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第二話 「砂絵の呼び声」4

 消灯時間を過ぎると一段と病院内は静かになる。電源のオンオフの音で何となく気付いているけど、病室の中はどこの電気も消えているらしい。

 私にとって空調の効いている病院内では朝も昼も夜もあまり差はない。しかし人の流れは異なるし、飲まなければいけない錠剤も朝昼夜、寝る前と分かれている。そういう一日の時間の流れを再認識させるものがたくさんあるから、一日のルーティーンを見誤ったりはほとんどしない。

 肩まで布団に入った私はベッドに横たわり、二匹のぬいぐるみと一緒に寄り添って静かに眠る。以前、暮らしていた家から連れてきた二匹のぬいぐるみ、名前はカロッソとフェチェローチェ。

 カロッソは男の子でチェロは女の子。二匹は昔からの友達で、そばにいなくても意識を共有することが可能な、私にとって大切な二匹だ。


 次の日、私は送られてきた砂絵の意味をずっと考えていた。父が送ってきた理由はありきたりなものに飽きたからだって個人的には考えているのだけど、結論は一向に出る気配はない。国際電話で情報を聞き出すのも億劫(おっくう)で、答えの出ないまま、悶々と考え続けている。手紙によると砂絵に使われている砂はオーストラリアの砂浜で取られたものだそうだ。オーストラリアは日本の反対側にあると聞いている。つまりは日本が夏ならオーストラリアは冬、暖かい気候の中で開かれるクリスマスなんて変だなんて会話を真美とはしたことがあった。実際のところは行ったことないのであやふやな知識なのだけど、そんな知識を私は持っていた。


 砂に触れながら海岸線の波の音を思い浮かべる。実際に海に行ったことはないから潮の香りというものは分からないけど、海岸に響く、波の音は映画などで聞いたことがあった。

「郁恵、その砂絵、気に入ったの?」

「うーん、何だか不思議な感じ。凹凸のある写真に触ったことはあるけど、このザラザラとした砂絵は、私にも楽しめるようで、そうでもないものだから」

私は話しかけてきた真美にそう答えた。視覚障がいを持つ特性に合わせた凹凸写真。その存在が知られるにつれて需要は高まっていて、視覚障がい者向けのウェディングプランなどもあり、記念にもなるという。普通の写真では味わうことの出来ない写真の価値。その価値を視覚障がいであっても受け取ることができる意味は大きい。

 今はまだ、限られた企業のサービスでしか作ってもらうことはできないが、私自身も触れた経験がある。具体的な効果としては、思い描いていたイメージがより鮮明になり、風景の中に映り出された物体の大きさがより理解できるようになり、とても有意義なものだ。

「そっか。自分の手でイメージしながら作ってみると、また違う価値が見えてくると思うけど」

「作り手の気持ちになって考えてみる。それも確かに大事かもしれないね。凹凸写真に触れた経験はちゃんと活かされてるから」

「確かに、砂絵は凹凸写真ともまた違うわね。郁恵は知ってる? 砂浜は足が取られるくらい、砂がいっぱい積もってるのよ」

「公園よりも、ずっとすごい?」

「当然よ、広大に広がる砂浜は公園よりずっとスケールが大きいのよ」

「そうなんだ……。真美は詳しいね」

「郁恵は行ってみたいと思わない? その砂浜へ」

「え、でも私は……。真美は行ったことあるの?」

 真美の言葉に私の気持ちは揺れた。真美が冗談で言っているなら、凄い意地悪だ。でも、きっと私のデリケートな部分に触れていることも分かっているだろうから、真剣なんだろう。

「うん、あるよ。家族と一緒に出かけて、水着を着て海で泳いだこともね。まだ小さかった頃、昔の話だけどね」

 歳は近いはずなのに、真美の方が経験豊富だなと改めて思った。

 でもどうなのだろう……。私は海に行くのが怖いのだろうか? どっちかと言えば興味の方が大きい。だが、興味はあってもどうにも積極的になれないのは、それだけ私が病院に長く居すぎたということなのかもしれない。

「一人で出かけても、海まで辿り着くのは難しいでしょうから、私が手伝ってあげる。それならいいでしょう?」

 普段は見られない真美の強引な誘い言葉。今年で一四歳になる私達くらいの年代の子どもなら、夏休みに海水浴場まで遊びに出かけることくらい、あるのかもしれない。でも、私は反射的に無茶だと感じた。

「本気で言ってる? 大変だよ。病院の人にも怒られちゃうよ」

 真美が本気であることを感じ取った私は当然のように反対した。もしも、二人で砂浜に辿り着けたとしても、ここに帰ってきた時に大目玉を食らうことになる。それだけのリスクを冒してまで、病院の人達に迷惑を掛けてまで行くべきではない。しかし、ムキになってしまったのか、真美は私の腕を掴んで言葉を続けて訴えかけた。

「でも、本当は行きたいんでしょ? ずっと病院の中にいるだけなんて退屈じゃない」

 そう言われて、私の気持ちは少しずつ揺らぎ始めていた。不要不急の外出は避けるようにと言われて数か月、フラストレーションは十分なくらい溜まっている。真美の気持ちは素直に嬉しい。私一人では難しくても、真美がいてくれたら心強いと本気で思える。でも、それだけで即答できるほど、簡単な話ではなかった。


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