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絶対君主のハリネズミは、専属マネージャーにだけ甘く牙を剥く〜崖っぷちアイドルをプロデュースしたら、世界一重い愛で包囲されました〜  作者: はりねずみの肉球
第3章:才能と崩壊の境界線

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【Part 1】突きつけられた試練と、バラバラの鼓動

「来月末、新宿のライブハウスを押さえた。キャパは三百人。彼らの初単独ライブだ」


マホガニーの巨大なデスク越しに、社長が吐き出した紫煙が、冷房の風に乗って私の顔へと吹き付ける。

重厚な社長室。淹れたてのコーヒーの苦い匂いと、葉巻の煙が混ざり合う空間で、私は背筋をピンと伸ばしたまま、差し出された一枚の企画書を見つめている。


「初の単独ライブ……」


「そうだ。今までのようなイベントのゲスト枠や、数曲だけの前座じゃない。自分たちだけで一時間半、客を飽きさせずにステージを持たせなきゃならない」


社長は革張りの椅子に深く背中を預け、冷徹な三白眼で私を射抜く。


「単刀直入に言おう。このライブのチケットが完売しなかった場合、あるいはパフォーマンスが基準に達しなかった場合――彼らのプロジェクトは白紙に戻す。事実上の『解散』だ」


「解散……ッ!?」


心臓が、ドクンと嫌な音を立てて跳ねた。

早すぎる。いくらなんでも見切りをつけるのが早すぎる。彼らはまだ、デビューして間もない新人だ。

私が思わず身を乗り出すと、社長はふん、と鼻を鳴らす。


「うちのような中堅事務所に、いつまでも売れない不良債権を抱えておく余裕はないんだよ。君には、この一ヶ月で彼らを『見れる商品』に仕上げてもらう。……できるね?」


有無を言わさぬ圧。

胃の奥がキリキリと痛み出す。私は膝の上で拳を握りしめ、「……はい。必ず」と、絞り出すように答えることしかできなかった。


地下二階、第一レッスン室。

むわっとした熱気と、三種類の異なる香水の匂い、それに微かな汗の匂いが混ざり合う、彼らの絶対的なテリトリー。

私はホワイトボードの前に立ち、黒いマーカーで『ライブまであと30日』と大きく書き込んだ。


「――というわけで。来月末、あなたたちの初単独ライブが決定しました!」


パンッ! と両手を叩いて、できるだけ明るい声で発表する。

鏡の前でストレッチをしていた三人の動きが、ピタリと止まる。


「マジで!? 単独ライブ!? うおーっ、テンション上がるわーっ!」


真っ先に反応したのは、陽斗だった。

彼は床から跳ね起きると、両手を高く掲げてクルクルとその場で回り始める。金色の髪が照明を反射してキラキラと揺れ、彼の周りだけ一気に空気が明るくなる。


「だっる……一時間半もステージ立つとか、正気? 息切れして死ぬんだけど」


壁際で膝を抱えていた透が、心底嫌そうに眉根を寄せ、深いため息を吐き出す。彼はイヤホンを首にかけ、すでに練習へのモチベーションを完全に失っている顔だ。


そして、部屋の中央。

ルイは鏡から視線を外し、ゆっくりと私の方へ歩いてくる。その切れ長の瞳には、喜びも戸惑いもない。ただ、冷たく研ぎ澄まされた刃のような鋭さだけがある。


「……で? チケットのノルマは。どうせ、完売しなきゃ解散とか、そういう安い脅し文句がついてんだろ」


図星を突かれ、私は一瞬だけ言葉に詰まる。

私のそのわずかな動揺を見逃さず、ルイは嘲笑うように鼻を鳴らした。


「はっ、分かりやすい社長サマだぜ。……上等だ。やってやろうじゃねぇか」


ルイの言葉に、陽斗の動きが止まり、透の視線が鋭くなる。

三人の間に、ピリッとした緊張感が走る。

ベクトルは完全にバラバラだ。でも、彼らの奥底にある『ステージに立つこと』への執着だけは、確かに同じ熱を帯びているように感じた。


(……やれる。この三人なら、きっと)


