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第27話: 舞台の上の唯一の馬鹿

幕が完全に上がった。


そして誠は客席を見た。


どのリハーサルでもこんな風に見たことがなかった。リハーサルでは空だったか、評価している者の表情でスクリプトを開いて座っているクラブの部員がいるだけで、待っている者の表情ではなかった。


これは違った。


チケットを買って座って携帯を消して、何かが起きるのを期待してステージを見ている本物の人々だった。


誠は舞台袖の後ろにいた。


最初の入場まで三十秒。


(七十九の確実な台詞)


(四つのだいたい)


(忘れたら、即興する)


(バックステージからシェイクスピアは出てこない)


(たぶん。もし出てきたら墓に送り返してやる、でもどうやって……いや、集中しろ誠)


手首の赤いリボンを見た。


息を吸った。


横隔膜で。


そして最初の一歩をステージに向けて踏み出した……


最初の三十秒が一番つらかった。


正確に言えば悪くいったわけではない。ただ体の全て、全ての筋肉と全ての神経と普段は頼むことなく機能していた彼の全ての部分が、突然、完全には準備できていない指示を待っていた。


声が出た。


最初の台詞と共に。


でもどのリハーサルでもなかった震えと共に出た。


間を置いた、劇的に長く……


長すぎた……過度に……まあ、わかるよね。


満員のオーディトリアムではほとんど聞こえないが完全に存在する、あのざわめきを生み出す種類の間、見ているものが見るはずのものかどうかを観客が疑い始める特有のあの音。


最前列で、善狐は観察していることを処理した。


声の震え。テキストの通常のパラメーターを外れた延長された間。通常よりわずかに硬い姿勢。


それをファイルした。


(正直、予想できたことではある……)


幕の後ろで、ケンジは起こりうる社会的ダメージを計算している者の表情で目を閉じた。


ステージで、猫子はパニックではないがそれに似たものを持った表情で自分の位置から彼を見ていた。


そしてその時、誰も計算していなかったことが起きた。


誠は手首に視線を落とした。


赤いリボン。


息を吸った。


演技のためではなく。自分のために。


そして視線を上げたとき、何かが変わっていた。


技術ではない。姿勢でもない。猫子が何週間もの個人稽古で教えてくれたどれでもない。


ただマコト・ホシノがロミオになろうとするのをやめて、ロミオの台詞を言う誠になり始めたという事実だけが。


それが全く違うものになった。


◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆◇ ◆ ◇ ◆ ◇◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆◆ ◇


二場面目は一場面目より良かった。


完璧ではない。誠は一単語を間違えたが、台本を持っていない観客の誰も気づかなかった。代わりに入れた即興は正確なリズムではないが正しい感情を持っていた。


でも物事の言い方に違うものがあった。


ロミオがジュリエットについて語るとき、誠はその優雅さを自然に見えるまで練習した人間の研究された優雅さで語らなかった。言いたいことがあって正確な言葉はないけれどとにかく試みている人間の特有のぎこちなさで語った。


そしてそれが、技術的には欠点でありながら、研究された優雅さには生み出せないものを生み出した。


観客に見させた。


完璧だからではない。


本物に見えたから。


最前列で、善狐は心の中で数え始めていた。


(十七台詞目:即興……二十台詞目も……)


(二十三台詞目:正確、これは進歩)


(二十九台詞目:意味を保った変奏で即興)


最初の場面全体が過ぎた。


(即興四回。標準的なリズムを外れた間が三回。場面に影響が出る前に修正された最初のわずかに間違った袖からの入場一回……これは惨事だわ)


周りの観客を見た。


誰も即興を見ていなかった。


全員が誠を見ていた。


(でも誰も本当に気にしていないみたい)


◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆◇ ◆ ◇ ◆ ◇◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆◆ ◇


庭の場面は第二幕に来た。


猫子がジュリエットとして初めて台詞と共に登場し、二人のキャラクター間のやり取りがその後に続く全てのトーンを確立する場面だった。


猫子が現れたとき、誠は彼女を見た。


そして猫子は、女優モードで入ろうと計画していた、ついにステージにいる演出家モードで、何をしているかを正確に知っているプロフェッショナルモードで入ろうと計画していたが、この特定の瞬間にはそのモードのどれも使えないことを発見した。


