ep6 公爵令嬢、牽制する
「やぁ、ルイーサ嬢。突然すまないね」
椅子に優雅に座り、微笑みかけてくる王太子リーベル。まるで仮面のような笑みだ。そう思うのは、ルイーサ自身がリーベルを信用していないからでもあった。
(本当に、読めない人……)
しかし、そうはいっても、曲がりなりにもルイーサの婚約者である。過去にだが、信頼関係を築こうとルイーサから寄り添ったことはあった。だが、リーベルは本当に難儀な男であった。
今もなお、笑顔の裏で考えているのだろう。公爵令嬢ルイーサ・ベールメントが王太子にとって本当に価値があるのかどうかを。
「お久しぶりですね、リーベル様。急なご来訪で私とても驚きましたわ」
ふふふ、と公爵令嬢ルイーサとして振る舞いつつも軽く牽制をする。
「急に会いたくなってしまったんだ」
(何を心にもないことを)
こういえば大体の令嬢が目をハートにさせて甘え声を出すだろう。そう思っているのが見え見えで心底腹立たしい。
ルイーサにとっては、リーベル王太子の相手はやり辛いことこの上なかった。
しかし、その茶番にも付き合わなければならないのが令嬢としての務めなのだ。
「そんな……、とても喜ばしいことですわ。私もお会いしたいと思っていたところでしたの」
(誰がお前なんか!!)
思ってもないことがスラスラと口から出てくるのは、ルイーサが公爵令嬢として培ってきたものによるものが大きい。表の体裁のためならば、何度だって心を殺してきた。
「愛しのルイーサ、寂しい思いをさせてすまなかったね……」
(うげっ!?)
そう言って、ルイーサの手を取ったリーベル。王国随一とも言われているその容姿で甘い言葉を囁けば落ちない令嬢は居ないのだろう。ただし、ルイーサを除いてだが。
ルイーサは顔を引き攣らせながら、ほんの少しの抵抗として、引っ張られる方とは反対に手を引いた。
「それはそうと、ルイーサ嬢。先ほど一目見た時よりも髪が乱れているように見受けられるね」
「あら、リーベル様に会うために身なりを整えるのは当然のことですわ」
少しでも動揺を見せてはいけないとルイーサは笑顔で対応する。すると、リーベルはルイーサの頬に手を添えて静かに顔を近づけてきた。
(えっ!? ちょっ、まさかっ!?)
口付けをされる。そう身構えたルイーサ。しかし、拒否ることは許されない。あくまで彼は王太子であり自身の婚約者であるからだ。
けれど、ルイーサには決めていたことがあった。初の口付けはシューリがいい。だから、この場で奪われるわけにはいかないのだ。
そんな思いとは裏腹に徐々に近づいてくるリーベルの顔。
ルイーサの手がリーベルの顔めがけて振りかぶったその時。
「ルイーサ嬢。従者のシューリが冒険者になったと聞いたんだが、それは本当かい?」
「……リーベル様、どこでそれを?」
「愛しいルイーサ嬢の側を離れなかった子犬……、その行方を知りたいと思うのは変なことかい?」
その言葉にルイーサの頭の中でぷちりと音が切れた。振りかぶっていた腕を下ろしながら、ルイーサは一瞬だけ鋭い視線をリーベルへ向けた。
「離れなかったのではありません。私がそばに置いておきたかったのです。彼は優秀でしたからね」
そう冷たく言い放つ。笑顔ながらも目の奥は笑っていないまま。その表情を見てリーベルの目にも冷たい感情が宿っているのをルイーサは知らなかった。
「……それは知らなかった。無神経なことを言ってしまったね」
リーベルはふわっと柔らかく微笑んだ。ルイーサが初めて見る表情だった。何故だか分からないけれど、その表情を見たルイーサの背筋は凍てついた。
硬直するルイーサの身体を、リーベルは優しく抱き寄せて、耳に顔を近づけこう言った。
「来週の披露宴は、君にとっても忘れられないものになるだろうね」
「……?」
「では、失礼するよ」
◇◇◇
「つ、疲れたぁぁぁ……」
王太子との会合が終わり自室へと戻ったルイーサ。一人になるなり、バタンとベッドに倒れ込んだ。
王太子との会話はそれだけ気を使うものなのだ。婚約者として正式に話が来たのは半年前のことだった。ルイーサにとっては、たったの半年なのである。
それまでも話す機会はあった。しかし、それはあくまで婚約者候補として。ルイーサもまさか自分が選ばれるとは思ってもいなかったし、おそらく王太子リーベルもそうだったのだろう。
ベールメント家は、公爵令嬢の中でも王家との繋がりが少ない。それに、巷では、『ベールメント家は、隣国との会合を重ねており、国王への反乱を企ている』などと噂をされている。
この噂が流れ始めたのは、ルイーサが婚約者候補として選ばれた時期。今から一年半前くらいからである。
おそらく、同じ婚約者候補である家の者達が流した噂だろう。
しかし、例え噂だとしても、流れ始めてしまえば信じてしまう者も少なくはない。現に、ベールメント家への風当たりは強い。そんな中で来週、ルイーサを王太子の婚約者として世に公表するというのだ。
(私が婚約者に選ばれてからだったっけ……、シューリが勝手に部屋に入って来なくなったのは……)
王太子の婚約者という肩書きとなった以上、今まで通りに接することはできない。そう思ったのだろう。それが、ルイーサにとっては、一線を引かれてしまったようで辛かった。
「シューリ……、会いたいよ」
枕に突っ伏しながら自然と言葉が漏れていた。この時のルイーサは公爵令嬢でも冒険者でもなく、ただ一人の女の子であった。




