表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
紅の魔術師  作者: ベルナルド
二章 奇術師はいつだってタネを隠さない

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

22/27

第二十二話 奇術師はいつだってタネを隠さない③

 それから数日、紅と紬は調査を続けた。


 同様の暴走騒ぎは、確かにいくつか起きていた。

 だが、どれも小規模だった。


 清掃ロボットが通行人の進路を塞いだ。

 警備ドローンが酔客を拘束した。

 認証端末が、何もしていない学生を危険人物として通報した。


 どれも人命に関わるほどではない。


 だが、共通点はあった。


 すべて、マルス導入後に起きている。


 そして、どの事件も記録だけは妙に綺麗だった。


 映像は残っている。

 ログも残っている。

 原因も、形式上は説明されている。


 だが、肝心な部分だけが見えない。


 まるで、見せたいものだけを見せられているようだった。


 最初は楽しんでいた紅も、次第に興味を失っていった。


「つまらん」


 公園のベンチに腰かけた紅は、煙草を咥えながら呟いた。


 その足元では、紬がぐったりと地面に膝をついている。


「派手に誘った割に、肝心の手が見えん」


「それが普通じゃない? 敵なんだから」


「敵ならもっと面白く動け」


「無茶言うなぁ……」


 手がかりは掴めない。

 騒ぎは地味。

 紅の予想は外れ続け、完全にまた暇へ戻りつつあった。


 ついには、紬に魔術を教えるほど暇になっていた。


「魔力には二種類ある」


 紅は煙を吐きながら言った。


「魂の内側から生まれる魔想。そして世界に漂う魔粒子だ」


「魔想と、魔粒子」


 紬は復唱する。


「魔導師は装置を使って魔粒子を吸収し、術式へ流し込む。だが魔術師は違う。自らの感覚で魔粒子を捉え、魔想と合わせて操作する必要がある」


「つまり、魔導具に頼らずに空気中の魔力を感じろってこと?」


「そうだ」


「無理じゃない?」


「だから貴様はお花畑脳みそなのだ」


「またそれ言う!」


 紬はむくれながらも、手のひらに光を集める。


 淡い光が灯った。


「これ?」


 紅は首を横に振る。


「違う。魔想だけに頼るな。魔粒子を感じろ」


「そう言われても、空気に漂う粒子なんて分からないよ!」


「無意識に身体が判断していることを、意識しろ」


「簡単に言うなぁ……」


 紬は目を閉じた。


 光を作る。

 いつもの感覚だ。


 自分の内側から、想いを燃やす。

 それを光へ変える。


 けれど、紅が言っているのはそれだけではない。


 外にあるもの。

 空気の中に溶けているもの。

 普段は意識していない、目に見えない流れ。


 紬は手のひらの光を保ったまま、ゆっくり呼吸した。


 すると、ほんのわずかに何かが触れた気がした。


 風ではない。

 熱でもない。


 けれど、自分の光に引き寄せられるように、空気の奥から小さな粒が近づいてくる。


「あ」


 紬は目を開けた。


「なんか、ある」


「それだ」


 紅は淡々と言った。


「それを意識して制御できる者が、一流となる」


「うーん……でも、すっごく疲れる」


「まだまだ修行が足りん」


「紅の教え方が雑なんだよ」


「教わる側の性能が低いだけだ」


「むかつく!」


 紬が立ち上がろうとした瞬間、膝から力が抜けた。


「あ、だめ。足がぷるぷるする」


「軟弱者め」


「魔粒子感じただけでこんな疲れるの、魔術師って不便じゃない?」


「だから魔導が流行った。楽だからな」


 紅は煙草の灰を落とす。


「だが、楽なものは深く潜れん」


「深く?」


「借り物の手で、魂の底には届かんということだ」


 その言葉の意味を、紬はすぐには理解できなかった。


 ただ、紅の横顔が少しだけ遠く見えた。


 まるで、自分ではない誰かに言っているようだった。


 そんなやり取りをしながら、二人はbar Emrysへ戻った。


 扉を開ける。


