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絶対君主のハリネズミは、専属マネージャーにだけ甘く牙を剥く〜崖っぷちアイドルをプロデュースしたら、世界一重い愛で包囲されました〜  作者: はりねずみの肉球
第2章:距離ゼロの共同生活

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【Part 2】甘い卵焼きと、三つの境界線

「……お前、俺の部屋で何勝手なことしてんの?」


氷点下の声が、リビングの空気を一気に凍りつかせる。

黒いシルクのパジャマ姿のルイは、私の作った朝食とエプロン姿の私を交互に睨みつけ、苛立たしげに前髪を掻き上げた。


「朝ごはんだよ。アイドルがエナジードリンクだけで生きていけると思ったら大間違いだからね」


「誰が作れって頼んだ」


「誰も頼んでないよ。私が勝手に作ったの。ほら、冷めないうちに座って」


私は全く動じることなく、最後の一皿であるだし巻き卵をテーブルの中央にトンと置く。

立ち上る湯気が、ごま油と出汁の優しい香りを運んでいく。

しかし、ルイの表情は微塵も緩まない。それどころか、その切れ長の瞳には、明確な『敵意』が宿っている。


「……ふざけんな。母親面して俺たちのテリトリーに入り込んでくんじゃねぇよ。気味が悪い」


吐き捨てるように言い放ち、ルイは踵を返す。

そのままリビングを横切り、自分の部屋へと戻ろうとする。


(……母親面、か)


胸の奥が、チクッと痛む。

でも、こんな言葉で引き下がるわけにはいかない。保育園でも、野菜が嫌いで泣き喚き、お皿をひっくり返す子はたくさんいた。彼らは言葉が達者で、体が大きいだけの『子ども』だ。


「……食べないなら、下げるよ」


私はわざと低く、冷たい声を出した。

その声のトーンに反応して、ルイの足がピタリと止まる。


「せっかく作ったけど、いらないなら全部捨てる。あなたたちが食べないなら、ここはただの生ゴミの山になるだけだから」


私は手に持っていたお玉をシンクに置き、テーブルの上の味噌汁のお椀に手を伸ばす。

そのまま、迷いなく三角コーナーへと傾けようとする。


「あーっ! 待って待って待って!」


静寂を破ったのは、陽斗の悲鳴のような声だった。

彼は弾かれたように椅子から立ち上がり、私のお椀を持つ両手をガシッと掴む。

至近距離で見る彼の瞳は、子犬のように必死だ。


「俺、食う! めっちゃ腹減ってるから! 捨てるなんてもったいないことしないで!」


「……食べるの?」


「食う! 絶対食うから!」


陽斗は私からお椀を奪い取るようにして自分の席に戻り、両手をパンッと合わせる。


「いただきまーす!」


そして、箸を手に取るや否や、ものすごい勢いで白米を口に放り込んだ。

モグモグと頬を膨らませ、味噌汁をズズッとすする。

その瞬間。彼の動きがピタリと止まる。


「……うまっ」


丸く見開かれた瞳。

彼は信じられないものを見たように味噌汁のお椀を見つめ、次に出汁巻き卵を一口かじる。


「なにこれ、マジでうまい! コンビニの弁当じゃないご飯、いつぶりだろ……やば、泣きそう」


大げさなことを言いながら、陽斗はもう一口、また一口と、まるで何日も飢えていたかのようにご飯をかき込み始める。

その背中からは、昨日のようなヘラヘラした虚勢は消え失せている。ただ純粋に、温かい食事を求める無防備な姿がそこにあった。


(よし、一人目)


