ep3 公爵令嬢、逃亡する
目的地である東の農村【マルダート】へと辿り着いたルイーサ。
「流石にここまで酷いだなんて……」
畑は魔物によって掘り返され、農作物は食い潰されていた。さらに、農村の納屋も襲われたのか、屋根が崩れ落ち、村全体が悲惨なことになっていた。
住民たちは避難したのか、村は物音一つしない。これがまだ昼間であってよかったと思うばかりである。
(グンショクダヌキって、そんなに危険な魔物だっけ……)
シューリは冒険譚が好きで、幼い頃からよく色々な魔物をルイーサに教えてくれた。その頃から冒険者への憧れがあったのだろう。
昔のことに懐かしさを感じながらも、ルイーサはグンショクダヌキについて言われたことを思い返す。
『一つ、あいつらは基本群れで行動する。二つ、攻撃力は高くないが統率力に優れていて、死角をついて攻撃してくる。そして、三つ、これは相当稀だが群れから外れて行動するやつは桁違いの強さをもつ』
(『稀だからこそ、いつか遭遇してみたいよな!』とかあほみたいなこと言ってたっけ……)
昔のシューリの言葉を思い出しクスリと笑みをこぼしたとき、ルイーサの魔力探知に反応があった。
(敵だ、魔物の反応……、それも《《一体》》だけ)
嫌な予感がした。ルイーサの探知した魔物の魔力があまりにも《《膨大》》だったからである。
(距離は、五十メートルってとこか。あっちはまだ私に気付いていないようね……)
先手必勝。気づかれる前に討伐する。それが、ルイーサの考えていた戦術である。
「シュトラーレ」
敵の方向へと手をかざし、ルイーサは魔法を放った。光属性の一般攻撃魔法である。
攻撃を放ったと同時に敵もルイーサに気づいたようだった。しかし攻撃を避けることはできなかったのだろう。悲鳴とも言えぬ声が微かに聞こえ、すぐさま探知からも消失していった。
(今のは、何の魔物だったのかな……。グンショクダヌキだとしたら一体でいた時点でもっとやばいはずだもんね)
初戦闘、といっても敵の姿は捉えてはいないけれど。ある程度の魔力を持つ相手でも、自分の攻撃が問題なく通ることを確認できたのは幸いだった。
シューリの教えのおかげでもあるだろう。普通ならば令嬢が実戦ですぐに戦えるはずもない。
元々肝が座っているのもあるが、視界が狭まっているのも今思えば幸運であった。敵の姿をはっきりと捉えてしまえば、その姿に恐怖してしまうかもしれないからだ。
(とりあえず、森の奥へ進んでみよう……)
グンショクダヌキの群れを探すため、ルイーサは森の奥へと進んでいった。
それから、数百メートル歩いた頃だった。
「ぐあぁあ!!」
森の奥から悲鳴が聞こえたかと思えば、轟音が鳴り響いてきた。おそらく戦闘が始まったのだろう。
(他の冒険者? あの悲鳴……もしかして、劣勢なんじゃ……)
ルイーサは音のする方へと駆け出した。
すると、駆け出して数分でルイーサの魔力探知に反応があった。
冒険者と思わしき人の魔力は数十人。ある程度の強さがありそうな魔力であった。その中でも二人ほど群を抜いている魔力もある。
しかし、対して魔物の魔力反応はゆうに百を超えていた。
(魔物の数が、多すぎる……! これ全部グンショクダヌキなの!?)
遠距離魔法を放つには、人が魔物に近すぎた。数十人に当てず、魔物だけにピンポイントへ当てられるほど、ルイーサは照射精度に自信はなかった。
「近接系はあまり得意じゃないんだけどっ!!」
腰に刺していたレイピアをとり出して、ルイーサは近くへと向かって行く。
数センチの視界では足元さえ映らない。しかし、ルイーサは見えているかのように枝木を跨ぎながら一直線に進んでいく。
全て魔力探知がなせる技である。
(居た!! ものすごい数のグンショクダヌキ!! しかも、なんか……怒ってる!?)
ルイーサの小さな視界が敵を捉えた。グンショクダヌキの大群が鎧を着た兵士たちを取り囲んでいた。冒険者だと思っていた人たちは、兵士だったようだ。
(なぜ兵士たちがここに!?)
それに、ただの兵士ではないようだった。その誰もが、そこいらの兵士らしからぬ、高級そうな鎧を身に纏っているのだ。魔力からしても結構な手だれの者たちなのだろう。
(一体、どこの兵士……)
おそらく、有名な騎士団の兵士達だろう。そう思い、鎧に刻まれているはずの紋章を確認したルイーサ。
(う、嘘でしょ!?)
そこには、見覚えのある紋章――
【王家の紋章】が刻まれていた。
(王族騎士団が何でこんなところに!?)
王家の兵士ということは、ルイーサも何度か顔を合わせたことがある兵士たちだ。兵士たちがルイーサのことを覚えているのかは分からないが、ルイーサにとっては遭遇したくない集団の一つであった。
(仮面もしてるし、バレないとは思うけど……。王族騎士団となると、私が出ても足手纏いになる可能性もあるし……)
極力、接触したくない。その一心で逃げるための言い訳を頭の中で考える。
ただ、ルイーサは自分よりも王族騎士団の方が遥かに強いと思っていたのは事実である。だからこそ、自分が戦いの場にでても意味がないと本気で思っていた。
しかし、魔物の数も数だ。これだけの物量でこられては、いくら王族騎士団でも無傷ではいかないだろう。
そう頭の中で葛藤していると、王族騎士団の一人の兵士が荒々しく声を張り上げた。
「たった今、魔力探知が成功しました! 南東の方にいたはずのグンショクダヌキの長がやられたようです!! 誰がやったかは分かりませんでした!!」
(……南東。いやいや、まさか……ね?)
