第二話 「砂絵の呼び声」5
暗闇の中でどんな想像をすればいいのだろう。私にとって夜は長くて逃げ場のない孤独な時間だ。朝も昼も夜も、真っ暗な視界であることに変わらないのに、夜の時間はただ静かに流れている。みんな眠ってしまって、物音もしないから、特に眠れない夜は二匹のぬいぐるみをギュッと強く抱きかかえながら息を潜め、長い夜をやり過ごしている。
眠気の来ない、長い夜が続く。私は昼間に真美とした会話のやり取りを思い出した。きっと、真美は本気だろう。それだけは十分すぎるくらい、昼間での会話で分かった。
私は、真美に騙されて一人置いて行かれる最悪の想像を思い浮かべた。自分では何もできない私のことを嘲笑う笑い声。怯える私を嘲笑うその声は、悪意に満ちた悪魔そのものだ。
「さよなら郁恵、頑張って一人で帰ってちょうだい」
「酷いよ、ここまで一緒に来たのに、置いて行かないで」
「郁恵と一緒にいるのは疲れるわ。足手まといなのよ、自分でもよく分かってるでしょう?」
「やだやだやだ! 言わないで! 真美が連れて行ってくれるって言ってくれたから勇気を出したのに!」
「優柔不断で見ていられなかっただけ。口では否定しても、行きたくて躊躇らないって顔に書いてあったもの。一人で帰るくらいやってみなさい。意気地なし」
そう言って遠ざかっていく真美の足音。寂しげに波の音が流れる中、一人取り残された私。一人になって帰る手段も分からない私は、ただその場に座りこんで泣きじゃくるばかりで、誰かが助けにやって来てくれるのを願っている。
これは、もしもの話に過ぎないけど、恐ろしく悲観的な妄想だった。もはや幻聴に等しい。ここまで本気で考えてしまったら心の病だろう。
真美は私のことを置いて帰るような、そんな人でなしではない。本当に優しくて、思いやりのある友達だ。決して人を裏切るような、残酷なことをする人ではない。
そこまで考えた後で、私は最初からもう一度振り返り、改めて考えた。気持ちがザワザワとしたまま眠れない。想像を巡らせれば巡らせるほど、辿り着けるはずのない海が近寄ってくるみたいだ。
私は果たしてどう思っているのだろう。どう願っているのだろう。本当に外の世界に行きたいのだろうか。痛いのも苦しいのも怖いのも嫌だ。リスクのある行動なんて取りたくない。こんな賭けに等しい行為に手を出すべきではないと理性ではそう告げている。
でも、私の本心は? どこかでワクワクしている。
隣室の真美と二人きりの外出。誰も知らない二人だけの秘密の外出。
果てしない憧れの遠い地へと向かう、二人の旅路。
誰に頼るわけでもなく、誰が保証するわけでもない、未知の冒険。
そんな幻想に恋焦がれることは誰にでも一度や二度あることだ。理性的になって簡単に否定できることじゃない。
十四年間生きてきた私はこれでもたくさんのことを経験してきた。リフレインする過去の記憶の振動。たくさん聞いて、たくさん触れて、少しでも人並みになれるように追い付こうとして、涙を堪えて頑張ってきた。嫌われないように、見捨てられないように、怒られないように、そんな日々を自分から”ない”ことにしようとしていた。今の安全で不自由ない暮らしが当たり前であると。もう無理をして頑張って誰かに認められようとする必要はないと。それが当然の権利であると。そうして痛みや苦しみを、どこかに置き去りにして忘れようとしていた。
私にとっての暗闇は何もない暗闇じゃない。その向こうにはいつも誰かがいてくれると信じている。そう信じなければどこにも行けないんだ。
望みを与えられた以上、このままでは耐えられないと感じた私の行動は早かった。次の日、砂浜への憧れを忘れないうちに真美に向けて、私は砂絵に描かれているような海に一緒に行こうと告げた。




