第7話
店長は俺に向けて、コイントスでもするように親指で宝石を弾いた。
カウンター越しに飛んできたそれを慌ててキャッチする。
「入れといてくれる? 金庫」
「あ、はい……」
薄紫色の宝石は、店長が言ったとおり小粒で透明に近いが、きらきらとして綺麗だ。
老人の抱えた秘密は、たぶん秘密にするほどのことでもない。善意から生まれた秘密とでも言えばいいのか、誰を騙すわけでも不幸にするわけでもないし、言わないことで自分が強い罪悪感を感じる、というものでもないだろう。
だからこそ“小さいし、色も薄い”のか。
客の話のどの部分が宝石のサイズや色に影響するのか、はっきりとした基準は俺にはわからない。
ただ大きくて色が濃い方が、店の売上になる。前に店長はそう言っていた。
老人のいた席を手際よく片付ける店長を横目に、俺はキッチン奥にある金庫のダイヤルを回して開けた。マーブル柄の缶に、今日初めての売上をしまう。
「皿、洗いますよ」
シンクに皿を下げた店長に声をかけると、柔らかく微笑んだ。
「ありがと。洗ったらそれ、クッキー、少しつまんでいいよ」
「あ、どうも」
客用とは別に、小皿に数枚分けてくれていた。
手早く皿を洗っていると、店長が横で湯を沸かしていた。
店長用の黒いマグカップと、俺用の青いマグカップも用意されている。コーヒーも淹れてくれるらしい。
皿を水切りかごに乗せて手を拭った。
店長は先の細いポットから挽いたコーヒーに湯を注いでいく。
いい香りが満ち始めた。
「どうぞ」
「どうも」
差し出された湯気の立つマグカップ。
店長も自分のマグカップを片手に、キッチンに置かれた丸椅子に腰掛けた。
今朝は起きてからまだ何も口にしていなかった。
一口飲むと、苦くて、でもその中に香ばしさと甘みがある。
俺も見様見真似で自分用に淹れることもあるが、できあがるのはとりあえずのコーヒーという感じだ。店長のようには作れない。何が違うのか、聞いても店長は教えてくれない。
だから喫茶店なのに、いつまでも客にコーヒーも出せない。だから俺は見習いのまま。
「うまいっすね今日も。クッキー」
噛むとバターの味が濃い。
このバターや小麦や砂糖をどこから仕入れているのか、それも知らない。
「コーヒーと合います」
「僕は西くんの作るココアも好きだよ」
店長もクッキーを小さくかじっている。
「でも、甘いものとは合わないじゃないですか。それに」
俺は2枚目に手を伸ばした。
「誰にでも作れるんで。ココアは」
「そんなことないよ」と店長は笑った。
それから扉の方に視線を向ける。
小窓から見える外はよく晴れていた。
「今日はどれくらいお客さん来るかなあ」
「さあ……どうですかね」
ここでは取ってつけたように雨や雪が降る時もある。
しかし、天候に左右されているわけでもなく、客入りは日によってまちまちである。
俺が知る限り、2人以上が同時に来店したことはない。
その後しばらく、客は来なかった。
店長と俺は本を読み耽り、時々会話をして、カードゲームをやり、適度な時間に昼食を取った。
昼食は店長が作ってくれたサンドイッチだ。客用メニューの簡易版である。
食べてだらだらしてばかりいるのも気持ちが悪い。掃除は好きではないが、店のトイレや窓、椅子の脚の裏まで念入りに拭き掃除をする。店長は本を読んでいる。
そんな時、入口扉の小窓に人影が見えた。
ようやく客かと思ったが、
ノックの後で「ククルズ運送でーす」という元気な声がした。
扉を開けてやると、そこにいたのは運送会社の帽子をかぶった短い茶髪の若い女性。
「あ、西さん、どうもー」
女性は帽子を取ってぺこりとお辞儀をする。顔を上げると、俺に向けてまるで子どものように邪気のない笑みを見せた。
今の空の色にも似た鮮やかな青の瞳が、それこそ宝石のようにきらめいて見えた。
「……どうも」
「お荷物お届けに参りました」
彼女の背後には帽子と同じロゴの入った小型のトラックと、その手前に箱がいくつも積まれた台車がある。
「あ、オストリーちゃん。いつものとこにお願いできるかな?」
カウンター席で本を読んでいた店長が顔を上げた。
「了解しました。はい西さん伝票」
俺に1枚紙を渡すと、オストリーは帽子をかぶり直し、重そうな台車をごとごとと押して店の裏手に回っていった。
伝票にサインをして、俺も店の外に出る。
店の裏には小さな倉庫がある。倉庫というより物置かもしれないが、バターみたいに冷やす必要のない在庫はそこに保管している。
扉が開け放されたままの倉庫の中から「よいしょ」という声と、どさっと荷物を置く音がした。
「あの、手伝おうか」
俺が声をかけると、オストリーはぱっと振り向いた。
「いえいえー私のお仕事なので」
満面の笑みでそう言うと、台車からまた箱を持ち上げ、倉庫に積んでいく。
しかし女性が力仕事をやるのをただ見るのも居心地が良くない。それに俺は、暇だ。
倉庫に入り、一番重そうな小麦粉の入った箱を持ち上げた。
「あらら、すみませんねー。こないだも手伝ってもらっちゃったのに」
「腰とか悪くしたらまずいし」
「失礼な。まだそんな歳じゃありませんよ」
軽く笑うオストリーに、俺も少しだけ笑みを返す。
とはいえこちらも特別怪力なわけではない。普通に重たい。落としたらきっと足が潰れる。よろよろと運んで粉類の箱の近くに置いた。
数回繰り返し、一通り下ろし終えた。
「ふー、すっかり手伝ってもらっちゃいましたね。ありがとうございました」
腰を伸ばし、帽子を取って額の汗を拭い、オストリーが俺に言った。
俺はポケットから紙を取り出して彼女に差し出す。
「伝票、これ」
「お、ありがとうございます」
オストリーは大事そうに折り畳んで、作業服の胸ポケットにしまった。
「にしても、まだいらっしゃったんですねー西さん」
「……」
オストリーに前回会ったのは、前の配達の時……大体3週間くらい前だろうか。今日で顔を合わせるのは3回目だ。
「いたら悪い?」
「いえいえー」
オストリーはあっさりと首を振った。
そしてトラックの方に向かうので、俺も店に戻るためについていく。
オストリーはくるりと振り返る。
「でもあんまり長くいるのは、どうかなーと思いますね」
「……君に言われたくないけど」
「あはっ」
オストリーは笑った。
「では、またのご利用をお待ちしてます!」
生命力溢れるような笑顔でそう言って、オストリーはトラックの運転席に乗り込んだ。
その動力は一体何なのか、トラックは静かに動き出し、走り去っていく。
少しすると、あの老人客のように、その車体がふっと消えて見えなくなった。




