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追放された魔術修復士ですが、呪われた辺境公爵に“契約妻”として拾われたら、なぜか国中の壊れた運命が直り始めました  作者: 菊


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第14話「あなたに、謝らなければならない」

 王都は、変わっていなかった。

 石畳の大通り。


 魔術灯が並ぶ華やかな街並み。


 行き交う人々の喧騒。

 でも、リシェルの目には、以前とは違って見えた。

 六週間前、ここをトランクを引きずって歩いた。


 行き場がなくて、泣きそうで、でも泣けなくて。

 今は違う。

 隣に、ディルヴァルトがいる。

「……懐かしいですね」

 馬車の窓から外を見ながら、リシェルが呟いた。

「嫌な場所か」

「嫌いではないです。ただ、思い出が複雑で」

「ここを出たことを、後悔しているか」

「してません」

 即答した。

「ここを出なければ、辺境に行かなかった。辺境に行かなければ、会えなかった人たちがいる」

 ディルヴァルトが、リシェルを見た。

「俺も含めてか」

「もちろん」

 男が視線を前に戻した。

 でも、その横顔が、かすかに緩んだ気がした。

「宿に着いたら、すぐ動く」

「呪術庫の入場は明日の午前ですね」

「ああ。今日は、グレインと合流する」

「わかりました」

 馬車が王都の中心部に入っていく。

 リシェルは窓の外を見続けた。

 王立魔術工房のある通りが、遠くに見えた。

(あそこには、今日は行かない予定だ)

