ep5 公爵令嬢、D級になる
「キミが、ルイーナさん……ですか」
「はぁ……」
「ボクは、ここのギルド長のシュヴァイクです」
ギルド長。そう聞いてどんな屈強な人物が現れるのだろうと想像していたが、現れたのは想像と真逆の人物であった。
女性のようにすらりとした身体に、空色の長髪を一つに纏め、美しい女性のような顔立ちをしながら、声は低い。男性であるというギャップに驚くものは多いのだろう。
(魔力は……高い。ヴァイザー団長と同じくらいの実力者ということね……)
無意識に相手の魔力を読み取っていたルイーサ。少し前のめりになるルイーサを見てシュヴァイクは眉を顰め始めた。仮面越しの視界でも分かるほど明らかに。
ルイーサは慌てて姿勢を正すが、シュヴァイクの口から出たのは予想もしていないことだった。
「キミ、何か読み取ってるでしょう?」
「へっ!?」
突如指摘され、素っ頓狂な声を上げるルイーサ。まさか、魔力探知のことを言っているのだろうか。そんなはずはない。だって、今まで誰にも、シューリにさえもバレたことがないのだから。
それに、バレているとしたら相当まずいことだった。勝手に他人の魔力を盗み見するのは、常識としてとても失礼なことであるからだ。
「さっきから、ムズムズするんですよね? キミ魔法使っているでしょ? ボクじゃなければ気づかないくらい繊細で精度の高い……」
「な、何のことでしょうか?」
「……あくまでしらばっくれるという訳ですか」
冷たく鋭い瞳が突き刺さる。ここで自白したならば、洗いざらい聞かれるに決まっている。さっさと帰りたいのに。
ルイーサは無言を貫いた。何も言わぬが勝ちなのだ。誤魔化そうと言葉を出せば墓穴を掘るに決まっている。
そんなルイーサの心情を察知したのだろう。これ以上問い詰めても意味がない。そう判断したシュヴァイクは、ふぅと一息吐いてこう言った。
「まあいいでしょう。今回は不問とします。受付嬢のメルバから話は聞きました。ただ、本来ランクは一つずつしか上げられない仕組み。……でも今回は特別です」
シュヴァイクは言い終えると同時にルイーサの冒険者タグに手をかざした。手から淡い光現れ、それを包み込んでいく。
「おめでとうございます。D級へ昇格です」
冒険者タグを手渡されたルイーサ。何も言わずルイーサを観察するように立ち尽くすシュヴァイクにぺこりと頭を下げてこう言った。
「えっと……、ありがとうございます。では、私はこれで……」
何かを悟られる前にいち早く退散しよう。そんな思いで、背中に鋭い視線を感じながらも、その場を後にした。
◇◇◇
(綺麗な顔で睨まれると、こうも迫力があるのね……)
ルイーサは、屋敷へと戻りながら先ほどまでの出来事を振り返っていた。生きた心地がしなかったとはまさにこのことである。
無事帰れたことに安堵しながらも、今後の動き方について模索する。
(あまり、目立ったことは避けた方がよさそうね……。でも……)
ただ、ルイーサも冒険者としての時間が自由に割けるほど暇ではなかった。公爵令嬢ルイーサとしての務めもあるからだ。
冒険者としてのランクを上げてすぐにでもシューリに会いに行きたいけれど、時間は有限にあるわけではない。そうこうしている間にシューリに恋人ができてしまう可能性もある。それだけじゃない。死んでしまっていることだってあり得るのだ。
そのことがルイーサ自身を焦らせていた。
(とりあえず、屋敷に戻ってから考えよう……)
◇◇◇
ルイーサが退室した後、シュヴァイクはすぐさまどこかへ電話をかけた。
「至急調べてほしいことがあります。冒険者ルイーナと名乗る少女の素性を。所作や身なりからするに、そこいらの冒険者ではないと思うんですよね」
電話口の相手はシュヴァイクの言葉を聞いて素っ頓狂な声を上げた。
「一から人の素性を調べるなんて、流石に無理があるぜ? シュヴァイク、お前のことだから何かしら掴んではいるんじゃないのか?」
「……いいえ。ですが、大体の目星はついています。探してほしいのは貴族。貴族の中から魔力の高い女性を探してください」
「はぁ!? 貴族!? なんでまた……、いやお前の勘は当たるんだよな……。おっけ〜、先払いで頼むぜ!!」
ガチャンと電話が切れる。ツーと一定に流れる音に掻き消されるくらいの音量で、シュヴァイクはため息を漏らした。
(おそらく、王国騎士団も目をつけているでしょうね……)
目の前に積み上げられた書類から、一つの書類を取り出してパラパラと捲り始める。【S級冒険者リスト】と記載された書類である。その中である一枚のページを見て、シュヴァイクはポツリと呟いた。
「S級冒険者、シューリ……。ベールメント公爵家の元従者……ね」
◇◇◇
「よっと……」
「戻ったのね、ルイーナ」
窓枠からひょいと屋敷へ忍び込むルイーサ。その姿に気づいた自身の分身が、そう言ながら手を差し伸べた。公爵令嬢モードの自分を客観的に見て思わず苦笑する。分身の手を取ると、そのまま引っ張り上げられヒョイと中へ着地した。
自室の中には分身ルイーサの姿だけ。事前に魔力探知で使用人の位置も把握済みだった。
「大丈夫だった?」
分身に何か異常事態があればルイーサ自身に信号が発信されるようになっている。それがなかったということは何もなかったのだろう。
けれど、再確認するように分身へと問いかけた。
「えぇ、問題はなかったわ。たった今王太子様が来られているということ以外は」
「ならよかっ…………、はい!?」
淡々と告げる分身にルイーサが思わず声を上げた。と、同時に部屋の扉がノックされる。
「ルイーサ様? ご準備はよろしいでしょうか? リーベル様がお待ちです」
侍女の言葉を聞きながら焦ったように分身の顔を見るルイーサ。
「では、私はこれで……」
「ちょっ……」
分身は役目を終えたかのように光の粒子へと戻っていく。王太子の来訪なんて、緊急事態ではないのか。それとも、本物が来たから問題ないと判断されたのか。
そうこうしている間も侍女は待ってくれるわけではない。ルイーサは急いで仮面を外し、付け髪を脱いだ。すらりと銀の長い髪が露わになる。付け髪の中で纏めていたからか、髪は自然と緩やかに巻かれたようになっている。
(どのくらい待たせてるのか分からないし、とりあえず急がないと!!)
衣装箪笥から、一級品のドレスを取り出していると、またもや部屋のノックが響く。
「……お嬢様?」
「着付けが上手くいかないの。ちょっと手を貸してくださるかしら」
「っ! は、はい、失礼いたします」
侍女を招き入れ急いで支度を終える。そして、ルイーサは侍女と共に急足で王太子の元へと向かっていった。
(突然来るだなんて何を考えているの……!? まさか、ヴァイザーから漏れたとか……いや、そんなわけない! だって、あの時、バレた様子はなかったもの!!)




