ep7 公爵令嬢、披露宴に行く
ルイーサは鏡を前に最大なため息を吐いた。
いつもは無造作に下ろしている銀色の長い髪は、丁寧に編み込まれ披露宴仕様に整えられている。
薄く施された化粧。そして、銀髪に映える淡い光沢を帯びた翡翠色のドレス。
装飾である金色の宝石は、王太子の髪と瞳の色を表したものである。
本来であればドレスも金色に仕立てられる予定であったが、銀髪のルイーサには似合わないからと急遽変更されたのである。
「憂鬱ね……」
披露宴当日。準備を終えたルイーサは、王宮内の一室にて一人になった瞬間に本音を漏らした。侍女がお手洗いにと席を外した瞬間のことである。
もう少しで王宮使用人達が迎えに来るだろう。そして、婚約者リーベルの元へと連れていかれとうとう婚約者として正式に締結されるのだ。
ベールメント家の為にも、否選ばれてしまったからには断る事はできないのだ。そういう運命なのだと自分に言い聞かせるようにルイーサはもう一度溜息を吐いた。
(扉の向こう側……、誰かこっちに来てる……)
部屋の方へと向かってくる人物を魔力探知で捉えたルイーサ。魔力は高くない。王宮使用人だろうか。ただ、それにしては不審な点があった。
(一人だけ?)
王宮使用人だとすれば、複数人で来るはずであった。一人では護衛にしては少なすぎる。気にしすぎなだけかもしれないが、再三シューリからも口酸っぱく言われていたのだ。
『外では誰が命を狙っているのか分からない。俺が近くにいない時は魔力探知を常に展開させておけ。……ルイーサなら、できるだろ?』
王太子の婚約者候補に選ばれた時から、シューリは事あるごとにそう口にしていた。実際に命を狙われた事はないにしても用心しておくに越した事はない。
――コンコン、コンッ
(三回……)
扉を叩く音が三回。三回目の音は聞き耳を立てなければ聞こえないくらいのとても小さな音であった。
本来は二回が常識である。しかし、ここ王宮内では使用人であることを示すために扉を二回叩いた後に、小さく一回叩くことになっているらしい。
これもシューリが言っていたことだ。シューリ曰く、これは王族内の者達だけで把握していることで侵入者を見分けるためのもののようだ。
何故そんなことをシューリが知っていたのか。問いただしてみたけれど、偶然聞いただけだと言っていた。部外者に聞かれるような甘い管理で大丈夫なのかと思ったが。
王宮使用人で間違いはないだろう。一人というのは、単に言伝をしに来ただけだからかもしれない。侍女は席を外している為、自分で対応するしかない。
「何かしら」
「ルイーサ・ベールメント様。お迎えにあがりました。リーベル様の元へとご案内いたします」
(お迎え? 言伝ではなく?)
扉の方へと向かおうとしていた時、王宮使用人からの言葉を聞いて立ち止まる。
「分かりました。少しお待ちください。……あ、それと、ドレスが重たいもので、何人かにドレスの裾を持っていただくことはできるかしら」
扉の向こうにいる男性にルイーサは問いかけた。ドレスが重たいというのは真っ赤な嘘である。先程までも一人で部屋の中を歩き回り憂鬱な気分を晴らそうとしていたのだから。
「そうでございますか。問題ありませんよ、護衛の為にも複数名でお迎えに来ておりますから」
「……そう」
明らかな嘘にルイーサは扉から後ずさった。魔力探知には明らかにその男しか探知されていない。
それに、数人引き連れていたならば足音でも分かるだろう。しかし、思えば足音は一つも聞こえなかったのである。
扉の向こうの男は足音を消しながら近づいた挙句、嘘をついているという事だ。つまり、王宮使用人のフリをしてルイーサに声をかけてきた。
(他の公爵家の刺客? どうすればいいの?)
命を狙われているかもしれないという状況に、足の震えが止まらなかった。シューリから言われていても心のどこかでそんな事は起こらないだろうと思っていたからだ。
魔力探知では周囲に他の人は見当たらない。助けを求める事は難しそうであった。一人で迎え討つのは危険だろう。ならば、窓から逃げるのが最適だろうか。
そうこう考えているうちに、痺れを切らしたのか、扉の向こうの男が声をかけてきた。
「ルイーサ様……? 失礼いたしますが、時間もありませんので中に入らせていただきますね」
ルイーサは身構えた。刺客であれば扉が開かれた瞬間にすぐに襲いかかってくるかもしれない。
ガチャリとドアノブに手をかけられた時、防御魔法を展開させてルイーサは身を屈めた。手の震えで魔法の構築も不安定だった。
扉が開く。そう思った瞬間、聞こえてきたのは扉の向こうにいた男の情けない声だった。
「な、なんだお前!? グアッ……」
(え……?)
一瞬にして扉の向こうにいた男の魔力が消えた。他の魔力は一切感じられなかった。
(何が起きたの……)
ルイーサは魔力探知を止めて防御結界をより強化した。そして、扉の方へと向かいドアノブに手をかけた。
(誰も居ない……)
扉の向こうには誰も居なかった。声をかけてきた男の姿も何も。助けられたのだろうか。けれどどうやって。廊下を見渡していると、侍女の姿が見えた。侍女もルイーサに気付いたようであった。
「お嬢様? どうされたんですか?」
「う、ううん。何でもないわ」
不穏な思いの中、続けて本物の王宮使用人達もやってきた。
「お迎えにあがりました……が、こんな所でいかがなさいましたか?」
「あ、少し外の空気を吸いたくて……」
「そうでございましたか。お待たせして申し訳ございません。では、リーベル様の元へとご案内いたします」
「ルイーサ様、行きましょう」
「えぇ……」
夢だったかのような出来事にルイーサは軽くめまいがした。けれど、夢ではない。
先程までの動悸が今もなお残っているのだから。
(何だったの……)




