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第21話:ロミオのいないジュリエット


あれから二日が経った。


西園寺遥の心理的恐怖の支配が、学園の中庭で崩壊してから二日。完璧なシステムが壊れ、騒がしくも混沌とした「日常」が新天学園に再び戻ってきてから二日。


星野誠は片方の肩に鞄をかけ、彼にしては「そこそこ」きちんとした制服姿で学園の門をくぐった。いつものようにボタンを三つ掛け違えるのではなく、一つだけの掛け違えで済んでいるという意味においてだが。


メインの廊下はいつもの喧騒に包まれていた。生徒たち。飛び交う鞄。遅刻しそうになってどこかへ走っていく誰か。その時間帯はまだ準備中だが、最終的な味よりも確実に良い匂いだけは漂わせているカフェテリア特有の香り。


誠は、何か困難なことを乗り越え、向こう側へと辿り着いた者特有の静かな満足感とともに、そのすべてを吸収していた。以前は持っていなかったほどの強烈さで、平凡な物事の尊さを噛み締めている。


(よし、今日は月曜日だ。すべてが普通に見える。誰も俺を追いかけてこない。溶けるアイスもない。暗い中庭での心理戦もなければ、俺を殺そうとするイカれた奴もいない)


(すべて順調だ……多分)


彼は二階へと階段を上りながら、そんなことを考えていた。


ディベート部の部室のドアは半開きになっていた。それはつまり、すでに誰かが中にいるということであり、狐乃香がすでにそこにいるということであり、宇宙が誠にとって心地よい一貫性をもって機能し続けているということを意味していた。


彼はドアの前に立ち、二回ノックした。


「どうぞ」


誠は中に入った。


狐乃香はいつもの定位置にいた。ホワイトボードの前に立ち、片手にペンを持ち、机の上にタブレットを置いている。周囲の世界のすべてが単なる背景に思えるほどの集中力で、何かを確認していた。


誠が入ってくると、彼女は顔を上げた。


正確に二秒間、彼を見つめる。


「おはよう、星野くん。時刻は8時3分よ」


「おはよう、ボス」


それを聞いた狐乃香は、わずかに眉をひそめた。


「私はあなたのボスじゃないわ」


冷たく言い放たれたその言葉に、誠はビクッとして、慌てて両手を振って防御の姿勢をとった。


「そ、その通りです。じゃ、じゃあ……狐乃香さん、と呼ぶのはどうかな」


「その方がいいわね」


誠はホッと息をつき、重要な供物を捧げるような厳粛さで机に近づき、あるものを置いた。


レモン飴だ。


狐乃香はそれを見た。


「下の売店で買ってきたんだ」と誠が言う。「いつものやつ」


狐乃香は一秒間、何も言わなかった。


そして、それを手に取った。


何も言わずに、ブレザーのポケットにしまった。


狐乃香の沈黙の読み方をすっかり学習していた誠は、それがまさに「あるべき反応」であることを理解し、嬉しくなった。


「今日は何か予定があるの?」

ホワイトボードに向き直りながら、狐乃香が尋ねた。


「まだ分からないな。正直に言うと、まだちょっと変な感じがしててさ……」

誠は素直に答えた。

「放課後、演劇部に行ってみるつもりなんだ」


「そう……団蔵さんはどう?」


その質問はいつものトーンだった。ニュートラル。だが、それも読めるようになっていた誠には、その奥にあるものが聞こえていた。


「元気だと思う。いや、元気になろうと頑張ってる、かな」


狐乃香は振り返らずに、一度だけ頷いた。


「分かったわ。何か必要なことがあったら知らせて」


それは、事務的なデータ報告のように聞こえて、実はまったく事務的ではない彼女なりの「手助けの申し出」だった。


「ああ、そうさせてもらうよ」

誠は瞳に小さな輝きを宿してそう言い、鞄を手に取った。


「じゃあまた放課後に、ボス」


「だから、私はあなたの――」


しかし、彼はすでに部室を出ていた。

狐乃香は閉まったドアを一秒間見つめた。

タブレットの上で、指を一度だけトントンと叩く。

そして、ホワイトボードに向き直った。


(……あの馬鹿)


◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆◇ ◆ ◇ ◆ ◇◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆◆ ◇


午前8時31分。演劇部部室。


ドアを開けた瞬間、誠はその変化にすぐさま気がついた。


あの重苦しい空気、息をするタイミングさえ計らなければならないような息苦しいプレッシャーは消え去っていた。ほんの数日前まで、感情を持たない自動化ロボットの組み立てラインのように動いていた部員たちは、今や部室のあちこちに散らばっていた。互いに言葉を交わし合っている。少し緊張した様子で笑っている者もいる。小道具について議論している者もいる。彼らは、再び「生きて」いた。


側面の鏡の前に立ち、誰に指示されたわけでもないジェスチャーを一人で練習し、ただ試行錯誤している女子部員。

後方の席に座り、何が重要なのかを自分で決断するような集中力で台本を読み、赤いマーカーで線を引いている別の部員。


(へえ……やっと、また人間に戻ったみたいだな)


誠は鞄を肩にかけたまま中央通路で立ち止まり、そう思った。


(遥は彼らを自動化されたロボットに変えちまったけど、今は少しずつ人間に戻ろうとしてる)


胸の奥に、安堵とは少し違うが、それによく似た感情が湧き上がるのを感じた。


(おっと、そうだ。真美子さんを探さなきゃ。あの中にはいないみたいだし)


そうして、彼は深く考えずに演劇部の部室内を歩き回り始めた……。


◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆◇ ◆ ◇ ◆ ◇◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆◆ ◇


彼女は脇の楽屋にいた。


ドアは半開きで、廊下から誠には彼女の横顔が見えた。大きな鏡の前に腕を組んで立ち、鏡の中の自分と対話しているような、しかもその対話があまり上手くいっていないような表情を浮かべている。


誠は一秒ほど観察した。


(え??? 何やってんだ、あれ?)


誠は不思議そうに、ほとんど子供のような好奇心で彼女を見つめた。


(声かけるべきか? それとも待つ?)

(もし待つとしたら、変な空気になるまでどのくらいが適切なタイムリミットだ?)

(というか、もうすでに変な空気になってないか?)


おそらくすでに変な空気になっているし、これ以上変になる前に動くのが正解だ、と彼は結論づけた。


「よっ、真美子さん! 何し――」


その直後に起こった出来事を、誠の脳は数秒後まで処理できなかった。


真美子が激しくビクッと飛び上がった。背後にいるのが誰かという情報が目に届くよりも早く、彼女の生存本能(あるいは隠された忍者の反射神経)が作動したのだ。彼女は踵を返し、全身の遠心力を乗せた防御のビンタを放った。


バァァァン!!


人間の頬から鳴るべきではない、異常なほど大きな音が響き渡った。


誠は、その朝の予定には全くなかった「楽屋の天井を見上げる」という視点にたどり着くまで、何が起こったのか理解できなかった。


沈黙……。


「ひぃぃぃぃ!!」

自分がしでかしたことに気づいた真美子が、恐怖の悲鳴を上げた。


「ま、誠っ!? あなたなの!? 生きてる!? ごめんなさい、ごめんなさいっ!」


誠は床から、プルプルと震える親指を立てた。


「た、多分……生きてる……」


◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆◇ ◆ ◇ ◆ ◇◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆◆ ◇


数分後。


「これでよし、と。本当に、ごめんなさい……」

真美子はそう呟きながら、誠の左頬に巨大な長方形の絆創膏をそっと押し当てた。彼女の顔は羞恥で真っ赤になっていた。


「問題ないよ、真美子さん。マジで。なんであんなに驚いたのかはよく分からないけど」


「本当にごめんなさい、あなただとは分からなくて、てっきり――」


「てっきり、誰だと思ったの?」


「ストーカーかと……」


誠はその言葉を数秒かけて処理した。


「朝の8時に、演劇部の楽屋にストーカーが出るのか?」


「分かんないわよ! だからあんなふうに反応しちゃったんだし!」


誠は疲れたようにため息をついた。


「まあ、もういいけどさ……」


真美子はビンタしてしまったことをまだ悔やんでいるのか、うつむいてしまった。


「ごめんなさい……」と、彼女はまだ顔を上げずに言った。


「それはもう聞いたよ」


「本気で言ってるの」


「本気なのは分かってるって。多分あと三日は消えないだろう跡が顔に残ってるしな」


真美子はついに顔を上げた。

それは誠も知るようになった、一切の仮面を被っていない、完全に『彼女自身』の表情だった。


「本当に大丈夫?」


「本当に大丈夫だって」


少しの間。


「ただ、一つ気になってることがあるんだけど」


「何?」


「どうやったらあんな一撃が打てるんだ?」


真美子は瞬きをした。


「え?」


「あのビンタだよ。素人の一撃じゃないだろ、あれ。何かやってる人の打撃だ。格闘技か何かやってたの?」


真美子は一秒間、彼を見つめた。

そして、羞恥と、もう少し言葉にしにくい何かを混ぜ合わせたような表情で目を逸らした。


「……父が、護身術を習えってうるさくて」


「お父さんが?」


「映画プロデューサーなの。女優は自分の身を守る術を知っておくべきだ、って言ってて」


誠はそれを処理した。


「まあ、論理的な観点から見れば、理論上は上手くいったわけだ」


真美子は恥ずかしさで真っ赤になった。


「でも、父が想定してたシチュエーションとは絶対違うわよ!」


「結果は同じだよ」


真美子は彼を見た。

そして、この五分間ほど罪悪感と羞恥心に満ちていた彼女の表情が、少しだけ和らいだ。誰かが事態のドラマチックな重みを意図的に取り払ってくれた時に見せる、あの安堵の表情だった。


「そういえば、真美子さんは鏡の前で何をしてたんだ?」

誠は尋ねた。彼が誠だからであり、楽屋に着いた時からその疑問は存在していて、それを尋ねない理由が特になかったからだ。


真美子は救急箱を片付けた。

すぐには答えなかった。


「他の部員たち、始めるのを待ってるよ」

誠は付け加えた。


「分かってるわ」


「それなら……」


「分かってるのよ、星野くん」

それは見下すような「分かってる」ではなく、頭の中に抱えきれないほどの物事があって、そのうちの一つをようやく認めたような「分かってる」の声だった。


誠は待った。

真美子は鏡を見た。


「どう受け止めたらいいのか、分からないの」

台詞を暗唱する時ではなく、彼女が本音を口にする時のあの声で、ついにそうこぼした。


「何について?」


「この、すべてについてよ」

彼女は楽屋、講堂、そして演劇部全体を包み込むような身振りをした。


「遥がいた時、私は自律性を失っていた。みんな失っていたわ。でも、向かうべき場所はあった。押し付けられたものだったとしても。たとえそれが苦痛だったとしても、方向だけは決まっていたの」


誠は口を挟まずに聞いていた。


「今は、みんな再び自律性を取り戻した。そして、全員が私を見てる。私がこの部の部長だから。私が向かうべき方向を知っているはずだから」


少しの間。


「でも、私にはそれがない」

彼女はそれをドラマチックにではなく、淡々と口にした。ずっと声に出すのを避けてきた事実を、ようやく口にできたことで、問題自体は小さくならなかったが、少しだけ扱いやすくなったような、そんな響きだった。


誠は彼女を見た。

そして、彼が特定の物事に対して発揮する、思考プロセスをすっ飛ばしたあの確信をもって理解した。これは即座に解決策を提示すべき問題ではなく、まずは誰かが聞いてあげるべき問題なのだと。

だから、彼は聞いた。

真美子が話し終えるまで。


それにはもう少し時間がかかった。なぜなら、語るべきことはまだあったからだ。指示を待って自分を見つめる部員たちと、どんな指示を出せばいいのか分からない自分のこと。遥が来る前の演劇部がいかに違っていたか、そして時間が経ちすぎて、以前がどんな風だったのか正確には思い出せないこと。失ったものを取り戻したはずなのに、それが失う前と全く同じものではないことに感じる奇妙な違和感について。


