第一話 「無色の世界」2
「郁恵っ、郁恵ってば!」
「真美?」
考え事に耽っていると、よく知った同い年の女の子の声が鼓膜を揺らした。私はその同室者、三由真美が隣にいることに気づいた。
「寝てたでしょ? せっかく本を読んであげてたのに」
そうだった、真美は隣でずっと私のために鏡の国のアリスを読んでくれていたのだ。真美の朗読が気持ち良すぎて意識が沈みかけてしまい、ちょっと申し訳ない気持ちになった。
「考え事してたら、ちょっと意識が飛んでたかも」
「相変わらず手を動かしてないと、気づいたら寝てるんだから」
「ごめんごめん。ちゃんと聞くから」
真美は入院することになって最近できた友達だ。歳が近いせいもあって私によく話しかけてくれている。病室が同じということもあるけれど、入院患者の多くは高齢者だから真美のような相手は貴重だ。
真美の病状はよく知らないが、もうすぐ手術を受けるということだけは知っている。つまりは、長くはこうして一緒にいられない関係にある。でも、当の本人である真美はまるでそのことに無頓着で気にする様子がない。手術を受けるのは怖いはずなのに、どういう心情なのか、私にはよく分からなかった。
“こうして入院をしている私は一体何がしたいんだろう。一体、何を治したいのだろう”
何事もなく、健康で健やかな毎日を送っていれば身体は良好に向かうと伝えられ、詳しい病状説明を受けたことはない。そのせいもあって、未だにここにいる意味をよく理解できないでいる。それでも、気づけば一日が終わっているような毎日だった。不満も欲求もない。これが生きる上で正しいことでないと分かっていても、自分が何かをしようとすることで誰かに迷惑をかけてしまうことが、どこか自分の中で自信を失くしていた。
本当は行き場所を求めていても、それに答えられない自分自身の弱さを感じていた。でも、ずっとこのままでいることが楽であることもまた事実で、だから、踏み出す勇気を持てないでいるのかもしれない。




