第九章 トイレ騒動
少し薄暗いトイレに入ると、純と、もう一人、別のクラスらしい男の子が用を足している最中だった。
(あれ、楓はトイレじゃなかったのか……)
二人の間の小便器がひとつ空いていたので、オレはそこに立った。
「……ん?」
なんだか、両隣から視線を感じる。そんなに見られたら、出るものも出なくなるんだが──そう思いながら、オレはスカートの裾をたくし上げた。
(……待て。スカート?)
「あーーーーーーー! 間違えた!」
恐る恐る両隣を見ると、二人は目玉が転げ落ちそうな顔でオレを見ていた。
「ご、ごめんなさい」
オレは慌ててスカートをおろし、純を見た。
「えーーー、なんで? なんで? 普通、間違える? しかも今、立っておしっこしようとしてたでしょ!?」
純が引きつった顔で言葉を投げてくる。
「転校生?」
もう一人の男の子が純に訊いた。
「そうそう、今日来た転校生。女子だよ。……いや、スカート穿いてるからさ、てっきり女子だと思ってたんだけど」
「トイレ間違えただけだってば! 女だって!」
(中身は男だけどな。──とにかく、男子トイレから出なくては。長居するほど面倒なことになる)
急いで出口へ向かうと、廊下から休み時間のざわめきが聞こえてきた。
(くっそ、出るに出られない。……さりげなく出るしかないか)
ドアノブに手を伸ばした、そのとき。ドアが勢いよく開いて、話し声と一緒に、やんちゃを絵に描いたような男子が数人、なだれ込んできた。
「あっ!」
オレと目が合った先頭の男子は、自分がトイレを間違えたと思ったのだろう、一度廊下へ引き返した。──が、すぐに戻ってきた。
「……なんで、女子が男子トイレにいる?」
「トイレ間違えたんだってさ。でもこいつ、立ちションしようとしてたから、男かと思ったよ」
純と一緒にいた男の子が、さっきの出来事を面白おかしく話し始めた。まずい流れだ。
「立ちション!? 何それ、変態? ──スカート穿いてるけどよ、やっぱ本当は男なんじゃね? 確認してみるか?」
ヤバい。これは本当にまずい。逃げようとしたが、狭いトイレの中、あっという間に捕まった。
「よし、押さえつけろ」
男子たちに両腕をつかまれ、冷たいタイルの床に押さえつけられた。振りほどこうにも、相手は複数、こちらは女の子の腕力だ。どうにもならない。スカートに手が入り、下着に手がかかるのが分かった。
トイレのドアは閉まっている。廊下からは、中で何が起きているか分からない。
「おい、コラ! くそガキ! それ以上やると強制ワイセツになるぞ! 『悪ふざけでした』じゃ済まなくなるぞ、分かってんのかオラ!」
精一杯ドスを利かせて、男子を睨みつけた。だが、出てきたのは小学五年生の女の子の声。迫力には程遠く、むしろ逆効果だったらしい。男子の目の色が変わった。
「何が『済まなくなる』だ。先に男子トイレに入ったのはお前だろ。この変態女が」
オレは必死に脚をばたつかせた。それでも下着は膝の近くまで引き下ろされてしまった。まずい。本格的にまずい。体をひねって横向きになった拍子に、押さえられていた右腕が抜けた。とっさにその右手でスカートの裾を押さえ、下着を掴んで引き上げる。
──バタン!
ドアが勢いよく開く音がした。楓と、純が飛び込んでくるのが見えた。純が、助けを呼びに行ってくれたんだ。
(た、助かった……)
バシッ! ドスッ!
何かが肉に当たる鈍い音。「うっ、痛った!」という呻き声と同時に、オレに伸びていた手が離れた。見上げると、頬を押さえた男子と、拳を握ったままの楓が睨み合っていた。
「鉄男! 馬鹿か、お前は!」
楓の声がトイレ中に響いた。
「楓ぇ……転校生の前でいいかっこしいか? ──女のくせに」
(……えっ。今、なんて言った? おんな? 楓君が……女?)




