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第四場面:契約の重み ― 霊獣への変質


静寂が、湿地の夜を支配していた。


 先ほどまでの天地を揺るがすような絶叫と、泥を跳ね上げる暴力的な地響きが嘘のように消え去っている。立ち込めていた生臭い霧は、「七星の縄」が放った浄化の光によって跡形もなく霧散し、頭上には凍てつくような星空が広がっていた。


劉海りゅうかいは、井戸の縁に手をつき、激しく肩で息をしていた。


 その額からは大粒の汗が流れ落ち、かつて宮廷で数万の軍資金を動かした時でさえ感じたことのないほどの疲労が、全身の筋肉を強張らせていた。彼の手の中にある縄は、今やその役割を終え、ただの古びた紐のように力なく垂れ下がっている。


だが、彼の視線の先、泥まみれの地面には、信じがたい光景が広がっていた。


そこには、三メートルを超えていたはずの巨躯はなかった。


 代わりに横たわっていたのは、一尺(約三十センチ)ほどにまで縮んでしまった、奇妙な生き物だった。


 皮膚は、あの汚らわしい粘液にまみれた黒ずんだ色から、磨き上げられた古金こきんのような、鈍い輝きを放つ色へと変貌している。背中の歪なイボは、一つ一つが宝石の原石のように整い、北斗七星の形をかたどって静かに脈打っていた。


「……五通よ。いや、もうそう呼ぶべきではないな」


劉海は、震える膝を叱咤して立ち上がり、その小さな「金色の塊」へと歩み寄った。


 カエルは、三本の足を弱々しく折り曲げ、地面に伏せている。その大きな口には、劉海が投げ入れた一文銭が、まるで最初から体の一部であったかのように、深く、強固に嵌まり込んでいた。


カエルの目が、ゆっくりと開く。


 かつて人間を嘲笑い、欲望を値踏みしていた琥珀色の双眸からは、あの禍々しい光が消えていた。


そこにあるのは、深い淵のような静謐さと、どこか悟りを開いた者のような悲哀を帯びた、澄んだ瞳だった。


「……私を、殺さぬのか」


声は、もう金貨をかき混ぜるような不快な音ではない。風が枯れ葉を揺らすような、微かな、しかし芯の通った響きとなっていた。カエルは口にくわえた銭のせいで、満足に言葉を発することもできないはずだが、その意思は劉海の心に直接流れ込んできた。


「お前を殺せば、人々の欲がまた別の、より醜い化け物を産むだけだ。形あるものを壊しても、根源にある闇は消えぬ」


劉海はカエルの前に屈み込み、その黄金の肌にそっと触れた。


 驚いたことに、その体は氷のように冷たくもあり、同時に、命の火が灯る炉のように熱くもあった。


「お前は、人々の『もっと欲しい』という願いが凝り固まって生まれた。ならば、その性質を逆手に取る。お前の中に渦巻く強大な欲を、これからは自分ではなく、他人のために使いなさい。お前がくわえているその一文銭は、お前の欲望を封じ込める『重石おもし』であり、同時に、世の中に富を循環させるための『門』だ」


「……この私に、あのような卑小な人間共に、尽くせと言うのか」


「尽くすのではない。お前はこれから、人間を試す鏡となるのだ。正しき心を持つ者がお前を呼べば、それは福の神として寄り添おう。だが、かつての男のように欲に溺れる者が現れたなら……その時は、またお前の牙を剥くがいい。ただし、その時は私が何度でも、この縄でお前を釣りに来る」


劉海は、カエルの頭を優しく撫でた。


 その瞬間、カエルの体から金色の光の粉が舞い上がり、劉海の手のひらと吸い付くように馴染んだ。


これが、仙人と魔物の間に結ばれた、数千年の時を超える「契約」の儀式であった。


五通神という怪物は、この瞬間に死んだ。


 そして、仙人に従い、三本の足で四方の財をかき集めては人々に分け与える霊獣、「青蛙神せいあじん」が誕生したのである。


劉海は、腰の瓢箪から最後の一滴の水をカエルの頭に注いだ。

「これからは、私の行くところへついて来るがいい。お前の三本の足は、もう逃げ出すためのものではない。私と共に、この乾いた世を潤すために歩むためのものだ」


カエルは、重たい銭をくわえたまま、短く「ケロ」と鳴いた。

それは、肯定の証であったのか、あるいは新たな運命への小さな抗議であったのか。


夜明けが近づいていた。


 東の空が白み始めると、かつて死の村と呼ばれた湿地に、清々しい朝露が降り注いだ。影を奪われ、声を失っていた村人たちが、おずおずと戸を開け始める。

彼らの瞳には、恐怖ではなく、久方ぶりの「希望」という名の光が宿っていた。


劉海は、小さな黄金のカエルを肩に乗せ、ゆっくりと歩き出した。


 カエルが動くたびに、口の一文銭が「カチン」と清らかな音を立てる。

その音は、まるで新しい時代の始まりを告げる鐘の音のように、江南の静かな夜明けに響き渡った。


仙人の背中は、以前よりも少しだけ丸くなったように見えたが、その歩みはかつてのどんな高官よりも誇り高く、自由であった。彼が歩く後には、枯れ果てていた野花が、一斉に蕾を膨らませていた。


 富を呪い、富を捨てた男が、富を愛しむ魔物と共に歩む。


 その滑稽で、しかし気高い旅路が、ここから始まったのである。


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