南東とは、先ほどルイーサが魔力探知した魔物がいた方角であった。
さらに、その言葉を受けて、団長らしき人物が更に声を張り上げてこう言った。
「長の喪失によりグンショクダヌキはより攻撃力が増すと言われている!! みんな気を引き締めろ!!!!」
自分は関係ないと思っていたルイーサであったが、その団長らしき人物の言葉で、昔シューリに言われたことを思い出した。
『その稀にいるやつってのは、グンショクダヌキの長なんだ。だけどな、先に長を殺すと群れは怒り狂ってより統率力を増し攻撃力も強くなる。だから長をやる前に群れから倒さないといけないってわけ。どうだ? 面白いだろ?』
そう、楽しそうに語っていたシューリの言葉を。そして、目の前にいるのは、激昂して荒れ狂っているグンショクダヌキの群れ。
(シューリ……、ぜんっぜん、面白くないからぁぁ!!)
事の発端が自分であると分かってしまった以上、逃げることはできなかった。
「だ、誰だ!?」
ルイーサは戦場の真ん中に飛び出した。兵士たちの驚く声が耳に入ってくる。その音を掻き消すように、ルイーサは魔物を一体、一体殲滅していく。
魔物の隙間をスルスルと潜り抜けながら、レイピアで確実に貫いていく。死角からも次々と魔物が襲いにかかるが、魔力探知によりその動きは全て読み取っていた。
「す、すげぇ……」
無心で魔物を狩り続けるルイーサを見て、兵士たちの手は自然と止まっていた。兵士たちはただ、華麗に魔物を捌いていくルイーサに釘付けとなっていた。
◇◇◇
「はぁっ……、はぁっ……、終わった?」
息を整えながら、魔力探知の反応を確認するルイーサ。魔物の反応は見当たらない。全て倒し終えたのである。
十を超えたあたりから、ルイーサは数えるのをやめていた。討伐依頼には十体と書かれていたため、これだけ倒せば流石に昇格するだろうと踏んでのことだ。
(ふぅ……、結構いい動きだったんじゃない?)
あの大群相手にしてはよく動けたほうだとルイーサは自負していた。幼い頃、シューリと一緒に毎日のように使用人から逃げていたのが功を成したのだろう。
魔力探知を発動していたのもあり、死角からの魔物の動きも読めたからでもあった。
傷一つ負わずに戦いを終えたことに、達成感を抱いていると、兵士の一人に声をかけられた。
「助かりました……、とてもお強いんですね。貴女お名前は?」
聞き覚えのある声にドキリと胸が鳴った。もしやとは思ってはいたが、近くで聞いてそれは確信に変わった。
違っていてほしいと願いながら恐る恐る顔を見る。しかし、その願い虚しく、そこに居たのは、ルイーサが想像していた人物であった。
(ヴァイザー団長……)
その男は王太子直属の護衛騎士であり、王太子の婚約者であるルイーサとは旧知の中であった。
若くして団長に上り詰め、その端正な容姿と男らしく引き締まった身体から、貴族女性の間でも噂になるほどの人物である。
ルイーサは王太子の婚約者だということもあり、何度かヴァイザーと話す機会があった。それをよく思わないご令嬢からやっかみを受けた時のことを思い出す。
「な、名乗るほどの者じゃ……」
声色を変えながら、なんとかその場から逃れようと後ずさる。しかし、ヴァイザーは更に距離を詰めてこう言った。
「お礼をさせてください。貴女様が助けてくださったのは――」
「あの! 本当に大丈夫ですので! では!!」
ヴァイザーが何か言葉を言いかけたのも束の間、ルイーサはその言葉を遮ってその場から逃げ出した。
◇◇◇
ルイーサが必死に逃げるその裏で、兵士の格好をして紛れていた一人の人物がヴァイザーへと声をかけた。
「ヴァイザー、どうだった?」
「リーベル様。……いえ、名も名乗らずに去ってしまいました」
そこにいたのは、この国の第一王子であり、ルイーサの婚約者でもある、リーベル・フォン・ダースラーであった。
「それにしても、仮面をつけながらあの華麗な動き……。死角からの攻撃もまるで見えていたかのよう。凄腕の冒険者なんでしょうが、見たことがない方でした……」
「お前がそう思うということは、余程だな」
リーベルはニヤリと笑いながら、続けてこう問いかけた。
「……なあ、ヴァイザー。あの芸当はどうやったと思う?」
リーベルの問いに、ヴァイザーは唸った。そして、数秒の沈黙ののち、口を開いてこう言った。
「……こんなことはありえないとは思いますが」
「思いつくことがあるなら言ってみろ」
「……超高精度な魔力探知を常に展開させて敵の攻撃を読んでいた。……なんて、そんな事できる人などこの世にはいないでしょうけど」
「魔力探知か。使った事ないな。それは、難しいのか?」
「難しいというよりも、魔力探知は発動するのに時間がかかるんです。そのため、発動中は隙だらけになってしまい、こうした大人数の時にしか使えないような魔法です。それに……」
「それに?」
「これは、実際にやってみれば分かるのですが魔力消費がとんでもないんです。常に展開させるのはいくら魔力量の多い大魔導士でも無理でしょう」
そう話すヴァイザーを前に、リーベルは再度不敵に笑った。
「ふ〜ん、興味深いなぁ……」