私は持っていたバインダーを胸に抱き直し、大きく息を吸い込む。


「それじゃあ、早速セットリストの確認と、フォーメーションの練習に入るよ! 曲流すから、位置について!」


スマートフォンの画面をタップし、レッスン室のスピーカーから重低音の効いたダンスチューンを流す。

ズンッ、ズンッ、と腹の底に響くビート。

彼らの『戦い』が、いよいよ本格的に幕を開ける。


しかし――。

その期待は、開始わずか五分で、無惨にも打ち砕かれることとなる。


「……ちょっと、ストップ!!」


私は音楽を止め、声を張り上げる。

鏡の前に立つ三人の動きは、誰の目から見ても『最悪』だった。


陽斗のダンスは、確かにキレがあり、リズム感も抜群だ。スニーカーが床と擦れる『キュッ』というスキール音が、誰よりも大きく、リズミカルに響いている。

だが、彼は完全に自分の世界に入り込み、決められたフォーメーションを無視して勝手にアレンジを加えまくっている。


透はというと、陽斗とは対照的に完全に省エネモードだ。

腕の角度は低く、ステップは引きずるようで、ただ決められた場所を移動しているだけの『作業』になっている。


そして、ルイ。

彼の動きは洗練されていて、見ている者を惹きつける圧倒的なカリスマ性がある。しかし、彼は『自分が一番美しく見えること』にのみ固執し、他の二人の動きに合わせようという意識が欠落している。


「三人とも、バラバラすぎる! ここは全員で動きを合わせるサビでしょ? 陽斗くん、そこはもっと抑えて! 透くんはもっと腕上げて! ルイくん、今のタイミング少し早い!」


私の指摘に、三人は同時に不機嫌な顔をして振り返る。


「えー、ひなちゃん細かいよ! 俺、こっちの動きの方がかっこいいと思うんだけどなー」


陽斗が唇を尖らせて不満を口にする。


「……めんどくさい。これ以上、無駄に動きたくない」


透が額の汗を手の甲で乱暴に拭いながら、舌打ちをする。


「お前、素人のくせに俺のダンスに文句つけんな。俺のタイミングが正解だ。他の二人が遅れてるだけだろ」


ルイが威圧的に私を睨みつけ、反論を許さない態度で言い放つ。


「遅れてるって誰のこと言ってんの? ルイくんが勝手に走ってんだろ」


不意に、透が低く冷たい声でルイを刺す。

ルイの肩がピクリと跳ね、ゆっくりと透の方へ向き直る。


「……あ? てめぇ、今なんて言った」


「耳も聞こえなくなったの? 周りが見えてないのはそっちだろって言ってんの」


「てめぇ……!」


ルイが猛然と透に歩み寄り、その胸ぐらを乱暴に掴み上げる。

ドサッ!という鈍い音とともに、透の身体が壁に押し付けられる。


「うわっ、ちょっと待って! 二人ともやめなって!」


慌てて陽斗が止めに入ろうとするが、ルイの殺気立ったオーラに気圧され、オロオロと周囲を回ることしかできない。


「上等だ、透。てめぇのその腐った性根、ここで叩き直してやるよ」


「……やれるもんならやってみろよ。頭空っぽのモデル崩れが」


「ッ!!」


ルイの拳が、高く振り上げられる。


「はい、そこまでッ!!!」


私は咄嗟に、二人の間に割って入った。

ルイの振り下ろされそうになった腕を、両手で必死に掴み止める。

彼の腕は鋼のように硬く、ものすごい力が込められているのがわかる。


「離せッ! この部外者が!」


「離さない! 仲間同士で殴り合って、ライブの前に怪我でもするつもり!?」


私は彼を真っ直ぐに睨みつけ、腹の底から声を絞り出す。

保育園で子供の喧嘩を止める時と同じ、本気の怒声。

しかし、ここは保育園じゃない。相手は言うことを聞かない幼児ではなく、大人の男だ。


「……お前には関係ねぇっつってんだろ!!」


ドンッ!!


ルイが私の腕を乱暴に振り払う。

その圧倒的な力に逆らえず、私の身体は宙に浮き、そのままフローリングの硬い床へと無惨に投げ出された。


「……っ!」


腰を強く打ち付け、痛みに息が詰まる。

倒れ込んだ私の頭の上から、ルイの絶対零度の声が降ってくる。


「……二度と、俺たちのことに口出しするな」


冷え切った空気が、レッスン室を満たす。

腰の痛みよりも、心に負った『無力感』という傷の方が、はるかに深く、鋭く痛んでいた。

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