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絶対君主のハリネズミは、専属マネージャーにだけ甘く牙を剥く〜崖っぷちアイドルをプロデュースしたら、世界一重い愛で包囲されました〜  作者: はりねずみの肉球
第3章:才能と崩壊の境界線

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【Part 2】奇跡の数秒間と、ガラスの城

「……っ」


フローリングの硬い感触が、腰から背中にかけて鈍い痛みを走らせる。

倒れ込んだ私の視線の先には、怒りで肩を上下させるルイの黒いスニーカーがある。

リハーサル室は、シンと静まり返っていた。

スピーカーから流れ続けているダンスミュージックの重低音だけが、空気の読めない心臓の鼓動のように、無機質に部屋を震わせている。


「……ひなちゃん、大丈夫!?」


真っ先に駆け寄ってきたのは、陽斗だった。

彼は床に膝をつき、私の肩を支えようと両手を伸ばしてくる。その手は少し震えていて、金色の前髪の奥から覗く瞳には、明確な怯えが浮かんでいた。


「触んな、陽斗」


ルイの低く冷たい声が、陽斗の動きをピタリと止める。


「自業自得だ。俺たちの領域に、土足で踏み込んでくるからこうなる」


ルイは私を見下ろしたまま、冷酷に言い捨てる。

その横で、透は壁に背中を預けたまま、まるで路傍の石でも見るような無関心な瞳でこちらを一瞥し、すぐに視線を外した。


(……痛い。腰も痛いけど、それ以上に)


彼らの間にある、絶対的な断絶。

誰も誰のことも信じていない。手を取ろうとしない。

その事実が、突き飛ばされた物理的な痛みよりもはるかに深く、私の心を抉る。


「……大丈夫。一人で立てるから」


私は陽斗の手を優しく押し退け、フローリングに手をついてゆっくりと立ち上がる。

じんじんと痛む腰を庇いながら、真っ直ぐにルイの目を見つめ返した。


「口出しするなって言われても、私は引かないよ。あなたたちがステージで大恥かくのを、黙って見てるなんてできない」


「……はっ、頑丈な女」


ルイは鼻で笑い、苛立たしげに前髪を掻き上げる。

その時だった。


『――♪〜』


突然、空気を切り裂くように、透の口から鋭く、そして信じられないほどクリアな高音が放たれた。

スピーカーから流れている曲の、一番盛り上がるサビのメロディ。

マイクを通していない生の声なのに、リハーサル室の隅から隅まで、ビリビリと空気を震わせて響き渡る。


「……っ」


息を呑む。

先日のリハーサル室で聞いたハミングとは、次元が違う。

退屈そうに投げやりな態度をとっていた彼の中に、これほどの熱量と、圧倒的な『音の暴力』が潜んでいたなんて。

ピッチは狂いなく正確で、それでいて感情を揺さぶるような切ない倍音が混じっている。

誰もが、その声に耳を奪われずにはいられない。


「……透」


ルイの目が、驚きに微かに見開かれる。


透は目を閉じ、首の筋を立てて歌い続けている。

彼の声は、まるで「俺はここにいる」と世界に向かって叫んでいるように聞こえた。言葉では誰とも繋がろうとしない彼が、音楽の中だけで、自分の存在証明を叩きつけている。


その声に呼応するように、動いた影があった。


キュッ!!


鋭いスキール音が、フローリングに響く。

陽斗だ。

彼は先ほどまでの怯えた表情を完全に拭い去り、透の歌声に合わせてステップを踏み始めていた。

重力を感じさせない、羽のように軽やかな身のこなし。それでいて、一つ一つの動きにはバネのような力強さが宿っている。


「……すごい」


思わず声が漏れる。

普段のヘラヘラした態度はどこへやら、今の陽斗の瞳は、獲物を狙う肉食獣のように鋭く研ぎ澄まされている。彼のダンスは、単なる振り付けの枠を超え、音楽そのものを体現しているかのように自由で、爆発的なエネルギーに満ちていた。