 でも何かが、胸の奥でざわついていた。

 ◆

 宿に荷物を置いて、グレインと合流したのは昼過ぎだった。

 王都の静かな茶館の個室で、四人が向かい合った。

 リシェル、ディルヴァルト、グレイン、そして初めて直接会う第二王子の側近ライナー。

「先日は城でお世話になりました」

 ライナーが深く頭を下げた。

「こちらこそ、ありがとうございました」

「殿下は本日、公務で動けません。ただ、すべての準備は整えてあります」

 グレインが書類を広げた。

「呪術庫の入場許可、明日の午前九時から正午まで。ただし、アンセル卿側も午後一時から入場が予定されています」

「三時間ありますね」

「十分ですか」

「状態次第ですが……やります」

 ライナーが続けた。

「師団のルーカス上席魔術師は、明日の午後から式典前日の最終確認に入ります。その際に、アンセル卿の申請内容を精査するよう動いてもらっています」

「アンセルが申請した理由は何ですか」

「儀式の準備という名目ですが、具体的な内容が曖昧です。ルーカス師が問い合わせをしているところです」

「式典当日のアンセルの動きは?」

「まだ掴めていません。ただ、式典には王家の術士が複数参加します。その中に、アンセル卿と近しい人間が三人います」

「三人で動くとしたら、どんな手が考えられますか」

 ディルヴァルトが口を開いた。

「式典では、王国全土の魔術師が魔力を一斉に供給する儀式が行われる。その魔力の流れに、特定の術式を乗せることができる」

「それで、呪術庫に干渉する」

「あるいは、俺の呪いを加速させる。儀式の場では魔力の干渉が検知されにくい」

「対処できますか」

「お前がいれば」

 さらりと言われた言葉に、グレインが少し目を見張った。

「閣下が、人を頼るとは」

「問題か」

「いいえ。ただ……珍しい、と思いまして」

 ディルヴァルトが、グレインを一瞥した。

「余計なことを言うな」

「はい、申し訳ありません」

 グレインが慌てて書類に視線を戻した。

 リシェルはそれを見て、小さく笑いをこらえた。

「ところで」

 ライナーが、少し声を潜めた。

「工房の件、ご存知ですか」

「何か動きがありましたか」

「ギルフォード工房長とヴェルナー副工房長、正式な処分が昨日決まりました。工房長職の解任と、しばらくの業務停止処分です」

「そうですか」

 リシェルは静かに答えた。

「それと……工房長が、リシェル様に会いたいと言っているとの話が伝わっています」

「会いたい」

「はい。師団の調査を受ける中で、何か伝えたいことがあるようだと」

 リシェルは少し考えた。

「式典が終わってから、でいいですか」

「もちろんです」

「今は、他にやることがあるので」

「承知しました」

 ライナーが立ち上がった。

「明日の午前、呪術庫の前でお待ちしています。殿下も、可能であれば顔を出される予定です」

「ありがとうございます」

 ◆

 その日の夕方。

 リシェルは宿の近くの通りを、一人で歩いていた。

 ディルヴァルトに「少し一人になりたい」と言ったら、素直に引いてくれた。

 ただ「護符を必ず確認しろ」と念を押してきたが。

 王都の夕暮れ。

 橙色に染まる空が、辺境とは全然違う。

 狭い空だ、と思った。

 建物が高くて、空が小さく見える。

 辺境の、どこまでも広い空が恋しくなった。

 歩いていると、見慣れた建物が目の前に現れた。

 王立魔術工房。

 赤レンガの、重厚な建物。


 六年間、毎日通った場所。

(来てしまった)

 足が、自然にここへ向かっていた。

 通りの向こうから、人影が近づいてきた。

 リシェルは目を細めた。

 老いた男性。


 ゆっくりとした足取り。

 近づいてくるにつれて、顔が見えてきた。

 リシェルの足が、止まった。

 ◆

「……リシェル・フォーン、さん」

 ギルフォード元工房長が、リシェルの前に立っていた。

 六週間で、ひどく老けていた。

 あの厚い眼鏡の奥の目が、赤く充血している。

 顔色が悪い。


 背中が、心なしか曲がっている。

 リシェルは黙って、元上司を見た。

「偶然、ですね」

 声が、かすかに震えていた。

「ここを、ちょうど通ろうとしていたところで」

「そうですか」

「あなたに……会いたかった」

 ギルフォードが、深く息を吸った。

「謝らなければならない。ずっと、そう思っていた」

「……」

「あなたを、追放した。濡れ衣を着せて、書類を隠して、追い出した」

「知っています」

「それは……俺の判断ではなかった。アンセル卿から、そうするように言われていた。お前の力を、王都に置いておくな、と。従わなければ工房への支援を切るとも」

 リシェルは動かなかった。

「それが言い訳だとわかっている」

 ギルフォードが頭を下げた。

「従わなければよかった。あなたの報告書を、出さなければよかった。六年間真面目に働いてきたあなたを、守るべきだった」

「……」

「本当に、申し訳なかった」

 深く、深く、頭を下げた。

 リシェルは、その姿を見つめた。

 怒りがあるかと思っていた。


 六週間前なら、もっと激しい感情があったと思う。

 でも今は。

「顔を上げてください」

 静かに言った。

 ギルフォードが、ゆっくりと顔を上げた。

「謝罪は受け取ります」

「……」

「でも、受け入れるかどうかは、別の話です」

 リシェルはまっすぐにギルフォードを見た。

「六年間、わたしはここで働きました。真面目にやってきたつもりです。それを一日で全部奪われた。行き場もなくなった。それがどれほどのことか、ギルフォードさんにはわかりますか」

