第3話 待ち合わせ
いつも恋はふざけたように始まります
恋愛のはじめのころ、人は押し引きをする。
どちらがどれだけ本気なのかをさぐり合う。
それは恋愛に欠かせないどきどきする過程だけれど、どちらが優位を取るかを争うゲームのようでもある。
ところで人は、ぜんぜん好きでもなんでもない相手に、完全に遊びとしての恋をしかけることがあるだろうか。
ハルオが知っている限りでは、ない。本気といっても何が本気なのかはわからないけれど、恋のはじめに人は、自分の本気とは何だったのか、お互いの本気とは何かということを、生まれて初めてのようにさぐり始めるものではないだろうか。
そこのところを勘違いして、本気だから真剣になり、真剣だから深刻になるというちょっと短絡した道に迷い込んでしまうこともある。
それはそうなってもいいのだけれど、深刻そうじゃないから本気ではないという逆に導き出した結論は、間違っている。
(「学校の先生みたい」と彼女は言った)ここまでは想像だ。
ハルオたちは御徒町のデパート前で五時に会う約束をした。
電話で待ち合わせの場所をどこにするか話して、とっさにそれしか思いつかなかったのだ。
ハルオは正面ではなく少し離れた路地に立ち、あとで思ったことだが、高校一年の初デートなみに緊張していた。
変な話だが、来ないほうがいいような気がしていた。
地下鉄の出口に、草色の布の帽子、地味目の小花模様のブラウスとジーパン、黄緑のラインが入ったスニーカーという格好で、Mは立っていた。
もし人違いだったらと思って、しばらく声をかけずに見ていた。おとなしい格好だったせいもあるが、仕事先で会ったMはなかなか華やかな美人だったので、もっと一目でわかると思っていたのだ。
Mの方で見つけてくれた。目深にかぶっていた帽子を引き上げると、特徴のあるアーチ形の眉と大きな目が現れた。
それ隠してるとわかんないよ、とハルオはMに言った。
人目をはばかっているわけではないが、個室のほうが話しやすいだろうと目星をつけておいた料理屋に入る。
「けっこう、いいとこ知ってるね」
「いいトシだからね」
「前カレなんか年上だったけど、居酒屋しか連れていかれなかったよ」
「いきなりそれかい……まぁいいや」
「あたし、ケッコンもしてたしさ」
「そのトシでか? おれもしてたけど……」
「わーい、仲間」
こういう展開になるとは思わなかった。
(軽い遊び相手のつもりなんだろうな。寝るか?
いや、今日はよしとこう)
食事がすんだら、何か……遊びといっても思いつかない。
「この時間から開いてるバー知ってるけど、酔っぱらって帰っちゃまずいか」
「平気だよ、わたし強いんだよ」
それから、ワイン三本半を空けて死ぬほど吐いたとか、女友だちで飲み比べた時の武勇談を聞いた。
「コドモはいなかったのか……再婚? 笑われちゃうだろ、おれはかまわないけどさ」
「ええっ、あたしと? 後悔するよぉ」
「それはそうかもしれない」
「あれ」
あっさりハルオが答えたので、Mはちょっとずっこけた。
「Hしようとしても、いまゲームしてるんだから近づかないでよとかな」
バーのマスターと二人のバーテンは、いつも一人で黙々と飲んでいるハルオが若い女性を連れてきたので驚いている。
Mはハルオの飲んでいたレモンハートのソーダ割を味見した。
「意外と爽やかな味だろ」
「……どこが?」
眉はそのままで上まぶただけシワを寄せる癖がMにはある。
「苦いかな、ほんとに甘口だな」
出戻り娘の門限は九時だそうだ。
ホテルに連れていくとかはしなくても、ハルオはけっこう幸せだったような気がする。惚れてしまったのか?
「一時間だけカラオケ行くか?」
「それはこの次にとっておこうね」
地下鉄の入口で別れた。
ハルオは手を振って階段を下り、振り返るとMはまだそこにいて、もう一度お互い手を振った。
ハルオは、知人がそういう会社を紹介してくれたので、フリーで受け取りの仕事をすることにした。
配達されてきた大きなモニタとプリンタを置くと、妻と住んでいた2LDKの片隅はもう仕事部屋だ。
(もう少し片付けて人が来れるようにすれば、充分だな。順調に行ったら誰かを手伝いに呼んでもいい。会社にして人を雇うのは大変だけど、一人食わせるぐらいなら……)
ハルオの脳裏に、Mの姿が浮かんだ。電話をとったり、仕事の手助けをしてくれる彼女。
(いやそれなら、ぱりっとしたスーツでも着せて秘書にするか。あいつあれで美人だからな。でも、お得意さんに愛人だと思われるだろうな。おれが逆の立場だったら絶対そう思うよな)
そういう考えは、締切のきびしい仕事から逃れるための気休めにすぎなかった。
ハルオとMの仲がスムーズに進展したわけではない。
ときおり彼女からのメールが舞い込んできて、それは身の回りのできごととか、ハルオから見れば他愛もない悩みごとを書いたものだった。
その度によく考えた無難な返事をハルオは送って、そんな状態が続いていた。
いつか仕事の手を休めてメールチェックをすることが多くなり、ハルオは彼女を待ってしまっていることに気づいた。
(これじゃ、まずい……おれは、あんな小娘にかまっているほどヒマじゃないんだ)
そんなふうに考えたのは、本気で十いくつも下の女の子に傾いてしまうことが、実は怖かったからなのだろう。
「二人のバーテン」の一人はあの人
ここではモブです(楽屋落ち申し訳なし)




