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追放された魔術修復士ですが、呪われた辺境公爵に“契約妻”として拾われたら、なぜか国中の壊れた運命が直り始めました  作者:


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9/13

第9話「追放の証拠が、暴かれる」

※更新ペース変更のお知らせ※

いつも本作をお読みいただきありがとうございます。

アルファポリスで公開済みだったストックが残り少なくなってきたため、今後はこれまでの「1日3話更新」から「1日1~2話更新」へ変更いたします。

毎日更新自体は継続予定ですので、これからも気長にお付き合いいただければ幸いです。

引き続きよろしくお願いいたします

 手紙が届いたのは、タイスの侵入から三日後だった。

 マーゴが朝食のトレイと一緒に持ってきた封筒を、リシェルは不思議そうに受け取った。

 差出人の名前を見て、少し目を見開いた。

 グレイン。

 王都魔術師団の、あの若い術士だ。

「……何が書いてあるんだろう」

 封を切って、中の紙を広げた。

 文字は少なかった。

『リシェル・フォーン氏の追放に関する、新たな証拠が出ました。詳細は直接お伝えしたい。可能であれば、近日中にお時間をいただけますか。 グレイン』

 リシェルはその一文を、三回読んだ。

 新たな証拠。

 何が出たのか。

 胸の奥で、何かがざわついた。

 ◆

 朝食の後、書斎に向かった。

 ディルヴァルトは既に執務机の前にいた。


 タイスの件の後処理が続いているらしく、ここ三日は書類仕事が多かった。

「おはようございます」

「ああ」

 リシェルは手紙を差し出した。

「グレインから来ました」

 ディルヴァルトが手紙を受け取り、目を通した。

 表情は変わらない。


 でも、読み終えてから少しだけ間があった。

「……来させる」

「ここに、ですか?」

「王都で会うのは危険だ。ここなら俺が管理できる」

「でも、グレインさんが応じてくれますかね」

「応じる」

「なぜそう思うんですか」

「あの男は、味方になりたがっている」

 ディルヴァルトが手紙をリシェルに返した。

「証拠を持ってわざわざ伝えに来ようとするのは、そういうことだ。王都で会いたいと書かなかったのも、気遣いだろう」

「なるほど」

「返事を出せ。ここへ来い、と」

「わかりました」

 リシェルはペンを借りて、その場で返事を書いた。

 書きながら、ふと気になったことを聞いた。

「タイスは、今どこにいるんですか」

「領内の牢だ。王都に引き渡すかどうか、検討している」

「王都に引き渡したら、アンセルに握り潰されませんか」

「そうならないよう、手を回す。ちょうどいい伝手がある」

「どんな伝手ですか?」

「第二王子だ」

 リシェルが顔を上げた。

「第二王子?」

「第一王子はアンセルと近い。だが第二王子は、別の立場をとっている」

「そんな構図があったんですね、王都に」

「王都の権力争いは、辺境の魔獣より厄介だ」

 ディルヴァルトが、淡々と言った。

「魔獣は正面から来る。人間は、どこから来るかわからない」

 リシェルは封筒に返事を入れながら、その言葉を噛み締めた。

(正面から来るほうが、まだわかりやすい)

 六年間の工房生活で、それは骨身に染みていた。

「……ディルヴァルト」

「何だ」

「第二王子と、どんな関係なんですか?」

「昔、一度だけ助けたことがある」

「助けた?」

「魔術的な事故に巻き込まれそうになったのを、封印術式で止めた。それだけだ」

「それだけ、とはまた謙遜を」

「事実だ」

「命を救ったんじゃないですか」

 ディルヴァルトが視線を逸らした。

「……大げさな話ではない」

「大げさじゃないです。でもそういうこと、ちゃんと覚えていてくれる人がいるんですね」

「義理堅い性質らしい」

「よかった。味方が王都にもいるなら、心強いです」

 リシェルが立ち上がると、ディルヴァルトがふと言った。

「頬の傷は」

「ほぼ消えました。薬が効いてます」

「そうか」

「良い薬でした。どこで手に入れたんですか?」

「城の薬師が作っている」

「そうなんですね。今度、お礼を言いに行かなきゃ」

 ディルヴァルトが、書類に視線を戻した。

「……礼を言うな」

「なぜですか」

「俺が持ってきたんだから、礼は俺に言え」

 リシェルは一瞬、固まった。

 それから、少しだけ笑った。

「……ありがとうございます、ディルヴァルト」

「行け、仕事があるだろう」

「はい、行きます」

 書斎を出て、廊下を歩きながら、リシェルはそっと口元を押さえた。

(なんで、そんなこと言うんだろう)

