も起きてないから。トースト一枚、水一杯。あとスケッチブックを鞄に入れた。いつも入れてる。「念のため」という名目で、でも「念のため」はほぼ毎日訪れる。


鞄を確認した。教科書、ノート、種類別に並べた鉛筆のケース。全部ある。


そのまま家を出た。


◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆◇ ◆ ◇ ◆ ◇◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆◆ ◇


進天学園までの道のりは、嫌いじゃない。


電車自体は、正確には好きじゃない。この時間の電車は人が多すぎて、必ずといっていいほど誰かが最大音量で電話してる。それが本当に苦手。でも窓際の席が取れれば、そこから雨粒が流れていくのを眺めながら、二十分くらい自分の頭の中だけにいられる。


いろんなことを考える。描きかけのスケッチのこととか。機会があれば使えるかもと思って、頭の中で練習しておく会話とか。数日前の公演のこともまだ少し頭に残ってる。あんなにうまくいくとは正直思ってなかったから。でも今は、それより窓の雨粒の形の方が気になる。


進天学園には十分前に着いた。いつも通り。2-Aへ直行した。


◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆◇ ◆ ◇ ◆ ◇◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆◆ ◇


この時間の教室は……まあ。


朝の始め方として私が選ぶものじゃないけど、長く通ってるうちに、予測可能なカオスには、なんか落ち着くところがあるってわかってきた。


ドアを開ける前に聞こえたのは、笑い声だった。大きいのが一つ、それからもう少し控えめなのが二三つ。入って、どこから来てるかを探すまでもなかった。星野 誠が、いつもの席で、なぜかいつも周りにいる二三人と一緒にいた。


何を話してたのかは聞こえなかったけど、オチだけ聞こえた。アニメのキャラクターが何かわけのわからないことをしてる話みたいだった。彼の笑いが一番大きくて、そういう笑い、本人は完全に正当だと思ってるやつ、周りの評価は……まあ、ほどほど、みたいな感じのやつ。


部活仲間なんだよな、と思う。教室で見るときたまにそう思う。不思議。


悪い意味じゃない。ただ不思議。オーディトリアムの中では、私たちは何か目的のあるグループ。でも2-Aでは、同じ空間にいるだけの二人で、それ以上でも以下でもない。


あんまり考えてもしょうがないな、と思って、誰にも気づかれないまま席についてスケッチブックを出した。いつも通り。


窓際の奥には、自分たちが世界の中心だと思ってる子たちのグループがいて、内容はともかく大事なことを話してる雰囲気で喋ってた。廊下側には「普通の人たち」——私がそう呼んでる——がいた。学校という場所にいて、特に主役になろうとしてるわけでもない子たち。あとはいろんなグループが教室中に散らばってて、二年近く観察してるけどまだ全部は把握できてない。


スケッチブックを白いページで開いて、目的なしに線を引き始めた。目的なしのスケッチって、一番おもしろいことになったりする。


誠くんが間違えた場所に描いた木、描いてみようかな、と思って、馬鹿みたいだとは思いつつ、舞台の下書きからとりあえず始めてみた。


……描いてるうちに、隣の椅子が軋む音がした。


顔を上げた。


高橋 健二が、ちょうど間に合ったけどそれを自覚してる人のエネルギーで席についていた。鞄を机の下に入れて、ノートを出して、それから横目で私を見た。


「あ、おはよう、花」


「うん、おはよう」


「ちょっと聞いていい。先週のノート持ってる?」


「うん」


「休み時間に貸してくれる?」


「いいよ」


これが教室での私たちの会話の標準的な長さだった。お互い、中身があれば余分な言葉はいらないと思ってるから。なんか、楽。ほとんどの人は沈黙を持て余す。健二は持て余さない。そこが少し、特別だと思ってる。