なぜなら誠は台本がなくてステージがなくて観客がなかったときの、ただ彼女を見る時と同じ形で彼女を見ていたから。


ただ見ていた。


何も求めない注意力で。


そして猫子は答えた。


シェイクスピアのテキストでジュリエットがロミオに答えるやり方ではなく。


全ての層が下がったときに猫子が誠に答えるやり方で。


オーディトリアムは技術的な違いに気づかなかった。


でも何かを感じた。


ステージで見ているものが何かの表現ではなく直接その何かであるときに、オーディトリアムが感じる特有のあの何かを。


◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆◇ ◆ ◇ ◆ ◇◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆◆ ◇


バルコニーは第二幕の半ばに来た。


一番長い場面だった。誠の台詞が連続して一番多かった。リハーサルで一番一貫性のない結果を出していた。多くのことが同時にうまくいくことにかかっていたから。


誠はバルコニーの下に位置を取った。


猫子が上に。


照明担当の男子が何日もリハーサルして正確にそうなるよう練習した形で、場面の照明が降りてきた。


オーディトリアムは静かだった。


誠は上を見上げた。


そして始めた。


「"でも待て、あの窓から差し込む光は何だ?"」


テキストが示す以上に長い間が続いた。


でも最初の三十秒の恐怖の間ではなかった。


別の何かだった。


「"あれは東だ"」


また間。


「"そしてジュリエットは……"」


猫子を見た。


女優の表情ではない表情で上から彼を見ていた猫子を。


「"……太陽だ"」


オーディトリアムは息をしなかった。


台詞が完璧だったからではない。誠の最も根本的な特質であるあの過程のない正直さで彼がそれを言った形に何かがあって、シェイクスピアの比喩が比喩でなくなり、シェイクスピアが書いたときにそうなって欲しかったものになったから。


(注:本当に自分でこれを全部書いたのか?)


誰かを見ていて、自分が感じていることを表現するのに十分に大きな自分の言葉がないので、見つけた中で一番大きな言葉を使っている人間の、シンプルな観察。


誠は続けた。


間違った場所での間と共に。


不完全なリズムと共に。


少なくとも二台詞は、覚えていなかった四台詞目がこの場面のものだったので、感情はあるが正確な言葉ではない即興に置き換えられたオリジナルの近似バージョンと共に。


そしてオーディトリアムは動かなかった。


最前列で、善狐は数え続けていた。


(四十二台詞目:即興)


観客を見た。


誰も即興を見ていなかった。


(四十六台詞目:正確だが、テキストが間を示していない場所で2.3秒の間あり)


観客は動き続けなかった。


(五十一台詞目:オリジナルとは異なるイメージで即興だが、感情的な意味を保ち、いくつかの側面では増幅している)


善狐はその最後のことを処理した。


しばらくの間処理した。


(感情的な意味を増幅している)


(誠には、自分がやっていることをやるための技術がない)


(それでもやっている)


ずっと避けていた計算をした。


結果はどのモデルにも合わなかった。


なぜなら技術的な才能の論理によれば、客観的な評価が出すパラメーターによれば、星野誠は失敗しているはずだったから。


四つの近似台詞があった。


標準的なリズムを外れた間があった。


最初に少し間違った袖からの入場があった。


それでもオーディトリアム全体がそのどれも存在しないかのように彼を見続けていた。


(論理は感情から生まれるものを測るのに使えない)


誰かが長い間近くにあって完全には形成されきらなかった結論に至った者の特有の明確さでそれを考えた。


完全に新しい結論ではなかった。八十九年前の新聞紙を持ったある男が、彼女がなぜ変わったかを調べようとして結局、彼女のレモンキャンディは自分のタイムラインよりも興味深いと言ったあの日から構築され続けていたものの確認だった。


論理には限界があった。


そして論理の限界は、正確に星野誠が活動する領域だった。


◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆◇ ◆ ◇ ◆ ◇◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆◆ ◇


三列後ろの右三席に、帽子とマフラーをした人影がステージを見ていた。


朝比奈美羽は照明が消える前に来ていた。


帽子をかぶって。


マフラーをして。


見ることで見られずに済む、それが得ようとしていた情報を得る唯一の方法だったから、見られたくないという特定の意図を持って。


何かを確認しに来ていた。


ステージの誠を見ていた。


誠に答える猫子を見ていた。


バックステージに、舞台袖に、照明と音響と扉のポストに、クラブ全体を見ていた。それをやるように言われたからではなく、機能して欲しいと思っているから自分のパートをやっているそれぞれの人を。


そして理解した。


一度にではない。徐々に、進天学園の中庭でハルカの後ろから振り返らずに出てきた日から積み重なり続けていた証拠の蓄積と共に。


ハルカは負けた。


誰かの方が才能があったからではない。


誰かが人々にそこにいたいと思わせることができたから。


それはハルカの哲学が処理する入口を持っていなかったものだった。才能が価値の唯一の基準というのはこれを生み出さなかった。全ての人のパフォーマンスに対する完全なコントロールはこれを生み出さなかった。


これを生み出したのは別の何かだった。


ハルカが決して理解しなかったもの、そして美羽がマフラーの後ろからステージを見ながら本当に理解し始めているもの。


視線を落とした。


ハルカが脆弱な瞬間に彼女を見つけて、彼女を今の彼女にした仕組みを構築し始めた時から初めて、朝比奈美羽は何を考えればいいかわからなかった。


この瞬間のために使える指示がなかった。


プロトコルもなかった。


ただ彼女だけがいた。


ハルカのものではない思考と共に、一人で。


静かに立ち上がった。


音を立てないよう気をつけながら出口に向かって歩き、出る前に最後の思いが浮かんだ。


(うるさい君、いつかまた会いましょう……)


オーディトリアムの扉が彼女の後ろで閉まった。


◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆◇ ◆ ◇ ◆ ◇◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆◆ ◇


最終幕は、長い時間をかけて構築されてきたものが持つ必然性と共に来た。


誠はステージにいた。予想以上に長い時間全力を出し続けた人間の目に見える疲れと共に、でも続けることの方が止まることより良かったから止まらなかった。


最後の場面たち。


ロミオの最後の台詞。


誠はそれを言った。


いくつかはシェイクスピアが書いた通りに。


他のものは、不完全な記憶と過程のない正直さが台本なしでステージで出会ったときに生み出す変奏と共に。


そして終わりに来た。


最後の台詞、あの祝福された最後の台詞。


そしてそれを言った……


それからどの台本にもなかったことをした。


静止した。


初めて最後に同時に見るかのように、周りのステージを見た。


そしてその一秒に考えた。


(俺……ぶち壊した……)


(四つの近似台詞)


(最初の入場)


(長すぎた間)


(やるべきことは全部即興した、結局全部の台詞を覚えてなかった……少なくとも責任は俺に——)


自分の馬鹿げた考えを終える前に、音が彼をトランスから引き出した。


パチン。


拍手が一つ。


そう、みじめな一つの拍手。


客席のどこかで、沈黙が終わる前に誰かが始めていた。


次に別の人。


次にさらに数人。


そしてオーディトリアムが拍手に爆発した。


全員が同時にではなく、もちろんそれは不可能だが、波のようで、徐々に大きく大きくなっていった……


誠は見た。


今は拍手をしている人々で満ちている、空だと想像していた満員の客席を。


そしてそれをどうしたらいいかを正確にわからなかった。


だから何もしなかった。


ただステージに立っていた。


受け取ると計算していなかったものを受け取りながら。


最前列で、善狐は拍手を始めていた。


素晴らしいものを見た者の熱狂ではなく、何かが反応に値すると認識してその反応を生み出している者の制御された正確さで。


そして。


舞台袖から、クラブの残り全員が出てきた。


猫子が先頭に、もちろん彼女はクラブの部長だったから。


ケンジは二時間ずっと泣くのをこらえていた(絶対に認めないだろうが)人間の特有の表情で、そしてついにそれをやめられる、彼の場合は予告なしにやってきた爆笑として。


花は両手を顔の前に、何もわからない頃からこれを信じていて今やっと正しかったと言える者の、でも声に出さずに済む者の目を輝かせながら。


二週間前に全てキャンセルしようと言っていたがっしりした男子が、完全に二週間前に言ったことと矛盾するエネルギーでステージから観客に拍手をしていた。


そして他の全員。他の全員が。何かを塗った人も、剣を壊した人も、曲がったポスターを貼った人も、チケットを売った人も、ケーブルを調整した人も、自分のパートを覚えた人も。