 その瞬間、紅の足が止まった。


 カウンターの席に、一人の男が座っていた。


 最初、紅は気にするつもりもなかった。


 だが、その顔を見た瞬間、記憶が蘇る。


 豪華な会場。

 脳の形をした機械。

 鳴り響く拍手。

 綺麗すぎる笑顔。


 紅の目が、静かに開かれた。


「なぜ貴様がここにいる?」


 男は立ち上がった。


 隙のないスーツ。

 整った顔。

 礼儀正しい笑み。


 多々羅司だった。


「またお会いできて光栄です。紅の魔術師様」


「あ、ああ!」


 紬も、その顔を見て思い出した。


「あなた、ニュースでやってたヴァルカンコーポレーションの代表さん!」


「えーっと、確か……多々羅……」


 男はにこりと笑った。


「多々羅司と申します」


 司は紬に向かって、優雅に頭を下げる。


「お姫様に知られているとは光栄です」


「え、えへへ……」


 紬は思わず照れた。


 顔がいい。

 声もいい。

 仕草も綺麗。


 それなのに、なぜか背筋の奥だけが少し冷えた。


 笑っているはずなのに、目の奥が笑っていない。


 紅はその様子を横目で見て、露骨に舌打ちした。


「なんだ、貴様。本当に飲食店を始めるつもりか」


「いえいえ。それはまたの機会に」


 司は穏やかに笑う。


「今回は、依頼人としてお伺いしました」


「ほう」


 紅はカウンターの前に立ったまま、司を見下ろす。


「貴様の権力があれば、俺など必要ないだろう」


「ええ。それは否定しません」


 司はあっさり頷いた。


「ですが、今回の案件は、あなた様しかいないのです」


「俺しかいない、だと?」


「はい」


 司の笑みは崩れない。


「我が社は現在、ハッキングを受けております」


 店内の空気が、静かに止まった。


 紅は煙草を咥えたまま、目だけを司へ向ける。


「ほう」


 司は穏やかな声で続けた。


「そして、その犯人が名乗った名前に、あなたはきっと興味を持たれる」


 紅の表情がわずかに変わる。


 司は紅の耳元へ近づくように、一歩だけ距離を詰めた。


 そして、囁く。


「逢楽廻」


 その名が落ちた瞬間。


 bar Emrysの空気が、凍りついた。


 紬は、その名前の意味を知らない。


 けれど分かった。


 紅の目が変わったからだ。


 退屈そうな目ではない。

 面倒くさそうな目でもない。


 深い、深い火の底に、何かが灯ったような目。


 多々羅司は、その変化を見て、静かに笑った。


「さて」


 彼は優雅に両手を広げる。


「私の依頼を、聞いていただけますか?」


 紅は、しばらく黙っていた。


 やがて、低く言う。


「……話せ」


 その声には、先ほどまでの軽さがなかった。


 多々羅司は、満足そうに微笑む。


 まるで、最初からその答えを知っていたかのように。


「一週間前、我が社の人工知能マルスの制御権が塗り替えられました」


 司はマギマギアを操作した。


 空中に、淡い光の画面が浮かび上がる。


 そこには、マルスの管理権限を示す階層図が表示されていた。


 最上位権限。

 本来なら、そこには多々羅司の名前があるはずだった。


 だが、画面に表示されていた文字は違う。


 Arachne。


 紅の目が細くなる。


「……アラクネ」


「ええ」


 司は頷いた。


「一週間前から、私は二番目の管理者となりました。最上位権限には、その名が登録されています」


「何度取り返そうとしても?」


「弾かれます」


 司は画面を切り替える。


 今度は、街中の監視映像がいくつも並んだ。


 清掃ロボット。

 警備ドローン。

 認証端末。

 工事用ロボット。


 その一つ一つに、異常ログが残されている。


「挙句の果てには、人的被害まで出始めた」


 司は静かに言った。


「もちろん、警察に相談したいのはやまやまです。ですが、今この事実が世間に漏れてしまえば、我が社は終わる」


「自業自得だな」


「否定はいたしません」


 司は笑みを崩さない。