気づいたら、スケッチブックを覗き込んでた。


「何描いてんの?」


「まだ何も」


「線だけ?」


「線もどこかに行き着く」


少し考えた。


「たまに」


「だいたい」


わかったみたいにうなずいて、自分のノートに目を戻した。


また線を引こうとしたところで、教室のドアが開いて、ざわめきが三デシベルくらい一気に下がった。上田先生が入るといつもそうなる。


上田先生はなんか、世界全体から説明を求め続けてる人みたいな重さを持ってて、それが朝の八時から顔に出てる。厳しい、そういう種類の厳しさ——どこかの時点で「愛想は贅沢品」と決めた人のやつ。効率的で、時間通りで、説明はすごくわかりやすい。それは認めてる。


「それはそれとして」、という枕詞が必要なくらい、長年我慢し続けて底をついた感じの気性の持ち主でもある。答えを間違えたときの先生の表情は、直視しないようにして、少し横を向いて処理することにしてる。


二度離婚してる、と思いながら先生が机に荷物を置くのを見てた。別に批判してるわけじゃない。ただ、なんか、そうだよなって。


すぐ自分の考えを恥じた。


私だって人のことは言えない、人間関係。友達付き合いすら、よくわかってない。クラブのみんなとのことも、もしかして……


「静かにしなさい」


先生の声で、考えが途中で切れた。


声を張ったわけじゃなかった。それでも2-Aは数秒で静かになった。誠の友達グループも含めて、いつも一番うるさいあのあたりも。


◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆◇ ◆ ◇ ◆ ◇◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆◆ ◇


歴史の授業が始まった。


上田先生の授業は、最初の十五分くらいは日本の封建時代をちゃんと面白く聞かせてくれる。それ以降は、情報の密度と教室の温度と窓の外の雨音が競争を始めて、結果は大体予想通り。


ノートの下にスケッチブックを広げて、メモの合間に小さいイラストを描き足してた。兜。刀の鍔の細かい模様。歴史的なものを描くのが好き。形が面白い。


そういえば一回、クラブで誠くんに言われたことを思い出した。「なんかアニメのキャラクターに似てると思って。引っ込み思案な子で、家庭教師の人と恋愛するやつなんだけど、ちがうのは妹が四人いるのと、歴史が好きなとこ」みたいな話。アニメの名前は言わなかった。ちょっと変な話だなと思った。


「ッツ……ねえ、花ちゃあん」


そのとき、変な方向から、小さい音と一緒に自分の名前が聞こえた気がして。


顔を向けた。


星野 誠はノートをじっと見ていたが、目が動いていなかった。戦国時代の話を聞いてる人の頭の位置じゃなかった。


また音。


彼だった。


お願いだから違いますようにお願いします……


「花ちゃん、あのさ、昨日アニメ見てたら朝三時になってて、二十分くらい寝ていいかな、カバーしてもらえると助かるんだけど、あとで何でもするから、お願い」


見た。


しばらく見た。


部活仲間なんだよな、と三度目に思った。悪意なく、私を困らせることのできる人間として、今まで見てきた中で一番かもしれない。


「先生に直接当てられたら、カバーなんてできないよ」とぼそっと言った。


「当てないと思う。ノート見てる感じにしてたら、視界に入んないから」


「それはトリックじゃなくて、願望だよ」


「願望にも根拠があるってことで」


「根拠のある願望?そういう話じゃ——」


もう眠ってた。


本当に。言い終わる前に、星野 誠は目を閉じて、呼吸が本当に眠ってる人のに変わった。


……どうやって?


混乱した。


どうやってそんなことができるの?