 礼は俺に言え、なんて。

 胸がうるさくて、困る。

 ◆

 グレインが城に来たのは、それから五日後だった。

 リシェルとディルヴァルト、それにカルロスが同席して、小さな会議室で向き合った。

 グレインは最初、ディルヴァルトに圧倒されたように緊張していたが、リシェルが「気にしないでください、普段通りで」と言うと、少しほぐれた。

「では、お持ちした証拠の話を」

 グレインが、革の鞄から封筒を取り出した。

「これは、王立魔術工房の内部書類です」

 封筒の中から、何枚かの書類が出てきた。

 リシェルはそれを受け取った。

 見た瞬間、息が止まった。

「……これは」

「リシェル・フォーン氏が提出した、修復前の状態報告書です」

 そう、これはリシェルが書いた報告書だった。


 アンセル卿の呪具を修復する前に、欠陥を記録して提出した、あの書類だ。

 工房長は「提出されなかった」と言っていた。

 だが今、この書類は目の前にある。

「これは……どこから」

「工房の内部告発者からです」

 グレインが、真剣な目をした。

「リシェル・フォーン氏の追放から数日後、師団に一通の匿名の書状が届きました。工房の追放手続きに不正があったという内容で、この書類のありかが記されていました」

「内部告発」

「工房の中に、今回の件を不正だと思っていた人間がいたんです。表立って声を上げられなかったが、師団には知らせることができた」

 リシェルは書類を見つめた。

 自分の字だ。


 間違いなく、あのとき書いたものだ。

「この書類には、修復前の呪具の状態が詳細に記録されています。内部構造の亀裂、欠陥の箇所、完全修復が困難である旨の明記。これを工房長が握り潰していたことは、明らかな不正行為です」

「……それで、師団はどう動きますか」

「正式な調査に入ります。工房長と副工房長の処分は、ほぼ確実です」

 リシェルは黙っていた。

 処分。

 六年間一緒に働いた人たちが、処分される。

 スカッとするかと思っていた。


 でも実際には、複雑な感情があった。

「リシェル・フォーン氏の追放処分は、無効となる可能性が高いです」

 グレインが続けた。

「手続きの不備と証拠の隠滅が確認されれば、名誉回復の手続きが取られます」

「名誉回復」

「はい。修復士としての資格も、正式に復元されます」

 リシェルはその言葉を、ゆっくりと飲み込んだ。

 名誉回復。


 資格の復元。

 それが欲しかったものだ。


 ずっと、ずっと欲しかったものだ。

 六年間、真面目に積み重ねてきたものを、ちゃんと取り戻せる。

「……ありがとうございます、グレインさん」

 声が少し揺れた。

「わたしは何もしていません。内部告発してくれた方がいたおかげです」

「それでも。動いてくれたのは、あなたです」

 グレインが、少し目を伏せた。

「……師団でも、おかしいと思っていた人間は多かったんです。ただ、アンセル卿の影響力が大きくて、表立って動けなかった。でも今回の件で、動けるようになった」

「今回の件?」

「タイスが捕まったことで、アンセル卿と彼の繋がりが浮上しました。師団の上層部も、もはや見て見ぬふりはできない状況です」

 ディルヴァルトが、静かに口を開いた。

「タイスの件は、意図的に師団に流した」

 リシェルはディルヴァルトを見た。

「流したんですか、自分で?」

「第二王子の伝手で、師団の中立派に伝えた。これで師団がアンセルに圧力をかける状況を作れる」

「……計算してたんですね」

「当然だ」

 当然、という顔をしている。

 でも、これだけの根回しを、あの三日間でやっていたのだ。

 書類仕事が多いと思っていたが、そういうことだったか。

「グレインさん」

 ディルヴァルトが、グレインを見た。

「師団の中立派を束ねているのは誰だ」

「ルーカス上席魔術師です。アンセル卿に長年批判的で、ただ力が及ばずにいた方です」

「ルーカスに伝えろ。式典に向けて、協力関係を組みたいと」

「……わかりました」

 グレインが頷いた。

「閣下、一つ確認してもよいですか」

「何だ」

「式典でアンセル卿を追い詰めるつもりですか?」

「追い詰めるだけでは足りない」

 ディルヴァルトが静かに答えた。

「終わらせる」

 グレインが、少しだけ目を見開いた。

 それから、深く頷いた。

「……わかりました。協力します」

 ◆

 グレインが帰った後、リシェルは中庭に出た。

 一人になりたかった。

 少しだけ、整理する時間が必要だった。

 名誉回復の可能性。


 追放が無効になるかもしれない。


 修復士の資格が、正式に戻る。

 それは嬉しいことだ。


 本当に、嬉しいことだ。

 でも。

(もしそうなったら、わたしはどうなるんだろう)