「ですが、我々の失敗でこの街に被害が出ることは避けなければならない。そこで、逢楽廻の専門家でもある偉大なる紅の魔術師を頼らせていただいた所存でございます」


 紅は煙草に火を宿らせた。


 じっくりと吸い、ゆっくりと煙を吐く。


「この俺を脅すつもりか、小僧」


 紅の周囲に陽炎が揺らめいた。


 それはただの熱ではなかった。

 獅子のたてがみのように広がり、店内の空気を赤く歪ませる。


「驕るのは勝手だが、身の丈は弁えろ」


 紅の赤い眼光が、司を射抜く。


 だが、司の整った顔は崩れない。


 むしろ、その笑みは深くなった。


「御戯れを」


 司は目を細め、手を胸に当てる。


「魔術を扱えぬ私程度が、紅の魔術師様を脅すなど、とんでもございません」


「ならば、なぜその名を出した」


「あなたにとっても、無関係ではないからです」


 司は静かに紅を見た。


「深紅の日曜日事件を解決したのは、あなたです」


 紬は、そこで初めて聞き慣れない言葉に反応した。


 深紅の日曜日事件。


 事件名なのだろう。

 だが、その言葉が落ちた瞬間、マスターの手がわずかに止まった。


「逢楽廻が蘇ることは、あなたにとっても都合が悪いはず」


 司の声は柔らかい。


 だが、その柔らかさが逆に耳障りだった。


「ずいぶんと俺を調べたようだな」


「当然です。我が社にとって、この問題は一大事」


 司は何一つ悪びれずに言った。


「敵を調べ、その敵を過去に打ち破った人物を頼る。それは必然ではありませんか?」


「俺を粗末なイベントに呼びつけておきながら、必然だと?」


「運命というものですよ、紅様」


 司は笑う。


「私たちが出会い、ともに戦うことは、最初から定められていたのです」


「道化ごときが、戯言を吐きおって」


 紅の煙草の火が肥大化した。


 炎が紅の腕を覆っていく。

 燃え盛る腕が、司へ向けられた。


「調子に乗るなよ、小僧」


 紅の声が低くなる。


「貴様程度が、この俺を扱えると思い上がるな」


 紬は息を呑んだ。


 紅が本気で怒っている。


 それだけは分かった。


 店内の空気が熱を帯びる。

 酒瓶の表面が曇り、カウンターの木目が微かに軋んだ。


 だが、司は逃げない。


 燃え盛る炎を向けられたまま、平然と紅に近づいた。


「私の首で問題が解決するのなら、いつだって差し上げますよ」


 その言葉は、ひどく綺麗だった。


「私には多くの社員がいる」


 司は続ける。


「彼らを守るためなら、命など惜しくはありません」


 紬は、その言葉を聞いて、奇妙な違和感を覚えた。


 正しいことを言っている。

 立派なことを言っている。


 社員を守りたい。

 街を守りたい。

 被害を防ぎたい。


 そのはずなのに。


 なぜか、目の前の男が人の命を語っているようには聞こえなかった。


「紅様」


 その時、マスターが静かに口を開いた。


「店内での魔術は使用禁止でございます」


 その声は、いつも通り穏やかだった。


 だからこそ、紅は舌打ちだけで炎を消した。


「ちっ」


 紅は席に座る。


「貴様は気に入らん」


「ええ。光栄です」


「褒めていない」


 紅は司を睨んだまま言う。


「だが、依頼は別だ。受けてやる」


 司は感激したように、深く頭を下げた。


「ありがとうございます」


「勘違いするな。貴様のためではない」


「もちろんです」


 司は顔を上げる。


 その笑みは、やはり崩れていなかった。


「現在、逢楽廻はこの町にいます」


 司は再び画面を表示した。


 夕烙区の地図だ。

 その上に、いくつもの赤い点が表示されている。


「なぜ、そう言い切れる?」


 紅が問う。


「簡単な話です」


 司は地図を指でなぞった。


「彼らがマルスを利用できるなら、この町の監視を自在に操れる」


 赤い点の周囲に、監視カメラや認証端末のアイコンが浮かぶ。


「隠れる必要がない。さらには、好きなタイミングで騒ぎを起こせる」


「でも」


 そこで紬が口を挟んだ。


 紅と司の視線が紬へ向く。


「それって、本当に逢楽廻って人たちなの?」