私は心の中で小さくガッツポーズをし、視線を部屋の隅に向ける。

洗面所から出てきた透が、壁に寄りかかったまま、陽斗の異常な食べっぷりをジッと見つめている。

彼のお腹の辺りから、きゅるる、という小さな音が鳴ったのを、私は聞き逃さなかった。


「透くんの分も、そこにあるからね」


私が顎でテーブルをしゃくると、透は露骨に顔をしかめ、舌打ちをする。


「……あんた、本当に鬱陶しい。人のプライベートに土足で踏み込んで、満足?」


「仕事だからね。あなたたちが倒れたら、私の給料に響くの」


「はっ、言うね」


透は皮肉めいた笑いを浮かべながらも、ゆっくりとした足取りでテーブルに近づいてくる。

椅子を乱暴に引いて座り、イヤホンを片方だけ外す。

箸の持ち方は綺麗だった。彼は出汁巻き卵の端を少しだけ千切り、毒味でもするかのように慎重に口に運ぶ。


咀嚼する透の顎のラインを、私は横目で観察する。

ふっと、彼の細い眉が微かに動いた。

驚きを隠すように、すぐに視線を伏せ、今度は無言のまま味噌汁に口をつける。


「……味、薄い。俺、もっと濃いのが好きなんだけど」


文句を口にしながらも、彼の手は止まらない。

ご飯と一緒に、卵焼きも、ネギと豆腐の味噌汁も、少しずつ、しかし確実に彼の中に吸い込まれていく。

表面上は冷めた態度を取り繕っているけれど、その小さな一口一口が、彼の内側にある『何か』を少しずつ解かしているように見えた。


(……これで、二人)


ふぅ、と小さく息を吐き出し、私は振り返る。


リビングの入り口で、ルイがその光景を冷ややかな目で見つめている。

陽斗と透が私の作った飯を食っているという事実が、彼のプライドを酷く傷つけているのが、張り詰めた空気からビリビリと伝わってくる。


「……お前ら、よくそんな素性の知れねぇ女が作ったもん食えるな」


ルイの声には、明らかな侮蔑が混じっていた。


「え、でもルイくん、これマジで美味いよ? 一口食ってみなよ」


空気を読まない陽斗が、無邪気に卵焼きを差し出す。

パンッ!

鋭い音が響き、陽斗の手から箸が弾き飛ばされた。


「……っ」


箸が床に転がり、卵焼きがラグの上に無惨に落ちる。

陽斗が息を呑み、透の咀嚼音が止まる。


「俺は、絶対に認めない」


ルイは私を真っ直ぐに睨みつける。

その瞳の奥には、昨日見た『恐れ』のような揺らぎは一切ない。あるのは、私という異物を徹底的に排除しようとする、冷たくて硬い拒絶の壁だけだ。


「俺たちに干渉するな。次、勝手に台所に入ったら、社長に言ってクビにしてもらうからな」


低い声でそれだけを言い残し、ルイは今度こそ自分の部屋へと戻り、バンッ!と鼓膜が破れそうなほど力強くドアを閉めた。

静寂が、リビングに重くのしかかる。


「……あーあ。ルイくん、本気でキレちゃったじゃん」


陽斗が床に落ちた卵焼きを悲しそうに見つめながら、ぽつりとこぼす。

透は何も言わず、イヤホンを再び両耳に突っ込み、残りのご飯を黙々と口に運び続けている。


私は、閉ざされた大きな木製のドアをじっと見つめる。


彼が拒絶したのは、ただの朝食じゃない。

『大人から与えられる温かさ』そのものを、全身で拒否しているのだ。

かつて、信じていた大人に裏切られ、見捨てられた記憶が、彼をあそこまで頑なにさせている。履歴書の『元モデル』という肩書の裏にある空白の時間が、彼の心を氷のように冷たくしてしまったのだろうか。


「……クビにできるもんなら、してみなさいよ」


私は誰にも聞こえないほどの小さな声で呟き、床に落ちた箸と卵焼きを拾い上げる。

傷つくのは怖い。拒絶されるのは痛い。

それでも、私は逃げないと決めたのだ。


(絶対、あなたにも私の作ったご飯、食べさせてやるんだから)


胸の奥で、静かに闘志の炎が燃え上がるのを感じる。

問題児たちとの距離ゼロの共同生活。その初日は、分厚い壁の存在と、ほんのわずかな希望の欠片を抱えたまま、幕を開けた。

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