上田先生を見た。クランの同盟について何かを説明しながら、黒板に名前と矢印を書き続けてた。こちらは見ていなかった。


誠を見た。リスクが許容範囲と計算した人間の落ち着きで眠っていた。


カバーはしない、と決めた。理性的に考えておかしいことに加担するのは、私のやることじゃない。


でも起こすのも、無理だった。起こすには何かしら彼の注意を引く必要があって、注意を引くには他の人の注意も引く可能性があって、それは一生かけて避けてきたことだから。


だからノートに戻って、起きることは彼の責任だと決めた。


◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆◇ ◆ ◇ ◆ ◇◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆◆ ◇


八分が経った。


先生の説明は続いてた。私はノートの端に小さいお城のスケッチを描き足しながらメモを取り続けてた。誠は、正直に言えばちょっと感心するくらいの穏やかさで眠り続けていた。


そのとき、消しゴムが落ちた。


ドラマチックじゃなく。小さいものが落ちるときの、あの裏切り者みたいな静けさで机の端から滑り落ちた。拾おうとして、かがんだ。


かがんだちょうどそのとき、上田先生の声が止まるのが聞こえた。


やめて……


机の下で思った。


見てませんように……


「星野くん」


……見てた。


ゆっくり起き上がった。


上田先生が、予想していたものを見つけたときの、驚いてもいない表情でこちらを見ていた。


星野 誠が目を開けた。


ゆっくりと。深く眠っていた人が、自分がどこにいるか、なんで静かなのかを処理しながら目を開ける、あのやり方で。


「星野くん」


先生がもう一度言った。忍耐のふりをしてるだけの、本物じゃない声で。


「せっかくなので、本能寺の変について話してもらえますか」


教室全体が息を止めた。


私も止めた。


星野 誠が上田先生を見た。


ノートを見た。役に立つことは何も書いてない。


天井を二秒見た。


そして話した。


「本能寺の変……」


ドラマチックな声で始めた。明らかに考えながら作り上げてる、そういうドラマチックさで。


「1582年です。織田信長は護衛をほとんど連れずに本能寺で休んでいた。厳密に論理的に考えると、それまでの統一の過程で積み重ねてきた敵の数を考えれば、かなり疑問の残る選択だったとも言えます」


ここまでは、善狐さんが言いそうな感じだった。


「明智光秀が兵を率いて包囲した。信長は降伏する代わりに、自分が生きてきた大きさに見合った死を選んだ」


これはもう、猫子先輩が言いそうだった。


「つまり:日本を変えた人間が、去るなら自分のやり方で去ると決めた。それは、客観的に見て、自分がそれまで何者であったかと完全に一致する唯一の選択だったということです」


沈黙。


上田先生が見た。


実際よりも長く感じる時間、見続けた。


「データは正しい」


ようやく言った。予想外のものを見つけた、でも怒るべきかどうか決めかねている人の声で。


「でも……発表の仕方は間違い。それと授業中に寝ていた」


自信ありげな笑顔を浮かべかけていた誠が、一瞬で青くなった。


「従って」


先生の声が変わって、2-Aが全員わずかに固まった。


「来週までに、日本の封建時代の歴史的な場面を再現したジオラマを、各自提出すること」


教室に広がったのは、本当は言いたいことを言えないときの、あの特有の集団的な不満の空気だった。


ジオラマ……と思った。個人作業で。来週まで。その上に追加で。


頭の中で空き時間を計算したら、結果は全然明るくなかった。


「グループでもいいですか?」


誠だった。


彼を見た。教室が見た。上田先生が、いいことがありそうもない表情で見た。


もう終わりだ……


と思った。誰も聞けなかったことを聞いて、どうせ返事はノーで、しかもさっきより悪いことになるはずで。


上田先生が三秒——体感十秒——見た。


「二、三人のグループで構いません」


先生が言った。


「五分で組んでください」


……


正直、びっくりした。この人、運がいいにもほどがある……。


◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆◇ ◆ ◇ ◆ ◇◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆◆ ◇


誰と組みたいかをすでに知ってる人たちが集まるときの効率の良さで、教室が再編成されていった。私以外の全員が。私は誰と組みたいかを聞かれると、正直な答えは誰とも組まない、で、現実的な答えは、なるべく邪魔させずに作業できる人、になるから。


周りを見た。


グループができていった。乗り気なものも、「一緒に苦しもう」系の妥協したものも。


私はまだ席にいた。


よし、と思った。上田先生に、一人でやらせてほしいと頼もう。小学校からずっとそうしてきた。その方が楽だし、誰かと予定を合わせる必要もないし、自分のやり方を説明しなくていいし——


「ねえ」


右から、低い声がした。


高橋 健二が、決断はしたけどそれが正しかったかまだよくわからない顔で私を見ていた。


上着のポケットに手を入れていた。片方だけ、実は。もう片方は机の端に当てていた。


「一緒にやる?」


見た。


質問を処理した。


私に言ってる?