 紬は少しだけ迷いながらも続けた。


「名前を名乗っただけなら、誰かがなりすましてる可能性もあるんじゃ……」


 司はすぐに頷いた。


「もちろん、その可能性もあります」


「え」


 あまりにあっさり肯定されたので、紬は少し戸惑った。


「だからこそ、紅様に確かめていただきたいのです」


 司は穏やかに言う。


「本物なのか。偽物なのか。あるいは、偽物を装った本物なのか」


 その言い方に、紬はまた背筋が冷えるのを感じた。


 疑問を否定しない。

 むしろ利用する。


 この男は、相手が何を言っても、自分の言葉の中へ取り込んでしまう。


「彼らの目的は分かりません」


 司は画面を消した。


「ただ、この町を利用してよからぬことをしようとしているのは明白でしょう」


 司は紅を見る。


「なにせ、深紅の日曜日事件を起こした連中ですからね」


「……そうだな」


 紅は嫌な記憶を振り払うように、首を小さく振った。


「やつらが本当に蘇ったのなら、間違いなくやるだろう」


 その声には、怒りとは別のものが混じっていた。


 紬には、それが何か分からなかった。


 後悔なのか。

 憎悪なのか。

 それとも、もっと古い傷なのか。


「我々の製品が事件に関わっていたと世間に知られれば、一巻の終わりです」


 司は言った。


「我々もできる限り援護いたします。ですので、逢楽廻を見つけ出してほしい」


「こちらは見えず、やつらはすべてが見える」


 紅は鼻で笑った。


「不利もいいところだ」


「ええ」


 司は紅を見る。


 紅も司を見る。


「だが」


 紅の口元が、わずかに歪む。


「この俺から逃れることはできない」


 深紅の目に、火が灯る。


「やつらが蘇ったのなら、今度こそ完全に焼き払ってやろう」


 司は満足そうに目を細めた。


「やはり、あなた様との出会いは運命でした」


「吐き気のする言葉だ」


「皆のためにも、よろしくお願いいたします」


「報酬はいくらでも頂戴する」


「もちろんです。いくらでもご用意いたします」


 司はもう一度深く頭を下げた。


 そして、おもむろに懐から一つの小型デバイスを取り出す。


「なんだ、これは?」


「私が開発した逆探知機です」


 司はデバイスをカウンターへ置いた。


「監視をいじれるということは、逆を言えば違和感が残る」


「違和感?」


 紬が首を傾げる。


「この場所で、この時間に、見えるはずのものが見えていない。あるいは、存在しないはずの映像が存在している」


 司は説明する。


「記録を完全に消すのは難しい。優秀な管理システムほど、自身の異常をどこかに残してしまうものです」


「それを探す機械?」


「その通りです」


 司は紬へ笑みを向けた。


「ですが、AIマルスはそこらのAIとはわけが違う。気休め程度ですが、ないよりはましかと」


 紅はデバイスを手に取り、すぐに紬へ投げた。


「わっ!」


 紬は慌てて受け止める。


「なんで私が持つのよ?」


「俺には合わん」


「合う合わないの問題なの?」


「問題だ」


 紅は当然のように言った。


 司はそのやり取りを見て、小さく笑う。


「では、何か進展がありましたらご連絡ください」


 そう言って、司はドアへ向かった。


 扉に手をかける。


 そして、紅に背を向けたまま声を漏らした。


「紅の魔術師様」


 紅は答えない。


 司は微笑む。


「期待しております」


 ドアは静かに閉まった。


 店内に、重い沈黙が残る。


 紅はグラスに入った酒を飲み干した。


「生意気な小僧め」


 紬は、言いづらそうに口を開いた。


「ね、ねぇ紅?」


「なんだ」


「深紅の日曜日事件って、何?」


 その問いに、紅はすぐには答えなかった。


 マスターも、何も言わなかった。


 古い酒瓶が並ぶ棚の向こうで、時計の針だけが小さく音を立てている。


 やがて紅は、大きなため息と一緒に顔を下へ向けた。


「興が削がれる小娘だ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