透の圧倒的な歌唱力。

陽斗の生命力に溢れたダンス。

二つの才能が、この閉鎖空間で激しく火花を散らしながら交差する。


そして。

その中心に、彼が立った。


神城ルイ。

彼は静かに息を吐き出すと、二人を統率するかのように、鏡のど真ん中――センターポジションへと滑り込む。

その瞬間、空気が変わった。

彼が動くだけで、周囲の空間すべてが彼の支配下に置かれるような、絶対的な引力。


指先の角度、視線の配り方、顎の上げ方。

そのすべてが、計算し尽くされたように美しく、それでいて暴力的なほどの色気を放っている。

彼がセンターに立つことで、透の歌声も、陽斗のダンスも、彼を引き立てるための最強の『武器』へと昇華されていく。


(……揃った)


私の全身に、ブワッと鳥肌が立つ。

むわっとした汗と香水の匂い。床が軋む音。空気を震わせる歌声。

バラバラだった三つの強烈な個性が、今、奇跡のように一つの巨大なエネルギーの塊となって、私に襲いかかってくる。


(これだ。これこそが、この三人の本当の姿……ッ!)


「揃えば、最強じゃない……!」


私の口から、歓喜の声が漏れる。

このままいけば、ライブは絶対に成功する。観客は彼らから目を離せなくなり、熱狂の渦に巻き込まれるはずだ。

私は夢中で、彼らの完璧なパフォーマンスを目に焼き付けようとする。


しかし――。

その『奇跡』は、わずか十数秒で無惨に崩れ去った。


ドンッ!


「……痛っ!」


陽斗の大きな動きが、センターにいたルイの肩に激しくぶつかった。

バランスを崩したルイが舌打ちをし、ステップが止まる。

それに釣られるように、透の歌声がプツンと途切れ、リハーサル室には無機質なBGMだけが虚しく響き続ける状態に戻ってしまった。


「てめぇ、どこ見て踊ってんだよ! 邪魔だ!」


ルイが肩を抑えながら、陽斗に向かって怒鳴りつける。


「ごめん! でもルイくんが急に動くからじゃん!」


「俺のタイミングが正解だっつってんだろ!」


「はぁ? なんでいつも自分が正しいと思ってんの?」


「なんだと……!」


再び、一触即発の空気が部屋を満たす。

さっきまでの魔法のような時間は完全に消え失せ、残ったのは、お互いの才能を潰し合うような醜い口論だけ。


(……ダメだ。やっぱり、ダメだ)


私は愕然として、言い争う彼らを見つめる。

個々の才能は、恐ろしいほどに研ぎ澄まされている。

でも、彼らには『他者を受け入れる』という、最も基本的な土台が決定的に欠落しているのだ。


自分の音だけを信じる透。

自分の感覚だけで動く陽斗。

そして、自分以外を徹底的に見下し、支配しようとするルイ。


彼らはまるで、それぞれが鋭すぎる刃を持ったガラスの破片だ。

近づけば近づくほど、お互いを傷つけ合い、血を流し、最後には砕け散ってしまう。


「……もういい。今日はこれで終わりだ」


ルイが苛立たしげに壁を蹴り上げ、自分の荷物をひったくるようにしてドアへと向かう。


「おい、待てよ! まだ時間……」


透の静止の声も無視して、ルイは防音扉を乱暴に開け放ち、廊下へと消えていった。


「……あーあ。最悪」


陽斗が床に大の字に寝転がり、天井を見上げて深くため息をつく。

透は何も言わず、再びイヤホンを耳に押し込み、一番暗い部屋の隅へと歩いていく。


私は、ポツンと取り残された部屋の中央で、自分の両手をぎゅっと握りしめる。

手のひらには、彼らの『奇跡の数秒間』を見せられた時の興奮が、微かに汗となって残っていた。


(あの光を、もう一度見たい。……絶対に、見たい)


崩壊の危機に直面しながらも、私の心の中には、抗いようのない熱い感情が渦巻いていた。

このバラバラのガラスの破片を繋ぎ合わせることができたら、一体どんなに美しい景色が見られるのだろう。


迫り来る単独ライブまで、あと一ヶ月。

才能と崩壊の境界線で綱渡りをするような、私たちの本当の『地獄』が、ここから始まろうとしていた。

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