「……わかっています」

「わかっていたなら、あの日に止めてほしかった」

「そうだな……そうだった」

「アンセル卿が怖かったのはわかります。工房の存続を考えたのも、わかります。でも、それはわたしへの言い訳にはなりません」

「その通りだ」

「今後、師団の調査に正直に協力してください。アンセル卿との関係を、全部話してください。それが、わたしへの誠意だと思います」

「……ああ。もちろんだ」

「それだけです」

 リシェルは踵を返そうとした。

「リシェル、さん」

 呼ばれて、止まった。

「……辺境で、うまくやっているか」

「はい、とても」

「公爵閣下は、どんな方だ」

 リシェルは少し考えた。

「不器用だけど、誠実な人です」

「そうか……よかった」

「はい」

「あなたが、幸せそうで……よかった」

 老いた元上司の声が、かすかに揺れていた。

 リシェルは前を向いたまま、歩き出した。

 背中で、足音が遠ざかっていった。

 ◆

 宿に戻ると、部屋の前にディルヴァルトが立っていた。

「……待っていたんですか」

「心配した」

「護符、ちゃんと確認しました。異常はなかったです」

「そういう意味ではない」

 ディルヴァルトが、リシェルを見た。

「工房に行ったか」

「なんでわかるんですか」

「顔を見ればわかる」

「そんなに顔に出ていますか」

「泣いたか?」

「泣いていません」

「でも、泣きそうな顔だ」

 リシェルは少し黙った。

「……ギルフォードに会いました。謝られました」

「そうか」

「スカッとするかと思っていたんですが、そうでもなくて。ただ、なんか」

「なんか?」

「終わった、という感じがして」

 ディルヴァルトが、部屋の扉を開けた。

「入れ」

「え、閣下の部屋じゃないですか」

「話を聞く」

「隣が、わたしの部屋ですが」

「こっちが広い」

 有無を言わせない口調だった。

 リシェルは苦笑しながら部屋に入った。

 窓の大きい、広い部屋だ。


 夕暮れの光が差し込んでいる。

 ソファに座ると、ディルヴァルトが向かいに座った。

「話せ」

「聞いてくれるんですか」

「当然だ」

 リシェルは、今日のことを話した。

 偶然工房の前に来てしまったこと。


 ギルフォードに会ったこと。


 謝られたこと。

 話しながら、少しずつ整理されていく気がした。

「……謝罪は受け取りました。でも許したわけじゃないし、全部がそれでいいとは思ってない。でも、もういいかなとも思って」

「なぜ」

「ここで怒り続けていても、意味がないから。それより、先を向いていたい」

「先とは」

「辺境に帰ること。修復の仕事を続けること」

 リシェルはディルヴァルトを見た。

「それと……式典が終わったら聞ける話が、あるので」

 男が、リシェルを見た。

「覚えているか」

「忘れません、そういうことは」

「……ああ」

 ディルヴァルトが、少しの間リシェルを見ていた。

「一つ、今だけ言っていいか」

「はい」

「式典の後まで取っておくと言ったが、一つだけ」

「……どうぞ」

 男が、まっすぐにリシェルを見た。

「お前が、ここで泣くとしたら、俺が隣にいたかった」

 リシェルの息が、止まった。

「泣いていないと言いましたが」

「泣いていなくても、同じだ」

「……」

「お前が工房に行った、とわかったとき、追いかけようとした。でも止まった」

「なぜですか」

「一人になりたいと言ったから。お前の判断を、尊重したかった」

「……でも、心配だった」

「そうだ」

「だから待っていた」

「そうだ」

 リシェルは窓の外を見た。

 王都の夕空が、橙色に染まっている。

「ディルヴァルト」

「何だ」

「待っていてくれて、ありがとうございます」

「礼はいい」

「言わせてください」

 男が黙った。

「追いかけてこなかったことも、でも待っていてくれたことも、どちらも嬉しかったです」

「……そうか」

「はい」

 リシェルは立ち上がった。

「明日に備えて、早く休みます」

「ああ」

「ディルヴァルトも、早めに」

「わかっている」

 扉に向かいながら、ふと振り返った。

「今夜は施術しなくていいですか?」

「お前が疲れているなら、しなくていい」

「疲れていません」

「嘘をつくな」

「……少しだけ疲れています」

「だから、しなくていい」

「でも」

「明日、大事な仕事がある。コンディションを整えることが先決だ」

 リシェルは少し迷った。

「……じゃあ、短くだけ」

「必要ない」

「ディルヴァルトの術式が心配なんです」

「俺は問題ない」

「今日は信じます。でも明後日の式典当日は、必ず安定させます」

「ああ」

「約束ですよ」

「何度も言うな」

「大事なので」

 ディルヴァルトが、かすかに口の端を動かした。

「……おやすみ、リシェル」

「おやすみなさい、ディルヴァルト」

 扉を閉めた。

 廊下に出て、隣の部屋に入る。

 ベッドに腰を下ろして、リシェルは深く息を吐いた。

 ギルフォードの顔。


 頭を下げた姿。

 怒りは、思っていたより薄かった。

 それより。

(終わった)

