第三章 血判
一週間後、影は約束どおり夢に現れた。
「準備はできたか? ここに血判すれば、契約完了だ」
影はそう言って、一枚の紙をオレの顔の前でひらひらと振った。びっしりと文字が書かれているが、見たこともない文字で、一文字も読めない。
「ここに血判すれば、おまえの望みどおり、女になる。代わりに、残りの寿命は一年だけ残して、全部いただく。──前にも言ったが、後の家族のことなら心配いらん」
影は紙を机の上に置いた。
……あれ。こんなところに、机なんてあっただろうか。夢だから何でもありなのか。そんなことを考えながら、机の上の紙を覗き込んだ。やはり読めない。読めない文字の連なりの横に、ペーパーナイフのような物が一本、添えられていた。
「そのナイフで、どこか適当なところを切れ。親指がいいだろう。この血判状におまえの血を吸わせれば──それで、新しい君のスタートだ」
ナイフを右手で取り、左の親指の腹に当てた。
「痛っ……!」
夢なのに、痛みを感じるのか。
軽く当てただけなのに、皮膚は呆気なく裂け、指先に赤い玉がふくらんだ。血は糸を引いて、血判状の上にぽたり、ぽたりと落ちた。読めない文字が、血を吸って、一瞬だけ別の色に光った気がした。
「アハハ! ご成約、ありがとうございます!」
影が両手を広げた。
「どうだ、全てを捨てた気分は? ワクワクするか?」
ワクワク?
ありがとう?
ご成約って、どういう意味だ。
全てを捨てた? ──何を?
何かとても大事なことを忘れている気がするのに、それが何だったのか、もう思い出せない。
なんでオレ、泣いているんだろう。
「さくら! さくら! 早く起きなさい! 転校初日から遅刻はまずいでしょーに! ほら、早く!」
……朝から、うるさいな。
「代休で今日は休み。もう少し寝かせてくれ……」
さくら?
さくらって、誰だ。
学校?
ベッドの上で目を開けると、見覚えのない天井が、そこにあった。




