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第三話 「静寂が覚める前に」6

「緊張してる?」

 真美は隣の席に座って、電車が発車してようやく落ち着いたところで私に聞いた。

「えっ、真美も?」

 普段と同じように平気そうだけど、やや上擦った声をした真美に私は聞いた。

「うん、やっぱりドキドキする。こうしていると、どこに連れていかれるんだろうって思っちゃったりするのよね、だって電車って自分の足で歩いているわけじゃないから」

 それもそうだ。自分の足で歩くのとは訳が違う。こうして車内に座っている間に凄い速度で景色が流れていく。それが電車という乗り物だ。目的地に到着したら自分の足で下車しないといけないという緊張もある。目の見えない私にとっては、アナウンスの声と扉が開いて閉まる回数が頼りになる。この駅からこの駅までは何分くらいとか、そんなに詳しいことまでは把握していないから注意が必要だ。うっかり気を抜いて乗り過ごしてしまわないように耳を傾けていないといけない。

 こうした旅路の中では、計画した通りに上手く行かないと、余計に落ち着かなくなって冷静な判断力を失い、どうしようもなくなってしまうことがある。頼りにできる情報の少ない脆弱な存在である私にとっては気を付けなければならない重大な問題だ。


「ねぇ、真美。どうして私を連れ出してくれたの?」

 今更だと思われるかもしれないけれど、私はずっと疑問に思っていたことを真美に聞いた。退屈していたわけじゃない、ずっと列車に揺られているだけでドキドキしていたから。今は何でもいいから会話をしておきたい気持ちで一杯だった。それに、どうしてか、今聞いておかないといけない気がした。

「特に理由なんてないわ。何となく、ちょっと退屈してたから」

 真美は素っ気なくそう簡単に答えた。でも、どこか憂いを帯びた声色に私には聞こえた。真美には本音では違う、私には計り知れない考えがあるのだろうか……。でも。いくら考えたところでその答えは分かりそうになかった。

 他にしないといけないこともなかったから、この日を迎えるまでに通過する駅の名前は全部覚えていた。自分の記憶とアナウンスの音声が合っていることを一駅着くたびに確認して安心感を覚えながら、列車は一駅一駅、目的地へと近づいていく。私は胸が熱くなった。早朝であるのに眠気もない。この退屈な日々を溶かすように、やり過ごすように、海岸までの道順を覚えて今日、この時まで準備を続けてきた。人間、目的があれば自然と頑張れる生き物なのかもしれない。


 乗り換えが必要な地下鉄駅に到着した私達は電車を降りた。時刻は七時をようやく回ったところ。日が昇る前から行動を始めた私達にとっては慌てる必要もなかった。

 街はようやく目覚め始めたように行き交う人々で賑わっている。今日が休日であるせいか、通勤客よりも家族連れや遊びに出掛ける人の方が多いみたいと真美が教えてくれた。

「ここから南海本線(なんかいほんせん)に乗り換えるんだよね?」

「そうよ、時間は十分にあるからゆっくり行くわよ」

 ガヤガヤとして騒がしい駅の構内を歩いて、目的の電車に乗り換えるのは簡単なことではない。駅員さんを頼るのが一番苦労せずに済むけど、私は出来るところまでは自分でやってみることにした。

 エレベーターを探して乗り込み、まずは地上へと上がる。バリアフリー化が進んだ駅の構内には様々な共用品(きょうようひん)があり、視覚障がいを持っていても利用しやすいように工夫がされている。

 例えば、駅のホームには危険箇所や目的地を足裏や白杖の感覚で察知するための、点状の突起がついた点状ブロックがあり、車両との接触事故やホームからの転落を防いでくれるホームドアもある。地下鉄には必ずといっていいほどある、エレベーターの中には手すりや鏡があり、車いす利用者も確認しながら安全に降りることができる。操作ボタンには点字表示や音声案内があるため、迷わずに地上階まで上がることができるのだ。


 南海本線特急サザン和歌山市行。この地下鉄駅から乗り換えて和歌山市駅まではこの特急電車を乗り継いでいく。真美が調べてくれたルートで指定席にも切り替えができるのが特徴だ。

 この特急サザンの始発列車に合わせて行順を組んでいるため、乗り換えまでの時間は十分にあった。乗車券の購入はスマートフォン一つで出来るため、チケットレスでそのまま改札を通ってホームまで簡単に辿り着くことができた。

 約一時間、ゆったりとした心地良い特急列車の旅を終えると、私達はさらに電車を乗り継ぎ、南下していった。お菓子を食べながら談笑している間に、次々通り過ぎていく駅。走り去っていく駅の数を数えれば数えるほどに、私は遠い街へと瞬く間に移動していることを実感した。それを少し怖いと思うほどには私は冷静だった。

 和歌山県中部、御坊駅(ごぼうえき)に辿り着いた頃には十時を過ぎようとしていて、長時間に及ぶ、慣れない電車旅のせいで身体が鈍ってしまうのを私は感じた。

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