 本当に、そう感じた。

 王都での六年間が、今日で区切りになった気がした。

 次に向かうのは、前だ。

 ◆

 翌朝、呪術庫への入場は午前九時から始まった。

 王城の地下深く、石造りの廊下を歩く。

 魔術的な重さが、足元から伝わってくる。

 古い、強大な力が眠っている場所だ。

「……緊張しますね」

「するか」

「修復士として、という意味で。どんな状態か、開けてみないとわからないので」

「開けてからでないと判断できないのは、いつも同じだろう」

「そうですね。じゃあいつも通りで」

 ライナーが先導して、重厚な扉の前に立った。

「こちらです。殿下より、入場の許可が下りています」

 扉に、複雑な術式が刻まれていた。

 リシェルは自然に前に出て、術式を読んだ。

「……思ったより、劣化しています」

「そうか」

「封印自体は生きていますが、外側の強化術式が薄くなっています。これは、定期的な補修を怠ったせいですね」

「何年も、専任の修復士がいなかった」

「お母さんが消えてから、ということですか」

 ライナーが、静かに頷いた。

「二十五年間、管理が不十分だったと言わざるをえません」

「……なんてこと」

 リシェルは目を閉じた。

 二十五年間。


 母が守っていた封印が、二十五年間、少しずつ弱っていった。

「怒っているか」

 ディルヴァルトが小声で聞いた。

「怒っています。でも今は後回し」

「そうしてくれ」

「仕事を終えてから、思い切り怒ります」

「……ああ」

 扉が開いた。

 ◆

 呪術庫の中は、広かった。

 天井が高く、壁に沿って古い術具が並んでいる。

 中央に、大きな台座があった。

 その上に、光が渦巻いていた。

 百五十年前に封じられた、禁忌の呪術の封印だ。

 リシェルは台座の前に近づいた。

 水晶片を翳す。

「……」

 すぐに、わかった。

 封印は、ギリギリ保っている。

 でも、外側の強化術式が限界に近かった。

 あと数回、強い干渉を受けたら。

「状態は」

 ディルヴァルトが聞いた。

「悪いです。でも、まだ間に合います」

「三時間で何ができる」

「外側の強化術式を、全部書き直します。時間がかかりますが……やります」

「手伝えることはあるか」

「ディルヴァルト、ここに立っていてください」

「どこに」

「台座の右側。公爵家の魔力を流してもらえると、わたしの作業が楽になります」

「わかった」

 ディルヴァルトが台座の右側に立った。

 リシェルは道具を取り出した。

 三時間。

 やれる。

「ライナーさん、扉を閉めてください。外で待っていてもらえますか」

「わかりました。何かあればすぐに」

「はい。お願いします」

 扉が閉まった。

 呪術庫の中に、リシェルとディルヴァルトだけになった。

「……始めます」

「ああ」

 リシェルは、術式に手を当てた。

 ◆

 二時間半が経った。

 リシェルの額に、汗が滲んでいた。

 腕が、重い。

 でも、作業は九割方終わっていた。

「……あと少しです」

「無理していないか」

「していません」

「顔が青い」

「集中しているだけです」

「嘘をつくな」

「……少し疲れていますが、問題ないです。止まれません」

 ディルヴァルトが、台座の右側から動いた。

 リシェルの隣に来た。

「何をするつもりですか」

「魔力を直接流す。お前の作業の補助をする」

「術式の暴走が」

「お前がいれば、暴走しない。証明済みだ」

 リシェルは少し迷った。

「……お願いします」

 ディルヴァルトがリシェルの隣に立ち、台座に手を当てた。

 公爵家の魔力が、リシェルの術式に重なる。

 嵐のような力が、でも今は穏やかに、リシェルの作業を押し上げてくれる。

(ああ、やっぱり。この人の魔力と、わたしの術式は合う)

