第二話 「砂絵の呼び声」3
実の父親、前田吾郎から手紙とプレゼントが届いたのは、夏季を迎えた頃のことだった。こうした手紙や贈り物が届けられること自体は珍しくなく、クリスマスや誕生日になると必ずと言っていいほど贈り物をくれる。
でも、特にイベント行事のないこの暑い時期に贈ってくれるのは珍しいことだ。コロナ禍で退院もできず、退屈をしていることを心配してのことだろうと私は自分を納得させた。
手紙の内容はいつもと変わらず素っ気ない内容だったが、私は点字で書かれた父からの手紙をゆっくりと一文字一文字確かめるように読んだ。それは、私も父に手紙を書いた経験があるからで、点字で手紙を書く苦労を知っているからだ。
盲学校に通っていたから、鉛筆で文字を全く書けないわけではないけど、綺麗に文字や数字を書くのは難しくて頭を使う。ちゃんと訓練をしていないと歪な字体になるのが普通なのだ。それに自分でしっかり書けているかの確認ができないから誰かを必ず頼ることになる。
そういうこともあって、点字の方が正確に書けてしまうのが現実で、父は私に合わせてくれていて、その気持ちは有り難く受け取っているのだった。
仕事柄、昔から転勤の多い父は日本から見て赤道を挟んだ反対側、南半球のオーストラリアで暮らしている。父が望んでいるとは思えないけど、もしも、一緒に住む選択をしたとしても私は一人で家事ができるわけでもなく、外国語ができるわけでもない。父にとって私は負担を強いるお荷物でしかない。だから私は、変わらずにずっと日本での暮らしを続けている。
「これは、何かしら」
私は一緒に送付されていたプレゼントの包装を開いた。
「それは、砂絵ね」
荷物を届けに来てくれた看護師の佐々倉奈美さんがそう教えてくれた。
「絵なんですか?」
がっしりとした重みがあって両端を持ち上げただけでは何が入っていたのか判断が付かない。しかし、砂絵と聞いて額縁に入っているからだと分かった。
こう大切に額縁に入れて、重量感があると高級なものという意識に囚われてしまう。しかし、私には高級なものかどうか、その価値は判断しようがなかった。
「あら、綺麗な絵ね。まるで砂漠に咲く|向日葵《ひまわりのようね」
私の取り出した砂絵に興味を惹かれてか、真美が隣に近寄って来た。
「どういうこと?」
目の見えない私には、この芸術品に”何が描かれているのか”、“綺麗かどうかなんて”まるでよく分からない。だから、興味を示した真美に詳しい説明を求めた。
「砂地の砂浜と、滑らかな海の背景に向日葵の絵が描かれているのよ、とっても綺麗な海岸の景色よ」
「そうなんだ……」
絵画だから興味が削がれるというわけではないけど、目の見えない私に父はどうしてこんな物をと率直に思った。
「触ってみて?」
「この絵にですか?」
奈美さんに言われた通り、私は二人に見守られながら、初めて砂絵というものに手を触れた。ザラザラとした手触りが触れる指先から伝わってきた。一粒一粒が微妙に大きさの違う砂粒に触れていると微かに人工的ではない、自然のぬくもりを感じた。
砂であれ小石であれ、長い間、陽の光を浴びてきて例え息をしていなくても、自然界の中で立派に生きてきた。それは私なんかよりずっと立派に生きてきたんだと実感をした。
不思議な贈り物に変わりないけど、私はせっかくの父から贈られてきたプレゼントだったため、しばらく床頭台に置いておくことに決めた。




