第二章 死神は答えない
来週また来ると言っていたくせに、影は翌日の夜、もうオレの夢に現れた。しかも、連れがいた。
「おまえ、残りの寿命が知りたいと言っていたな。だから連れて来てやった」
影の隣に、それよりもっと暗い、光をすべて吸い込むような何かが立っていた。死神、らしい。
「言っておくが、死神だけをおまえのところへよこすわけにはいかんのだ。あれは仕事熱心でな、そのままあちらの世界へ──まあ、ワシらの世界だが──おまえを連れて行ってしまうことがある。だからワシが付き添いだ」
ほれ、訊いてみろ。影に促されて、オレは死神に残りの寿命を尋ねようとした。
だが、オレが口を開く前に、死神は何かを影に告げたようだった。声は聞こえなかった。ただ、影のほうが素っ頓狂な声を上げた。
「はあ? おい死神、まだ何も訊いておらんぞ。──彼の寿命は一年だと? 訊く必要はない? 何故だ」
影は死神の答えに耳を傾け、それから、ああ、と納得したように頷いた。
「……既に選択している、か。そうか、おまえ、昨日の契約、もう心の中で決めておったか」
影はオレに向き直った。
「十代の女の子になる引き換えに、寿命を一年残して、残りすべてを捧げる。──だから、おまえの寿命は一年。死神の帳面には、もうそう書いてあるそうだ」
オレは何も言えなかった。決めていた。たしかに決めていた。昨日の夜、夢から覚めたあの瞬間から、いや、もしかしたらずっと前から。
「ところで人間よ、一つ訊くが」
影の声が、少しだけ低くなった。
「おまえ、妻と子供がいるだろう。どうするんだ」
……。
「黙るな。まあいい。一ついい方法がある」
影は、手品の種を明かす手品師のように、楽しげに語り始めた。
「ちょうど別の案件でな。結婚したかった、子供が欲しかった、温かい家庭が欲しかった──そういう人間がいる。その男を、おまえの代わりに、おまえの妻と結びつける。そして、おまえの子供からも妻からも、おまえに関する記憶をすべて消す」
「心配するな。おまえの記憶からも、妻のこと、子供のこと、結婚していたことのすべてを消してやる。だから、家族について思い悩むことはなくなる。妻と結ばれる男に嫉妬することもない。──さあ、契約しようか?」
オレは動けなかった。影は肩をすくめた。
「どうした。……しょうがない。一週間待つと言ったのはワシだ。来週まで待ってやる」
立ち去りかけた影に、オレは一つだけ訊いた。妻と結ばれる相手は、誰なのか。
「守秘義務で答えられんな。悪魔の世界にもあるのだよ、守らねばならん秘密が」
影は笑い、それから、ああでも、と付け加えた。
「契約の中身なら教えてやれる。──聞くかい? そうか。おまえの妻と結ばれる彼は、若い。彼はその若さと引き換えに、幸せな家庭が欲しいそうだ。三十年の命をワシに捧げるつもりでいる。三十年を捧げれば、彼は一気に三十年、歳をとる。それでも、家族が欲しいのだと」
「さっきも言ったように、子供からも妻からも、おまえの記憶はすべて消す。──いや、正しくは、おまえの存在を、彼の存在にすり替える。おまえとの思い出は、彼との思い出になる」
オレは、何年も同じ食卓を囲んできた家族の顔を思い浮かべようとした。なぜだか、夢の中ではうまく像を結ばなかった。
「一つ、おまえに言っておく」
帰り際、影は振り返った。
「大切なものを失う勇気がなければ、欲しいものは手に入らない。──覚えておけ。じゃあ、来週来る」