 最後の術式が、するすると組み上がっていく。

 二人の魔力が交わる場所で、封印の光が強くなっていく。

 それは。

(百五十年前も、こんな感じだったのかな)

 二人の術士が、協力して封印を守った。

 今、ここで、また同じことが起きている。

「……終わった」

 リシェルが手を離した。

 呪術庫の光が、先ほどより明らかに強くなっていた。

 渦巻く光が安定し、揺らぎがなくなった。

「……綺麗だ」

 ディルヴァルトが呟いた。

「はい」

「お前の母親が守っていたものが、また光り始めた」

「はい」

 リシェルは台座を見た。

「お母さんが二十五年前に守ったものを、今日また守れました」

「お前が、守った」

「わたしと、ディルヴァルトが」

 男が、リシェルを見た。

「そうだな」

「二人で、できました」

「ああ」

 扉が開いた。

 ライナーが顔を出した。

「時間です。いかがでしたか」

「完了しました。これで、アンセル卿が午後に来ても、そう簡単には崩せません」

「さすがです」

「でも、式典当日に別の手を打ってくれば、また変わるかもしれない。油断はできません」

「わかりました。ルーカス師にも伝えます」

 リシェルは呪術庫を出た。

 廊下の冷たい空気が、体に沁みた。

 足がわずかに震えた。

 踏みとどまろうとして、できなかった。

 ディルヴァルトの手が、すっとリシェルの肘を支えた。

「……大丈夫です」

「黙って支えている」

 有無を言わせない口調だった。

 リシェルは逆らわなかった。

 ディルヴァルトの手が、廊下を歩く間中、リシェルの肘を支え続けていた。

 ライナーは前を歩いていて、見ていない。

 二人だけの、静かな時間だった。

「ありがとうございます」

「言うな」

「言います」

「……頑固だな」

「ディルヴァルトに言われたくないです」

 男が、かすかに息を吐いた。

 呆れているのか、笑っているのか、わからない。

 でも、支えてくれる手は、離れなかった。

 ◆

 宿に戻って、しばらく横になった。

 天井を見ながら、今日のことを思い返した。

 ギルフォードの謝罪。


 呪術庫の修復。


 ディルヴァルトとの共同作業。

 明日は式典だ。

 アンセルとの、本当の対決が始まる。

(怖い、けど)

 リシェルは護符を握りしめた。

 二つになった護符。

 ディルヴァルトが作ってくれた、二つの護符。

(隣にいてくれる人がいる)

 それだけで、足りる。

 扉がノックされた。

「はい」

「俺だ」

「どうぞ」

 ディルヴァルトが入ってきた。

 手に、温かい飲み物を持っていた。

「宿の厨房で頼んだ」

「……閣下が自分で?」

「何か問題あるか」

「いいえ、ありがとうございます」

 受け取って、一口飲んだ。

 温かくて、甘かった。

「美味しい」

「そうか」

「体に沁みます」

 ディルヴァルトが、椅子を引いて座った。

「今夜は、施術を受ける」

「え?」

「お前が提案するより先に、俺から言う。明日の式典、俺の術式を万全にしておきたい」

「……でも、わたしが疲れているので」

「短くていい。お前の体の様子を見ながら」

 リシェルは少し考えた。

「……わかりました。ただ、本当に短くにしますよ」

「お前が決めろ」

「じゃあ、三十分だけ」

「ああ」

「ディルヴァルト」

「何だ」

「明日が終わったら」

「ああ」

「全部、聞かせてください」

 ディルヴァルトが、リシェルを見た。

 その目が、今夜は珍しく、真正面から向き合っていた。

「言う。全部」

「わたしも、言います」

「……楽しみにしている」

 その一言が、とても静かで。

 でも、これまで聞いた中で一番、重かった。

「わたしも」

 リシェルも、同じくらい静かに答えた。

 王都の夜が、窓の外に広がっていた。

 明日、すべてが動く。


第14話 了

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