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時の澱  作者: 琉球すみれ
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第八章 転校初日

授業開始のチャイムを廊下で聞きながら、オレは担任の先生の後ろについて、五年二組の教室へ向かっていた。今日から、人生二回目の小学校だ。


マンモス校のような大きな学校ではないが、複式学級の小さな学校でもない。一学年二クラスの、ごく普通の小学校──校門の両脇にシーサーが鎮座していることを除けば。


先生が教室のドアを開け、二人で中に入ると、さっきまで騒がしかった教室が一瞬で静まり返った。が、その静けさは三秒と持たず、今度はひそひそとしたさざめきに変わった。


(転校生……? ナイチャーとちゃう?)


そんな声が切れ切れに聞こえる。


「はーい、静かに」


先生の声が教室に響いた。


「今日からみんなと一緒に勉強することになった転入生を紹介します。じゃあ、さくらさん、自己紹介してもらえるかな」


「はい。今日から通うことになった、星野さくらです。言葉とか、いろいろ分からないことがあると思いますけど、よろしくお願いします」


何十回と社内プレゼンをこなしてきた身だ。自己紹介くらいで緊張は──した。三十人の小学生の視線は、役員会より刺さる。


「はい。じゃあ、さくらさんの席は、向こうの空いてる席ね。教科書は来週には届くと思うから、それまでは隣の楓君に見せてもらって。──楓君、さくらさんに教科書見せてあげてね」


先生が指さした先には──昨日、ビーチで会ったあの男の子が座っていた。


(あれー! あの子だ!)


危うく声に出すところだった。


あの子、楓っていうのか。同級生だったとは。しかも同じ学校の同じクラスで、隣の席。なんという、神様が仕立てたような偶然。これがアニメや漫画なら「恋の予感」とかいう展開なんだろうが、あいにく中身がオッサンのこちらとしては、恋を始めるわけにはいかない。とにかく、気を引くような真似だけはしないようにしなければ。


クラス中の視線を浴びながら、机の間を縫って、指定された席に着いた。隣の楓君は、先生を見たりオレを見たり、落ち着かない様子だ。とりあえず、昨日のお礼は言っておかなくては。


「あのー。傘、昨日はありがとう」


そう言いながら、ゆっくり椅子に座った。


「あ、うん」


楓君は平静を装っていたけれど、声にかすかな動揺がにじんでいた。後ろの席の子が「昨日はありがとうって、どういうことよ?」と言いたげな顔でこちらを見ているのが分かった。


「はい、国語の教科書開いてー」


先生の声に、楓君はガラガラと机を寄せて、オレの机にくっつけた。国語の教科書を真ん中に置いてくれる。教室がまた少しざわついて、先生の注意が飛んだ。


「はい、そこ、うるさいよ。──じゃあ純君、四十二ページ、『大造じいさんとガン』の第四場面から読んで」


オレの前の席の男の子が、鼻からため息を吐き出しながら立ち上がり、教科書を読み始めた。



キーンコーンカーンコーン。


「今日の日直、号令かけてー」


「きりーつ。礼」


『ありがとうございました』


国語、算数、理科。三時間目までの授業が終わった。一コマ四十五分とはいえ、何十年ぶりに受ける学校の授業は、思いのほか疲れる。


三回目の休み時間が始まると、クラスの生徒たちは一斉に席を立った。校庭へ飛び出すグループ。教室の隅で固まっておしゃべりするグループ。新学年が始まって二、三ヶ月。グループはもう、すっかり出来上がっているようだった。


オレは席に座ったまま、それぞれのグループを観察した。あっちが「一軍」だな。クラスで一番影響力のあるグループだ。そっちは、真面目とはちょっと違う、頭のいい連中。その奥は、昔で言うオタク? アニメかゲームのキャラの話で盛り上がっている。長年の社会人生活で培った人間観察力は、教室でもそれなりに通用するらしい。


で、一番近く、オレの席のそばで話しているこのグループは──……なんか、よく分からない。


そのよく分からないグループに、隣の席の楓君、前の席の純君、それから女子が二人、混じっていた。


それにしても、三時間も椅子に座りっぱなしだと、お尻が痛い。


(とりあえず、トイレ行っとこ)


席を立ち、廊下に出て、突き当たりのトイレに入った。


──つい、いつもの癖で。青いズボンのマークが付いた、ほうのトイレに。


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