誠はそのすべてに耳を傾けた。

そして、言った。


「いやはや……遥のヤツ、とんでもないダメージを残していったな」


「ええ」


「でも……あいつはもういない」


「分かってるわ」


「演劇部はまだここにある。そして、真美子さんもここにいる」


真美子は彼を見た。


「それじゃあ、私がどの方向に進めばいいか分からないって問題の解決にはならないわ」


「うーん……まあ、嘘をついても仕方ないし、確かにその通りだ」

誠は認めた。


「でも、それを見つけるための『時間』はあるってことだろ」


少しの間。


「俺も一緒に考えるのを手伝う――」


「時間なんてないのよ」

切羽詰まったその声に、誠は言葉を途中で飲み込み、口をぽかんと開けた。


「……何のための時間が?」


真美子は呆れと、それに混じった別の何かが入り混じった表情で彼を見た。


「あなた、完全に忘れてるの?」


「何を?」


「劇よ」


誠は瞬きをした。


「何の劇?」


「『ロミオとジュリエット』よ、星野くん。演劇部が新天学園の大講堂で発表しなきゃいけない劇。私たちが何週間もかけて準備してきたもの。遥のせいで全部がめちゃくちゃになる前に、あなた自身も練習させられてたでしょ」


誠はそれを処理した。


(ロミオとジュリエット……)


そして誠は思い出した。真美子に無理やりロミオの練習をさせられた数々の瞬間を。狐乃香と真美子から情報を詰め込まれすぎて混乱し、演劇の練習中にうっかり論理学について語ってしまったあの時のことまで……。


「あっ……! 思い出した!」


と、誠は言った。


「ええ」

と、真美子が言った。


「……あ」


「それ、さっきも聞いたわ……」


「ちょっと待って、今これ全部脳内で処理してるところだから」


真美子は、この特定の人物の処理時間にすっかり慣れきった者特有の忍耐強さで彼を見つめた。


「もう、ロミオ役の当てはあるのか?」

彼のシステムが情報のアップデートを完了したところで、誠が尋ねた。


真美子は溜め込んでいた息を吐き出した。


「遥がやる予定だったのよ」


「あー」


「そして今は誰もいないわ。部員の誰もやりたがらないから。できないわけじゃないの、遥が稽古でハードルを上げすぎたせいで、みんな自分の実力が届かないんじゃないかって怖がってるのよ」


誠はそれを処理した。


(ハードルが高い、か。そりゃ問題だな……劇は数日後に講堂であるんだろ……真美子さんがジュリエットで、前は俺がロミオの練習をしてて……)


誠は真美子を見た。

真美子も彼を見た。


そして楽屋の静寂の中、二人はまったく異なる角度から同じ結論へと達した。


真美子は、自分が抱える問題と目の前にいる人物のこと、そしてこの男が以前そのシーンを稽古していたという事実を考え、それなら技術的には彼が……という結論に至った。


誠は、自分の問題と、自分がすでにそのシーンを稽古したことがあるから技術的には……いや、でも今は状況が違うし、前は真美子さんに都合のいい道具として使われてたけど今はそうじゃない、もし今やるなら全く別の理由になるし……と考えていた。


二人は同じ結論に達した。

しかし二人とも、同時に、それをまだ口には出さないことに決めた。


誠は立ち上がった。

そして真美子に手を差し伸べた。


「心配しないで」

誠は宣言した。頬の大きな絆創膏のせいでシリアスさは少し削がれていたが、その分、お馬鹿なヒーローらしさが10ポイントほど加算されていた。


「俺が真美子さんに釣り合う最高のロミオを絶対に見つけてみせるよ! そんで、この劇を大成功させよう!」

それをどうやって果たすかという計画など微塵もない時の、あの不条理なほど大真面目なトーンで彼は言った。


真美子は瞬きをした。彼女の視線は、目の前にいる少年の、決意に満ち、無垢で、理不尽なほど強情な顔をなぞった。そして、わずか二日前にようやく鼓動の打ち方を知ったばかりの彼女の心臓が、激しく跳ね上がった。


