第五章 検査
シャラーン。
──三十四番の番号札の方、一番診察室にお入りください。
病院の待合室で、オレは女の人と並んで、診察番号が呼ばれるのを待っていた。さっき頭のCTを撮って、いまはその結果待ちだ。隣の女の人は、どうやらオレの「お母さん」らしい。
今朝、オレの「わたしは誰ですか」を聞いたお母さんは、最初は娘のたちの悪いいたずらだと思っていたようだった。だが、本当に記憶をなくしているかもしれないと分かると、半分パニックになって、片っ端から病院に電話をかけまくった。その電話のやり取りを横で聞いていて、オレは初めて知った。自分の苗字が星野であること。十歳の、小学五年生であること。すぐに診てもらえる病院が見つかると、お母さんはオレを車に押し込んで、病院に駆け込んだ。
シャラーン。
──三十五番の番号札の方、二番診察室にお入りください。
天井のスピーカーが番号を呼び、吊り下げられたディスプレーに、お母さんの持つ札と同じ数字が大きく表示された。二人で立ち上がり、二番診察室へ向かう。少し重い引き戸を開けると、女の先生が電子カルテの画面に映ったCT画像を眺めていた。
「星野さんですね。お掛けください」
先生はカルテから目を離し、オレとお母さんに向き直った。
「これが、さっき撮ったさくらちゃんの脳の写真です。外傷や、感染による萎縮などは認められません。問題になるようなものは何も写っていない。──脳に異常はないです」
そりゃあ何も見つからないだろうな、とオレは心の中で呟いた。悪魔と取引しました、なんて話しても、誰も信じまい。だから隣のお母さんにも話していない。CT画像に悪魔が写っているとでも言うなら話は早いんだが。いや、それはそれで、びっくりするが。
オレが考えごとをしている間にも、先生の話は続いていた。
「名古屋から沖縄への引っ越し、転校──環境が大きく変わって、ストレスがかかったのかもしれませんね。さくらちゃんの状態は一時的な記憶喪失と思われますが、解離性同一性障害、いわゆる多重人格の可能性もあります。一度、専門医のいる心療内科を受診してください。この病院には思春期外来もありますから、もっと詳しく原因を探れると思います」
「……思春期外来?」
お母さんが訊き返した。
「はい。思春期の子供を対象に、思春期特有の問題を診る外来です。さくらちゃんも、そろそろ思春期に入るころでしょう。思春期特有の、心の問題が関係しているのかもしれません」
「思春期特有の、心の問題……」
お母さんは深刻な顔のまま、少し身を乗り出した。
「先生、この子、学校へ行っても大丈夫なんでしょうか」
「身体的には異常がありませんからね。さくらちゃん本人が行きたいと言うのなら、問題ありませんよ」
「さくら、新しい学校、行けそう?」
お母さんが顔を覗き込んでくる。
「行けるよ。新しい学校だから、みんなオレ……、──私のこと、誰も知らないし。一から始まるんだから。だから大丈夫……だと思う」
お母さんを安心させたくて、少しだけ笑顔を作った。
「では、心療内科の予約を入れておきますね。一番早くて……来週の火曜日、十時三十分が空いていますが、いかがでしょう」
「はい、その時間で大丈夫です」
「では来週は、心療内科へ直接行ってください。──お大事に」
少し重い引き戸を開けて、オレとお母さんは診察室を出た。