と最初に思って、でも残っていてグループができてないのが実質私たち二人で、彼は私を直接見てたから、聞くまでもなかった。


なんで私?


が次。


「え、あ」


と言った。答えじゃないけど、出てきたのはそれだった。


健二は待った。急かさずに。ただ待った。


断る理由もないし……と思った。それに……グループ組もうって声をかけてくれた人って、いなかった。いつも自分から一人でやらせてくださいって頼むのは、誰かに声をかけてもらうのを待つよりその方が楽だったから。


「うん」


と言った。


「いいよ」


彼の姿勢が少しだけ緩んだ。彼も、見せてた以上に結果を気にして待ってたんだろうなと思った。


面白いな、と思った。


……


上田先生が最終的な説明をして、フォーマット、使っていい材料、未提出の場合のペナルティを話した後、休み時間のチャイムが鳴って2-Aがいつもの速さで空になっていった。


私はいつも通りゆっくり片付けた。みんなが出るタイミングに合わせて出ると、避けきれない人との接触が増えるので。


廊下に出た。


雨は続いていた。廊下の窓から見えた、全部をちょっと静かにするあのグレーの幕。内側から見ると、正直きれいだと思う。


どこへ行くとも決めずに歩き始めた。休み時間は、自分の居場所がはっきりないなと一番感じる時間で、みんなどこかへ向かってるのに私はいつも、チャイムが鳴るまで静かな角を探して歩いてる。


図書館にしようかな、と思った。図書館はいつもスペースがある。


「花」


健二が隣にいた。


どこから来たのかよくわからない。ただ、同じペースで歩いていた。またポケットに手を入れていた。


「どこか行く?」


「え……図書館、かな」


「じゃあ、プロジェクト進めない?迷惑じゃなければ」


横目で見た。


「今?」


「なんで今じゃだめなの?」


と言った。反論しにくいシンプルな理由で。


「先にやっておいた方が後で楽だし」


頬に何か感じた。多分、誰かに直接見られたら見えると思う。でも、起きてることは「クラブの仲間が図書館で課題を進めようと誘ってる」という至って普通のことで、普通のことだった。


普通だよ、と自分に言い聞かせた。


「うん」


と言った。


「いいよ……」


一緒に廊下を歩いた。


彼は特に何も言わなかった。私も。大抵の人は、それを「何か変なの?」のサインとして受け取る。健二はそう受け取らなかった。


同じ目的地に向かう二人が、それを何か以上にする必要もなく歩いてる、そういう感じだった。


歩きながら、窓の雨粒を見た。


そんなに変でもないのかな、と思った。


あるいは、二人ともおんなじくらい変だから合うのかも。


どっちでもいいか……両方、悪くない答えだと思った。


第28話:完


◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆◇ ◆ ◇ ◆ ◇◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆◆ ◇


【作者より】


みなさんこんにちは、元気ですか?元気だといいですね。ようやくこの小説に戻ってこられました。二週間近く姿を消していたのは、インターネットのない場所に旅行していたから(本当に辛かった)なんですが、おかげでリフレッシュできたし、いろいろ考える時間も取れました。というわけで、35話くらいまでのストーリーがほぼ全部頭の中に出来上がっています。


今回は花の視点から書いてみました。なんか楽しかったです。こんなに遅くなって処刑されないといいんですが……もし気に入ってもらえたら、お気に入り登録で応援してもらえると嬉しいです。それだけです、また次の話でお会いしましょう。(何話かは忘れたので書きませんでした笑)


零時卿 より

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