彼女はその手を見つめた。


(この男の子は)

(本当に救いようのない馬鹿で、本当に強情で、本当に……)


彼女の心臓がまた「例のあれ」を起こした。金曜日の中庭で自覚したあの高鳴りが、それ以来、最も不適切な瞬間に限って現れるのだ。


彼女はその手を取った。


そして、自分がどこに向かっているのか正確には分かっていないものの、どこへ行くかよりも「誰と行くか」の方が重要だと決めた者特有の感覚とともに、ステージへと導かれていった。


(どうして、こんなに優しくできるの?)

答えのない問いを思い浮かべる。

(どうして、意識すらしていないのに、こんなに絶対的に、バカバカしいほど優しくできるの?)


彼女の顔に小さな微笑みが浮かんだ。


(彼は……間違いなく、私の白馬の王子様ね)

真美子はそう思いながら、さらに大きな笑みをこぼした。


誰かに見られる前に、いつもの表情の裏にその笑顔を隠す。


しかし、それは確かにそこにあった。


◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆◇ ◆ ◇ ◆ ◇◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆◆ ◇


ステージの中央は、古いステージ特有のあの独特な音響効果を持っていた。そこでは音が、すべての物事を実際よりも少しだけ重要に聞こえさせるような反射の仕方をするのだ。


誠は真美子の手を放し、部員たちの方へ向き直った。部員たちは、何が起こっているのか正確には分からないものの、確実に「何か」が起こっていることだけは察知した者特有の期待感を抱きながら、ステージの周りに徐々に集まってきていた。


(よし、そんなに難しくないはずだ……だろ?)


「みんな、聞いてくれ!」


十二対の視線が彼に向けられた。

誠は正確に一秒間だけその重みを感じたが、無視することに決めた。


「今、みんなが変な状況に置かれてるのは分かってる。劇の日は迫ってるのにロミオ役がいなくて、遥が残したハードルが怖くてたまらないってことも」


沈黙。


「でも、俺がロミオを見つけてくる。いい奴を。みんなが必要としてるレベルに見合う奴をな」


部員の一人――いつもドアの前に立ち塞がっているあの体格のいい男子が、根拠のない希望を抱く暇などないという率直な懐疑心とともに手を挙げた。


「演技ができる知り合いでもいるのか?」


誠は顔を青ざめさせたが、すぐに気を取り直した。


「それについては現在進行形で対応中だ、我が友よ」


「それはイエスって意味じゃないな、どちらかというと――」


誠は彼に最後まで言わせなかった。


「『現在手配中』ってことだ、いいな?」


その男子は、答えを記録し「懸念事項だが対処可能」というフォルダに分類したような表情で手を下ろした。


別の部員――小道具を整理していた一年生の小柄な女子が、真美子を見た。


「真美子様は、それを信じるんですか?」


すべての視線が真美子に向けられた。

真美子はその視線の重みを感じた。全員が確認を求めてくる人物であることの重み。自分自身でさえ完全には信じ切れていないことを言わなければならない重み。しかし、自分が言わなければ誰も言わないからこそ、とにかく口にする必要があった。


彼女は息を吸った。


「星野くんを信じて」

内心よりもずっと力強い声で、彼女は言った。


「私の知る限り、彼は一番の頑固者よ。ロミオを見つけると約束したなら、草の根を分けてでも見つけ出すはずだわ」


少しの間。


「そしてその間、私たちは彼抜きでできる限りの練習をするわよ。まだ手元にない不確定要素のせいで、私たちのペースを崩すわけにはいかないわ」


沈黙。

その後、徐々に、部員たちはそれぞれの持ち場へと動き始めた。


以前のような機械的な動きではない。もっと生き生きとした何かを持って。


誠は真美子を見た。

真美子も彼を見た。


そして誠は、彼女がいつもの表情を取り繕うほんの一瞬前に、知っているものを目にした。


本物の緊張。

他の部員たちに悟られないよう、自信のベールで隠されたそれ。


彼は、今はその時ではないから声には出さず、心の中で思った。


(俺が……見つけてみせるよ……約束する、真美子さん……)


◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆◇ ◆ ◇ ◆ ◇◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆◆ ◇


夕暮れが新天学園の廊下をオレンジ色に染めていた。


誠は足を引きずって歩いていた。授業、演劇部でのドラマ、叫び声、稽古……そのすべてが彼の精神力をすり減らしていた。数週間前のように倒れる寸前というわけではなかったが、彼の体力ゲージは赤く点滅していた。


そして何よりも最悪なのは、己の愚かさに対する気付きが、今まさに彼を打ちのめしたことだった。


(俺は馬鹿だ。完全な大馬鹿野郎だ。新しいロミオを連れてくるなんてあんなに自信満々に言ったくせに……この学校で演技ができる奴なんて一人も知らないじゃないか!)


目を閉じたまま歩き、自己嫌悪に浸りながらどうやってこの問題を解決するかを考えていたその時……。


ゴツッ。


今度はビンタではなかった。


今回は、目を閉じていたせいでそこにあると計算していなかった「壁」という存在に対して、彼の鼻が激突したのだ。


誠は二歩後ずさりした。今度は目を限界まで見開き、鼻はかなりの勢いで抗議の痛みを訴えている。


彼は壁を見た。


壁は、存在するがゆえの結果に対する壁特有の無関心さで、彼を見返していた。


「マジかよ?? このお節介なクソ壁め、お前の妨害なんて受けないからな」


誠は壁に向かってそう言った。


壁は答えなかった。


誠は、彼自身の頭の中でしか通用しない理由により、壁に蹴りを入れた。


ガンッ!


「ギャアァァァァァッ!!!」


誠は膝から崩れ落ち、右足を押さえながら、裏切りの涙をその目に浮かべた。


そして、誰もいない廊下の真ん中で、ズキズキと痛む哀れな足をさすっていたその時。彼の頭の中で豆電球がピコンと点灯した。マキャベリも顔負けのアイデア。彼のお気に入りの漫画家たちのロジックからそのまま引き抜いてきたような、天才的としか思えないほど馬鹿馬鹿しい計画。


徐々にではない。一歩ずつ構築された結論としてでもない。突然、物理的な痛みを処理するのに忙しくて脳が警戒を解いている時にしか起こらない、あの特有のクリアさで閃いたのだ。


(これだ! 誰に助けを求めればいいか分かった!)


(狐乃香が俺の解決策だ!)


しかし、その後彼は考え込んだ。


(いや、それは狂気だ)


(でも、もし……)


(ダメだ。絶対に狂気だ)


(だが、よく考えてみれば……)


(やっぱり狂気だ)


(でも、今選べる狂気はこれしかない……)


誠は壁から離れた。


学園の本棟の方を見た。


それから出口の方を見た。


そして再び本棟の方を見た。


(狐乃香に殺される)


彼はほとんど敗北したような気分でそう思った。


(でも、まずは頼んでみるんだ)


彼はきびすを返し、本棟へ向かって歩き始めた。その足取りは、もし右足をまだ少し引きずっていなかったなら「断固たる歩み」に見えたはずだ。足を引きずっているせいで彼の決断は少しばかり滑稽に見えたが、その決断が本物であることに変わりはなかった。


◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆◇ ◆ ◇ ◆ ◇◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆◆ ◇


ディベート部。午後5時12分。


その時間、部室は一人の人物を除いて空っぽだった。そこにいる必要がある唯一の人物を除いて。


狐乃香善子はタブレットを開き、画面の上で指を走らせていた。現在進行形で何かに取り組んでおり、当分それをやめる予定がない者特有の集中力で。


ドアが開いた。


狐乃香はすぐには顔を上げなかった。部員たちが忘れ物を取りに戻ってくることは時々あるからだ。


だが、足音の響きが違った。


不規則。わずかに非対称。特定の足にいつもより注意を払いながら歩いているような音。


彼女は顔を上げた。


星野誠がドアの前に立っていた。肩に鞄をかけ、髪は少し乱れ、そして今朝は間違いなく存在しなかった絆創膏を左頬に貼っている。


狐乃香は彼を見た。


絆創膏を見た。


再び彼を見た。


「星野くん」


「狐乃香さん」


「どうして顔に絆創膏なんて貼ってるの?」


「あ、これ……」

誠は視線をそらしながら、神経質に笑った。

「転んだんだ」


狐乃香はそれを正確に二秒間処理した。


「嘘ね」


誠は瞬きした。


「え?」


「もし顔から転んだのなら、複数の接触点に擦り傷ができるはずよ。絆創膏は左頬の一箇所にしか貼られていない。それは前方または側方への標準的な転倒とは矛盾しているわ」


少しの間。


「さらに、あなたは右足をいつもより庇いながら歩いている。これは最初とは無関係な第二のインシデントがあったことを示唆している」


もう少しの間。


「そして、普段ならもう家にいるはずの午後5時12分にここへ来た。つまり、何かがあなたの通常の軌道を変えたということよ」


狐乃香はタブレットを閉じた。


彼を真っ直ぐに見据える。


「私に嘘をつこうとしているの?」


誠は青ざめた。冷や汗が背中を伝う。一瞬、魂が肉体を抜け出していくのを感じた。


「ち、違う、違うって! きゅ、休戦! 休戦!」

誠は取り乱して叫び、まるで魔法の呪文を打ち消そうとするかのように胸の前で必死に両手を振った。


「う、嘘をつこうとしたわけじゃないし、君の時間を無駄にするつもりもない。ちょっと提案があって来たんだ」


狐乃香は彼を見た。


その目がわずかに細められた。


そして、いつもの中立的な表情の奥のどこかに、誠が「本物の好奇心」だと認識するようになった何かが宿った。


「具体的に何を提案するつもり?」


誠は口を開いた。


閉じた。


もう一度開いた。


(よし誠。ここで言うんだ。自信を持て。確信を込めて。世界で一番理にかなったアイデアであるかのように)


(俺ならできる)


(俺は自分の人生アニメの主人公なんだから)


だが、すぐにこう考え直した。


(主人公はここでひるんだりしない。ちっ、どうにでもなれ!)


「きょ、協力の提案だ」

震える声で、ようやくそう口にした。


「どんな種類の?」


「答える前に、最後まで話を聞く必要がある種類のやつ」


狐乃香は一秒間彼を見た。


「それは約束できないわね」


「狐乃香さん」


「聞くに値する合理的な内容なら聞くし、それに応じて評価するわ」


これが彼女から引き出せる最善の譲歩だろう、と誠は判断した。


息を吸う。


そして、この学年度で思いついた中で最大級に馬鹿げた提案を口にする覚悟を決めた……。


第21話:完


◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆◇ ◆ ◇ ◆ ◇◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆◆ ◇


皆さん、こんにちはー!お元気ですか?元気だと嬉しいです。

私は今、すごくハッピーです。理由は自分でも分からないんですが、とにかくご機嫌なんです。


約1週間も更新を止めてしまってごめんなさい。この先どう展開させるべきか、色々と計画を練っていたんです。

でも心配しないでください!第24章か25章あたりまでの展開はもう見えていますし、色んなアイデアもまとまってきています。

なので、今週は本格的に作業に取り掛かって、皆さんに満足してもらえるようにどんどん書いていきますね!


もしこの章を気に入っていただけたら、お気に入り登録で応援してもらえると嬉しいです。それから、コメントについては……まあ物理的にコメント不可能な状態なので無理なんですが(笑)、応援してくださるだけでもう最高に幸せです。


それでは、今回はこれで。読んでいただきありがとうございました!次回の更新も楽しみにしていてくださいね。


零時卿 より

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