第9話
少年の食欲はすごい。4,5歳も自分と違わないだろうが、その食べっぷりは10代らしい若さを感じさせた。
少年はカウンター席に座り、大きな肩掛けバッグを隣の席に置いている。
俺と店長2人分のパスタをぺろりと平らげ、デザートにアイスを添えたパウンドケーキも食べていた。
「めちゃくちゃ美味しいっす」
パウンドケーキに顔を綻ばせ、少年はまた一切れ口に入れた。
「よく食べるね。運動系の部活でもやってる?」
「はい、陸上を。今も部活帰りで」
洗い物をしながらの店長の質問に、はきはきと答えている。
「そりゃあお腹が空くね」
「はい!」
「クッキーもあるけどいるかい?」
「はい!」
店長が孫を甘やかすおじいちゃんみたいだ。
この店に彼くらいの若い人が来るのは珍しいからだろうか。いや、店長の見た目はせいぜいおじさん……そこまで年老いてはいない。さすがに失礼か。
というか、俺も、このくらいの年頃の客と会うのは初めてだ。
だからさっきは、学生だというだけで変に反応してしまっただけだと思う。
かつての同級生には、改めて見ても、似てない。
「──西くん」
店長の声にはっとする。
クッキーが数枚乗せられた皿が目の前に。
「持っていってくれるかな、あの子に」
「あ、すみません」
「今日は1日のんびりだったからね。切り替えるの難しいよね」
ぼうっとしていた俺を怒るわけでもなく、店長はゆったりと微笑み、フライパン洗いを再開した。
俺はクッキーと水差しを持って少年の席に向かう。
「どうぞ」と皿を置き、水を注ぎ足した。
「あ、あざす」
店長のおかげなのか腹が満たされたからなのか、すっかり砕けた雰囲気の少年は早速クッキーも食べ始める。本当によく食べる。
ひとまず空になったパウンドケーキの皿を回収して戻った。
洗い物を終えた店長は、自分の一服用なのか、湯を沸かし始めた。そして「飲み物は水だけで大丈夫かな?」と少年に確認する。
「大丈夫です。オレ、コーヒーとか紅茶とか飲めないんで」
少年は勢いよく水を飲んだ。
「それならミルクもあるけど。あ」
と店長は横の俺を見る。
「ココアもあるよ。西くんが作るやつ、おいしいよ」
「え」と言う俺の声は「ココアなら好きです!」という少年の声に掻き消された。
「だって。お願いできる?」
コンロの片側を開けるように店長が端に寄った。
「あ、ええと」
何だか調子が狂う。
「……ホット・アイス、クリーム有り・無し、砂糖の量が選べますけど」
少年は、「じゃあ、冷たいのでクリーム有りで、甘くしてください」とあまり考えた様子もなく答えた。
「かしこまりました」
呟くように応え、俺はココアの準備に取り掛かる。
あの少年が食べたもの飲むもの、どこからどこまでが店のサービスなのか、俺もよくわからない。
「たぶん大丈夫」とは彼に言ったものの、彼は対価を払えるのだろうか。少し心配になる。
しかしここに来た以上、この少年にも、人には言えない何かがあるということだ。
小鍋をコンロに置く。
初めの頃は店長の横で作るのは緊張したが、今はココアくらいならほとんど平常心でできるようになってきた。
溶かしたココアを熱しながら練る。鍋から香る甘さに心も落ち着く。
「──で、ここは何なんですか?」
少年はペーパーで口周りを拭きながら、世間話でもするように尋ねた。たぶん、ココア作りに集中する俺ではなく店長に。
「スマホはつかない。この店の周りに何も無い。食べ物はうまくて腹はいっぱいになる。だから夢って感じもしないし」
店長はキッチンに立ち、自分で淹れたコーヒーを黒いマグカップで飲んでいた。
「ここは、人に言えないことを気兼ねなく言える場所なんだよ」
店長があっさりと少年に伝えるのを、鍋をかき混ぜつつ聞いていた。
「へえ?」と少年は改めて店長を見る。
「それ……秘密を話せるとこってことですか?」
「ここで話したことは、どこにも漏れないようになってる。些細なことでも、何かあれば聞くよ」
「へええ」
少年はぐるりと店内を見やった。
そして視線を正面の店長に戻し、「どうしてですか?」と訊いた。
「何のために秘密を聞くんですか?」
店長は淹れたばかりのコーヒー片手に微笑のままだ。
「それも秘密なんですか?」
俺の方が固唾を飲んでいた。
ここに来る客は、そういうことを気にしない。そんなことより自分の抱えた秘密のことで頭が占められているからだ。
「秘密じゃないよ」
コーヒーを一口飲んで、店長は言う。重々しくも、軽々しくもない、ごく普通の口調だ。
「それが、店の主な売上になるからなんだ」
「秘密が売上?」
「そう」
少年はその意味を考えるように少しの間口を噤んだ。
「本当に漏れないんすか? 例えばオレが、世間を騒がせた凶悪未解決事件の犯人だって告白しても?」
「漏れないよ」と店長は小さく笑った。
「それが君の秘密?」
「いや違いますけど」
少年も笑った。
気づけばココアがマグマのようにぼこぼこと沸騰していた。
慌てて火を消す。焦げ付いてしまっただろうか。
ココアの様子を確かめていると、「でもそれじゃあ」と少年の弾む声が聞こえた。
「ぜひ聞いてくれませんか? オレの話」
少年はカウンターに身を乗り出すようにして、そう言った。