全員がステージに。


自分たちが構築したものを受け取りながら。


照明担当の人を誰かが抱きしめた。


音響担当の人の背中を別の誰かがたたいた。


ケンジは止まらずに笑い続けた、長すぎる時間積み重なった緊張がついに正しい出口を見つけたときにやってくるあの種類の笑いで。


花は泣いていた。


ドラマなしで。そうしないようにしているがそれよりも大きいものがあるから避けられない者の控えめさで。


誠は全員を見ていた。


同時に多くのことを処理していて、今起きていることには存在することが必要だから処理は待てると決めた者の表情で。


そして何かが左側から彼を打った。


打ったのではない。抱擁だった。


猫子の腕がステージを渡るのにかかった時間に決断をして、まだそれを評価する機会がないうちに実行していた者のエネルギーで彼を包んだ。


誠は一秒間完全に静止した。


正確に抱擁のためではなかった。


その後に続いたことのために。


頬へのキス。


柔らかく。短く。そして関わった二人にとって完全に予期せぬ。


オーディトリアムはまだ拍手をしていた。


猫子は離れた。


そして体がすでに頭が承認していなかったことをしてしまった後に来る特有の遅延で、何をしたかを気づいた。


進天全体の前で。


(ちょっと待って……今私、何をしたの?)


他の状況なら印象的だったはずの速さで赤が頬に来た。


オーディトリアムはまだ拍手をしていた。


誰も止まっていなかった。


ケンジはまだ笑っていた。


花はまだ泣いていた。


がっしりした男子はまだ観客に拍手をしていた。


オーディトリアムのほとんどは何か特定のものに気づくには自分たちの祝賀で忙しすぎた。


一人を除いて。


最前列で、善狐は抱擁を見ていた。


キスを見ていた。


そして拍手をやめていた。


急にではなく、むしろ……本能的に、何か内側のものが止まらせたかのように。


自分の手を見た。


膝の上で静止している手を。


(え?なんで拍手をやめたの?)


問いが来た。修辞的ではなく。ただある事実の観察として。その事実は今のように拍手することが正しい瞬間なのにやめたという、それと合わなかった。


その瞬間、何かを感じた……


新しくはなかった、もう認識できるものだった。


誠が猫子を慰めるために彼女の手を取った中庭の内側で感じたものと同じ。廊下で一緒に歩いているのを見たときに感じたものと同じ。まだ完全には構築していない参照システムが必要だったから未分類のデータとしてファイルしていたものと同じ。


ステージを見た。


誠はまだそこにいた、猫子の抱擁がすでに終わって、何が起きたかをまだ完全には処理していない者の表情で。


善狐は自分の手をもう一度見た。


膝の上に置いた。


そしてそれを上げなかった、むしろ握りしめた……


◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆◇ ◆ ◇ ◆ ◇◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆◆ ◇


祝賀は学校のスタッフがオーディトリアムを空にする必要があると示唆するまで続いた。


クラブの部員たちは最後に残った。


どこかに行く場所がないからではなく。あの夜のあのオーディトリアムには、誰もまだ離れたくない何かがあったから。


ケンジと花は、誰かがどこかから持ってきたジュースのグラスを持ってステージの端に座り、一緒に何かをしてまだそれをしたことを処理している人々のエネルギーで作品について話していた。


がっしりした男子は誰に頼まれてもいないのに衣装を片付けるのを手伝っていた。


一年生の部員たちは、できないと思っていたことができると発見した人々の特有の騒々しさで舞台袖で祝っていた。


そして誠。


誠は空のステージの中央にいた。


オーディトリアムを見ていた。


また空の客席を。


周りの祝賀の音。


(まあ、うまくいったのかな……もうアニメ見たいわ、くそ……)