 王都で正式に修復士として認められたら。


 追放が無効になったら。

 ここにいる理由が、なくなるわけではない。


 契約はまだ続いている。


 ディルヴァルトの呪いも、まだ解けていない。

 でも、何かが変わるような気がして。

「何を考えている」

 背後から声がして、振り返った。

 ディルヴァルトが中庭に立っていた。

「……少し、整理してました」

「グレインの話か」

「はい」

 ディルヴァルトが近づいてきた。


 リシェルの隣、少し距離を置いて立つ。

「名誉が戻ることを、喜ばないのか」

「喜んでます。ただ……複雑で」

「何が複雑だ」

 リシェルは少し考えてから、正直に言った。

「名誉が戻ったら、わたしはここを出ることもできる、と思ったんです」

 ディルヴァルトが、リシェルを見た。

「出たいのか」

「出たくないです」

 即答だった。

 自分でも少し驚くくらい、迷わなかった。

「出たくないけど、でも……いつかは、そういう話になるかもしれないと思って。それが少し、怖くて」

 ディルヴァルトが黙っていた。

 空に雲が流れていく。

「俺は出て行けと言っていないが」

「そうですね」

「契約はまだ続いている」

「そうですね」

「呪いも、まだ解けていない」

「そうですね」

「だから、お前がここにいる理由は、まだある」

「……そうですね」

 リシェルは空を見た。

 そうですね、ばかりだ。

 でも、それしか言えない。

 本当は、契約とか呪いとか、そういう理由とは別のところに、ここにいたい気持ちがある。

 でもそれは、まだ口には出せなかった。

「リシェル」

「はい」

「一つ、聞いていいか」

「何ですか?」

 ディルヴァルトが、珍しく言葉を選ぶように間を置いた。

「お前は、王都に戻りたいか」

「戻りたくないです」

「なぜ」

「……ここのほうが好きだから」

「ここが、か」

「ここと、ここにいる人たちが」

 最後の一言は、思ったより素直に出てしまった。

 リシェルは少し顔が熱くなるのを感じながら、空を向いたままでいた。

 ディルヴァルトは答えなかった。

 でも、隣の気配が少しだけ近くなった気がした。

「……式典の前に、もう一度だけ封印された部屋の状態を確認したい」

「わかった。一緒に行く」

「ありがとうございます」

「礼を言う前に、一つ言っておく」

「何ですか?」

「お前が出て行くつもりなら、俺が引き止める」

 静かな声だった。

 命令でも、脅しでもなかった。

 ただの、事実のように言った。

 リシェルは思わずディルヴァルトを見た。

 男は前を向いていた。


 でもその耳が。

 夕暮れの光の中で、確かに赤かった。

「……わかりました」

 リシェルは、また空を向いた。

 胸が、ひどくうるさかった。

 ◆

 その夜。

 施術を終えて、リシェルが書斎を出ようとしたとき。

「リシェル」

「はい」

「今日の施術で、一つ変化があった」

 ディルヴァルトが、自分の手を見ていた。

 黒い痣のある手首。

「何か?」

「痣が、少し薄くなった」

 リシェルは近づいて、確認した。

 確かに。

 手首の黒い痣が、ほんのわずかに、薄くなっていた。

「……本当だ」

「初めてだ。この痣が薄くなったのは」

「毎日の施術が、少しずつ効いてきてるんだと思います」

「そうか」

 ディルヴァルトが手を下ろした。

 その顔に、感情が浮かんでいた。

 隠そうとしているが、隠しきれていない。

 安堵だと思った。

 長い間、一人で戦い続けてきた人の、安堵だ。

「ディルヴァルト」

「何だ」

「必ず治します」

 リシェルは、まっすぐに言った。

「呪いも、痣も、全部。絶対に」

 ディルヴァルトが、リシェルを見た。

 その目が。

 今夜は、いつもより近かった。

「……ああ」

 短い返事。

 でも、それだけで十分だった。


第9話 了

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