それから手首の赤いリボンを見た。


(まあ……最高じゃなくても、誰かの人生を変えられるかもな)


物悲しげに考えた……でもこれは平凡な人生の一般的な反省ではないから、即座に撤回した。


(何を言ってるんだ?今まで自分の脳を通った中で一番恥ずかしいことだ、あの典型的なアニメの主人公みたいだ、タイミングよく陳腐なことを言う)


両膝をついて倒れ込み、自分を無言で呪った。


(アニメを見てない……怪物になってしまった)


そして馬鹿げたことで床の上でもがいた……


◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆◇ ◆ ◇ ◆ ◇◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆◆ ◇


善狐は直接家に帰らなかった。


待つことが仕事の一部だと学んだ者の時間通りの正確さで、運転手が学校の入口で待っていた。善狐は少し待っていてと言って北棟に向かって歩いた。


ディベート部の部室は空で暗かった。


机のライトだけをつけた。


座った。


そして長い間で初めて、タブレットを開かなかった。


ただ座った。


周りのクラブの静けさと、遠くのオーディトリアムの祝賀の音が、同じ建物にありながら別の世界のものとして届いてくる中で。


考えた。


前の数ヶ月について。どうやって全てが始まったか、分類できず、どのシステムにも合わず、自分の人生で見つけた最も予測不可能な変数であることが判明した男と共に。


ハルカについて考えた。純粋な論理の限界について学んだことを。猫子と彼女の回復について。演劇部の再建について。あの日の診察室で残していった悪寒を今もまだ感じている、Mari星野について。


頬へのキスについて。


拍手をやめた自分の手について。


まだ答えのない問いについて。


それら全てが彼女を苛立たせ、やや不満気に机の引き出しを開けた。


スケジュールのために使っているカレンダーを取り出した。


ページをめくった。


そして数週間前に短いメモと共に印をつけた日付を見つけた。


進天の遠足。


三日間、森のキャンプ、二年生全員必須のイベント。


つまり誠が参加する。


つまり彼女が参加する。


つまり猫子が参加する。


善狐はしばらくの間その日付を見た。


(まだ分類できていない変数がある)


一秒が過ぎた。


(そしてそれがある限り……)


もう一秒。


(私のシステムは不完全なまま)


カレンダーを閉じた。


引き出しにしまった。


そして目の前の空の机を、何かの結論に達したがそれをどうすればいいかまだ完全にはわからない者の特有の表情で見た。


(観察し続けるしかないかな)


立ち上がった。


ライトを消した。


そして進天学園の暗い廊下に向かってディベート部の部室を出た。演劇部の祝賀の遠い音が別の世界のものとしてもう一方の端から届いていたが、どういうわけかまだ善狐が完全には計算し終わっていない形で、彼女のものでもあった。


第27話:完


◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆◇ ◆ ◇ ◆ ◇◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆◆ ◇


【作者より】


やあやあ、みなさんこんにちは、元気ですか?元気だといいですね。さて、この作品の第27話をお届けしました。


正直、この話には複雑な気持ちがあります。まず言っておくと、演劇部に関係する話はとりあえずここで一区切りです。次の展開を見てもらえればわかる通り、これからは登場人物たちが森へ向かうことになります。更新が遅れてしまってごめんなさい、休暇を満喫していました。それと、スパイダーマン:ブランド・ニュー・デイ、めちゃくちゃ良かったです。今まで使ったお金の中で一番の当たりでした。


とりあえず今日はこの辺にしておきます。ちなみに最近いろいろと見直していたら、他にもたくさんアイデアが浮かんできまして、なんと4作品分も。少なく聞こえるかもしれませんが、実際はかなり大変な量です。どうするかはおいおい考えます。


あと、この作品にはかつて書いた小説のキャラクターを登場させる予定があります。その作品というのが『傷跡が教えてくれた愛』です。興味があればぜひ読んでみてください。悲しみと愛が詰まった物語ですよ。


それでは、また更新できるときに第28話を上げます(またしばらく姿を消さなければいいんですが)。


またお会いしましょう、第28話で。


零時卿 でした。

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